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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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六十四話・前夜




「明日から改めて梯に関する調査を行いたいと思います」


 夕食後、里冉が班長モードでそう切り出した。

 里冉班三人での夕食がこの前よりずっといい雰囲気のままでいられたことに安堵していた俺は、その言葉で緩んでいた気を引き締め直す。その間に里冉は「三人で、ね」と付け足して樹へと視線をやった。

 そうして一気に注目を浴びることになった樹は、わかってるよ、と言いたげな表情を浮かべた。


「……で、実は昨日、俺も梵さんと会いました」

「…………は!?」

「あの後一度は偵察に戻ったんだけどね、やっぱり気になって」

「え、いや、はあ!?」


 まさかの話に驚く俺。と対照的に、やけに静かな樹。なんでそんな冷静なんだよお前。


「廉くんが千昊と繋がってるって知ってたし長から要注意人物とも聞いてたから、彼が主犯だと予想して成実班の偵察ついでに張ってたら、案の定でさ」

「うっそだろ……言えよそれ……」

「まさか本当に彼に人体収集の趣味があるとは思わなくて」


 まあ確かにそれは……普通思わないけど…。と腑に落ちない顔をしている俺に向かって、里冉は「確信持てたら話そうと思ってたよ? でもその前に色々起こっちゃったからさ」と付け足す。ほんとかよ……と思うが、そこに突っ掛かっても仕方がないため一先ず信じてやることにした。


「それで、廉くんを追ってまたあの山に戻ろうかとも思ったんだけど、それより彼のコレクション部屋で待ってようと思って」

「なんでそうなる……?」

「勘……かな。ていうか、彼を張っているのは俺だけじゃなかったかららっくんが襲われるようなことになっても俺が出る幕はないだろうし、茉央くんの目は誰かが取りに来るだろうな……と」

「はあ……」


 わからん。茉央に関しては里冉は俺達より圧倒的に少ない情報量で推測しているはずなのに、的確すぎて意味がわからん。なんでわかるんだよ。……もしかして他の班の偵察してるフリして一番見てたの俺らだったりする……?


「それで先周りして目を手に入れたら交渉材料になるかな、と思って先に探し出して待ってたら、梵さんが取りに来たんだよね」

「確かに行くって言ってた……」

「で……そこで色々と聞きまして、梯だと確信しまして」


 色々省いたな……俺達には話せないことか……? と思いつつも「どういう経緯で確信に至ったんだ……」と聞くと、ニコニコと胡散臭い微笑みだけが返ってきた。あ、やっぱ聞いちゃいけないやつか……と察して黙る俺。


「というわけで、明日からの里冉班は梯となった朱花くんと梵さんについて詳しく調査したいと思います」

「あ……はい……」

「ちょっとぉ、らっくんもっとやる気出してよぉ」

「いや……やる気はあるけど……」


 里冉の先読み能力にちょっと引いてるだけだ。忍びとして話をしているとやはりまだまだ里冉と並ぶには先が長いのだと思い知らされる。

 隣を見ると、これだから兄貴は……と呆れ顔の樹が目に入った。いやぁやっぱ引くよな、これは。まあでも気を取り直して、話を進めよう。


「はい!」

「なんですからっくん」

「どうやって調べるんすか班長!」

「それを今から考えます」

「あ、そこはノープランなのな」


 ノープランというか皆で決めた方がいいかなって思ってさ、と微笑む里冉。


「二人については俺よりらっくんが詳しいだろうしね」

「まあな、茉央調査んときある程度調べたし」

「朱花くんが寝返った理由は茉央くんの復讐のため……で間違いなさそうなんだよね?」

「おう。それだけじゃないかもだけど、梵さんの話から察するにそれが理由なのは確かだと思うぜ」


 あの時は結構パニック状態っつか、気が動転していたというかで若干記憶が朧げではあるのだが、確かにそんなことを話していた。寝返ったとは明言していなかったが、里を離れていた理由はそれだと。


