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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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五十九話・独善



 千昊は現在、殺し屋をやっているらしい。


 元々はその戦闘センスから天才と呼ばれ、影忍の暗殺特化部隊に所属する忍びだった千昊。しかしある日突然任務中に仲間を皆殺しにし、指名手配された。その後、里に見つからないようひっそりと殺し専門の忍びになった……なんて言えば多少は聞こえがいいが、おそらくただ殺しをしたいが為に殺し屋を始めた。そうして今も甲賀の山奥で、殺しの依頼を待ち続けている。


 ……と、里冉が教えてくれた。

 なぜ指名手配犯の居場所を知っているのか(そして捕まえていないのか)は詮索しないという約束だが、本音を言えばめちゃくちゃ気になる。何か訳あっての監視か、それとも殺し屋として利用していたのか……流石に後者ではないと思いたいが、無いとは言い切れないあたりが恐ろしい。


 来る朝、里冉に案内役をしてもらうことを知った樹は案の定顔を顰めた。しかしまた一から聞き込みをする手間がなくなるというメリットには抗えなかったのか、大人しく同行を許してくれた。

 そんなわけでとんとん拍子で千昊に接触できることになった俺達は、早速里冉の案内で千昊の居場所へと向かうことに。


 正直な話、現時点では千昊が本当に茉央殺しに関わっているのかは全くわからない。しかし甲賀の猟奇殺人鬼といえば、で里のことに詳しいであろう法雨兄弟から出てきたのは彼だけだし、やった張本人でなくとも犯人を知っている可能性だってある。まあこれも殺人鬼のコミュニティがあるなら、の話だが。

 もちろん、茉央とは全く関係なく俺達はただ危険人物に接近しただけ、で終わる可能性もある。それでも、実践の経験値を積むという点でも、少しでも関係者の可能性があるという点でも、調査に向かわないわけにはいかなかった。


 そうして俺達がやってきたのは、甲賀の端の山中にある小さな神社。

 知らないと見つけるのが難しそうなその神社は普段は無人のようで、神社の関係者含め人はほとんど見かけないらしい。そこに千昊は居着いており、殺しの依頼を待っているのだという。

 神様の傍で殺し屋とかやってて大丈夫なのかよ……と思う俺だったが、里冉曰く「管理のされていない神社にはもう神様がいないか、いても力は弱い可能性が高いから大丈夫。むしろ低級霊が居ついていたりするみたいだし、千昊くんがいるなら尚更無神だろうね」とのこと。なんでそんなに詳しいんだよ、とツッコむと、知り合いに霊が見える子がいたんだよ、と返ってきた。一瞬冗談かと思ったが、ガチっぽいトーンだったのでなんとなく怖くなり、それ以上掘り下げるのはやめておいた。


 とりあえず大勢だと警戒されるかもしれないし、と法雨兄弟には近くで待機してもらって、俺一人で神社に乗り込む。そんな突然の来訪者である俺の前に、千昊は案外あっさりと姿を見せた。

 外見は細身で小柄、愛嬌のある顔つきをした至って普通の少年だった。話し方も物腰柔らかで丁寧。殺し屋だと知らないとむしろいい子だと錯覚してしまいそうなその振る舞いに、なるほど、これはターゲットに隙を生ませるのが上手いタイプの殺し屋だ……と思う。


「早速だけど、」


 そう切り出して伝えたのは、殺し屋に接近するとなると依頼人になるのが一番いい、と判断した俺が昨夜里冉と相談しながら考えた偽の依頼。

 千昊はふむふむ、と聞いていたが、俺の話が終わった瞬間即決で「わかりました、やりましょう!」と引き受けてくれた。




 順調だった。


 そう、不自然なくらいに順調だったんだ。


 〝アイツ〟が出てくるまでは。




   * * *




 楽を一人で千昊の所へ送り込んでから、しばらく経った。


 嫌いな兄と二人で待たされることが耐えきれなかった樹。彼は実はずっと影から楽が千昊を誑し込んでいく様子を見ていた。

 相変わらず人との距離を一瞬で縮めるのが上手い楽を見ながら、自分にはないスキルだ……と不覚にも感心していた樹だったが、突如起こった〝想定外〟に動揺を隠せずにいた。


(あれは…白楽……!? どうして今……!?)


