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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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四十六話・疑念




 ───────ごめんな、楽


 茶紺の言葉を聞いてから俺は意識を失い、次に気が付いたのはおそらく数時間後だったろう。


 少し前までやたら主張してきていた頭痛はすっかり治まっており、あの後茶紺が何かしてくれたのか? なんて思う。が、気になる。何故『ごめん』などと言ったのか。

 意識を失う直前、俺は何故か前にも同じ経験をしたような……所謂デジャヴというやつだろうか、を感じていた。優しさと憂いを帯びた茶紺の声で、腕の中で、俺は前にもこうして謝られたことがある。そんな気がした。


 そうして思い出しているうちに、記憶に違和感を感じた。

 途端、また痛み出す頭。そこから、俺の声が聞こえる。


『思い出してよ』


 いや、俺じゃない。これは─────白い方のアイツだ。


 そう気づいた瞬間、突如記憶が流れ込んできた。

 白いアイツには、言いたいことも聞きたいことも沢山ある。待てよ、先にお前と話が───そう思ったが既に遅く、流れ込んできた記憶に強制的に意識を向けさせられる。


「……ッ、!?」


 それは俺が気絶しているはずの、ここ数時間の記憶だった。

 どこか客観視しているような、視点は俺なのに俺ではない誰かの記憶。


 そして気づいた。

 きっとこれは、白いアイツの見ていた光景だということ───────




   * * *




 秋月家を調べることにした。

 任務でも何でもなかった。俺の興味がそうさせたのだ。いや、興味だけではない。

 そこにあったのは、確かに疑念だった。


 俺がアイツの記憶の中で見た茶紺は、俺の知る茶紺じゃなかったから。


 気絶した俺に、いつもの優しい面影など一切無い神妙な表情で何か複雑な術をかける茶紺。その後何かを感じ取ってか俺の部屋に現れた親父に、いかにも上忍らしい態度で何かを話していた。会話の内容は所々記憶が曖昧になっていてよく分からなかったが、俺についてのことを話している、ということはわかった。

 そしてどうやら茶紺は、俺に関する任務を親父から言い渡されている。そのことも察した。


 兄貴分だと思ってた。茶紺も弟のように可愛がってくれてると思ってた。

でもそれは多分、任務の一環だった。監視か、それともまた別のことか。気絶後のあの術は、きっとその任務と関係している。


 秋月家を調べることで、何かがわかる。

 記憶を辿り終わったとき、何故だかそう確信した。


 何かが隠されている。そう感じた時、人は隠された何かを暴きたくなるものだ。例に漏れず俺もそうだった。知りたい。アイツの記憶の茶紺は、本当に茶紺だったのか。そもそも何故秋月家は代々立花に仕えてきたのか。俺の感じている喪失感のような不信感のような、この感情は何によるものなのか。


 明日は久々の火鼠での集まりだ。まあそれでなくとも一緒に暮らしているようなものだし、これからバレないようにそれとなく茶紺の言動を観察しよう。

 そんなことを考えながら自室を出て、一階の居間へと向かうと


「は……?」

「やあ」


 恋華がいた。


「なんでお前がうちにいるんだ……?」

「家出だよ家出~」

「はぁぁ……??」

「ほら、退院後さ、家に戻ってたんだけど」

「あ……梵さん家はもう……そっか……」

「そ。そんでやっぱ居づらくてさぁ」


 使用人が出したのであろう茶菓子をもぐもぐと頬張りながら、まるで自宅のように寛いでいる恋華。まあ……うん……別にだめじゃねえけどさ……既に卯李と茶紺っつー居候がいるし……屋敷は無駄に広いし……。


