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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
7/105

六話・特別中忍試験[2]



「ねえ楽」

「あ、はい」

「さっきの、相手が本当の敵でも同じことしてた?」


 試験の帰り道。並んで歩く茶紺に、そう聞かれた。


「さっきのって……」

「恋華のこと、地面に叩き付けずに助けたアレ」

「あ……」

「相手が仲間で、下手な反撃はして来ないとわかってての行動だったように見えたんだけど……違うかな」

「いや……多分……違わないっす」

「本当の敵でも……それが梯でも、同じようにした?」


 茶紺の言葉に、思わず優と岳火を殺したあの二人組を思い出す。本当の敵でも……か……。


「……しない、と思うけど……正直わかんないっす。その時にならないと」

「ふ、まあそうだよね。でもね」


 一瞬、茶紺の目に影が宿った気がした。


「現実はそんなに甘くないよ」


 その横顔は、俺があまり見たことのない茶紺の、上忍としての顔だった。慣れない空気に戸惑う俺だったが、茶紺はすぐにいつもの優しい笑みに戻り、話を続けた。


「相手が本当に楽のことを殺そうとしていた場合、きっと抱きとめた時点で殺られてた。自分を巻き込んでまで攻撃してくる奴もいる。そんな死にものぐるいの反撃を食らってる可能性があったんだよ、さっきのは」


 思わず何も言えなくなる。そうだ、実践だと相手は何をしてでも反撃してくるかも知れないんだ。そんなことも俺は……


「ごめんな、そんな顔させたくて言ってるわけじゃないんだ。ただ……」


 少しの沈黙。その末に与えられたのは、予想してはいたが少し厳しい言葉。


「君は他人に甘すぎる。そして、それが忍びとして生きる上でよくないことだと君は知っている」


 その通りだ。何も言い返せなくなって、下を向く。

 わかってる。甘い。恋華の殺気に触れた時に気付いた。俺はまだ忍びとしての心構えがまだ全然できていない。

 立花で生まれて、忍びとして育てられた……はずだった。でもそれは案外表向きだけで、随分と甘やかされてきたことはなんとなく……この前の梯との対峙で察した。


「当たり前だけど合格はゴールじゃない。ここからが本番だ。それに、忍びは成功を過度に喜んではいけないこと……習ったよね?」

「油断や隙を生んでしまう……」

「そう。だからこの試験での成果は『恋華に降参させられた、合格できた』ではなく、『己の甘さや今後の課題を知るいい機会になった』だと思った方がいい」


 茶紺の言葉を頭の中で繰り返して、なるほど……と飲み込んだ。


「……実は試験では戦闘力だけじゃなくて中忍としての精神的素質があるかどうかも見ていたんだけど、その点ではまだ合格とは言えない、今後の成長に期待……ってところかな。優しいのは長所だけどね、優しすぎるのは危険だ」


 親父の部下でよく立花に出入りしているため幼い頃から知り合いで、よく一緒に遊んでくれる兄貴のような存在の茶紺。そんな兄貴分としての茶紺ばかり見てきた分、上忍として、班長としての茶紺の言葉が余計に刺さる。茶紺はもう俺を班の仲間として見てくれている。俺ももっとちゃんと自覚しないと。


「ま、色々言ったけど仲間を大事にできるのは何よりだし、楽の成長期はこれからなんだろ? 期待してる」


 そう言って俺の頭をぽんぽんとする茶紺。


「……む、さては今身長いじったな」

「っはは、バレた?」


 今のは兄貴分としての茶紺だな。くっそー、絶対茶紺よりでかくなってやるからな……そしたら今度は俺から頭ぽんぽんしてやる……!(?)なんて思っていたら、


「……あぁあと、あの二人のことまだ引き摺ってるのに切り替えて目の前の敵……恋華に集中できてたのは正直びっくりした。そこは上出来」


 急に褒められてちょっとびっくりする俺。言われてみればそうかもしれない。切り替えられたってより、ただただ必死だっただけのような気もするが……。


「お、おう……引き摺ってるのバレて……」

「そりゃね。何年楽のこと見てきてると思ってんの。どれだけメンタルやられてんのか見る目的もあって顔合わせ菊の露でしたんだし」

「な゛……! そうだったのかよ…」

「そ。だから注意力散漫になってあっさり負ける可能性も……と心配してたんだけど、杞憂だったみたいだね」


 ……でも、もしかしたら引き摺ってるからこそ集中できたのかもしれないな。直接二人を殺したのは梯でも、俺が巻き込んだせいで理不尽に死なせてしまったのは確かだ。里冉にも周りにも俺が生きてただけ十分だと言われたが、そもそも俺のせいであんなことになったのだ。里冉は謝ってくれたが、二人に謝らなくちゃいけないのは間違いなく俺の方だった。だからこそ、ちゃんと火鼠の一員になって、少しでも早く強くなって、他でもない俺自身が梯に立ち向かわなくちゃいけない。

