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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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七十四話・天水



 よく似た神様を知っている。


 アイツ────梯のリーダーと夢の中(?)で会った時に、そう思っていたことを思い出した。

 実物を見たときはもはや他の奴に構ってる余裕がないくらい桜日に意識を持っていかれてたから似てる云々を考える暇などなかったが、今思うと確かによく似ていたと思う。


 そんでもって神様ってのは比喩でもなんでもなく言葉通りの意味で、少し前に俺が白偽について考えながら妖の類や神様が見えたり好かれたりすんのは俺もそっち側だったからか、などと思っていた時にも名前を出した気がするが─────


「お久しぶりっす、雨夜様」


 雨の夜と書いてアメヤという呼び名の彼は、名の通り雨乞いが得意なくせして晴れ好きだ。だから晴れの日は趣味の散歩で迷子になって不在(神様なのに方向音痴)のことも多いが、今日みたいな雨の日は高確率でお社にいらっしゃる。

 まともに幼少期の記憶がないだけに出会いこそまるで覚えていないが、いつの間にか俺はここの常連になっていて、気づけば雨夜様は本当に困った時にこそ話を聞いてもらいたくなる歳の離れた兄のような、そんな存在だった。神様相手に兄だなんて馴れ馴れしいとか不敬だとかは俺も思うが、どうしてか雨夜様がそれを良しとしているのだからありがたく甘えている。


 俺が傘を畳みながら拝殿の軒下に入ると、どこからともなく「楽、来たのか」と声がした。どこか落ち着く響きを持った、低めの青年の声だった。


「今日はあの綺麗な子との任務はないのか?」

「里冉のことっすか?」

「そう、里冉」


 話しながら、里冉とはまた少し系統の違う恐ろしく綺麗な顔を覗かせる。やっぱり似ている……つかなんで里冉班のこと知ってんだろ、と思いながら問いに答える。


「色々あって、俺の班しばらくお休みになったんすよ。俺の為に他二人……だけじゃなかったんすけど……が無茶して」


 俺の隣に腰をかけ、へえ、と相槌をうつ雨夜様の、薄く水色がかった白の長髪が揺れる。いつ見ても透き通るように綺麗だな。


「上にも親にも怒られたっぽくて、謹慎っつか、頭冷やせ? みたいな感じで?」

「やけに曖昧だ」

「伝え聞いた話なんで。そんで俺は別に謹慎はくらってないんすけど班員二人いないってなると流石に動けないんで……二人が復帰するまでは休みなんすよ」

「独忍で相手にできるような者達ではない、か」


 どこか少し抜けていて親しみやすい彼は、何故かやたら忍びに関する知識がある。俺もこのお方ともう一人(神)くらいしか直接の知り合いがいないので詳しくはないが、方向音痴なあたりからもわかる通り神様だからといってなんでも知っているというわけではないらしいので、そこには何かしらの理由がある……と思う。

 実は今日来たのは、この話が聞きたいからだった。


「……前々から気になってたんすけど、もしかして雨夜様って神様になる前は忍びだったんすか?」


 そもそも前があるかはわからないが、ど直球で聞いてみる。すると彼はあっさりと「うん」と認めた。

 人間離れした美しさとはいえ青年の姿をしていて、人間のように会話ができる。だから勝手に元は人間だったんじゃないかと思っていたのだが、どうやら本当にそうだったらしい。


「忍びの家系だった。妹がいて、美人で優秀で、大好きだった」

「妹……」


 今の俺にそのワードは効く。雨夜様は少し微笑みを浮かべて、話を続けた。


「殺されたのだ、妹の恋人に、最愛の妹が」

「えっ」


 思わぬ急展開を見せた話に一瞬置いていかれそうになったが、なんとかついていこうと雨夜様の言葉を反復する。殺された……? 恋人に……?


「だから其奴を殺した。両親も殺そうとした。そうしたら殺された」

「あ、雨夜様が……?」


 うん、と表情を変えずに答える。


「我を忘れて怒り狂っていたら、こうなっていた」

「なるほど……? 鎮めるために……って感じっすかね」

「そうだろうな」


 なんでそんな重要な話、あっさり俺に話してくれるんだ……? とポカンとしていると、優しく頭を撫でられた。余計に面食らう俺。


「妹は大事に、な」


 今の話を聞いた後に「はい」以外を返せる人間がいるのか? なんて思いながら、もちろん俺も「はい……!」と返事をした。


「というか、俺に妹がいること知ってたんすね?」


 ふ、と笑ってみせる雨夜様。わあ美人、とありきたりすぎる感想を抱きつつ、意味深だなあ今の、とつられて俺も笑う。


 似ていると思ったから気になって来てみたが、俺らにとっての敵のリーダーと似ている、だなんてそれこそ不敬に当たるんじゃないか。ふとそのことに気づいて、それ以上聞くのをやめた。


 そこからはしばらく来れていなかった分の近況報告を兼ねて、色々な話をした。

 白偽のことや、空翔のこと、紅のこと……おそらく既に知っている話もあっただろうが、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれる雨夜様は本当に優しい兄のようだった。桜日についても改めて話した。師匠が梯となり、紅を俺から盗ったらしいことも。

 軽く相槌を打ったり、静かに聞くだけでそれらについて雨夜様が言及することはほとんどなかった。それでも忍びという職業柄なかなかできない『包み隠さず誰かに話す』という行為で俺の中の思考は以前よりまとまって、ここ最近で起こった様々な出来事についてある程度整理することができた。……ように思える。わからないことだらけだし、少し知ることで余計にわからなくなっていってるような気もするのだが。


