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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
57/105

五十六話・花時



 ふと、本格的に春の陽気が里を包んでいたことに、気が付いた。


 最近はずっと梯や秋月やなんだと気を張っていた……というか、周りの人間ばかりを見ていたので里の景色を楽しむ余裕が無くなっていたことにも気付いた。


 今の今まで樹と本部の周りを走っていた俺。しかし桜並木に入った途端、その景色のあまりの美しさに走り込みどころではなくなってしまった。

 晴れた透き通る空。咲き乱れる淡い色の花。暖かな空気の中を、春の匂いを乗せた風が吹き抜けて行く。里の街並みは元々好きだが、桜が満開ともなると思わず足を止めて見入ってしまって。

 その景色の中に溶け込んでいくような気分で、ゆっくりと坂を上る。視線を少し落とすと、先で立ち止まって、何してるのさ……と言いたげな視線を俺に向けている樹が目に入り、駆け寄った。


「桜、すげー綺麗だぜ」

「見たらわかる」

「ふは、冷めてんなあ」


 俺が笑うと、樹は「うちの敷地の桜も満開だし」とぼそりと呟く。


「うわいいな、花見行きてえ、法雨に」

「立花の後継のセリフじゃないよねそれ」

「え~? いいじゃん、今代くらい仲良くしようぜ」


 とは言うが、流石の俺もそれが難しいことはなんとなく理解している。親父とか茶紺の前じゃ絶対言えねえし、こんなこと。


 でも一度くらいは普通に遊びに行きたい、なんて思ってしまうのも確かだった。樹と仲良くなってからは尚更。

 立場も任務も忘れてダチに……ってこの前の俺の言葉は、俺が思ってる以上に〝本心〟だったりするのかもしれない。


 このまま甲伊の境がなくなって、立花と法雨も仲良くできたりしないかな。


「……は~あ。ほんと、なんで仲悪ィんだろなぁ、俺達の家」


 言い方は軽いが、長年心の奥底で思い続けていたこと。どうしようもないことがわかっているから声には出さなかったこと。

 いざ口にすると、胸の奥がきゅう、となる。樹はそれを知ってか知らずか、「それも気になるけど、」と話を少しだけ逸らした。


「不仲を知ってるはずの上が俺達と楽を同じ班にしたのも意味わかんないよ。上の決定だからって会うこと許されてるけど、本来は名前口に出すのも嫌な顔されるくらいなのに」

「あ~……」


 それは里冉が……と言いかける俺だったが、あまりこの話はしない方が良さそうだ。アイツにある権限が樹にはないことを突きつけるのは、よくない。

 そう考えた俺は、代わりに「互いに監視する為に、って聞いた気がする」と返した。


「はあ、なるほど。俺達は楽が好き勝手やらないための監視役ってわけね」

「おい俺だけ監視対象みたいに言うな。好き勝手しようとか思ってねえし」

「だろうね。まあでも結果的に白楽の監視みたいな役割もしてるし、上の思惑通りなのかも」

「だなあ……って白楽って呼ばれてんのアイツ」


 そうとしか呼びようがないし……と言いながら別のネーミングも考え始めたらしい樹は、少ししてからぼそりと「ホワイトペッパー……」と言った。吹き出す俺。唐辛子いじりなんだろうけどもう別モンじゃねえかそれ。


「白楽でいいわ……」

「うん。名前ちゃんとわかったら教えて」

「あんのかな名前……」


 すっかり走るのをやめて桜を見ながら歩く俺達。

 冷めてるように見えた樹もなんだかんだ俺のペースに合わせて歩いてくれてるあたり、優しいのか桜好きなのか……わかんねえけど、なんかいいなこういうの。


 今度は……里冉も一緒に……とか……


「……あのさあ」

「へ?」

「クソ兄貴も大概だけど、楽も結構わかりやすいんだからね」

「へ………っ!?」


 顔に書いてた、と呆れたように言う樹。思わず顔が熱くなるのを感じて、おいおい肯定してんじゃねえよ、と自分にツッコむ。


「物好き」

「ほっとけ」


 そんなにわかりやすいかなあ、俺……。なんて思いながら、樹の少し先を歩き始めた。


 ……実を言うと泊まり込み初日だった昨晩、寝る前に所謂修学旅行の夜的テンションで話をしていたら結局里冉との関係……というか俺がどう思っているかとかそういう話を、だいたい聞き出されてしまったのだ。悔しいが樹の術に負けた。俺が樹に心開きすぎてるだけかもしんないけど。


