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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
59/105

五十八話・桜の夜



「あ、二人共おかえり~」


 調査から戻った俺達を待っていたのは、エプロンをつけた里冉だった。

 その光景に思わず気が抜ける俺。樹がまだ帰ってなかったの……という視線を向けているので話を聞くと、どうやら俺達以外にも本部で寝泊まりを始めた班がいるらしくその偵察だそうだ。

 ついでに本部の厨を借りて俺達の分も夕飯を作ってくれていたらしい。え、マジで? こんなタイミングで手料理食えんの? と舞い上がる俺。

 でも樹が素直に食べるとは思えないな……と横を見ると、不機嫌を前面に出しながらも『仕方ない……食べてやるか……』という顔をしている。もしかして意外と里冉の手料理には弱かったりする? 家でたまに作ったりしてんのかな。それとも食べないって言ったら俺が「え~~~~~樹も一緒に食お~ぜ~~~~」ってウザ絡みする気だったのバレたのかな。これもありそうだな。


「……何」

「素直なのか素直じゃないのかわかんないなって思って」

「は?」


 ま、一緒に食えんならいいや。


 折角揃ったし任務の話しながら食おう、という流れになり、いつもの部屋に料理を運んで机を囲む。

 材料限られてたしあんまり時間もかけられなかったから……と前置きする里冉だったが、そんな縛りを感じさせないくらいの美味そうな品々が机に並んでいる。すごいなぁ……なんでこいつ本業以外にもこんな仕事にできそうなスペック持ってんだろ……いや確かに忍びはハイスペックじゃないと務まらないけど……てかそういや俺も師匠に特技持てって言われてたのになんもないままだな……。

 暗くなりかけた思考を無理やり切り替えようと、里冉にも「最近大人しいよな、梯」と話を振る。


「ああ……うん、拠点に結構接近してる白班の前にも出てこないし……変だよね」

「そうなのか」

「また何か企んでるのかな」


 やっぱそう思うよなあ……と思いながら樹を見ると、そりゃそうでしょ……と言いたげな視線が返ってくる。いやうん、新歓は冗談だから、うん。


 それからしばらく梯の話をしたり、また月咲や他の甲賀の奴の話をしながら里冉の作ってくれた夕飯を食べた。一々「うま!」とか「俺この味すき!」とかリアクションしてしまう俺だったが、樹に「うるさい(調子乗るから褒めるな)」と言われてしまったので黙って味わうことにした。いやマジでうめえよ……あのとき料理勧めて良かった……過去の俺ナイス……。


 そんなこんなで話してるうちにふと思い立って、「里冉ってさ、甲賀者による伊賀者猟奇殺人事件……的な話知らない?」と聞いてみる俺。

 すると里冉から「そういう話は聞いたことないけど、やりそうな奴なら知ってるよ」とまさかの答えが返ってきた。


「マジで!?」

「……まさか接触したいとか言わないよね?」

「そんなにやばい奴なのか?」


 里冉は少し話すのを躊躇っているようだったが、結局「……まあね」と答えてくれる。


「快楽殺人鬼として指名手配されてるから、あの子」


 その言葉に、樹が何かを思い出したような声をあげた。


「ああ、もしかして気分で班員皆殺しにしたってアイツ?」

「樹も聞いたことあったんだ」

「俺だって甲賀者だし」

「……そう、だよね」

「……千昊ちひろだっけ、名前」

「うん」


 なんとなく黙って二人の話を聞きながら飯を食っていた俺は、少し悪くなった空気をリセットしようと「知ってたなら早く言えよ樹ぃ~!」と茶化す。やっぱこの二人だけに会話させてるとすぐ不穏な空気が流れるな……。


「今思い出したんだから仕方ないでしょ」

「甲賀者による猟奇殺人なら~とか話してたのに」

「忘れてたんだって。楽だって情報屋の存在昨日まで忘れてたくせに」

「俺は忘れてたんじゃなくて順番に聞きに行こうとしてるだけですぅ」


 うわうざ……という顔をされるが、狙い通りなので気にしない。それより千昊って奴の話を聞き出さなきゃ。


「てか班員皆殺しってマジ?」

「うん。その時に指名手配されたの」

「は~なるほど」


 聞けばそいつは皆殺し事件後すぐ姿を眩ましており、今も捕まっていないらしい。でも里冉の口ぶりからしてなんか…居場所知ってそうじゃなかったか……? 気のせい……?

