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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
74/105

七十三話・邂逅[7]



 朝になった。

 梯に連れ去られる、というとんでもないことが起こり、その上生きて帰ってくるという更にとんでもない経験をしたのが夢だったのではないか、と思いながら俺は目を覚ます。


 しかし起きてみると明らかに昨日の続きで、白さんの兄弟だという双子もいるし、ベッドの側には恋華と、朔様がいた。


「おや、起こしてしまったかな」

「お、はよう……ございます……?」

「おはよう」


 優しく微笑んでくれる朔様。その顔が〝無事でよかった〟と言っていて、心配をかけたのだと改めて認識する。


「双子以外の法雨の面々は一度全員、家に帰した。梯任務のためとはいえ、最近の彼等は好き勝手しすぎだったからね、今回のことできっとこっぴどく叱られるだろうと思って私からはあまり説教しないでおいたよ」

「そう……すか」


 里冉とゆっくり話したかったんだけどな。樹にも色々聞きたいし……でも好き勝手は明らかに俺のせいだし、里や当主の許可なく危険な行動をしたんだ。当然、親や当主の方が俺よりアイツらに言いたいこと、あるよな。仕方ない。


「桜日は……?」

「……事情が事情だからね、この後五十嵐の重役を集めてどうするか決めることになっている。あの子もそこに参加してもらうよ」


 そうか、まだ何も詳しく聞けてないけど今回師匠について何か分かったんだよな。……いや、もちろん梯のリーダーが『自分の意志で俺達の仲間になった』とかなんとか言ってたのは覚えているが、そう簡単には信じられない。でも─────


「そうだ、恋華、師匠と会ったって」


 あの時白さんは「ずっと聞いてたわけじゃないし内容も俺じゃよくわからなかったから詳しいことは後で本人に聞いて」と言っていた。恋華は本部に戻ってきてからもずっと元気が無いが、師匠と何か関係がある……のか……?


「後で、話す」


 恋華は短くそう言って、視線を落とす。絶対に俺にとってショックな内容だということはそれで確信したが、それでも聞きたい。後でっていつだ、と俺が聞きかけた時、朔様が先に口を開いた。


「今は任務に出ているけれど、茶紺が戻ってきたら君達二人を立花に連れ帰ってもらう」


 やっぱりそうなるよな。俺も法雨の奴らと同じような立場だし。


「恋華にもこの後の五十嵐の会議に出席してもらうから、話は家でするといい。茶紺は遅くても今夜には帰ってくるだろうし、楽はここで二人をゆっくり待っていてくれ」

「はい……!」


 それじゃ会議に行ってくるよ、と言い残し、朔様は恋華を連れて医務室を後にした。


 するとそれと入れ替わるように、見慣れた白衣の人物が現れる。


「あ、杏子」

「楽くん。どうも~またやらかしたんですって~?」


 やらかしたといえばやらかしたけど。と思いつつ、この医者も好奇心モンスターっつかあれだから下手に喋ると絶対質問攻めしてくるな、と思い「まあ、うん」と適当に返事し、俺は話を杏子のことへと切り替えた。


 どうやら久々に伊賀の病院の方に戻っていたようで、あっちは杏子(ワーカホリック)(天才)(人外の治療も可)の不在でかなりてんやわんやしていたらしい、という話を「いやあ~大変そうでした~」と笑いながらする杏子。医療班の皆が不憫で仕方ないな。


