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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
54/105

五十三話・其々の興味




 今日も本部で修行していた俺と樹は、昼休憩中に狼谷班と遭遇した。

 睦さんが班長なので狼谷班なのだが、甲賀の奴以外のもう一人は氷鶏のメンツらしい。つまり、空翔の穴を埋める為に入った氷鶏の新入りが、そこにいた。


 その新入りこそ、秋月 氷璃ひょうり

 秋月について調べ始めた俺が、話を聞きたいと考えていた人物の一人だった。この対梯忍者隊が出来た初日に見かけて秋月であることだけ認識していて、茶紺に後で詳しく聞こうと思っていたのだが、色々あったせいで忘れていたのだ。


 まさかこんなに早く面と向かって話す機会が訪れると思っていなかった俺は、突然舞い込んだチャンスを逃すまいと少し必死になってしまった───というか、調子に乗ってしまった。

 どう調子に乗ったかというと、ノープランにも関わらず少しでも秋月のことを聞き出そうとしてしまったのだ。それでもできるだけ自然に話の流れを茶紺や秋月のことに持っていったつもりだったのだが、流石に意図を察したらしい氷璃さんに早々に


「本家のことは何も知らない。ごめんね」


 と爽やかな笑顔でぶった切られた。それでも意地になった俺が食い下がろうと「でも、」と言うと、ぐっと顔を寄せられる。


「他人の家庭事情にそう簡単に踏み込めると思うなよ」


 そう耳元で囁かれ、先程までとは違う低く冷たい声色にぞくりとする。

 しかしそれも一瞬で、俺が何か言う暇すらなく氷璃さんは元の爽やか優等生スマイルに戻ってしまった。


 その後も氷璃さんと話しながら俺はずっと心相を読もうと頑張っていたのだが、明らかに家族や親戚の話題は避けているようだった。共通の知り合いかと思われた茶紺のことも、名前を出すだけで作り笑いによる壁が厚くなるのを感じた。

 ……もしかしたら、 そもそも秋月家の話自体が地雷だったのかもしれない。そうでなかったとしても、どの道完全に相手を間違えたらしかった。初めからこの冷静さがあれば……と思ったが、今更悔やんでも仕方ないので少しでも取り入ることを目標にした俺なのだった。


 幸い、睦さんともう一人は別で話していて俺達からは意識を逸らしていたので氷璃さんが俺に囁いたこともそもそも会話の内容も、俺と氷璃さん(もしかしたら樹も聞いてたかも)しか知らずに済んだのだが……やってしまった、という気持ちが俺の中で渦巻いていた。


 そんな俺に追い討ちをかけたのが、狼谷班のもう一人、甲賀者であろう同年代の少年からの俺への冷たい視線だった。

 まるで初日の樹のような……いやあれとはまた少し違った気もするが、とにかくかな~り嫌な視線が、他でもない俺に向けられていた。初対面で、そもそも俺はアイツの名前すら知らないのに、何か恨まれでもしてるのだろうか。よく分からないが、もちろん気分が良いものではなくて。


「なんか……やな感じだった……」


 狼谷班と別れた後、あの視線に気付いていたであろう樹相手に俺はそう漏らした。すると樹は「……アイツ、いつもと違いすぎて思い出せなかったけど、俺の嫌いな班の班員だ」と予想の斜め上の返しをしてきた。知り合いだったのかよ。


「なにその嫌いな班って」

「…………今回の隊にも招集されてるけど、法雨 月咲つかさってのがいて、そいつが班長してる影忍の班」


 俺が「法雨」とだけ復唱すると、樹は「そ、うちの分家の後継でさ」と教えてくれる。


「俺の知る限り一番性格悪いっていうか、まあとにかく嫌な奴なんだよね」

「へえ~……どんな?」

「それはクソ兄貴の方が詳しいと思う」

「なんだよお! 気になるじゃんかぁ!」


 文句を言う俺を見ながら、うるさ……という顔をしている樹は、相変わらず冷静に「今は月咲じゃなくてアイツの話でしょ」と話を戻した。そうでした。


「……で、アイツはその影忍の班の一員で、クソ兄貴の信者」

「信……!?」


 流れるように「だから俺は嫌い」と付け足す樹。まあそうだろうなあ……。

 それにしても、信者って。確かに里冉なら居てもおかしくないような気もしなくないが、実際に存在を確認すると驚いてしまうな。


「名前なんていうのアイツ」

「忘れた」

「おぉい」

「……あ、確かすずなとかいったかな」


 俺が思わず春の七草……と呟くと、樹もそれで思い出していたらしく「……もしかしたら芹か薺だったかもしれない」と呟いた。樹お前、さては人名の覚え方結構適当だな? まあいいや、とりあえず菘だと思っておくことにしよう。