 ………………聞き出すか。


「千昊かあ……今どこにいるんだろ。樹知ってる?」

「知るわけないでしょ…」


 え~とか、じゃあまた一から調べなきゃじゃ~ん、とか話していると、里冉が食事の手を止めた。


「待って二人共、本当に近づく気なの? やめてよ」

「なんで」

「目を付けられたら厄介だし、何よりらっくんが危険な目に遭うのは────」

「心配なのは俺だけかよ」


 あまり聞きたくなかった言い回しに思わず語気を強めてしまい、やべ、と思う。

 だが、否定もせずバツが悪そうな態度の里冉を見て素で言っていたことを察し、こいつ……と余計に怒りが湧いてしまう。しかし当の樹は涼しい顔で「……いいよ楽」と言った。


「でも」

「こいつに心配されるとか俺が嫌だし」


 樹をじっと見つめる。確かにその目は冷ややかに『兄貴に期待なんてしてないから』と言っている。……なんかそれはそれで……寂しいけど……まあ……樹がいいって言うなら……。


「……そうかよ」


 怒りは治ったが、今度はやるせなさが顔を出してきて。

 俺がバランサーにならなくちゃいけないのに。くそ、だめだな、俺。


「楽がそんな顔しなくていいから。今は千昊の話でしょ」

「うん……」


 樹に宥められる日が来るとはな……。

 なんて思っていると、里冉が小さく「ご馳走さま」と言って食べ終わった食器を片付け始めた。


 ……こういうとき俺どう立ち回ってたっけ。だめだ、気まずい。


「で、本当に千昊をあたってみる気なの?」

「あ、おう」


 一気に口数が減ってしまった俺と里冉の代わりに、樹が発言し始めたな……もしかして俺よりバランサーの素質あるんじゃ……。


「じゃあ居場所知ってそうな人あたってみよう」

「え、心当たりあるのか」

「甲賀にも情報通はいるからね」


 樹はそう言ってふふん、と少し得意げに口の端を上げる。今その顔はずるい……と複雑な感情になる俺。

 そうして樹と話している間に、里冉は食器を持って部屋を出て行ってしまった。不機嫌なわけでも落ち込んでるわけでもなさそうだったが、あんな里冉を見るのは初めてかも知れない……なんて、俺が落ち込みそうだ。すると隣からこれでもかというほどでかい溜め息が聞こえてきた。


「はあぁぁ……なんで俺がこんな気遣わなくちゃいけないわけ」

「うう……さんきゅ樹……」


 力が抜けて、へなへなと机に突っ伏す。アイツが黙るとあんなに気まずくなんのかよ……マジで樹に助けられた……。


「いいけど別に……ていうかなんであれくらいでキレるのさ楽」

「あれくらい、じゃねえよ。おかしいだろ二人で動くことわかってんのに俺だけ名前出すとか。あんなん樹のことどうでもいいって堂々と言ってるようなもんじゃねえか。黙ってられるかよ。もし弱いから俺だけ心配してる、とかでももちろんキレるし。どの道あの言い方はねえって」

