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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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四話・鼠と手紙



「──ということがありまして」

「ほう……またか……しかしいったい奴らの目的は何なのだ……」

「わかりません。単なる破壊活動……にしてはやけに慎重な立ち回りにも感じますし」


 伊賀、長屋敷傍の会合所。

 集まっているのは十二評定衆と、その他お偉いさん達。そして長の第二補佐に扮した俺、法雨里冉。変装していることからわかるように、もちろん無許可で忍び込んでいる。


「それにしても、せっかく現れた奴らを取り逃がしたことについては、褒められたものじゃ無いですなぁ」

「しかしあの場にいた忍びは、即死だった少年二人を除けば立花のご子息一人とのこと。生還しただけ十分ではないか。むしろ奇跡にも値する結果だとは思わんかね?」

「全く、春原(すのはら)殿は立花に甘すぎですぞ」

「それを言うなら貴方は厳しすぎるように見えますがな」


 十二評定衆の側近や警備で参加している者達に紛れて、机は囲まず壁際で椅子に座って話を聞く。俺の変装している第二補佐とやらは病弱で普段からあまり表に出ないため、一部の者としか面識がないし、こういう会議の場への参加がまず珍しい……らしい。なので壁際でただ黙って聞いていても特に不自然ではない。おかげで全くバレる気配がない。


「とにかくここはもう一度、梯の拠点探索班を結成させては……」

「前回の結果を忘れたのですかな?」

「もちろん覚えている。あれだけ実力者を集めた班を向かわせて、誰一人として帰ってこなかったのだ。忘れるはずもない」

「このタイミングで更に戦力を減らすような真似は避けたいと、そうは思わんのか」

「避けても奴らがその気になれば、こちらは何もできないまま戦力を大幅に削られることになるだろう。なら先手を打たねばなるまい」

「だとしてもだ、何もそんなに急ぐ必要は……」


 会議が始まってからそろそろ半時は経ったが、ずっと梯の話をしている。やはり今の伊賀にとって最大の脅威は梯なのだろう。

 甲賀の会議ではものの数分で法雨にほぼ丸投げするという結論に辿り着いていたのに………まあ、法雨という圧倒的な戦力があるおかげで恐れる程の存在とも思えないのは、わからなくもないけどね。


「……やはりあの申し出を、受け入れるべきですかな」

「まさか、何を言い出すのですか」

「甲賀者の言うことなど簡単に信用してはいけない、常識でしょう」

「そうだとしても……今回ばかりはまた昔のように……」

「いつの時代の話をしているのですか」


 やっとお目当ての話題になったな、と思いながら聞いていたが内容は相変わらず。甲賀よりずっと頭の固い爺さん達が多いイメージではあったが、本当にそうだったらしい。まあ、まだそのときでは無いってだけかな。それにあんまり早く決まっても、今のままのらっくんじゃ活躍できないどころかそもそも選ばれないのが目に見えているものね。でも、相手が……梯が大人しく待っていてくれるとは限らない。難しいところだ。


 その後、しばらくはほとんど進展のない梯の話が続き、会議はお開きになった。

 第二補佐は一部としか面識がないとはいえ、里の重役の一人であることは確かだ。この中に親しい者がいる可能性はゼロではないし、それでなくても話しかけられれば流石にバレかねないので、誰かに引き止められる前に俺はそそくさと会合所を出た。伊賀者の変装で外に待機させていた俺の護衛に目配せして、至って普通に並んで歩きながらも声を落として会話する。