 とはいえ流石にミサンガの話とか再会までの俺の行動とかそういうのは恥ずくて話せなかったのでそういうのは抜きにして、昔たまたま伊賀近くで出会って、法雨ってこと知らないまま仲良くなって後から知って、アイツが忙しくなって会わなくなって、今に至る、ってのを話した。嘘は言ってないし樹もすんなり信じてくれたし、まあこのくらいならいつか話していただろうから良しとした。(当たり前だが他人に勝手に話さない、とも約束してくれたし)


 それに俺は俺で『そもそも樹ってなんで里冉と仲が良いことがダダ漏れな俺に普通に接してくれんの? 嫌いな人と仲良い奴って普通避けたくなんねえ?』とずっと気になっていたことを聞いて、


『……楽が俺と兄貴を別だと認識してくれてるから、俺もそうしてるだけ』


 って嬉しいこと言ってもらえたしな。昨日はやけにそういう話をしたなあ、と思い出してなんとなく小っ恥ずかしくなる。いやでもマジで不思議だったんだもん。樹がこんなに早くいっぱい喋ってくれるようになるとか、誰が予想したよ。多分俺が一番びっくりしてんだよ、これに関しては。


「何ニヤニヤしてんのさ」

「ん~? 樹とダチになれてよかったな~って」

「は? 何急に、気持ち悪い」

「はは、ひでぇ」


 置いてくよ、と再び走り出す樹の耳はほんのり赤く染まってるように見えた。ほんと、照れ屋っつかツンデレっつか……里冉の前でもこんくらい可愛かったらなあ、なんて思ったが、本人に言ったら鳩尾くらいそうだし、内に留めておいた。


 そうして樹の後を追うように、俺もまた桜色の中を走り出す。

 今はまだ二人だけど、いつかは里冉も入れて三人で、くだらない話やなんでもないことで笑い合いながら同じ桜を見たいな。なんて、まだまだ夢でしかないいつかを思い描いて、先を走る樹の背中を見ていた。




   * * *




 本部に戻ってきた俺達は、前に使って以降自然と里冉班の集合場所となっている部屋に集まっていた。

 中間報告会……というか主に里冉の方の成果報告を聞くためだ。


「他の班だけど、白班がやっぱり優秀かな。拠点見つけてるだけあってその周辺の地形把握がだいぶ進んでる。あと俺達みたいに実地に行く前に準備期間設けてる班もちらほら。ああそれと拠点捜索以外にも、過去の梯関連事件を洗い直してる班もいた。偽空翔くんが積極的に接触していたように見えた人物をリストアップしたり、今わかってる構成員の能力をまとめて対策を練ったり」

「ほ~、それぞれちゃんと動いてんだなあ」

「そうみたい」


 俺の真前を陣取る里冉が、いつもの笑顔でスラスラとここ数日で調べたことを発表する。そして俺と並んで座っている樹は、それを聞きつつも心底どうでも良さそうな顔をしている。ったく、コイツほんと兄貴の前じゃふてぶてしいのなんの。


「てかこの短期間でそこまで調べたお前が一番すごい」

「えっへへ、それほどでもぉ」

「楽、調子乗るからあんまりこいつのこと褒めないで」

「あ、おう」

「ちょっと!?」


 やっと喋ったと思ったらそれかよ、と俺が笑うと、樹は「……うるさい」とそっぽを向いてしまった。

 なんか、ふてぶてしくはあるけど前よりはずっと雰囲気が刺々しくなくなってる気がするな。……これってもしかして俺効果だったりする? 自惚れか? いや絶対俺効果だよな?

 なんて考えていたのがバレたのか、樹に肘で小突かれる。はい、すみません。成果報告に話戻します。


「……あ、そういや月咲? って奴の班はどんな感じだったんだ?」


 里冉は一瞬ポカンとして、それからいつも通りを装って「あれ、月咲のこと聞いたの? 樹から?」と笑顔で聞いてきた。もしかしてあんまり触れられたくない話なのかな。


「聞いたっつか、まあ嫌な奴ってことだけ……詳しくは里冉から聞けって」


 言いながら俺が視線をやると、樹は「詳しいでしょ」と里冉に話を振った。


「まあ……そんな詳しいってわけでもないけど……」


 里冉の顔が少しだけ曇ったのを見て、なんだなんだ、とはてなを浮かべる俺。すると里冉は、まあいいからっくんなら……と呟いてから、月咲とやらの話を始めた。


「月咲、俺が本家の次期当主ってのが余程気に入らないのか、ここ数年ずっと俺及び俺の周りの人に回りくどい手で嫌がらせを続けてるんだよね」

「ええ……なんだよそれ……嫌がらせって……」

「うちって俺とか樹にそれぞれ使用人の中から選ばれた護衛組ってのがいてさ、いつもここまで送ってくれてるのは樹の護衛の一人なんだけど」


 俺が「流石お坊っちゃま……」と言うと「らっくんも変わんないでしょ」と返される。まあ確かに使用人はいるけど、護衛までは……いやもしかしたら茶紺がそれだったのかもしれないな? この前も道場に迎えにきたりしてたなそういえば。


