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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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六十八話・邂逅[2]



 白達は一人で勝手に楽の捜索を開始していた(どうやって探し当てる気だったのか知らないが)里冉になんとか追いつき、引っ捕まえ、一先ずこちらの最大の戦力と言えるはずの彼の落ち着きを取り戻そうとしていた。とどのつまり、説教タイムである。


「単独で乗り込んで取り戻せるとでも思ったの」

「ていうかそもそもどこにいるかわかってないくせに勝手に動くな」


 ごめん……と小さく声にしながら申し訳なさそうに縮こまるレアな姿。それを見ながら、これはわかりやすすぎる弱点だな、と白は頭の片隅で思う。

 梯に的確に利用されたらいくら冉兄でも簡単に命を落としかねない。そして今がまさにその時なのだろう。そう感じた白は今の里冉では班長としての役割は一切務まらないことを察して、俺がしっかりせねば、と気合を入れ直した。


「まあ考えなしに動いてもアンタ……ともしかしたら楽も死ぬだけだから、俺は知ったこっちゃないけど」

「こら樹、そういうこと言わない」


 樹のいつにも増して冷ややかな言葉に、里冉が更に縮こまる。


「……頭冷やします」

「ほら冉兄泣いちゃったでしょ」

「泣いてない。泣いてないけど」

「ていうかこんなことしてる場合じゃないって」

「そうだった、急いで救出に向かおう」


 説教中周囲を警戒してくれていた桜日と恋華を呼び戻し、作戦会議を始めた。


「今回は構成員を殺すのは無しにしよう」

「どうして」

「楽が危険になるからに決まってんだろ」


 なるほど! という顔をする英樹。その横で少し表情を曇らせる里冉。本当に楽のことになるとわかりやすいな、と再度思って今度は若干呆れる白。

 困ったな、指示の出し方や言い回しをちゃんと考えて刺激しないようにしなきゃじゃん。こんなに扱い辛い忍びだったのか冉兄。……いや、違うな、楽が絡んでるからだ。白はそこまで一気に考えて、もう一つの真っ当な理由を説明し始める。


「それに今の段階で俺達が無駄に喧嘩を売ること自体がすっっっげえリスキーなんだ。今はあっちからしたら甲伊を構成している忍びの一部でしかない俺達が個人として認識されて、狙われる可能性が大いにある」


 説明するまでも無いけど、と思いながらも頭の足りない相棒と、いつもよりずっと冷静さを欠いている次期当主がいる場だ。仕方ない。そうして声色に更に真剣さを乗せ、続ける白。


「今回の最優先は楽の救出だ。無駄に喧嘩を売るような真似は避けたい」


 理解はしたが、納得はしていないという顔の里冉が、「全滅させちゃえば」なんて物騒なことを口にする。それができたら苦労してないんだよ、甲賀も、伊賀も。心の中でそうツッコミを入れつつも、あくまで冷静に。


「だめだ。拠点が他にもあるのわかってんだろ。これから乗り込むのはおそらく本拠地にも近い場所。そこに留まっている構成員で思いつくのは」

「リーダーと、参謀……」

「そうじゃなかったとしても主戦力級……」

「そう。だからそもそも全滅は俺達のほうが可能性がある。そしてもしなんらかの奇跡が起こって全滅させられたとしても、他の拠点に散らばっているであろう構成員、それも何人、どのくらいの戦力か全く未知数な奴ら全員と仇討ち合戦になる」

「避けるべき道……だね」

「……わかった」


 里冉の言葉に、流石にここまで言えばわかってくれるか……とほっとする白。が、それも束の間。


「でも」

「でも?」

「手遅れだった場合は今の指示全て無視するからね」

「冉兄……死ぬつもりなの?」

「バカじゃないの」

「一緒に動いてる俺達まで危険になるのがわかんない?」


 人見知りを発揮してなのか先ほどから全然発言していない桜日と恋華以外の全員から総攻撃を受ける里冉。


「…………なら俺一人で行くから」


 まずい、刺激するまでもなくこの状況が里冉にとっては十分すぎるくらい刺激なんだった。白はそんな今更なことに気付いて、俺もかなり冷静さ欠いてるんじゃ? と思い直す。


「楽が大事なのはわかったから、ちょっと落ち着けって冉兄」


 英樹、とだけ言った白がアイコンタクトし、英樹はあいよ、と視線で命じられた通りに里冉を背後から拘束した。いくら里冉と言えども力では英樹には敵わない。


「何す……っ」

「なんで俺達が勝手に動いたアンタを追いかけたかわかんねーの? 本当に?」


 里冉は叱られた子供のように顔を逸らして押し黙る。どうやら自分が酷いことを言っている自覚はあるらしい。

 すると珍しく樹が里冉の方へと向き直り、これまた珍しく自分から里冉に声をかけた。焦りや最悪の状況への不安が隠しきれていない里冉とは対照的な、いつものような落ち着いた声で。