 視線の先には、真っ白に変わった髪の隙間から怪しく歪ませた赤眼を覗かせる楽の姿があった。

 正直、樹にとっては白楽が出てくること自体はそこまで動揺することではなかった。いつ出て来られても大丈夫なように常に止める術を用意しているし、今日だってちゃんと以前有効だった睡眠薬や神経毒を持ってきている。


 しかしその瞳の色に────初めて見た時には気付いていなかった異質な瞳の色に、目が離せなくなってしまった。


 そして、楽の瞳から目が離せないのは、樹だけではなかった。


「ああ……この眼は………!」


 歓喜の色を滲ませた声色が、樹の耳に届いた。

 その声で多少冷静になった樹は、声の主である千昊に視線を向ける。彼はやはり恍惚の表情を浮かべており、一瞬にして悟る。このままだと、〝楽が危険だ〟と。


 真っ先に近くで同じように見ているであろう里冉を探してしまう樹だったが、いや、と考え直す。危険だと判断したら止めに出てくるという約束なのに、この時点で動きを見せないのが引っ掛かったのだ。

 里冉がどういうつもりかは知らないが、今は自分がやるしかない。そう察し、樹は瞬時に吹き矢をセットし楽に向ける。


 しかし、その矢は放たれなかった。


「道理であの方が欲しがるにしては、と思ったんですよ……! なるほど……〝本物〟はこっちだったんですねぇぇ……!!」


 矢を止めたのは、千昊の声。

 樹の脳が、その言葉を理解することだけに働き始める。


 欲しがる……? 本物……?


「ふ、あははっ、やっぱりかあ~! あー、面白い。茉央って子は本当に、可哀想だねえ」


 白楽が口を開く。


「どう? 本物を見た感想は。僕ってほら、サービス精神旺盛だから、つい見せてあげたくなっちゃったんだけど」

「ええ…ええ……とっても素晴らしいですぅぅ…!! その眼、僕にくれませんかぁぁ……!? 抉り取りたぁぁい……!!」

「え、それはやだなあ。戻った時に眼球が無いなんて、楽に怒られちゃう」


 多分出てきた時点で怒られるでしょ……!! と内心でツッコむ樹だったが、今はツッコミなどしている場合では無い。白楽が拒否してくれたからよかったが、危うく楽の目が抉り取られるところだったのだ。


 二人の会話から察するに、茉央の目を奪ったのは千昊で間違いなさそうだ。そしておそらく、本当に狙っていたのはあの白楽の持つ〝緑に輝く赤い瞳〟。

 そう考えながら樹は雨とやらが見せてくれた宝石の写真を思い出し、確かに似ている、と納得する。

 そして……茉央は多分、あの目に〝似ている〟というだけで間違えられ、殺された。


 それから千昊があの方、と言っていたことから察するに、依頼人は別でいる。


 つい話を聞くことを優先してしまったが、このまま白楽を自由にさせていると何が起こるかわからないし、ここまで聞ければ十分だ。

 冷静にそう判断した樹。今度は躊躇いなく、白楽に向かって矢を打ち込んだ。


 ────どさり


 白楽は倒れ、だんだんとその髪に色素が戻る。しばらくそれをじっと見つめていた千昊だったが、楽の目の色も戻ったことに気が付いて、矢の出所である樹の方をゆっくり振り向いた。

 樹は白楽がわざと矢を避けなかったように見えたのが気になったが、それよりもこちらを見つめる千昊の目が笑っていないことに気が付き、背筋が凍る。


「……邪魔をしないで頂きたいですねえ」


 その言葉を合図に、樹は戦闘態勢に入る。同時に、楽が無防備に倒れているこの状況でも相変わらず出てこない里冉に(何やってんだクソ兄貴……!!!)と内心でキレながら、飛びついてきた千昊を躱し、距離を取った。


「彼のお仲間さん……でしょうか。ふふ、どうして僕にはあの強力な矢を打ち込まなかったんですか?」


 樹はその言葉にしまった、と思うが顔には出さず、「まだ聞きたい話があったんで」と答える。実のところは白楽に気を取られてしまって千昊も止めるべき相手であることをすっかり失念していただけなのだが。