 辛うじて名前は知ってはいたものの(合っているかは別として……)、樹はやはり菘とやらには興味がないようでどれだけ聞いても『里冉の信者』という情報しか出てこなかった。

 う~ん、それだけじゃ流石になんで睨まれてたのかはわかんねえな……と考え込む俺。一方で樹は本当に興味がないらしく、せっせと午後の修行に使うものを集めて回っている。


「…………あ、もしかして里冉と同じ班ってのに嫉妬されてんのかな」


 樹が整息の修行用の綿毛を持ってきたタイミングで、俺はふとそんな考えに至った。


「それはあるかも。仲良さそうなの目撃されてたりしたら尚更」

「うわ……めん…ンンッ」

「……面倒くさいって言いかけたでしょ」


 図星だった俺は思わずはは……と苦笑する。


「クソ兄貴は自覚ないみたいだけど、結構あるからね、アイツを巡った人間関係の拗れ」

「弟が言うと説得力が違うぜ……」


 よく巻き込まれているらしい不憫な樹は、心底迷惑……というのを隠そうともせずに「まあね」と眉根を寄せる。


「あんなナリと性格とスキルだから、うちの里じゃ厄介レベルで好かれるかめちゃくちゃ嫌われるかの二極化しがちなんだよアイツ。まあ何故かだいたいは好かれてるみたいだけど」

「お前から見たらさぞかし不思議だろうな」

「うん。……でも楽も好いてる側でしょ」

「まあ……つか俺里冉に限らずほとんど人のこと嫌いになんねーし」


 有り得ないんだけど? 正気? という顔をされた。一応「苦手なタイプとかはそりゃあるけどな?」と補足すると「それすらなかったら本気で怖いから……」と言われた。そうかなぁ。


「……ま、とにかく楽も気をつけた方がいいよ。それこそ、月咲とかにも目つけられる可能性あるから」

「まあでもそんときは樹が助けてくれんだろ?」

「は? 調子乗んな」

「すんません」


 無駄話してないでさっさと始めるよ、という樹の声で、午後の修行が始まった。




   * * *




 数日前、らっくんと樹が双忍として修行を始めた。


 俺が近くにいるとどうしても樹が不機嫌になってしまうため、長に直談判してまで一緒の班になりたかったらっくんと一秒でも長く行動を共にしたい……という俺の欲には少し大人しくしててもらうことにして、今は班の為を思って頑張ってくれているらっくんの邪魔をしてしまわないようにすることを選んだ。

 そうして別行動となった俺は、今日も二人に宣言した通り他の班の偵察に励んでいるのだった。


 注目しているのはもちろん既に成果をあげている優秀な白班だが、今日の俺が目をつけているのはくノ一だけで構成されている奈茅班、伊賀者の中にあの月咲が放り込まれた花倉班、そして……実力が全く読めない成実班。


 この対梯忍者隊本部には、梯関連の資料や忍術書を集めた資料室や各班が散らばって修行できるほどの広さがある。そのため実地に出向く前に新しい班に馴染む目的も果たしながら下調べをしたりらっくん達のように修行に励み班としてのレベル上げを図ったりする班が多く見られた。

 今あげた三班もこの傾向があり、本部に留まりそれぞれに動いている日が多い。白班がどの辺りを調べに行っているのかも気になるが、少しでも多くの班の動きを見ておきたい俺としては本部に複数の班が集まっている状況はありがたかった。