「兄貴」

「……」

「楽は生きてるから」

「…………うん」

「信じて助けに行くのが俺達の仕事。そんで今回に限っては絶対人数が必要になるミッション。……でしょ」

「…………うん」


 あの里冉が樹に宥められている。稀な光景に少し驚いている英樹と、これじゃどちらが兄かわからないな、なんて思う白。


「独忍極めた樹ですらここまでわかってるんだよ冉兄。落ち着いて、楽含めた全員が無事に里に帰れるような道、俺がちゃんと考えるから」

「…………わかった、ごめん」


 樹が「一々俺のこといじるのは何? 趣味なの?」と怪訝な顔をしたのは白にも見えたが、スルーした。


「うん。よし、英樹もういいぞ」

「はーい」


 英樹が里冉を解放したその時、白がふと何かに気づいたような声を上げた。樹が何? と言う前に、白は呟く。


「この距離なら盗聴……できるかも……」

「……!」


 少しの沈黙。その後、音を聞けることを確認した白が「よかったね冉兄」とニヤリとした。

 その言葉と表情で楽が生きていることを察した里冉には、やっといつもの落ち着きが少し戻ったように見えた。


「乗り込むのは作戦が決まってから、いいね?」


 釘を刺すように視線をやりながら白が言うと、里冉はわかったから、と言いたげに眉を下げて頷く。


「これ以上接近すると構成員に見つかりかねないしね」

「そ。んじゃ作戦を伝える。よく聞いとけよ」


 もう考えたの!? と驚く英樹に、白は「俺を誰だと思ってんだよ」と得意げに口の端を上げた。




   * * *




「白偽に……何の用だよ……」


 そう言った声は少し震えていた。

 白い俺────白偽というらしいアイツのことを、梯が見ていた? しかも欲しいだって?

 殺気がないのはそういうことか。でもどうしてわざわざこんなタイミングで攫って、拘束して……


「単純に戦力として、手に入れたい。それに」

「俺……か」

「察しがいいな」


 まとまらない思考の中なんとか拾い上げたその答えは、どうやら正解だったらしい。


「あれが夢じゃなかったってわかったらそりゃな……」

「あれからお前の意志は見つかったか」

「俺の……意志……」


 そうだ、と言って男は続ける。


「生まれや育ちは関係ない、お前自身の、意志は」

「………………わかんねえ、けど、お前らみたいに簡単に人を殺すような奴らと同じになりたくないことだけは確かだ」


 そうだ。一緒にはなりたくない。梯が優や岳火、空翔、夾……他にもたくさんの命を奪ったのは確かだ。あんなに簡単にアイツらの未来を奪った梯になんて、誰がなるか。


「……伊賀者が、そうじゃないと思ってるのか」

「ああ。少なくとも俺は、な」

「そうか」


 微かにだが、鼻で笑われた気がした。気の所為かもしれないと思える程度だが、男の言葉には確かにこれまで無かった嘲りの色が滲んでいた。


「………………なんだよ」

「過去の記憶がろくにないお前がいくら殺しはしないと言っても説得力に欠けるな、と思ってな」

「……! なんで……それを……」


 待て、俺の動揺を誘うための話術かもしれない。冷静になれ俺。忍冬を誘拐現場に選んだあたりからして俺のことを事前に調べているのは明らかだ。白偽のことを欲しがる相手が、それくらい知っていたって……。


「お前は知らないことが多すぎる。周りのことはもちろん、自分のことでさえ、な」

「……それ……は……」


 だめだ、どうしても次の言葉が怖くて今すぐ会話をやめて逃げ出したい。冷静になんかなれるもんか。

 とにかく聞くな……コイツの言葉は……なんかわかんねーけどヤバい………。


「〝妹〟のことは知りたくないか?」


 どうしたって鼓膜を揺らす声。くそ、拘束のせいで耳を塞ぐことすらできない。

 ……っていうか今コイツなんて言った?

 妹?

 妹。

 妹…


「はあ……っ!!?!?」

「やはり、それすら気付いていなかったんだな」


 瞬間、頭に酷い痛みが走る。


「妹……なんて……いるわけ……」


 これ、なんか少し前に似たような頭痛でぶっ倒れたような気がするんだが……そういやあん時……倒れる前に何か……。


「……見せてやろう」


「は……?」


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