四十五話・再
対梯班のうちの一つ。
班員、柴咲 立夏と法雨 快音。そして班長、秋月 茶紺。
ここでも班長に選ばれてしまったからには、例え班員に甲賀者がいようと、忍びとして、上忍として、相応しい振る舞いをせねばならない。朔様も仰っていた、私情を挟んではいけないと。
だが……
「法雨、か……」
なんとか初任務は終えた。解散後、同じ伊賀である立夏と途中まで帰路を共にしていたのだが、立夏とも別れたあと、俺は班長ではなくただの茶紺となってしまった。
そうなればもう深い溜息を止めるものは何もなく、気づけば嫌うべきものの名と共に吐き出していた。
まったく、どうして上はこんな滅茶苦茶なことを決行しようと思ったのか。先代よりは朔様派な俺だが、今回ばかりは到底理解出来なかった。
甲賀は嫌いだ。法雨は特に。
秋月の生まれであるが故に嫌うべき存在として教えこまれてきたのもあるが、立花の部下として生きる上で嫌わざるを得なかった。
法雨 快音は、法雨分家の者だった。
初対面での印象が〝法雨らしくないな〟だったのが多少救いとなり、案外すんなりと、班員としては受け入れられた。……ように振る舞えた。
まだ子供で、聞けば楽と同い年。忍びとしての実力はそれなりにあったが、引っ込み思案で口数が少ない。そのためコミュニケーションを取るのに手間取ったが、甲賀への偏見がないらしい立夏が上手く俺と快音の間を繋いでくれていたおかげで、無事任務は終えられた……といった感じだった。
甲賀を、法雨を嫌っている素振りは見せないようにはしていた。それでも快音にはなんとなくバレている気がした。
あの子は自分に向く負の感情に敏感なタイプだ。一目見た時、そう思った。嫌われることに怯え、叱られることに諦めを覚え、向けられる負の感情全て自分に原因があると悟っている。そんな被虐者の目をしていた。法雨らしくないと思ったのは、これが理由だった。
こんな可哀想な子供まで、法雨だからという理由で嫌うのか──────
自分に刻み込まれた常識が、不覚にも揺らいだ。
わかっているのだ。頭では。いくら法雨の血が流れているとはいえ、全員が全員法雨らしいわけではないと。わかってはいるが、嫌っていたかった。伊賀者として、秋月として、そして立花の関係者の一人として。あの事件を今も覚えている俺が恨むことをやめてしまったら、立花家の者に向ける顔がないとさえ思うのだ。
「…………めちゃくちゃ性格悪い子とかならまだよかった……」
……なんて、こんな思考は上忍失格だ。
仕方ない、快音だけ、快音だけだ。あれだ、特例ってやつ。それも梯を殲滅するまでの期間だけ。その間だけは彼を法雨の者としてではなく、一人の仕事仲間として、受け入れてみよう。
朔様は、もしかするとわざと俺の班に快音を入れたのかもしれないな。いったい何をどこまで考えて、班分けをしたのやら……。
ところで、ここしばらく俺は自宅に帰るのではなく、卯李を匿ってくれている立花家へと帰っている。
そもそも元から部下として入り浸っていたため大した変化ではなかったのだが、ほぼ住んでいるおかげで最近、楽との距離がより縮まっているのを感じていた。
兄のような存在だと慕ってくれる楽。俺が楽のことを弟のような存在だと可愛がっていることも確かだった。
本格的に梯討伐に動き始めた今、しばらくは火鼠での任務は少なくなるだろう。しかしこうして立花家に帰れば会える。問題ない。そう思っていた。
「楽が負傷して帰ってきたァ!?!!」
「落ち着け茶紺。いや気持ちは分かるがな」
俺が立花に着いて真っ先に耳にしたのは、楽が予定より早く帰ってきたと思ったらあちこち怪我をしていた、という話だった。
どうやら楽の負傷で任務続行を諦めたため帰宅が早かったらしい。しかし何故か梯と接触したわけではなかったようで、しかも楽は怪我についての記憶が無いらしく詳しくは話してくれない、と。火鼠での任務中なら絶対こんなことにはしていない。俺が。これは何があったか次第では法雨への恨みがまた一つ増えるぞ。
「まさか……あの法雨の跡継ぎと何かあったわけじゃ……」