「梵さんは……ただの付き添い……ではないだろうけどなあ……」

「そもそも梯がどういう組織かってのがちゃんとわからないと難しいかもね、この辺の予測を立てるのは」

「そう……だな」


 里冉の言葉に、思わず考え込む。

 今回のことで彼等がただの殺人鬼集団ではなさそうだと知ってしまったから。

 そして俺達が少ない情報で勝手に敵の姿を想像しすぎていたことにも気付いた。実際無意味な殺しをしすぎているので非道な集団であることは確かなのだが、逆に助けることもある、と身を持って知った。そのおかげで、無意味に見えた殺しもその実誰かを守るため……だったりしたのだろうか、なんて考えてしまう。

 まあでも、単に俺が二人の顔見知りだから助けてくれたってだけかもしれないけど……ただ里冉も情報持ち帰ることが明確なのに見逃されているあたり……ああでもそれは交渉の条件にあったのかな。うーん……。


「……ん? そういや今の梯確定って話、上には報告したのか?」

「え?」

「………………まさかとは思うけど……」

「ん~?」


 ん~? じゃねえんだよ……。朔様が確定まで伏せる、って言ってたの思い出して聞いたら案の定かよ。


「らっくん達がどこからどこまで報告したかわからなかったしねぇ」

「ああまあそれもそうか」

「わざと俺に確信持たせて寝返ったように見せかけた潜入任務かもしれないし?」

「敵を欺くにはまず味方からってやつか……」


 それ言ってたらもう何も信じられなくなるけどな……。でももしそうだとしたら里の捜索が若干甘いように見えるのも説明がつく……ような……?

 まあでも俺らは素直に全部報告したしお前も後でちゃんと言ってこいよ、と促すと里冉は「うん」と短く返事して、すぐに話を変えた。


「そういえば、刹那さんってまだ見つかってないんだよね?」

「ああ、うん。師匠についての続報はないな……」


 すると考え込んでいた樹が「……もし偽空翔が水蛇全員に取り入っていたら」とかなり嫌な可能性を口にした。

 里冉が苦笑するのを横目に俺は「その可能性、ないとは言い切れないよな……」と返す。奴の伊賀潜入の目的がもし『構成員を増やす』とかなら、あのタイミングで引き上げて行ったのも納得できるし。


 そこからはしばらく水蛇の情報を共有しながら話をした。もちろん失踪についての様々な憶測も飛び交った。

 その中で里冉がふと言った「もしかしたら刹那さんはあの二人が梯に寝返ることに気付いていて、班長としてそれを止めに追ったから失踪中……とかなのかもしれないね」という言葉で、俺は唐突に色々なことが腑に落ちた。

 俺達には続報がないのも、重役が消えたというのに上がやけに落ち着いていた気がしたのも、そういう任務だから……って考えたら納得がいく。師匠は上忍で、里一って言われるくらい強くて、しかも長の一族だ。寝返りに気付いていてもおかしくない。

 だとしたら結局あの梯の女の襲撃や師匠を狙ってそうな言動はなんだったのか、という疑問は残るのだが、師匠がわざと襲撃を誘うような動きをして利用した可能性もある。簡単にやられるような人ではないのは確かだし、何らかの意図があって誘き寄せた線は大いにある。……と俺は思う。

 ……ていうか正直そうであってほしい、っていうただの希望的観測ではあるのだが、俺の知っている師匠ならそうであっても違和感がないのだ。


 そんなこんなで結局調査の方法は前回同様聞き込みをメインにしつつ、今度は梯の拠点周辺の探索も行う、という感じになった。

 本当は師匠に会って事実確認を行いたいところなのだが、万が一本当に極秘任務だった場合俺達が近づくと足を引っ張ることになりかねない。師匠とは別であの二人を調べる。それが今の里冉班にできることだと判断した。


 作戦会議が終わると、樹は「朝っぱらから楽を探し回って疲れたし」とかなんとか言いながらすぐに寝に行ってしまった。その姿を見送り、さて、と振り返ると見慣れた蘇芳色の頭が視界に飛び込んでくる。


「や」

「よ、よお……」


 そいつ───恋華は、相変わらずのジト目で俺を見据えながら「朔様から聞いた」と唐突に話を始めた。


「へ、何を?」

「梵さんと会ったって」


 あ、それか。と納得すると同時に、ふと恋華の格好に目がいく。


「……もしかしてお前も泊まり込み始めたのか」

「うん」

「また家出か?」

「まあそんなとこ」


 どうやら恋華が少し向き合う気になったところで、年単位で拗れ続けていた両親との関係がそう簡単に良くなることはなかったらしい。シンプルに泊まり込みの方が(遅刻魔的にはかなり)楽だから、という理由もあるようだが。