「やあ、なっちゃん」

「あ、りーくん」


 まずは資料室にいる奈茅班から。

 班長は従姉である法雨奈茅。班員は伊賀から桜日ちゃんと紫樹さんの二人。里冉としての知り合いはなっちゃんのみだが、利月としては桜日ちゃんとも接触したことがある。気付かれないかと少しヒヤヒヤではあるが直接話しかけても問題ないだろう、と判断して近づいてみる。幸い、散らばって資料を掻き集めている最中のようだしね。


「なっちゃんも資料探してるの?」

「りーくんも? ……あれ、一人?」

「ああ、うん。ほらうちの班……あれだからさ……」


 含みのある言い方をすると、なっちゃんは「ああ……」と察してくれた。どれだけ樹に嫌われているかをよく知るなっちゃん相手だと説明がいらないので、こちらのことはあまり話したくない場合の相手としてはやはり最適だったな、と思う。


「伊賀のくノ一さん達とはどう? うまくやれてる?」

「う~ん、どうだろ」


 意外な返事。なぜなら俺は俺でなっちゃんのコミュニケーション能力の高さをよく知っているからだ。


「これといって特にこう……仲良くも悪くもないんだよねえ……」

「そうなんだ……?」

「妙に冷静で何考えてるかわかんない二人でさ」


 ええ嘘だ……桜日ちゃんすごくわかりやすいのに……と思ったが、〝法雨里冉〟は桜日ちゃんのことは知らないので口には出さず。

 ていうか、桜日ちゃんが俺の前でわかりやすかったのはらっくんがほとんどずっと近くにいたからだろうな。好きな人の前じゃ忍びとしての冷静さなんて無いも同然になってしまうことは、身をもって知っている。


「ふふ、なっちゃんが苦戦してるの珍しい」

「りーくんよりは苦戦してないから大丈夫だよ」

「あはは……それを言われると何も言えないなあ……」


 実際、樹には本当に苦戦している。らっくんがすんなり話せるようになってるのを見て心底不思議に思ってしまうほどには。俺とらっくんの言葉では、何がそんなに違うのだろうか。


「……いっくん、そんなに嫌なら代わってくれればいいのに」

「へ……?」

「なんでもない。それよりりーくんはなんの資料探してるの?」

「ああ、えっとね……」


 適当に近くにあった資料を答えて、「あ、これだ」とあたかも今見つけたかのように手に取った。それから「なっちゃんは? 俺もう見つけたし探すの手伝ってあげるよ」と微笑みかける。


「ありがとりーくん。梯の名が広まり始める前の襲撃データを探してるんだけど……」

「なるほど、初めから調べ直そうとしてるんだ?」

「そ。被害者や出没場所に法則性とかないかな……って」


 ま、一応だけどね。と眉を下げて笑うなっちゃん。

 おそらく言い出したのは桜日ちゃんだろう。確かなっちゃんは本好きのお父さん(俺から見たら叔父さん)とは違って紙の資料や文字の羅列が得意な方ではなかったはず。万が一ここが梯に見つかった時に備えてダミーが多く置かれており内部の者でもそれなりに探し難くなっているとはいえ、やけに手間取っているのがその証拠だ。そんな彼女なら、調べるという行為には聞き込みという手段を選ぶだろう。そして桜日ちゃんは人と話すのはあまり得意ではないタイプだし、頭も良いので紙の資料を真っ先に頼りそうだ。紫樹さんという可能性もあるにはあるが、見たところ一番クール(もしくは桜日ちゃん以上の人見知り)なのでそもそも班内での発言の多くを占めているのが他の二人だと考えられる。

 何よりなっちゃんは他人に優しい。なので自分の意思よりも他二人の意見を積極的に聞き出し、尊重して、班長としての働きをしようとしている……と推測できる。


「法則性、ねえ……」

「ほら、もしあるなら次に現れそうな場所を予測して警備ができるし、襲撃の被害も抑えられそうだよね、ってなってさ」

「ああ確かに……」

「くノ一班に求められるのってさ、多分技術や戦闘力より、どれだけ里の人達の不安を拭えるか……だと思うんだよね。だから梯を直接倒しに行くのは他の班に任せて、私達は少しでも里を守る方に尽力しようかなって」