「さ、帰るよ」

「今日はもう宜しいので?」

「うん。やはり今回も進展はなさそうだ」

「そうですか」


 そうして伊賀を後にした。

 俺達を尾行する、もう一人の気配を感じながら。




   * * *




 法雨家本邸、当主の部屋。

 俺は当主の前に跪き、先程の潜入の報告をしていた。


「……というわけで、伊賀は未だ足踏みしている状態のようです。如何致します?」

「そうじゃの……時期を見てまた殺尾に行かせるか」


 法雨十(みのり つなし)────彼はこの家の現当主であり、俺の父の父、つまり祖父にあたる人物だ。

 夕日が差し込み赤く染まった部屋には俺と当主とその側近である哀の影が落ち、庭の木々が春風にそよぐ音が静けさを彩っている。

 甲賀の最高機関に似つかわしい、厳かな空気が流れていた。


「ではこの件はまだしばらくは様子を見る……と」

「ああ。ご苦労であった、里冉」


 報告を終えると、この部屋に来た時から気になっていたことを俺はつい口に出していた。


「……そういや、今日は若づくりはしていないのですか」

「若づくりではない。能力の有効活用じゃ」


 俺がほんの一瞬目を離したその隙に、当主はいつもの姿に変わっていた。俺より少し上……二十歳かそこらに見える、若く美しい姿。その姿でいたずらっ子のような笑顔を浮かべるものだから、毎度どちらが本当の姿か忘れそうになる。(なんなら中身はもっと幼く感じることも多々あるのだが)


 当主の能力─────それは、容姿年齢の操作能力だった。

 本来の姿は、先程までの老人の姿。しかしそれは法雨内でも気を許した一部の者にしか見せない姿で、周りが見慣れているのは今の若い姿。どうやら俺はその〝気を許した一部の者〟に入っているらしい。実際、一族の中でも特別に気に入られていることは自覚済みだ。なんなら嫌でも自覚せざるを得ない程には、当主が俺に抱いている感情や執着は並のそれではない。それは俺が次期当主だから、というのももちろんあるが……


「……里冉」

「はい」

「あの件はどうなった?」

「……あれですか。ええ、順調ですよ。一先ず接触には成功しました」

「流石。仕事が早いのぅ」

「でも、案外見当違いかもしれません。あの子にそんな力があるようには見えなかった、それが正直な感想です」

「……ほう? わしが間違っていたと?」

「ええ」

「ふ……はははっ、どうやら、お前に任せたという点では見当違いじゃあ無さそうじゃの」

「……俺にしか任せられないくせに」

「ま、そうなんじゃがな」


 そう言ってケラケラと無邪気に笑ったあと当主は新しく指令を出し、下がって良いぞ、と俺を下がらせると、今度は俺の護衛を部屋に呼び込んだ。また監視の強化でも命じるつもりか。全く、縛れば縛るほど反抗したくなるのがわからないのだろうか。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、普段はあまり出くわさない人物にばったり鉢合わせてしまった。


「やあ」


 多少の気まずさを隠すようににっこりと笑いかける俺に、彼……弟の法雨樹(みのり いつき)はこれ以上無いくらいの深い溜め息を吐く。


「……なんだ、帰ってこなくてよかったのに」

「相変わらず冷たいなあ。おかえりお兄ちゃん♡とかは無いの?」

「それ俺が言うとでも?」

「あはは……冗談だよ……そんな冷たい目で見なくても……」

「なら冷たい目で見られるのわかってて気持ち悪いこと言うのやめなよ」

「悪かったって……」


 久々にこんなに会話した気がするが、相変わらず辛辣というか……反抗期真っ只中といった態度だ。もちろん昔はこうじゃなかったのだが、ある時からもう何年もこんな調子で、まともに会話をするどころか目すら合わせてくれないのが通常運転となっている。もはや反抗期というか、シンプルに嫌われているのだろう。兄としては寂しいのだが、そもそも俺が任務で外に出ている時間の方が長いのもこうなってしまった原因の一つなため、何も言えない。

 明らかに自業自得なのだが樹との間に気まずい空気が流れてしまい少し困っていると、一気に空気を明るくできる救世主が通りかかり、声をかけてきてくれた。


「あれ、りーくんだー! おかえり~帰ってたんだ~! いっくんもおつかれさま!」

「ただいま、なっちゃん」

「奈茅姉……」


 法雨奈茅(みのり なち)、俺達の従姉にあたるくノ一だ。広大な法雨の敷地内にある別の邸宅で暮らす俺達兄弟とは違い、この本邸で当主のサポートや使用人の手伝いをしつつ任務にも出るパワフルな人で、俺達の代の姉御的存在だ。