「どうしよっかな~って話しながら菊の露でつゆちゃんとお茶してたら、班長が拾ってくれたんだよね」

「茶紺がかよ」

「とりあえず連れてきたら屍木さんが空き部屋を使え、父には自分が連絡しておく、ってな」

「親父もかよ」


 お茶を汲んできた茶紺がぬるっと居間に現れる。明日にならずとも火鼠、揃ったじゃねえか。


「らっくんこの前もっと頼れ~甘えろ~って言ってたしさ、甘えちゃおっかなって。……だめ?」

「う……だめじゃねえけど……それ改めて掘り返すのちょっと恥ずいからやめてくんね……」

「自分で言ったくせに~?」


 お前の顔からして明らかに俺へのイジりも含まれてるのわかるからな。恥ずいこと言った俺の自業自得なんだけどさ。

 まあでも素直に頼ってくれているあたりは、少し嬉しい気もする。なんつーか、仲間との距離が近づいたのを実感するのはいつだって嬉しいもんだろ、うん。


「……つか恋華のパパさんと親父って繋がりあったんだ?」

「知らなかったのか?」


 茶紺が言うには、親父は立花であること抜きにしても人誑しらしく(これはなんとなく気付いていた)、昔から横の繋がりが多かったらしい。そんで親友である師匠……の次くらいに仲の良い飛翔さんと繋がりが深かったのが藜さんと梵さんの一鬼兄弟で、飛翔さんを通して(?)仲良くなり、子供の頃からの付き合いらしい。

 まあ親父の子供時代とか特に伊賀内でしかコミュニティを作ること許されてなかっただろうし、自然と里内の同年代の忍びとは関わることになるのだろう。俺もそうだし。


「藜さん……つか恋華の両親ってどんな人なんだ?」

「家出少女の前で親の話、する?」

「やべ、地雷だった?」

「いやいいけど」

「いいんじゃねえかよ」


 寝て(気絶して)いたおかげで食べ損ねていた夕飯を温めて持ってきてくれた使用人に礼を言い、食べながら二人の話を聞いた。


 恋華のお父さん、藜さんは十二評定衆の一人で、一鬼家の現当主だ。厳格でかっこいい人だというのは俺もなんとなく知っていたが、再婚前は……というか恋華の実母が亡くなるまで、家では恋華と奥さんのことが大好きな優しいお父さんだったらしい。恋華はそんな藜さんのことが大好きだったのだが、実母が亡くなってから人が変わってしまったかのように家でもほとんど家族と会話をしなくなり、塞ぎ込んでしまったという。


「そんな時に現れたのがあの人……彩芭(いろは)さんだよ」

「名前で呼んでんのか」

「僕のママはママだけだからね。あの人が僕を家族と思っていないように、僕も他人だと思ってるし」

「そっか」


 本当にお母さんのこと好きなんだなあ、とぼんやり思う。俺にはわかんねえ感覚だなぁ。


「あの人のおかげで塞ぎ込んでたパパが家でも話してくれるようになったし、ママの穴が少しでも埋まったのなら僕としては喜ぶべきなんだろうけどさあ……」

「受け入れられなかった?」

「というか……僕はママのことが大好きなパパが好きだったから……再婚までが早かったのもあってこう……さ、パパのママへの気持ちはそんな女で埋まるようなものだったのかなって……」


 なるほどな、それで大好きだったはずのお父さんにも失望してしまったわけか。


「ちなみに僕と同じように梵さんとパパとの関係も悪化してたみたいでさ、梵さんにはその頃からよくお世話になってて。よく修行つけて貰うって言って泊まりに行ってたんだよね」

「……あぁなるほど。だからその歳でそんなつえーんだなお前」

「へへ、まあね」


 一つ下だということを忘れるくらい恋華がしっかりしていて強くて頼もしいのは、そんな幼少期があったからだったのか……と納得した。本人にとっては辛くて苦しい環境だったろうし、羨むのも違うんだろうけど、少し羨ましいと思ってしまう俺がいる。実力的な強さもあるが、何よりそんな状況でも忍びとして努力し続けられる強さがちょっと羨ましかった。すごいなあ、恋華。まあ本人に言ったら調子乗りそうだし言わないけど。