 らしくないな……と思う俺。


「なっちゃんは十分戦力になると思うけど……」

「あはは、やっぱり私がくノ一らしくしてるの違和感ある?」

「……ちょっとね。どうしてもつよくてかっこいいイメージがあって」

「ふふ。でもね、守るのにも強さは必要だから、尚更私がやるべき……なんだと思う」

「……そうだね」


 俺の勝手な想像ではあるが、おそらくなっちゃんは直接梯をぶん殴りに行きたいタイプだ。里が脅かされていることに対して、法雨内では誰より怒っているはずだし。(他のメンツが身内以外に興味無さすぎるだけかもしれないが……)

 周りの人間に優しくて、外の人間ともそれなりにちゃんと交流しているなっちゃん。彼女が人々の不安の種となっている梯を自分の手で殴ってやりたいと思っているのは確かだろう。こう見えて結構喧嘩っ早いし。それでもくノ一班という少し特殊な班のリーダーを任されたからには、期待されているであろう役割を果たしたいと考えてしまうのか。

 まあでもそんななっちゃんだからこそ、側で守りたいと思うのも自然な気もする。……何であれ、本人が納得してやっているなら俺から言うことは何もないのだけれど。


 そんなことを考えながら一緒に資料を探し、無事見つけて桜日ちゃん達と合流するなっちゃんを見届け、俺は資料室を後にした。

 奈茅班は今のところ梯からするとそれほど脅威ではない……が、先回りが上手くいけばかなり邪魔な相手……といったところか。警戒されている場所に忍び込んでなにかをすることの難しさや、避けたくなる気持ちはよくわかる。ただ梯の参謀の考えを読むのは俺でも失敗したくらいだし、そう簡単に上手くいくとも思えない。それどころか警備を上手く利用して手薄になった他の地で目的を果たそうとすらし始めそうだ。何故なら俺ならそうするから。


 なんて考えながら先ほど適当に手に取った資料をそのままに、次のターゲットの元へと向かう。

 お次は花倉班。月咲と伊賀者二人の班だ。

 班長である花倉螢は忍びにしては少し気の弱そうな……よく言えば人の良さそうな青年だが、班長を任されるのだからそれなりの実力の持ち主ではあるのだろう。まあ今のところは月咲の気の強さや性格の難に上手く対応できているのか、という心配しかないが。そして班員のもう一人である諷という忍びは、正直全く読めない。……というか、少し同じ匂いを感じる。が、それだけだ。流石に現段階ではまだ笑顔の裏に隠されている本性までは見抜けない。奈茅班にいる紫樹さんの兄だという情報だけは知っているが、どうも似ていないように思えて様々な説を考えてしまう。

 ……まあ考えたところでわかるものでもないので、今は班の動きを探るんでしょ、と自分に言い聞かせて思考を切り替えた。


 現在の花倉班は実地へ向かう準備をしている段階のようで、本部の一室を借りて作戦会議を開いていた。

 この班にいる知り合いは月咲のみ。樹の比じゃないくらいに俺のことを嫌っているらしい分家の後継様には流石に直接話しかけに行く気は起きなかったし、丁度作戦会議のタイミングで調べに来れてラッキーだった。能力や実力がいまいち把握できていない班相手に盗聴は少しリスキーだが、隊の仲間という立場である以上万が一バレてもたいしたお咎めはないはず。梯が俺の変装をして盗聴を行う可能性だってゼロではないし、現に高精度の変装術を持つ構成員がいるので有り得ないシチュエーションでもない。


 足音と存在感をなるべく消しながら部屋の周りを彷徨き、聞き耳を立てられそうな場所を探る。結局廊下や外より人目のない隣の部屋が最適だという結果に至り、部屋の中の三人の位置関係も探りつつ極力班長に近い場所で聞くことにした。月咲の声は記憶しているから意識すれば拾えるし、発言の全てが聞き取れずとも性格や普段の言動を知っているためある程度こちらで補うことができる。そして普段から班長をやっている花倉さんはここでも仕切り役だろうから、最悪彼の声だけでも聞き取れれば内容はわかるはずだ。見つかって何をしていたか聞かれたときに備えて持ったままにしていた手の中の資料を開き、読むフリだけして意識は壁の彼方側へと向ける。