 生き残った者には、生き残った者のやるべき事がある。


「なーに真面目な顔してんの唐辛子のくせに」


 ついさっきまで少し離れて歩いていた恋華が、俺の肩を小突く。


「唐辛子のくせにってなんだよ! つか俺はいつだって真面目だっつの」

「そのツッコミはおかしいぞ~イタズラ常習犯」

「くっ、何も言えねえ。でももうしねえもん! 多分」

「多分って」


 そんなこんなで一気に和やか(?)な空気に包まれた俺達が里の大通りに出ると、茶紺が立ち止まり長屋敷の方向を指さした。


「……俺これから試験の結果報告に行くけど、二人も」

「行く!」

「しょーがないなー行ってあげるよ」


 即答する俺達に、茶紺が呟いた。


「…朔様、本当に子供に人気だな……」




   * * *




 そうして火鼠全員で長屋敷へと向かうと、丁度任務報告に来ていたらしい二人組と出くわした。


「あ、(むつ)空翔(かると)も。任務終わり? おつかれ~」


 やけに親しげな挨拶をする茶紺に「ああ」とクールに返事する褐色の長身イケメン。隣の俺より年下に見える忍びも「やっほぉ」と片手をあげた。茶紺と顔見知りということから察するに多分……直属班の人達……か……? なんて考える俺に視線を向ける褐色イケメン。おそらくこっちが睦さんだ。


「……ふむ、彼が火鼠の新入りか」

「そう。その報告に来たんだ」

「班長、どちらさん……?」

「あぁ、この人達は直属班の一つ、氷鶏(ひけい)の二人だよ」

「……二人? あれ、ほんとだ。さっきまで三人揃ってたんだけど」

「いつの間に……」


 どうやらもう一人いるらしい(スリーマンセルが基本だからそんな気はした)が、特に気にしてないのか茶紺は「睦が班長で~」と紹介を続けていた。どうやら睦さんと茶紺は同期らしい。だから親しげだったのか。にしても氷鶏か……てことは氷遁を得意とする班……かっこいいな……。


「ていうか、新入りって楽くんだったんだ」

「え、なんで俺のこと知って」

「はじめまして、僕は桔流(きりゅう) 空翔」

「あ!? え!? 桔流って」

「そ、雨のいとこ」

「おあ~~!?! そうなんすか!?」


 俺には雨という伊賀に住む忍びではない者の中では一番仲の良いと言える友達がいるのだが、空翔とやらはそのいとこらしい。意外な繋がりにびっくりしながら「よろしくっす~~!」と握手を交わした。


「雨からたまに話聞いてたんだよね」

「何話されてんのかすげー怖いんだけど…」


 雨にまさか直属班の親戚が居たとはな~妹溺愛してるのと同じように弟感覚で可愛がったりしてんのかな~(俺よりちっさくて)かわいいな~とか思っていると、空翔がむっとした顔で俺を見上げて言った。


「……あと僕小さいけど一応年上だからね」

「えっ」

「なんで考えてることわかったのって顔だね。失礼だなあ、忍びたるもの心相くらい読めて当然だよ」


 ……流石、直属班なだけあるっす先輩。




   * * *




 氷鶏の二人と話し込んだあと、俺達は長の執務室へと通された。

 様々な巻物や書類がキチンと整理整頓されて置かれた部屋は、何度来ても(ちゃんと通されて入ったのは久々だが)できる長の仕事部屋!という感じでちょっとワクワクする。そんな部屋で仕事机に向かっているのはもちろん、この里の長・五十嵐朔(いがらし さく)である。


「や、ここに来たってことは合格したのかな」


 そう言って、五十嵐家の特徴である美しい白髪を揺らしながら微笑む。合格という単語にさっきの茶紺の話を思い出しながら、俺は「はい!」と返事をした。


「よかった、おめでとう。……どうやらもう茶紺から色々聞いたあとみたいだね、なら僕から言うことは何も無いかな」


 ……やっぱ忍びの上手ほど読心術できるもんなのか……? 俺も人相読む系の修行真面目にしなきゃな……なんて思ったのも多分朔様には筒抜けなのだろう。俺を見ながら「これからだよ、頑張れ」とニコニコしている。