「そういえば、梵さんってやっぱ消息つかめないままなのか? 身内にはなんか知らされてたりすんの?」

「いや……朱花くんと駆け落ちしたんじゃないか説が出てるけど」

「ングッ、げほっ」

「ちょ、大丈夫?」


 茶紺がスッと渡してくれた水でなんとか喉に詰まったご飯を流し込み、大丈夫……と手で示す。


「あの二人ってそういう関係だったのかよ……」

「朱花くんが梵さんらぶなのは周知の事実でしょ」

「いやそれはそうなんだが……梵さんもそっちの人……」


 俺が驚く横で、妙に冷静に茶紺が呟く。


「………そういえば藜さんが初恋だった……みたいな話聞いたことある……」

「は……はあ!?」

「えっそれは僕も初耳」

「そりゃ娘には言わないだろうしな」


 兄弟で……そんなことあるんだな……まあそうか……あんだけかっこいい兄貴なら有り得なくもないのか……(?)

 今一番身近な兄弟がとてつもない不仲だからか、ついついびっくりしてしまったな……。いやでも普通驚く、よな……? もうわかんねえわ普通。よく考えたら俺も初恋男だから人のこと言えないし。いやまああれは女だと勘違いしてたんだが。


「……つか勝手に娘に話していいのかそれ」

「あ……そうだな、すまん」

「しっかりして班長。ちょっと気になるじゃんその話」

「気になるのかよ」

「だからといって流石にそれ以上話すんじゃないぞ、茶紺」


 風呂上がりの親父が、困ったように笑いながら居間に現れた。我が親ながらなんかこう、着流し姿がやたら様になるなこの人。


「あ、屍木さん。すみませんつい口が滑って」

「忍びとしてどうなんだ……」


 親父の言う通りすぎる。しっかりしてくれ班長。俺としては好都合だが。


「……その話に関しては茶紺より俺が詳しいんだがな、流石に彼奴らに悪いから話せない。ごめんな」

「いえいえ」

「俺も別にあんま聞きたくないっすね……」

「……この話はもう終わりにしておこうか」

「だな」


 今はそれより親父自身の話の方が気になるし……とはまあ言えないが。

 思えば親父の昔の話とか母親との馴れ初めとか、そもそも母親のこととか、俺は何も知らない。今までは子供なりに聞いちゃいけないのだろうと察して聞かないようにしていたが、正直そろそろ聞きたいというのが本心だ。例の記憶が本当のものなら、茶紺だけじゃなくて親父も怪しいのは確かだし。

 ただまあ……今の俺で親父のことを調べるなんて無理だろうからな。まだ親父よりはボロを出しそうな茶紺から攻めようと……。


「あ、ていうか班長明日の会合どうするの? 既に集まっちゃってるけど」

「それなんだが、今度は楽が負傷しているしわざわざ連れ出すのもあれだからな、このまま立花の屋敷内でしようか。奥の部屋を借りよう」

「了解~」

「俺別にそんな大怪我でもないけどなあ」

「僕だってちゃんと退院まで大人しくしてたんだから、ねっ」

「いてっ……はいはい」


 怪我を増やす気なのかコイツ、と思う勢いでバシリ! と叩かれた背中がヒリヒリする。でもきっとこれも恋華なりに気遣ってくれて……気遣って……るのか……?


「楽ほら、食べ終わったなら次風呂入ってきな」

「あ、はーい。ごちそうさまでした!」


 食器を片付けようと立ち上がると、後ろから恋華の茶化す声が聞こえた。俺が言い返すと、また皮肉で返ってきて言い合いになる。家出とか言うから元気無くしてるんじゃないかと思ったりもしたが、いつもの恋華だったな。


 ふと見ると、親父と茶紺が「また立花が賑やかになったなぁ……」とでも思っていそうな穏やかな表情で俺達を見守っていた。


 そんな二人への疑念を隠しながら、俺は居間を後にしたのだった。


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