「はいはいわかったから落ち着いて」


 ぐ………と口を無理やり閉じて、一旦落ち着こうと黙る。

 樹はそんな俺の顔を見てくふふと笑う。だからこの状況でレアな表情見せんなって、ずるいんだよお前。意図的に気を逸らさせられてる気すらする。


「楽、意外と沸点低いんだ」

「悪かったな……」

「悪いとは言ってない。でも俺の為にキレると逆効果だと思うから、やめた方がいいとは思う」

「へ……?」


 どういう意味だ……? と俺が聞く前に、樹は「俺も食器片付けてくる」と席を立つ。


 気付いたら部屋に一人の俺。俺の分の食器は問答無用で樹が一緒に持って行ってしまったので追う口実もなく、ぽつんと取り残されてしまった。


「はあああ……」


 折角里冉の手料理、皆で食えたのにな……。


 再び襲ってきたやるせなさと共に、もう一度机に突っ伏した。




   * * *




 夜中。

 ふと枕元に気配を感じ、薄目を開けるとやたらと綺麗な顔が俺を覗いていた。


「起きてる……?」

「今起きた……」


 そっか、ごめん…なんてしおらしく言うのは、他でもない里冉だ。


「なんか用か……?」

「ちょっと……話がしたくて」


 樹を起こさないようにゆっくり体を起こし、そっと縁側へと移動する。

 だいぶ暖かくなったとはいえ流石に夜風は少し冷たいな……と思っていると、さりげなく里冉が自分の羽織をかけてくれた。うーん、こういう気遣いは完璧なんだよなあ……。


「どした」

「さっきの……まだ怒ってる……よね」

「うーん……」


 まあ確かに……あの発言自体は許してない……気がする。


「らっくんあのね」

「うん」

「俺、別に樹のことが心配じゃないわけじゃないんだよ……ただ、」

「うん」


 ただ? と次の言葉を待つ俺。里冉は俯いて、一度口をきゅ、と結ぶ。


「らっくんがいなくなっちゃうのが……何よりも一番……怖いんだ……」


 今まで聞いたことがないくらい弱々しい声色に、俺は面食らう。

 その上、横顔に昔の里冉の影を見てしまった。おかげで嫌でも本心だということがわかって、なんと返せばいいのかわからなくなってしまう。


「だから、つい……危険なこと、してほしくなくて……」

「……うん」

「わかってるんだよ、らっくんだって忍びだってこと。……でも、怖いものは怖くて……それに」


 また言い淀む里冉。


「……最近樹と仲良くなってくのを見る度、だんだん俺から離れて行っちゃう気がして……不安で仕方なくなってて……情けないことに……樹に嫉妬しちゃってた……。それで……つい」

「里冉……」


 知らなかった。そんな気持ちにさせてたなんて。


「女々しいしかっこ悪いし……本当はらっくんにはこんな俺知られたくなかったんだけど……」

「……俺と気まずくなってる方が嫌だった?」

「うん……」


 …………………………なんか悔しいけど、素直な里冉……ちょっと可愛いじゃねえかよ……。


「あのなあ、忍びだってわかってんならもっと俺のこと信用しろ~? 忍びにとって最優先の任務はなんだ?」

「生きて……帰ること……」

「そ。だから大丈夫。俺の帰る場所は多分、お前だし」

「へ……?」


 うわ超恥ずいこと言ったな……と少し後悔する俺だったが、今の里冉にはこれくらい言わなきゃだろ、と自分を説得して続きを話させる。


「……なんつーか、ほら、あれだ……何年もあの廃寺でお前のこと待ってた俺が、自ら離れていくはずないだろ? むしろ俺の方が心配だっての、またいなくなるんじゃないかって」

