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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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四十四話・記憶か幻か




「あ、起きた……! よかったぁぁ……」

「ん……んん……俺……寝て……?」


 目を開けると、まず見えたのは里冉の安堵した顔。

 それから樹が無表情で覗き込んできて、里冉班での任務中だったことを思い出した。


「も~~心配したよらっくん……全然起きないんだもん……」

「睡眠薬への耐性が弱すぎたのかと思った」

「すいみんやく………えっ俺が? 里冉じゃなくて?」

「えっ待ってらっくんまで???」

「いやコイツが飲ませる気満々だったから……」

「本当に俺に盛る気だったんだ……」


 里冉の視線に、フイとそっぽを向く樹。

 というか、よく考えたら野営中だったはずなのにいつの間にか屋内にいる。何処だここ。ていうか全然起きないって、今何時だ?


「ああ、あのまま拠点周辺に居ても危険だと思ったから任務続行は断念して本部に戻ってきたんだよ。ここはその医務室」


 なるほど。道理で病院みたいなにおいがするわけだ……ん? 断念? てかなんか俺包帯だらけじゃね……? あちこち痛いし……怪我……? えっ……なんで……??


「……?? 何があったんだ……?」

「……楽、覚えてないんだ」

「何を……あ、今楽って呼んだ」

「それはどうでもいいでしょ」

「へへへ」

「ヘラヘラすんな気持ち悪い」


 樹の辛辣さにはもう慣れたな。……じゃなくて。


「……で? 俺は何を覚えてないって?」


 二人の話はこうだった。

 俺が休む番に入ってから数分後、どうしてか白い俺(?)が里冉を襲い……というか殺そうとして激しい戦いが繰り広げられており、それを樹が薬や毒を使い止めてくれたから俺は夜中からずっと今の今まで眠り続けていた……と。


 最初からもう意味がわからない。なんだよ白い俺って。

 ……と思ったが、思い出した。恋華を助けるために紅と意識を繋げたあの時の、あの光景。


 隣にいたのは、そいつじゃなかったか?


「……心当たりあるわ、俺」

「え、え!?」

「いや、マジでそいつかはわかんねえけど。一回だけ、紅が上手く使えなくて困ってる時に『協力してあげる』だとかなんとか言われて、そしたら急に発火使えるようになって。……もしかして演習の時に使えたのも、そいつの協力があったからかも」

「……そう、なんだ……」


 里冉の表情が曇る。

 なんだ? そんなにまずかったのか? あぁいやそりゃまずいか、だって里冉のこと殺そうとしたんだもんな……?(????)