 話しながら鞄から持ち歩いている書類や医療器具の入ったケースを出していく杏子を眺めていると、ふと、ずっと気になっていたことを思い出す。


「そういや杏子はさ」

「はい?」

「例の大量死体のあれ……やったんだよな」

「ああ、照合。やりましたね」


 大変でしたよ~皆さん頭ないんですもん~と続ける杏子に、本題を切り出す。


「……佐伯倭、って」

「確か火鼠と氷鶏が捜索に当たっていた行方不明者でしたよね」

「……いた?」


 俺に伝えるかどうか迷ったのか、杏子は少し間を空けて「お察しの通りですよ」と言った。


「そっか……やっぱそうなんだ……」

「あの時期に他の班が捜索していた子供達も同様です」

「だろうな……」


 聞くのがずっと怖かった。でも流石にそろそろはっきりさせておきたかった。

 俺は直接は知らないけど同じ里の仲間だし、倭は特に、裕威さんや睦さんにとって大事な存在だ。無事であって欲しかった。


「楽くんは無事帰って来れてよかったですね。梯も案外大したことなかったりして」

「いや、うーん……俺のことは元々殺す気で攫ったわけじゃなさそうだったしな……」

「そうなんですか」


 それに今回功を奏したのは、おそらく『誰も殺さない』という作戦だ。

 昨日の話の最中、白さん達は何度か「今回は喧嘩売らないように気をつけてたし」とか「白の作戦勝ちだね~」とか、そんな感じのことを言っていた。樹が「馬鹿(里冉)が相手を半殺しにしてたから、いざって時は止める気で見てた」という話をしていたあたりからも、白さんが皆に『絶対に誰も殺すな。できるだけ梯を怒らせるな』という内容の指示を出していたのだと考えられる。


 皆が、他でもないあのメンバーがいてくれてよかった。

 俺もだけど、里冉が生きてて、本当に……


「まあ何であれ皆さん無事でよかったじゃないですか」

「おう」

「医者としては少しつまらないですが」

「おい」




   * * *




 同じ頃、法雨本家の屋敷。


 広間の畳の上、渋々正座で横一列に並ぶのは、樹と、白と、英樹。

 三人の目の前には、樹の両親である殺尾さお采女うめ、そして殺尾の弟で白の父である、那岐なぎ。更に末の弟のかたぎと、その娘である奈茅も揃っていた。


「自分達が何をしたか、分かっているのか」


 殺尾の言葉に、白と英樹の二人が小さく「ごめんなさい」と謝る。黙り込む樹を白が肘で小突くが、樹は視線を落としたままだ。


「何か言いたげね」


 采女が言うと、樹は口を開く。


「行かなかったら、兄貴は死んでたよ」


 白が小声で「おい……!!」と言うが、樹は態度を変えない。


「……そのことと、報告も無しで勝手に危険な行動をとった、ということは別だ。お前なら分かっているはずだ」

「報告してる時間なんて無かった。状況に合わせて臨機応変に最善の選択をした結果がこれだよ。全員無事に家に帰って来れた。忍びとしては素晴らしい功績でしょ。ていうか、あの状況で死にに行こうとする兄貴を、あんた達の誰が止められたって言うの」


 親達(と奈茅)を見ながら樹は一気にそう言って、また不機嫌そうに口を閉ざす。

 すると樹の隣で、小さくため息をつくのが聞こえた。


「……あの、いや、すみません。正直俺も樹と同じ考えです」


 白が言う。その隣でほんの少し嬉しそうな表情をする英樹も、同じことを思っていたのだろう。


「確かに、勝手に危険な行動をとったのは反省してます。少人数で、それも急拵えの子供だけの班で無謀なことをしたのも、忍びとしては愚行でしかない。本来ならまず大人に助けを求めるべきで、あの場……俺が樹に呼び出された店にはおそらく伊賀の上忍もいた。今思うと間違いなく他にも色々やりようはあったと、思います。今回は奇跡的に帰って来れたけど、もし報告なしで敵地で全員動けない状態になっていたら、誰もすぐには気付けないし助けに来てはくれない……ので」