「……それで、その護衛組の嫌な噂を流されたり、実際はやってない他の使用人への嫌がらせの犯人に仕立て上げられてその使用人からリンチに近いことをされたり……分家も含んだ宴会のときは高確率で何かしらの嫌がらせをされてる」


 特に俺の護衛の一人のはるくんはメンタル弱いからよく餌食になってるみたい、と続ける里冉。全く知らなかった。思えば里冉は自分のことを、ていうか家のことは特に話さないから……。


「それ……なんでほっといてるんだよ……」

「あくまでも他人を操って嫌がらせの実行犯にしてるから、なかなか月咲がやったって証拠が出ないんだよね」

「あと囲いが多いし何故か統率が取れてるからいつだって月咲のアリバイと弁護人が完璧に用意されてる、って状況でさ」

「そう。だからまともに相手にしない方がいい、ってなってるんだよ、本家では。分家の次期当主と揉めるってのも本来避けたいことだしね」


 やり方が巧妙でしかも法雨兄弟は立場上動けない……月咲は多分、本家が動かないこともわかっててやってる……って感じか。

 俺なら立場とか証拠とか関係なくそいつが主犯ってわかった時点でぶん殴りに行ってしまいそうだけど、流石にこの兄弟は大人だ……。いやまあ俺もなんだかんだ寸前で思いとどまる気はするが。殴った後のことを考えるとな……。


「うう~~~ん……聞けば聞くほど厄介だな」

「でしょ」


 内部の揉め事あんまり外に知られちゃまずいし、かといって内部は何も手を打たないから膠着状態なんだよねえ……とため息を吐く里冉。なるほど、さっきの『まあいいからっくんなら……』はそういうことか。

 いやてか俺ならいいのかよ話しても……と嬉しさとツッコみたさが頭の中で混在し始めたその時、樹がボソリと呟いた。


「弟に暴行繰り返してるって噂もあるよね」

「はあ!?」

「あるね。噂っていうか事実だろうけど……快音がいつもマスク外さないのはそういうことでしょ」

「ああそっか、あれって痣隠し……」

「おそらく、だけどね」


 快音って……あれか、茶紺の班にいるアイツか。確かにずっとマスクしてたな。てか今普通に会話できてたな法雨兄弟。あれ? もしかして共通の敵いると結構普通に話せる?


「……里冉がいい兄貴に見えてきた」

「それはない」

「即答やめてもらっていいかな弟様」

「それはない」

「うん、わかったから」


 ……普通に話してた気がしたのは、やっぱ気のせいだったか。


「ところでらっくんは最近どう?」

「どうって何が」

「眠ってる間に何か起こったり、紅くんの能力のこととか」


 急に振られてびっくりする俺。一瞬茉央調査のこと聞かれたのかと思っちまった。


「ああ、白い俺のこと? あれ以来全然出てこな…………いや、気絶してる間の記憶を見せてきやがったことはあったな」

「なにそれどういうこと」


 食いつく里冉。樹も里冉の話を聞いている時よりは興味ありげな態度になっている。……まあこの二人だし、月咲のことも話してくれたし、俺も話せることは話すか。


「内容はちょっと話せないんだけど、俺怪我して帰ったあの日二回部屋でぶっ倒れてんのな」

「ええ!?」

「んで、一回目は………………あれ、そういやなんでぶっ倒れたんだっけあのとき……」

「え」


 ……? おかしい、なんでだ?