「……それより、ごめんね。らっくんの身体なのに怪我させちゃって」

「あぁ……痛いけどまあ…お前が無事ならそれで……つかよくわかんねーけど襲ったのは俺の方みたいだし……? むしろ止めてくれてさんきゅ。樹も」

「……まあ、たまたま薬持ってただけだから」


 包帯だらけの手を目の前に持ち上げて、握って開いてを繰り返す。それを眺めながら、この手で里冉と互角に戦ったのかと不思議に思う。


「……俺、この班にいて大丈夫なのかな」


 手の向こうの天井をぼーっと見ていたら、そんな言葉がぽろっと零れ落ちた。里冉が「へ……?」と少し寂しそうな声を出したのが聞こえる。


「いや……また里冉のこと、下手したら樹のことも、殺そうとするんじゃないかって」

「大丈夫でしょ」

「えっ」


 樹の即答にびっくりする俺。見ると、里冉も珍しく目を見開いて驚いている。そんな俺達に向かって、樹は堂々と、当然とでも言いたげなトーンでこう続けた。


「だって今回止められたんだし。もしまた暴れたとしても、何回でも止めればいい話でしょ」

「お前……かっけぇな……」


 頼もしすぎて思わず惚れそうになる。


「近くに梯が居ればそいつを楽の前に差し出せばいいし」

「いやなんでも利用しようとするな。忍びの鑑か」


 前言撤回。惚れてたまるかこんな奴。

 そんな俺達の会話に、くふふ、と堪えきれない笑みを零す里冉。結構ツボ浅いんだよなコイツ。


「ふふ、うん、そうだね、樹の言う通りだよ。むしろこの班じゃなきゃ、止められないかもしれないもんね」


 そう言った里冉に「ちょっと、便乗してこないで」と樹が突っかかっていく。そんな二人に、今度は俺が笑う。


「……なんか……ごめんな、協調性無さすぎる班大変だなぁとか思ってて」

「そんなこと思ってたの」

「先が不安で仕方なかったな」

「えぇ……」

「どうせ俺の態度が悪いせいとか言うんでしょ」

「はは……正直それも思ってた。でも今わかった。俺この班がいい」


 二人が少し固まる。

 それから里冉は心底嬉しそうな顔をして、樹はほんの少しだけ照れたように顔を逸らした。

 俺は二人にニッと笑いかけて、言う。


「俺のこと頼んだぜ、二人共」

「エッ何それプロポーズ? 喜んで」

「兄貴本気でキモいんだけど」

「俺も今のはキモイと思った」

「ちょっと待って!? らっくん樹の毒舌うつってきてない!?」


 ていうかいつの間にか二人仲良くなってない~!? 嬉しいけどなんか嫌だ~!! 俺仲間外れにされる~!! と謎の危機感を感じ始めたらしい里冉が半泣きになるのを俺が宥めて、樹が毒舌でぶった斬る。


 ……これはこれで、悪くないチームワークが生まれているのかもしれないな。


 なんて思っていると、不意に頭痛が走った。

 大方、寝すぎか薬の副作用かといったところだろう。


 そういえば、眠っている間やけに変な夢を見ていた気がするんだが…………気の所為かな。




   * * *




 本部を出て、心配性な里冉が家まで送ると言って聞かないのを半ば無理やり帰らせて、俺も帰路についた。


 家に着くと親父が出迎えてくれて、怪我は大丈夫か甲賀者にいじめられなかったかなどと聞いてきた。それを「大丈夫だって!」と明るく笑ってそれとなく躱し、任務で疲れたからと自室に篭った。


 白い俺の話を思い出しながらの帰り道。

 演習の時に感じた違和感の正体に、気づいた。


「なあ、紅」


 紅が話さなくなったのだ。

 もしくは俺に紅の声が聞こえなくなっただけなのか。


「……能力は使えるんだもんな、大丈夫だよな」


 やっと相棒として馴染み始めたと思ったのにな。


 手の中の紅を見つめる。

 ただ会話が出来なくなった。それだけなのに、無性に喪失感があるのはどうしてか。


 そういえば、白い俺はコイツを使って里冉を襲ったのだろうか。


 協力してあげる、と壁を壊したあの時の光景が浮かぶ。

 あの後、もしかして……なんて考えてしまうが、まさか……


 紅に触れたのは俺じゃなくて、白い方だったら、なんて。


「あ~~……わけわかんね……」


 そもそも白い俺ってなんだよ。

 ばふ、と布団に倒れ込む。


 樹も里冉も、あれは〝俺じゃない別の何か〟の気配をしていたと言っていた。

 俺が見たアイツも、一瞬だったけど、今思えば確かに人間とは思えない何かだった……ような気がする。まあ意識の中にいたって時点でもう人ではなさそうなのだが。


 この世に神様や妖怪の類がいることは知っている。付喪神が相棒だし、知り合いに神様いるし。雨夜(あめや)様とか。噂では妖怪の力を借りた忍術を使う奴も、妖怪からの依頼専門の変わった忍びもいるらしいし。