 樹はどうやらなっちゃんには懐いているらしく、先程より少し表情が柔らかくなっている……気がする。それでも嫌いな俺がいるこの場からは一刻も早く立ち去りたいようで、「……俺父さんに呼ばれてるから」とそそくさと何処かへ行ってしまった。


「ふ、いっくんは相変わらずな態度だねえ」

「はは……」

「大丈夫、そのうちちゃんと終わるよ、あの子の反抗期も。だからそんな顔しないの! あっそうだお茶飲んでく? さっき街で美味しいお茶菓子貰ったんだ~」

「うん。でも忍びが貰い物軽率に口にするのはどうかと思うけどね……」

「あはは、大丈夫だよいつもの本屋の店長さんからだから。それに万が一何か盛られてたとしても大して効かないんだからいいじゃん」


 それもそうだ。法雨家の忍びは幼い頃から訓練している者が多いため、普通の忍びの何倍もの毒耐性がある。……まあ、親によってはやり方を誤り虐待になってしまうケースも無くはないみたいだが。ただまあそのおかげで俺もなっちゃんも、大抵の毒は少量じゃ大した効果が現れない体質なのだ。

 お茶を汲みに台所へ向かう途中、ふとなっちゃんが何かを思い出す。


「あ、そうそう、りーくん。さっき本屋でたまたま会ったんだけど……」


 その話は、俺にとってはかなり幸運と言える知らせだった。




   * * *




 日が落ち、辺りが暗闇に包まれる。こうなると法雨の敷地内を無傷でうろつけるのは本家の人間と、長く本家に仕える一部の者くらいだろう。侵入者用の罠を難なく避けて辿り着いた無駄に高い塀に、鈎縄をかけたその時。


「……何方へ行くんです? こんな時間に、お一人で」

「ふ、やっぱ見つかっちゃったかぁ」


 塀の上にひょこっと現れたのは、この家の門番・藺月(いづき)だった。一本下駄でよく塀の上を自在に動けるなあ、と感心する俺。幼く可愛らしい容姿をしているわりには身体能力も索敵能力も情報収集能力も長けているので、一体何者なのかと昔から疑問に思っている。まあ、そのくらいの能力が無ければ法雨の門番なんて勤まらないのだろうけど。


「護衛のお二人を撒いてまで行きたい場所ですか?」

「あはは、まあそうかな」

「通さないですよ」

「うん、言うと思ったけど」

「あ、これから一切帰ってこないのであれば喜んでお通しいたしますが」

「待って、ねえ、ここ俺の家だよ!?」


 どうして法雨の人間って皆俺には冷たいのさ。でもほら、ハイスペックすぎる人間は妬まれるのが宿命なんだろうし、それだけ俺が非の打ち所のない優秀な忍びってこと…………だといいな。それにしても辛辣なんだよな皆。ていうか大事な跡取りなんだから正直もっと優しくされてもいいと思う。

 そんなことを考えていると、塀の上からスタ、と目の前に降りてきた藺月が無表情のまま俺を見上げる。


「……会いに行くのはよした方がいいですよ。貴方の為にも」

「さあ、なんの話かな」

「あの根無し草のタラシに会いに行くのでしょう?」

「あはは、君にはやっぱりお見通しなんだね。ていうか、そもそもなんであの人が帰ってきてること知ってるの?」

「情報通の名を持つ私を舐めてもらっちゃ困ります」

「そうでした」


 俺でさえさっきなっちゃんから聞いたばかりだというのに、一体どういう情報網を持っているのだろうか。計り知れない男である。


「……わかった。今日の所は諦めるよ」

「それならいいんですけど」


 渋々、自宅への道を引き返す。

 あーあ、折角チャンスだと思ったのになぁ……


 なんてね。

 門番に見つかったくらいで大人しくしている俺じゃない。というかそもそも想定内だ。藺月が持ち場に戻ったことを確認すると、俺は何食わぬ顔で懐から手紙を括りつけた忍鼠を取り出し、そっと放した。


「頼んだよ」


 鼠が抜け道の方へと向かうのを見届けて、よしっと立ち上がる。


 さ、護衛組に怒られちゃう前に帰ろっと。

 そう思いながら、今度こそ自宅へと戻った。

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