 どうやら話しているのはこの前の俺達と同じようなことらしい。今後どう動くか、だ。そして月咲は他の班……まあ100%俺の班だろう、をライバル視しているようで、猫を被って隠してはいるようだが発言の端々に焦りや苛つきが見えた。

 俺達より先に成果をあげることを目的としているようじゃ、正直警戒にも値しないかな……。予想はしていたが、ここは調べる価値もあまりなさそうだ。と思いつつ、伊賀者二人が月咲をどう扱うのか気になっていた俺は盗聴を続行してみた。


 ……しかし俺の期待とは裏腹に、結局この班の会議は進展がなさすぎて盗聴している間小道具として持っていた資料に目を通す暇がある程のものでしかなかった。花倉さんも諷さんも、本来は優秀な忍びなのだろう。けどどう見ても月咲が足枷となっている。

 長達が何を思って月咲を選抜したのか、不思議でならない。もし俺と同じフィールドに置いて競い合わせることで結果が出ると期待したのなら、上はどちらのことも買い被りすぎている。俺は正直月咲など眼中にないし、月咲にとっても俺の存在があるとどうしても敵が梯から俺へとすり替わってしまうため、到底良いとは思えない。


 限りなく無駄に近い時間を過ごしてしまったな……資料の内容も頭に入っていたものだし……と盗聴を続行したことを若干後悔しながら、意識を次へと切り替える。


 今日の最後のターゲットは成実班。今回の隊の中で、俺にとっては最も未知数な班である。

 なぜなら班の全員が、当初考えられていた水蛇のメンバーありきでの班分けのときにはいなかった者の集まりだから。

 俺の知る水蛇が組み込まれていたときの暫定の班分けは、俺とらっくんと刹那班長の五十嵐班、そして快音と茶紺班長の秋月班、朱花くんと梵班長の一鬼班、どちらに入れるか、はたまた、と迷われていた樹……といった感じだった。樹の入らなかった片方には実は俺の父か他の分家の者が入る……とかなんとか話していた記憶があるのだが、水蛇の失踪を受けた後の会議で結局その候補からではなく甲賀からは榊木という元法雨の傘下の家の次期当主、伊賀からは黒馬という直属班が抜擢された。


 その次期当主というのが榊木廉さかき れん。長から要注意人物として名前を聞いたことがある少年だ。

 直接話したことはあったような、なかったような……といった感じの忍びだが、あちらは俺のことをよく知っている……というか興味があるようで、よく視線を感じるのであまり得意なタイプではなさそうな気配を感じている。甲賀ではわりとよくあることなので慣れてはいるが、正直少し面倒臭い。好意のジャンルや大きさがどうであれ、長に要注意と言われる彼に目をつけられるのは……ね……。


 なにより、今回同班になったことで俺と仲良くなったと思われていそうならっくんが面倒ごとに巻き込まれる可能性が無いと言い切れないことが、かなり気掛かりだ。

 らっくんは既に俺のせいで(あと樹と仲良くしているのも目立っているようで)、甲賀連中からは良くも悪くも注目されている。まあ逆に伊賀者からも俺と樹は突然現れて伊賀のお姫様を横取りしていった他国の王子、くらいの認識をされていてもおかしくないしメンバーがメンバーなだけに避けられない展開だったことは確かだろう。

 それでも少しでもらっくんに害が及ぶことは避けたい。特に月咲や廉くんがらっくんに矛先を向けたときが恐ろしい。正直この成実班には、班偵察というより廉くんの考えていることを調べに来た、といった方が正しいだろう。


 班員は廉くんと春原志場(しば)、班長は成実潤なるみ じゅんという青年。潤くんはどうやら忍びとしての考え方が『生存優先』に振り切れているようで、『任務優先』の志場くんとは壊滅的に話が合わないらしい。それでも二人はこれまでも黒馬としてやってきており、ここでも同班なあたり仲は良いのだろう。……多分。

 見たところ、口喧嘩が絶えない二人をニコニコと見守る廉くん、という不思議な空気の班らしい。


 現在この班が何をしているかというと、少しでも修行をしたい志場くんVS梯の情報を洗い直して対策を練りたい潤くんの喧嘩が勃発しているところだ。

 みんな其々に班をまとめるのに苦労してるんだな……と少し安堵してしまうが、あくまでそれは班長目線の話であり、梯目線で見たときに付け入る隙しか見当たらなくて不安になってくる。本当にこんなので大丈夫なのか、対梯班……と。