 でも、まさか俺自身がその類かもしれないなんて。

 まるで予想していなかった。


 そもそも元々そうだったのか、後から憑依されたとかなのか、それすらよくわからない。


 幼少期の記憶が人より曖昧なのは、そのせいなのかな。

 ていうか思い出せる範囲でもわかるくらい、昔からその類には好かれやすかったな。これに関しては好かれやすい体質が妖にも通用してるだけだと思ってたけど、好かれるのも、そもそもそれらが見えるのも、もしかしたら仲間だったってだけなのかな。


 でも、俺の意識がない時に出てくるというあたり、もしかしたら妖とかですらないただの二重人格かも、とか。

 だったらまだいい。けど、だったらなんで髪真っ白になるんだよ。説明つかねえよ。赤い部分だけ残ってたらしいという話はぶっちゃけちょっと面白かったが、ということは地の色素が変化してるってことで……いやどういうことだよ。だから何なんだよ。そんで俺に戻ると黒に戻るのも、普通に考えたらおかしい。一度抜けた色素、そんなすぐ戻るか? 戻らねーよ。マジで何なんだよ一体。


 そして何より不自然なのが、戦闘力の爆発的な上がり方だ。

 あの里冉と互角に戦ってただと? 幻覚じゃないのか?

 ……いや、わかっている。傷が残っているということは現実だ。あの二人が口裏合わせて俺に嘘つくとも考えられない。あの二人だもんな。口裏合わせられるほど仲良くないもん絶対。


 もし本当にそんな戦闘力が俺に隠されてるなら、是非とも活用させて頂きたい所存ではある。が、俺の意識がないということは、俺の意思でコントロールすることはできないんだろうな。なんなら里冉を殺そうとしたのだ、コントロールどころの話ではないことは明白だ。


「二人はああ言ってたけど……なあ……」


 里冉の表情が曇ったその一瞬、目の奥に何か仄暗いものを見た気がした。気の所為かもしれないが。


 しかし俺ではなかったとはいえ、俺の体にこんなにも傷をつけるほど本気で戦うのは、里冉にしては少し違和感がある。

 普段の冷静で器用で俺最優先で動くようなあの里冉なら、傷をつけずにその場を凌ぐことも出来ただろう。

 ……買い被りすぎなのか? でも里冉に傷がほとんど見られなかったあたり、防御は出来ていて、なんなら押している状況だったのだろう。


 ていうかもしかして、だとしたら


 殺そうとしたのは俺じゃなくて


 里冉の方……だった……?



「……いやいやいや、アイツだぜ? ないだろ、流石に」


 少し怖くなって、思わず口に出して自分に言い聞かせる。

 そうだよ、里冉だもんな。


 でも、何かしらの理由があって里冉が明確に俺に、正確には白い俺に攻撃を仕掛けていたことは確かだろう。


 聞きたい。けど、聞いてはいけない気がする。

 そこを伏せて俺に伝えた(おそらく樹にも話していない)ということは、里冉としては触れてほしくない部分なのだろう。

 親友といえど、所詮は伊賀と甲賀、立花と法雨の関係だ。聞いていいことと悪いことがあることくらいは理解しているし、里冉は元より秘密が多そうなタイプだ。実際多いんだろう。あの約束の日の話も、まだしてくれない。

 任務ってなんだよ。いや、言えないのは当たり前だけどさ。本来なら家族間でさえ任務内容の話はタブーだってのに。


 そんなことを考えながら、今日目が覚めて真っ先に見た光景────蜂蜜色のアイツの目を思い出していた。


「……っ、?」


 なんだ?

 突然、頭痛がした。医務室で感じた数倍は痛い。

 顔を歪める程の痛みの中、ふと里冉ではない誰かの、似た色の双眸が脳裏を掠める。


 誰だ……?

 これは……俺の記憶なのか……?


「うっ……、ぐぅ…」



 痛みに悶えているうちに、気づけば俺は意識を飛ばしていた。



 その間、俺は夢のようなものを見た。


 それは、そこで俺が見たのは、

 本来ありもしないはずの


 ───────幼少期の自分が〝母〟らしき人物と笑い合っている光景だった。

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