 ただ、白偽のことについて話している時にふと廉が言っていた〝本物の悪魔の目〟というワードを思い出し、どうやら白偽になっている時の俺の目がそれらしい、ということをやっとちゃんと認識することができただけでも前進だろう。いや薄々わかってはいたのだが、大抵パニックになっているときに悪魔の目について言及されていたので改めて整理してみる必要があるとは思っていたのだ。

 悪魔の目と間違えられて抉り取られたらしい茉央の目。それと似た色をしているであろう吟の目。そして廉の言動から察するに俺……というか白偽の目。俺が知る限りの悪魔の目の情報をまとめると、自分じゃ確認できないがおそらく白偽になっている時の俺は髪が白くなるだけじゃなく吟や茉央の目に近い〝緑が混ざった赤眼〟になっている……ということだろう。立花の血筋もあって元々赤目なだけに黒から白という髪色の変化の方が目立ってしまい俺の白偽姿を目撃しているはずの里冉や樹から特に言及されていないというだけで(二人とも気付いててわざとそこを避けて話していた説もあるにはあるが)、ほぼ確定でそうだと思っていい……と思う。


 ということは、目を見られることを酷く恐れ、隠し、俺に見られるまで美しいと言われたことがなかった吟の目はもしかして、茉央とは違って本物、もしくは本物に限りなく近いもの……なのだろうか。なんなら茉央の調査をしているときに「楽兄は知っちゃダメ」と釘を刺されたあたり、俺よりずっと悪魔の目について詳しいと思っていいだろう。過呼吸も多分、何かしらその目が関係するトラウマのフラッシュバックによって起こったもの。

 ……どの道吟の目の色は、他人に、というか主に廉と千昊に、知られてはいけない…ということは確かだろう。そして俺も……白偽の目を吟に見せない方がいい。多分。制御しようと思ってできるものでもないことは重々承知だが、気をつけることくらいはできる。必要最低限しか会わない、とかな。


 ここまで考えて、つい悪魔の目という単語について聞こうとする俺に、雨夜様は「楽は何れ、知ることになる」とだけ仰った。


 そんな気はしていたし、ここで簡単に答えらしい答えを教えられてもそれはそれで腑に落ちないだろう。潔く諦めて、「ところで」と話を変えた。


「雨、止みそうっすね」

「どうかな」

「え、まだ降るんすかこれ」

「どうかな」


 私にもわからん。と言いたげな、でもどこかわかっていそうな気もするその表情。神様相手に心相を読む、なんてそれこそ神業なんだと改めて思う。


「止むといいですね」

「ああ」


 雨の日は参拝客も少ない。境内にいるのは俺と雨夜様とここの巫女や神主くらいで、人の気配がほとんどない。弱まってきた雨の音すら静かで、穏やかな時間が流れていた。


 今この瞬間も、きっと本部の奴らは里を守るために頑張っているというのに────


 なんて、つい、考えないようにしていたことを考えてしまう。


 この前起こったことだけまとめれば、俺を梯から救い出して、全員無事生還できてハッピーエンド。でもこれは現実で、そのハッピーエンドにはハッピーなだけじゃない続きがある。どうやってもそこじゃ終わらせてくれない。

しかも俺は苦無ひとつ使いこなせず、攫われ、仲間を危険な状況に巻き込み、更には得体の知れない何かに体を乗っ取られたりもする危うい存在、いわば完全に足手まといヒロインだ。アイツら目線のアイツらが主人公の物語ならばそれでもいいかも知れないが、俺は俺目線でこの世界を生きている。それでいい訳がない。


 それこそ職業柄、越えるべき壁や調べることが山積みなのはわくわくもする。ただ正直なところ、忍びとしてこの先ちゃんとやっていけるか、すげえ不安だ。


 でも立花の唯一の跡取りとしては何があってもやっていかなくちゃいけないし、俺もまだ、忍びでありたい。

 里冉と肩を並べられるようになるまでは、絶対に、諦めたくない。


 梯のリーダーに言われたことが頭を過ぎる。

 生まれや育ちは関係ない、俺自身の────────


「楽」


 考え込む俺を、ふと雨夜様が呼ぶ。

 境内の空気に似て穏やかで、どこか澄んだ表情と声。


「一番離したくない〝大切〟を、間違えないよう」


「機を逃せばそれは二度と戻らないかも知れないことを、忘れずに」


「それはすぐそこまで来ている。どうか、後悔のない選択を」




   * * *




 昼間でも薄暗く、空気が熱を持つことを知らない気さえする。そんな空間だった。

 まるで洞窟の奥深くのよう。龍が棲む、危険な洞窟。棲むのは龍ではなく、あくまで、人なのだが。


 その日一人でここへ呼ばれた少年は、この部屋の、そして少年の主人であるその男に深く頭を下げていた。


 お願いです。あの子だけは。自分が愚かでした。ですから。


 そう訴えかける少年に、主人はため息をひとつ。


「やはりお前には必要ない」


 少年がびくりと体を震わせる。主人からは見えないが、その瞳には恐怖の色が滲んでいた。


「十様……お願い致します……どうか……」

「お願い、ができる立場だとでも」


 主人────十はそう言い放ち、有無を言わせる前に続けた。


「お主何か勘違いをしているな、里冉」


「ワシはお前のために邪魔なものを〝忘れさせてやる〟と言っているのじゃ」


 十は蹲ってしまった里冉に静かに歩み寄る。

 そして命じ、徐にその顔を上げさせると、手に持った鉄扇の先で顎をくいと引く。里冉の怯えた顔をまじまじと見ながら、十はニヤリと目を細めた。


「十……様……おねがい……いやだ、ぁ」

「愛しているぞ、里冉」


 次の瞬間その場に崩れるように倒れ込む里冉を抱きとめた十は、愛おしげにその髪を撫でた。

 視界の端で、するりと人影が消えていく。


「おっと、見られたか。まあよい」


 どうせ何もできやしないのだから。

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