「らっくん…………」


 泣きそうになっている里冉の情けない顔に、思わずふは、と笑みが溢れてしまう。

 今のお前でもそんな弱いとこあるんだな。なんか安心した。ちゃんと俺の知ってる里冉だ。ていうか俺が弱点って。どんだけ好きなんだよ。ほんと、ばか冉。


「……樹も心配だけど、それ以上に俺がお前の前からいなくなんのが怖すぎて、思わずあの言い方になっちまった……か」

「うん……嫌な気持ちにさせてごめんね」


 既に俺の中では許してしまっている。が、里冉が謝っているこの状況……これは……利用しない手はないのでは……? とつい悪知恵が働いてしまう。……つい、な。つい。


「……あのさ、里冉お前、千昊って奴の居場所知ってんだろ?」

「え、なんでわかったの」

「なんとなく。でさ、やばくなったら無理やり連れ帰っていいから、千昊のとこ案内してくんね?」

「え……でも俺がいたら樹が……」

「いや流石に案内役くらいはさせてくれんだろ」


 そっかあ、と言って考える里冉。

 その表情は……微妙だ。やっぱダメかな。まあ相手が気分で仲間殺すくらいヤベー奴だしなあ……。


「案内してくれたら、あの発言も許す」

「ええ~……それはずるいよらっくん……」

「へへ」


 やはりこれは効果あるみたいだな。まあ既に許してるのも里冉にはバレてそうだけど。

 それから少し考え込んでいた里冉は「じゃあ……」と切り出す。お? と期待する俺。


「なんで俺があの子の居場所知ってるかは詮索しないことと、危険だと判断したら無理やりでも千昊から引き剥がすために俺が同行する、って条件付きなら……」

「おう。それでいいぜ」

「わかった。引き受けるよ、案内役」

「やったー! さんきゅ、里冉!」


 これで調査続行できる! 樹にも知らせなきゃ! と喜ぶ。一方で、里冉はまた少し表情が曇っていた。さっきよりはずっと穏やかだけど、それでも憂いを孕んでいて。


「あーあ、ほんと羨ましいなぁ……樹……」


 小さく呟く里冉。その顔を見て、報告会後のあの寂しげな微笑みを思い出す。

 そっか、俺、そういえば……


「……双忍ってさ、コンビのことだけ言うわけじゃねえじゃん」

「え? うん、言ってしまえば班自体も分類はされるよね」

「そ。だから、ゆくゆくは……俺と樹の連携が上手くいくようになったら、俺らとお前で双忍、って言えるようになったらなって……思ってたんだ、俺」


 三人一組ってのはまだ難しいかも知れない。でも、二人と一人の双忍なら、俺達でもきっと────

 そう考えていた。だから寂しくなかった。むしろ早くそうなりたくて頑張れた。でも里冉は……。


「だから、お前と別行動がいいとか三人じゃなくても平気とかそういうんじゃなくて、俺はお前との双忍を先に見据えてたから、前向いてられたんだよ」


「お前は羨ましがる必要ないってこと、ちゃんと伝えてなくてごめん」




   * * *




 縁側から聞こえてくる話し声に、耳を傾ける者がいた。


(バカップルかよ……俺巻き込まないでよ……)


 人の気配で起きた。が、邪魔になることを察して寝たふりをした。

 あえて空気を読まない選択をしがちな楽を見て逆に空気を読むことを覚えた樹は今、起きてしまったことを心底後悔していた。


(クソ兄貴の女々しいとことか知りたくなかったし……楽のやつ……人誑しめ…………)


 楽が謝って以降、やけに静かになった二人。樹には内容の聞き取れない程度の声で会話しているようにも思える。

 そんな二人の様子に(もしかして兄貴泣いてたり……?)なんて考えてしまう樹だったが、すぐに(自分で好奇心煽るのやめよ……)と自らを戒めた。

 しかし気になる。見たら余計に後悔することはなんとなく察しがついているが、樹の中では今にも好奇心が勝利の旗を掲げそうになっている。


(大人しく寝るのが最善なのわかりきってるでしょ……いやでも……)


 数分に及ぶ葛藤の末、結局そっと目を開きかける樹。

 しかしその瞬間、二人が縁側を離れる気配がした。楽が戻ってくるのかと思い焦って寝たふりに戻る樹だったが、どうやらそうではないらしい。


(どこかに……行った……? こんな夜中に……?)


 明日千昊のとこ行くんでしょ早く寝なよ。とか、兄貴甘やかすなって言ってんじゃん。とか、そもそも偵察はどうしたのさ。とか、樹の頭に二人への文句が瞬時に浮かぶ。


 ていうか何より気になる。いや、あの二人の関係とかぶっちゃけこれ以上は知りたくないけど、流石にあそこで切られたら(聞こえなくなったら)先が気になるに決まっている。兄貴はどう反応したの。ていうかマジでどこ行ったの。さては夜桜デートでもしてんのかあのバカップル。

 樹はそこまで考えて、思考を放棄した。


(やめよ……寝よ……知らぬが仏って言うし……)


 明日、気まずくなっていた二人の雰囲気はすっかり元に戻っているだろう。それどころか前より甘くなっている可能性すらある。けれど、そこには絶対触れないでおこう。そして、何があっても起きていたことは悟られないようにしよう。


 そう心に誓い、樹は再び眠りに落ちた。

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