「聞きたい話……ですか。もしかして先程の依頼、ダミーですか?」

「…………目を欲しがっているあの方、って誰?」

「えぇ、無視ですかぁ?そうですかあ……」


 久々に面白そうな依頼だと思ったのに残念ですねぇ……と口惜しそうに呟いたあと、千昊はにっこりと笑って樹を見た。


「当たり前ですが、依頼人の情報を簡単に流すわけにはいかないので」


 その言い回しに、引っ掛かった。


「……何と交換なら、教えてくれるの」


 この話には、明確な答えがある。そんな確信の元、樹は目の前の小さな殺人鬼に問う。


 しかしその答えは、樹の背筋を再び凍らせるのには十分すぎるものだった。


「〝美しい死体〟……ですかね」


 千昊の赤い瞳は、真っ直ぐに樹を見ていた。




   * * *




「……これで懲りた?」


 神社の階段に腰掛け、樹の傷の手当てをしながらそう言ったのは、わざとずっと出てこなかったらしい案内役。


「………………性格わる」

「このくらいしなきゃ、君達はもっと危険なことにも手を出しかねないと思ったからね」


 手当を終え、よし、と里冉は樹の手を離す。


「もうあの子に近づこうなんて考えないでね」


 交渉は決裂、依頼もダミー、目も元通り、となるともう用はない────そう言って、千昊はどこかへ姿を消してしまった。

 そんな千昊の去り際の態度は、樹にはどちらかというと里冉と戦いたくないだけのようにも見えて。


「……でも犯人だったし」

「だからって君達が危険を冒してまで調べることじゃない、って話だよ」


 思えばまさかのドンピシャで茉央殺しの犯人に辿り着いてしまったのが何よりも想定外だった気もするのだが、それよりも楽が例の目であったことが樹の心を乱していた。


(『目がくり抜かれてたことに理由はなくて』……か……)


 嫌な方向に、予想が当たっていってしまっている。

 里冉の言う通り、これ以上の調査は本当に危険を伴う可能性が高い。特に、楽には。


 樹がそう考えていると、傍に寝かせていた楽が小さく唸った。


「……おはよ、らっくん」

「んぁ……はよ……?」


 寝ぼけているらしい楽がそう返すのを横目に、樹はなんとなく手当てされた腕を楽から隠すように羽織の中へ滑り込ませた。


「今回は暴れてなかったからか目覚めるの早かったね」

「え……あ……え? 俺……え、もしかして」

「そのもしかしてだよ」


 全てを察した楽の顔が見る見るうちに青ざめる。


「うっそだろ……なんつータイミングだよ……クッソ~……また迷惑かけちまった……」

「いや、それは別にいい……っていうか、今回に限ってはむしろ楽は喜ぶと思うよ」

「は? どういう意味……」


 あまり楽には伝えてほしくなさそうな里冉の表情が目に入るが、樹はもちろんそれをシカトして話を続けた。


「茉央殺しの実行犯、千昊だった」

「…………はあ!?」


 驚く楽に、樹が先程起こった事を一通り説明する。

 それを聞き終わると、楽は「確かに今回ばかりは助けられたかもしれねえな……」と呟いた。


「思えば紅の時も助けられてたし、アイツ意外といいヤツかもしれねえ」

「おいこらこれくらいで絆されんな」

「冗談だって。……里冉のこと襲ったのは、確かだしな」


 言いながら里冉を見る楽。しかし当の里冉はそれよりも案の定二人が千昊に殺されかける、という状況になった事の方が気になっているようで、いつもの微笑みが消えていた。


「樹にも言ったけど……らっくん」

「ん?」

「これで危険だって、よく分かったでしょ。もうこの件からは手を引いて、大人しく普段の修行に戻ってね」


 楽はすぐには返事をせず、黙ったまま樹を見る。

 そんな楽と目があった樹は、ちら、と少しだけ里冉の方へ視線をやり、すぐに楽へと戻した。


「……分かった。もう終わりにする」

「楽がやめるなら俺も調べる理由はなくなるし、不本意だけどアンタの言う通りにしてあげる」


 二人の返事に里冉は安心したようで「うん、そうして」と微笑みながら二人の頭を撫でた。

 その瞬間樹が心底嫌そうな顔をしたのを見て、楽は思わず吹き出す。


 気付けば、いつもの里冉班の空気が戻っていた。


 その後は里冉は偵察の続きをしに本部に戻るというので、楽と樹はせっかくだし、と山で修行してから本部に戻ることにした。

 そうして二人は、先に下山していく里冉を見送った。


「……で、どうするの」


 里冉の姿が見えなくなった瞬間、樹は隣に立つ楽に聞く。

 すると間髪入れずに、楽は答えた。


「千昊戻ってくるの待って、依頼人聞き出すぞ」

「了解」


 ここまできて、何も知らなかったことにはできない。

 二人の心は、決まっていた。


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