「しかし恋華を降参させるとは、楽も案外やるね」

「へへ、これでも立花っすから」

「ただのイタズラ小僧じゃなくてよかった」

「あっはは…」


 並んで立つ恋華が小声で「本当に長相手にイタズラしてたんだ……」と呆れているのか感心しているのかわからないトーンで言ったのが聞こえた。


「とにかく、試験お疲れ様。今日はゆっくり休むといい」

「はい……!」

「……二人もね」

「御意」

「はぁーい」


 気の抜ける返事をしたあと、恋華は「あの~朔様~」と手を挙げた。


「これでやっと任務受けれるんですよね~……? 僕もう暇で暇で……」

「ふ、そうだね。色々とあったし、時間が空いてしまったのは許して欲しいよ」

「んん……まあ……仕方ない、よねぇ」

「そうそう。仕方なかったんだ」


 色々。朔様はそうぼかしてくれたが、あの夜のことだ。

 あの事件がなければ、いやそうでなくても俺がすぐに切り替えられていればすぐに顔合わせが、そしてその翌日には中忍試験が行われていたのだろう。そう思うと恋華や茶紺には悪いことをした。直属班は十二班あるとはいえ、火鼠は主戦力の一つだと聞くし(俺が入ったことで主戦力と呼べるか怪しくなってしまったかもしれないが)A級以上の任務にも積極的に駆り出される班だ。班としての機能を余分に止めてしまった分、俺は誰より活躍しなければならない。……とはいえ、今の俺なんかが二人より仕事ができるわけがないのでおそらく足を引っ張らないよう頑張るので精一杯なのだが。


 それにしても、そんな火鼠の機能を止めてまで俺の為に(正確には二人の葬儀や周辺調査等の為もあるのだが)再始動までを遅らせてくれた朔様は、やはり若くして長に選ばれるだけある。五十嵐というだけで選ばれたとか、先代を手伝っていたおかげで元々ある程度の執務がこなせたからとか、最初に候補だった相手に断られたからだとか色々言われてはいるが、やはり結局は朔様の人柄や技能が支持されたのだと思う。……俺がイタズラしても笑って許してくれるし。優しいんだよなあ。

 それに、先代や十二評定の面々と違って新しいものが好きで、朔様が長になってからは外の様々な物が入ってくるようになった。現代ならではの便利なものから様々な娯楽、洋食や洋服など。逆に忍びが外で雇われることも以前よりずっと増えた。長く閉鎖的だった伊賀を変えたのは、朔様だ。俺含む若い世代に特に人気で支持されるのは、人柄ももちろんあるがそういうところも理由なのだろう。……親父が言うには、十二評定の中にはそれをあまりよく思っていない者もいるらしいのだが。ま、古き良きを大事にしてきた里だし気持ちはわからなくもないけどな。


「それにしても屍木さんから楽を推薦された時は驚いたな。あんなに過保護だったのに」

「そうっすよね」

「俺もびっくりでした」


 茶紺もやっぱ驚いてたんだな。まあ多分俺より親父のこと知ってるし、過保護さも親バカさも見てきてるんだもんな。そりゃびっくりもするよな。


「朔様は止めたりしなかったんすか……?」

「そりゃいくら屍木さんからの推薦でも、すんなり通す訳にはいかないし……」

「ですよね」

「とりあえず今の彼、簡単に死にかねないよ? と脅かしてみたんだけどね、」


 否定は出来ないがなんか……なんか………………うぅ、強くなろ……。


「楽のためだ、って意見曲げなかったんだよ、屍木さん。それで、彼なりに子離れしようと頑張ってるんだろうなぁと思って」


 親父……そうだったのか……。にしても急すぎて酒の勢いで決めたようにしか……。いやでも、親父なりに俺の事を考えてくれている……と思いたい。考えた上で、期待してくれている、と。そして朔様はそれを汲んで俺の配属を決定してくれたのだ。ありがたい話である。


 そうしてこの後しばらく親父の話やら試験の話やら雑談してしまったのだが、朔様は仕事中なのだということを思い出し、補佐役に怒られる前にさっさと退散することにした。


「期待しているよ、楽。……けれど、気負いすぎないようにね」


 執務室を後にしようと一礼する俺に、朔様はそう言ってくれた。その言葉にもう一度礼をし、戸を閉め、廊下を歩き出したそのときやっと実感が湧いてきた。


 この日、俺は正式に火鼠の一員となったのだった。

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