 このままだと立ち話が始まりそうだったので適当な部屋へと移動し、二人分のお茶を入れて机を囲む。梵さんのことを聞きたかったであろう恋華にさっき里冉から聞いたことを交えながら今回の話をすると、恋華は寝巻きの袖で口元を隠しながら眉を顰めた。


「そっか……やっぱり梯に……」

「ああ。……恋華、行方不明になる前に梵さん家いたんだよな?」

「うん」

「異変とかなかったのか」


 恋華は俺の問いかけに「何も」と短く返事をし、手元の湯呑みへと視線を落とす。


「何かの用意をしてたとかは」

「あ~……そういえば二人分の荷物は見たけど、水蛇で長期任務でもあるのかと思ってた」

「なるほど、確かに普通はそうにしか見えないよな」


 決して責めているつもりはないのだが、近くにいたのに何も気付けなかったことが悔しいらしい恋華が表情を曇らせてしまったので、俺は少し話を変えた。


「あのさ、恋華から見て梵さんが恨みを持ってそうな相手とか、誰か思いつかね?」

「恨み?」


 少し考えて、「パパかな……」と呟いた恋華に、思わずやっぱりか、と思う。


「恨みっていうか、かなり嫌われてたからなあ最近のパパ。娘の僕の前じゃあんま態度に出さないようにしてくれてたけど……」

「へえ」

「僕の方も気遣って梵さんの前でパパの話しないようにしてたし」

「子供に気遣わせるって……結構な不仲だな……」


 そうなんだよねえ……と恋華はお茶を啜る。


「だからこの前パパが初恋だったって聞いて超びっくりしたんだよね~」

「あれなぁ。マジかどうかはわかんねーけど……」


 親父が止めに入ったあたりマジなんだろうなとは思うが、マジじゃなくてもそういう噂があること自体が驚きではある。普通兄弟でそんな噂立たないだろ。法雨兄弟見てみ? むしろいつ弟による兄殺害事件が起こるかわかんねーくらいだぞ? いやそれはそれで全然普通じゃないな……。

 なんてことを考えていたら、いつの間にか恋華がこちらをじっと見つめていたことに気付く。


「んだよ」

「らっくんって好きな人いるの?」

「……は、はぁっ?」


 なんでアイツのこと考えてる時に……とバッチリすぎたタイミングに動揺してしまう俺。でも冷静に考えたらあれだな、初恋の話が出たからとりあえず場にいた俺にサンプリングというかで話聞こうとしただけだな。この前俺も樹にやってたな。


「……そういう恋華は……いなさそうだな」

「まあねぇ……」


 同年代の仲良い男がこれだからなあ……みたいな目で俺を見るんじゃない。お前の好みじゃないことくらいとっくに察してんだよ。いやむしろ班内での色恋沙汰は任務に支障出そうだし避けたいから助かってるけど。

 ていうか、偽とはいえ空翔とちょっといい感じに見えてたのは俺の気のせいだったのかな。波長は確かに合ってるように見えたんだが……。


「初恋もまだ?」

「うーん……」


 恋愛、よくわかんないんだよねえ。と零す恋華に、それはちょっとわかるな……なんて思いながら「そっか」とだけ返した。

 どうやら俺達では広がらなさすぎる話題らしい、少しの沈黙が辺りを包む。


「……恋バナがこんなに盛り上がらないことあるか?」

「はは、まあこのメンツじゃあね」


 それもそうだ、と苦笑する。ぶっちゃけ俺が人に話す気がないってのもあるが、職業柄なのか色恋の話はあまりしないおかげで盛り上げ方がわからないんだよな、恋バナ。


「あ、でもらっくんは樹くんばっか構ってないでちょっとは他の班にも顔出しなよ」

「なんでだよ」

「■■■、本部いる間ソワソワしっぱなしみたいだからさあ、」

「え」


 思わず聞き返してしまった。

 確かに聞き取れたはずの名前が、確かに聞いたことのあるはずの名前が─────誰なのかわからなかった。




 直後、背後に何者かの気配がして、


 目の前でその何者かを認識した恋華が少しだけ驚いたような顔をしたのが見えて、


 それから─────────




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