 白が言うと、樹が「それは俺も反省してる」と便乗した。


「でもあの状況で冉兄を、次期当主を生かすことは俺達にしかできなかった。というのも間違ってないと思います」


 はっきりとした口調でそう言い切った白を、英樹が無言でうんうん! と肯定する。

 殺尾は少しの間険しい表情をしていたが、那岐と顔を見合わせて、ひとつ、息を吐いた。


「……ああ、よくやった。礼を言う。あの子を生かしてくれて、ありがとう」


 三人は顔を見合わせる。その時つい樹と白も嬉しそうにしてしまったのが合図となって、英樹が二人に飛びつくようにして抱きついた。


「ちょっ、英兄、重い、やめて」

「俺達殺尾さんに褒められたよ~~やった~~~っ!」

「まだ説教中だとは思うけどな!? つか痛いってバカ、やめろ」


 一気に緩んだ空気に、殺尾も説教を続ける気を失ってしまったらしい。全く……と呆れ気味に微笑んで、団子になっている三人をまとめて抱き締めた。


「お前達もよく生きて帰ってきてくれた。無事で、本当によかった」

「ふふ、なんだかんだ言って甘いよね殺尾」

「うるさい、那岐」

「いっくんのツンデレは遺伝~」

「うるさいぞ、樫」


 樫の言葉に、白と英樹はつい「確かに……」と思ってしまう。だが当の樹は「何言ってんのあの人」という顔で殺尾をおちょくる樫を見ていた。


「あーあ! 行く時私にも声かけてくれたらよかったのにな!」

「こら」


 奈茅が言い、殺尾に怒られる。


「確かに奈茅姉いたらもっと楽だったね」

「本当に反省してるか?」


 してますしてます。と慌てて言う樹。


 そんなすっかり緩んだ空気の中、那岐が優しい笑顔で「はいはい、説教が終わったなら次だよ。手当ては既にしてもらったみたいだけど、改めて診るからついておいで」と三人に告げる。樫が「その後……拠点で見てきた全ての事を洗いざらい報告……」と続けると、采女が「そうね、とんでもないことをしでかしたんだもの。やることは沢山あるわよぉ」と里冉そっくりの茶髪をふわりと揺らしながら微笑んだ。

 三人は各々返事をしながら立ち上がる。


「そういえば、冉兄って」

「当主の部屋でしょ」

「うわそっか……そうじゃん……直々にお叱り……怖……」

「案外逆かもしれないよ、アイツのことだし」

「有り得なくはないけど…今回に限ってはどうだろうな……」


 そんな会話をしながら、三人は広間を後にするのだった。




   * * *




 最近は本部に泊まり込んでいたのもあり、やけに久々な気がする。

 見慣れた自宅に帰ってきた俺が、玄関の戸を開けた瞬間─────


「おかえり」


 泣きそうな顔の親父が目に飛び込んできた。


「た、ただい……まっ!?」


 最後まで言い切る前に親父に強く抱きしめられ、思わず変な声が出てしまう。


「朔様から聞いた。本当に本当に無事でよかった……」

「屍木さん、あの、せめて中入らせてください」

「すまない……」


 俺の後ろから茶紺が言うと、申し訳なさそうに俺から離れて道を開ける親父。

 部下に怒られてやんの、とちょっと面白くなりつつ俺は履物を脱いで揃え、部屋に向かい、荷物を置いて、居間に戻る……前に廊下で俺を待っていた親父と鉢合わせる。その姿を見て、今度は俺から親父の胸に飛び込んだ。


「心配かけたよな、ごめん」

「楽……」


 今回のことだけじゃない。元々過保護すぎるくらいで親バカな親父のことだ、対梯班に選ばれてからは多分ずっと、心配で仕方なかっただろう。

 危ないことばっか首突っ込んでごめん。周り危険な目に遭わせて、迷惑かけてばっかで、不甲斐ない跡継ぎで、ごめん。口に出したら泣いてしまいそうなので言わないが、代わりにぎゅう、と抱き締めると、優しく髪を撫でられた。そして優しい声色で、「よくやった」と言われる。


「生きて帰ってくるのが、忍びにとっての最重要任務、だ。お前も、助けてくれた隊の仲間も、全員立派に忍びだよ」

「泣かせにくんなよ……せっかく堪えてたのにさあ……」

「はは、悪い」


 親父の胸を借りてちょっとだけ泣いた。こんな姿、アイツらには見せらんねえな。親父が廊下で待っててくれたことに感謝して、目元を拭う。


「しばらく家にいられそうなのか?」

「うーん……俺の班の他二人が……つか二人の親がどうするか次第……かな」

「俺も正直なところしばらくは梯に関わって欲しくないんだがな……」


 だろうな……と思う俺に、「でも止めたってどうせ抜け出すだろう?」と言う親父。そういや屋敷抜け出して里冉に会いに行ってたの、バレバレだったんだよなあ。いや多分誰に会いに行ってるかまでは知られてない……と思いたいけど、相手は上忍だからな。全部知ってて知らないふりをしているのかもしれない。……今の俺みたいに。


「なあ親父」

「ん?」

「俺が生きて帰ってきて、嬉しい?」

「……このまま離したくないくらいには」


 再び抱き締められる。

 そっか、相変わらず愛が重いな、と俺は少し笑って茶化した。




   * * *




「らっくん、入っていい?」


 夜。俺の部屋を訪ねてきたのは恋華だった。いいぜ、と返すと静かに扉が開かれる。


 俺が部屋に戻ったあとに叱られたのか、それとも俺みたいに褒められたのか。泣き腫らした目の恋華。あえて何があったかは聞かないで、適当に座れよ、と促す。


「ごめんね、らっくん」

「へ?」

「紅くん、取り返せなかった」


 恋華の言葉に、目を見張る。……今なんて?