「それが本当に何も話してくれないのだ……」
「ちょっと俺……話聞いてきます……!」
「あ、おい!」
屍木さんの声を背に、俺は部屋を出て階段を駆け上がる。それから平静を装って楽の部屋の前に立ち、声を掛けた。
「楽、俺だ。入ってもいいか?」
少し待ったが、返事はなかった。寝ているのか? それとも……。
なんとなく嫌な予感がして、「すまん、楽」と一応謝りながら戸を開けた。すると視界に入ったのは、布団の上で倒れている包帯と絆創膏だらけの楽の姿。思わず取り乱しかけるがなんとか堪えて、そっと近づく。
……息はある。大丈夫だ。安堵すると同時に包帯の痛々しさが目について、この光景はあまり見たくなかったな、なんて思う。
寝るにしてももう少しマシな体勢出来なかったのか? 死体かと思ったぞ……。
「……ん……」
起きたか……!? いや起こしてしまったか……!? とあたふたする。そんな俺を、ゆっくり目を開けた楽が「さこん……?」と掠れた声で呼んだ。
「すまん、起こしちゃったか……?」
「あー……あれ俺……んん………なんで……………あぁそうだ……あれ……?」
眠たげな目を擦りながら何かを思い出したように呟く楽に、どうした? と聞くと、
「なんか……頭痛でぶっ倒れた気がするんだけど……もう平気だ……? 寝たからか……??」
と返ってきた。死体みたいな寝方はそのせいか。しかしぶっ倒れるレベルの頭痛は聞き捨てならないな。でもまずは……
「……怪我、大丈夫か?」
「あぁ……うん。まあこんくらいなら平気。樹が応急処置してくれてたみたいだし、本部戻ってから杏子にちゃんと治療してもらったみたいだし」
「そうか……」
そういえば医療班から何名か本部の医務室を任せる医療忍者が選ばれていたな。
……意外と元気そうというか、話すといつもの楽だ。ほっとした。
「頭痛は本当に大丈夫なのか? 倒れるくらいだったんだろ?」
「うん。でも今は全然痛くない。なんだったんだろマジで」
確かに楽の表情は穏やかで、痛みは感じていなさそうだ。
「怪我したときに頭を打ったりは?」
「わかんね。つか俺記憶に無いからな、これ」
「本当に記憶無いのか」
「おー……なんか……寝て起きたらこうなってたんだよなぁ」
「あるのかそんなこと」
「あったからこんななってんの」
ふむ……何か隠してはいるが、嘘もついていない……といったところか。
寝ている間に襲われたとして、普通は痛みや衝撃や気配で……どれだけ鈍かったとしても何かしらのタイミングでは起きる。次に起きた時にこうなっていたということは、何かしら特殊なことが起こったのは確かだ。楽はそれを多分、ある程度聞いてはいる。が、話す気は無いらしい。無理やり聞き出すことも俺ならできるだろう。けれど、それは今でなくていい。そんな気がした。
「……本当に大丈夫かぁ?」
「も~、心配性だな茶紺は。大丈夫だって」
「まあ弟みたいなもんだからな、そりゃ心配するさ」
俺の言葉に、楽は少し間を空けて「……そうかよ」と呟く。
「何だその顔」
「別にぃ。つか兄弟にしては年の差すごくね」
「それは言うな」
嬉しいのか複雑なのかよく分からない表情をしている楽の頭を「……まあ大丈夫ならよかった」とぽんぽんとする。
「兄貴ってかもう父親じゃん」
「だから言うなって」
「へへ」
そんな調子で話していると、楽はふと何かを思い出したらしく「あ」と短い声を漏らした。
「なあ茶紺、俺の周りでさ、り……じゃねえや、えーっと、卯李みたいな目の色した奴って誰が思いつく?」
卯李みたいな……? オレンジや金色の目ってことか……?
「なんだ急に?」
「いや、なんか……頭痛で倒れる前に脳裏に浮かんだというか……でもそんときは誰かわかんなくてさ」
「へえ……?」
心当たりは、正直あった。
それでも、楽には話せなかった。
もしかして、その頭痛とやらは……まさか……
「そんでさ、倒れたあとに見た夢で───────」
嫌な予感がした。
なので俺はもう一度、
「ごめんな、楽」
─────ドサッ……
やり直すことにしたのだ。