 忍びは其々に信念やスタイル……所謂忍道と呼ばれるものを持っている者が多い。特に実力のある者ほど、その流派や師、もしくは己の考え方が染み付いている。どんな者に化けても、どんな環境であっても、忍びである己自身を信じ、揺るがしてはならない。だからこそ、己を揺るがさず信じ続ける為の軸が必要になってくる。

 そのため、もちろんその軸が違えば意見はスッパリ分かれるし、同じ土地で忍びとして共に育ったのであろう彼等でさえこうなのだから、甲伊をごちゃ混ぜにして班を組ませると班内で問題が起こり始めるのは明白だったとも言えよう。協調性の問題でもあるにはあるが、忍びとして育てられた者達にとっては協調性云々よりも譲れない軸を優先するのは当たり前なので仕方ないとも思える。(話は逸れるが、らっくんの人誑しや異常なほどの愛され体質は逆に軸が全く無いことに起因していると俺は思っている)

 それでも長達がこの対梯忍者隊という暴挙とも取れる策を実行に移したのは、それなりの意図があってのこと。だからこそ、その意図を汲んで期待の上をいかねばならない、というプレッシャーをおそらくこの隊全体が感じている。俺含む、班長に抜擢された者達は特に。


(……大丈夫にするんだ、俺達自身で)


 さっきからずっと廉くんがあまり発言しない上に喧嘩も終わりそうにないので、また後悔する前に切り上げることにした。そっと成実班から離れ、小道具としてずっと連れ回していた手の中の資料を元の場所に戻してやろうと俺は再び資料室に向かう。


 すると、偶然同じタイミングで資料を戻しに来たらしい奈茅班と鉢合わせてしまった。


「あ」

「あ……」


 桜日ちゃんと目が合う。なんとなく気まずくて逸らしかけるが、瞬時に色々察したのか、それとも俺が利月だとバレていないのか「どうも」と普通に挨拶をしてくれたので、俺もごく普通に挨拶を返した。


「どう? 法則は見つかった?」


 資料を棚に戻しながら問うと、なっちゃんはうーん……と言いつつも「被害者の傾向はなんとなく、って感じかな」と答えてくれた。


「へえ、どんなの?」

「……りーくん、うちの班利用しようとしてるでしょ」

「あはは、そんなつもりは」


 流石にだめかあ、と思いながら笑う。

 味方相手でも簡単には話さないあたり流石法雨の人間だ。そう感心するが、既にそこそこ話してもらったあとなことに気付き、果たして感心していいものか……と思い直した。


「……りーくん」

「ん?」


 資料室を出て、さて、とらっくん達の様子を見に行こうとする俺を、珍しくしおらしい(ように見えた)なっちゃんが引き止めた。なんだろう、と思いながら次の言葉を待つ俺だったがなっちゃんは何かを言いかけてはやめて、代わりの言葉を口にする。


「いっくん達の様子……見に行くの?」

「うん。……まあ俺が出て行くとあれだし、こっそりだけどね」

「そんなに気遣ってるんだ……大変だね……」

「頑張ってる二人の邪魔にはなりたくないからね」

「そっか」


 桜日ちゃんと紫樹さんが其々に去って行くのが目に入り、俺が「もう解散?」と聞くとなっちゃんは頷く。


「……一緒に見に行く?」


 なんとなく行きたそうに見えたから誘ってみたが、なっちゃんは少し考えてから「……ううん、いいや」と答えた。気の所為だったのかな。


「私も、邪魔になりたくないから」

「……? そっか」


 なっちゃんは樹に嫌われていないし、誰の邪魔……? と不思議に思っていると、「それじゃ、先帰ってる」となっちゃんは爽やかな笑顔を残して帰っていってしまった。


 ……よくわからないけど、なっちゃんなりに気を遣ってくれたんだろうな。


 なんて想像しながら、俺は最愛の彼、らっくんの顔を見るために歩き出したのだった。

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