「確かにさっき忍器確認してるとき無いなって思ってたんだけど……」


 梯で落としてきたのかな、とか思ってた。でも〝取り返せなかった〟って……つまり……。


「僕が刹那さんと会ったのは、聞いてるよね」

「おう」

「最初はらっくんみたいに捕まってたのかって思って、助けようと近づいたんだけど─────」


 恋華の話はこうだった。

 俺とは別の部屋にいた師匠を見つけたが、よく見ると拘束はされておらずその手には紅が握られていた。それに気づいた恋華がどうしてそれを持っているのかと聞くと、師匠は「脱出に使えと楽が渡してくれた」と答えた。おかしいと思った恋華が更に探りを入れようとしたが、自分は捕虜で今はまだ逃げ出すわけにはいかない、詳しいことは言えない、という話で誤魔化された。


 もちろん俺は捕まってたから師匠に紅を渡しに行くなんてことはできないし、いくら相手が梯とはいえそもそも師匠が忍器を使うとは思えないから、もし会っていたとしても渡すはずがない。


「あまりに違和感しかなくて、つい『本当は紅くんが狙いですか』って聞いちゃったんだ」


 紅が……狙い……。


「そこで初めて刹那さんが言い淀んで、あ、図星かな、って思った時、梯の構成員二人に囲まれてさ」


 図星だとして……なんで紅……??


「咄嗟に戦闘態勢に入ったんだけど、視界の端で刹那さんがにやぁってしたのが見えちゃって」

「………それ、関西弁のあいつだったりしないか」

「そいつらっくんの方にいたんでしょ、里冉さんの姿で」

「そうだけど」


 恋華の話が本当なら(いや恋華を疑ってるわけではないが)、あのリーダーが言ってたことが信憑性を持ち始めてしまう。いやそれどころかほぼ確定な気がするが…


「嘘ついてることは確かだし、正直僕はもうあの人のこと信じられないよ」

「確かに………」


 一通り何があったかを聞いた俺の感想は、道理で恋華は後で話すって言ったんだな、だった。

 そりゃすぐには話せないわ。ただでさえ攫われたり、桜日が妹だってわかったり、廉に守られたりと色々ありすぎて終始困惑してたのに、こんな話まで……もし昨日のうちに聞かされてたら俺の頭パンクしてたかもしれない。


「……なんで盗られたんだろうね、紅くん」

「そこだよなあ。マジで何もわかんなかったのか?」


 恋華はうーんと考え込む。


「すごく愛おしそうに持ってたのだけわかったけど……具体的には何も……」

「愛おし……そうに……?」

「……変なヘキでもあるのかな」

「やめてやれ……てかやめてくれ。もしそうだったとしてもそんな師匠知りたくないから」

「苦無フェチ……」


 あ~~ああ~~~とわざとらしく恋華の言葉を遮る。全然笑い事じゃないけど、思わずフッと二人して笑って、重かった空気がやっと少し〝いつもの感じ〟になった。


「……そういやさ、話変わるんだけど本部で梵さんの話した時あったじゃん」

「え? うん、あったね」

「あんとき俺いつどうやって泊まってた部屋戻ったか全ッ然覚えてなくてさ」


 キョトンとする恋華は「あー、」と言って、教えてくれた。


「班長……あ、茶紺がなんか、迎えに来てた? よ。よく分からないけど急に寝ちゃったらっくん抱えて『疲れてるみたいだから寝かしてくる』って去っていった」


 ビンゴだ。こっちもほぼ確定……かな。


「それがどうしたの?」

「いや、ちょっと気になってただけ。気付いたらいつもの布団で寝てんだもん、びっくりすんじゃん?」


 そんな調子でしばらく話した後、恋華は「今日は泊まらせてもらうことになったんだよね。んじゃ、おやすみ」と言って部屋を出て行った。


 一人になった俺は、恋華が教えてくれた師匠の話を反芻する。

 くそ、色々ありすぎて思考停止しそうだ。まだ実感はそんなにないけど、妹……だったんだな、桜日。


 ふと部屋の窓を開けると、ひらり、と桜の花びらが舞い込んでくる。


 里では、人前では絶対に今まで通りに。

 でもせめて一人の時は、兄貴面してもいいかな。


 俺は窓枠に肘をついて、もうほとんど散ってしまった夜桜を眺めていた。

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