「え、あれ? なんかそれで気になってたことがあって……茶紺に質問しようとして………………」


 よくよく思い出そうとしてみるが、なんでぶっ倒れたのか全く思い出せない。あれ? 俺……何を聞こうとして…………


「やべえ思い出せねえ。なんだっけ。まあいいや、そんで」

「いいの……」

「二回目倒れた……ってか気絶してるとき? のアイツ……白い奴な、の視点での記憶みたいなのを起きた後に無理やり見せられたんだよな」


 何を言ってるかわからねーと思うが俺も未だにわかってねえ。なんだよ白い俺視点の記憶見せられるって。

 とか思ってる俺とは逆に何を言ってるかわかったらしい里冉が「なるほどね……」と手を口元に持っていく。


「白い方が見た記憶はしようと思えばらっくんにも共有できるんだ……」

「多分そう。でも全然俺の話聞いてくれない……っつかどんだけ呼んでも出てこねえし、全部白い方の気分次第なんだよなぁ」

「そっか……」


 思えば白楽の話、こんくらいしかないな。なんであれ以降大人しいんだろ。まあ考えてもわかんねーし、次行くか。


「そんで紅だけど、実は試してない」

「えっ」

「正確にはいつからかわかんねーんだけど、俺に紅の声が聞こえなくなった? つか紅が喋んなくなった?みたいで」

「えっ」


 既に聞いているおかげかノーリアクションな樹と一々驚く里冉の対比がちょっと面白くなってきてしまったが、なんとか話を続ける。


「だから意思疎通できないのに能力だけいいように利用するってのはなんか……気が引けて」


 話しながら懐から取り出した紅を握ってみるが、やはりなんの反応もない。まるで普通の苦無に戻ったみたいだ。でも演習の時には発火使えたし、今は声が聞こえないだけ……だと思うんだよなあ。


「また話せるようになるかとかは全然わかんねえけど、とりあえず今は戻んの待ちつつ今後どうしてこうか考えてるとこ」

「そっか……折角使いこなせてきてたのにね……」


 ふと、さっきからずっと黙って聞いていた樹が「話せる話せない関係なく使ってやればいいのに」と口を開いた。


「なんで」

「道具って使ってこそでしょ。能力使わない縛りで中途半端に使われるほうが可哀想だよ」

「う……そうなのかなあ」

「まあらっくんの好きなようにすればいいんじゃないかな。主はらっくんなんだし」

「おう……」


 それからはまた少し里冉の報告に話を戻したり、俺達の修行の進捗を聞かれたりして報告会はお開きとなった。

 樹はどうやら里冉と同じ部屋で長時間過ごす、ということ自体への拒絶反応があるらしく(?)外の空気吸ってくる……と言わんばかりにお開き直後に部屋を出て行った。同じ家で暮らしてるくせにな……部屋分かれてたら大丈夫なのかな……。




 ……とまあそんなこんなで今は里冉と二人きりになった。

 最近ずっと樹といたからかなんか久々な気がするな、なんて考えていると里冉に「らっくん、すごいね」と言われる。


「へ? なにが?」

「樹が今日みたいに俺の前で普通に話してるの、すっっっごい珍しいんだよ……」

「ああ、それか」

「どんな魔法使ったらあんなに喋ってくれるようになるの……」


 魔法って……そんな大層なものを使わないといけないと思ってるから喋ってくれないんじゃねえの、と思うが言わないでおいて、代わりに思い当たる〝魔法〟を答えた。


「友達になったから……?」

「と……っ」

「ふふん、双忍としての信頼関係築くためにまず友達から始めてみた」

「すごすぎてちょっとすごいしか言えなくなってるんだけど」

「うっそ、そんなに?」


 すると里冉は軽く俯いて「樹、同年代の友達いないと思うんだよね……同年代だけじゃないだろうけど」と本人の前で言ったら怒られそうなことを口にした。そして俺は『知ってる』と思うが、口にはしないでおいた。


 『いないと思う』という言い方から察するにやはり里冉は樹のことをあまり知らないし、樹も知らせようとしていないのだろう。なら俺から言うのは違う気がする。ていうかもしかしてコイツ、樹に友達いなさそうなことちょっとは心配してたのかな。意外……というか、今まであんま兄貴としての面を見てきてない分、なんか、変な感じだ。


「だからなんでこんな短期間でそこまで仲良くなれてるのか本当に不思議で……」


 まあでもらっくんだもんなぁ……すごいなあ……とよくわからない納得の仕方をしている里冉に、へへ、と勝ち誇る俺。


「里冉に勝てるとこ見つけたな」

「完全敗北って感じ……」


 そう言って里冉は力なく笑う。


「この調子でお前の足引っ張らないような双忍になって見せっから、期待して待ってろよ!」


 わざと明るく言いながら笑ってみせると、里冉は「うん」と微笑んだ。

 その微笑みが少しだけ寂しそうに見えた気がして「里冉、」と言いかける俺だったが、里冉はそれを遮って立ち上がった。


「それじゃ、俺はそろそろ偵察に戻ろうかな」

「あ、おう……いってら」

「いってきます」


 ……里冉の様子が少し気になるが、俺も切り替えていかねば。

 そう思い、樹を探しに部屋を出た。

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