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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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四十三話・白染めと警鐘




 それは俺がらっくんと見張りを交代し、数分が経った頃だった。


 らっくん、流石に樹と話せるようになるの早いなあ…俺なんか何年かけても嫌われる一方なのに……なんて切ないことを考えながら俺は見張りをしていた。

 すると突如背後の簡易テントの中で人の動く気配がして、振り向く。普通に考えてもそれはもちろんらっくんで、というからっくんしか有り得ないのだが、その時俺はなんとなく、別の誰かのような気がした。


 流石にそんな、ないよね。と自分に言い聞かせようとするが、こういうときは当たって欲しくない直感ほど当たってしまうものだ。


 ……かなり、嫌な予感がする。


 念の為苦無を握り、ゆっくりとテントに近づく。気配を殺して、なるべく音を立てないように。

 ……した筈だった。


「やぁ里冉、」


 いつ背後に回られたのかすら、分からなかった。

 それどころか俺はいつの間にか地面に膝をついており、


 ───────会いたかったよ


 〝彼〟が耳元でそう囁いてきた瞬間、その事に気づいた。


「……ッッ!!?」

「そう驚かないでよ、僕達知った仲じゃないか」


 そいつは俺の唇に人差し指を当て、暗に〝声を荒げるな〟と伝えてくる。


 恐怖で振り向けない。が、そいつの声は明らかに、らっくんだった。

 しかしあまりにも俺の知る彼とは違う空気を纏ったそれは、〝僕〟と言った。


 確信する。これはらっくんではない。


 なんなら、人ですらない。

 この感覚は何度か経験している。気配が、空気が、人間とは明らかに違う何かなのだ。


 そして彼の言った〝知った仲〟という意味。


 理解したくなかった。

 理解してしまった。


 確かに、忘れもしない。


 ゆっくりと振り向いて、姿を確認する。


「やっとこっち見てくれた」


 真っ白な髪。

 細く歪められた不自然に紅い瞳。


 見覚えがあった。


 どうしたって忘れられるはずがなかった。


「なんで……どうしてアンタがらっくんに……」

「ふふ、どうしてだろうねぇ……?」


 ニンマリ笑うその顔は、らっくんのものなのに。

 その顔は、声は、俺の最愛の人のものなのに。


 目の前の彼は、もう二度と会いたくなかった〝それ〟でしかなかった。


 あぁどうして。なんで。訳が分からない。信じたくない。どうか悪夢であってくれ。頼むから、あんなことはもう絶対に繰り返したくない。

 パニックになる頭。しかし一方で、やけに冷静にそれの言葉に耳を傾ける俺もいて。


「あぁ……〝楽〟のことを心配しているのかな。里冉は本当にこの子が好きだねぇ……しばらく見ていたけれど、僕でさえ見た事のない表情ばかりで妬けちゃった」


 苦無を握る手に力が入る。


「ふふ……殺気が溢れちゃってるよ、里冉。梯とやらに見つかっても知らないよぉ?」


 梯よりずっと、俺の知る限り最悪の相手を前に抑えろなんて、馬鹿を言うな。

 さっさとらっくんを返せ、らっくんから出ていけ。らっくんはお前なんかが関わっていいものでは無い。


「大丈夫、僕はこの子を殺しはしないよ。気に入っているからね。─────それに、いつだって殺すのは」

「やめろ」


 先を言わせてたまるか。

 それの言葉を遮り、睨む。


「あ、そっかァ、可愛い弟が聞いてるかもしれないものねぇ。ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」


 さっきから無茶ばかりほざくな。この状況で怒らずにいられるのは、余程の腰抜けかサイコパスくらいだ。

 怒りで苦無を握る手に更に力が入る。自分の爪が食いこんで、ぷつりと皮膚を破るのを感じた。


「あー怖い……ふふ、良いねぇその顔……楽は見たことがなさそうで……最高」


 そう言って、それは恍惚の表情を浮かべる。


「あっはは、 やだなぁ取って食おうとか思ってないよ。ただ僕は」


 ───────君に殺されたくてさ


 その言葉が、戦闘開始の合図となった。




   * * *




「……」




「……………、…い」



 なん…だ………

 ……声が……聞こえ……



「…………おい。起きろクソ兄貴」


「…………いつ……き……?」

「何があったか説明しろ」


 いつの間にか意識を失っていたらしい俺は、珍しく樹に起こされた。

 いや、もはや珍しいとかいうレベルじゃなく……初めて……なのでは……?


「俺……どうして……」

「いいからなんで楽とあんな戦ってたのか三秒で説明しろ」

「鬼なの君……ちょっと待って? そういえばアイツ……どうなったの……? らっくんは……!?」


 徐々に状況を思い出して、慌てる俺。

 すると樹がスッと背後を指さす。


「………ほっといたらアンタが殺しそうだったから」


 視線を向けると、横たわるらっくんが目に入った。


 一瞬取り乱しかけるが、よく見ると呼吸はしている。一安心だ。

 ……そして俺がつけたのか、あちこちに痛々しい傷があるが、髪は黒へと戻っていた。

 あれはやっぱり悪夢……? と思いたくなるが、傷が現実だと物語っている。


「…………樹が止めてくれたの……?」

「まあ……丁度強めの睡眠薬と神経毒を持ってたから、ね。……本当は全部アンタに使おうとしてたんだけど」

「待って? なんて?」

「うるさい一々突っかかってくんな」

「ええ!?」


 弟様は俺のこと殺す気なんです……? と背筋が凍るが、樹ならまあそれほど不思議でもなかった。結果それが功を奏したわけだし……?


「……止血はしたし、楽は俺達ほど耐性無さそうだったから解毒剤も打った。無事だよ」

「樹ぃぃ……」

「は? 何ちょっと、やめ……うざいキモイ離れろバカ!」

「ありがとう……樹がいてくれてよかった……」

「な……っ」


 思わず抱き着いてしまったが、ゴミを見る目で見られていることくらい確認せずともわかっているので、毒針を刺される前に俺はそっと樹から離れた。


「……で?」

「……へ?」

「なんでコイツは暴れてて、アンタは殺気全開でコイツを殺そうとしてたのか……教えてはくれないわけ?」

「…………それ……は……」


 樹には、言えない。


「ごめん……」


 樹は俺が謝るのを聞くと、深い深いため息を吐いて、小さく「……そう」と言った。

 思わずもう一度謝りかけた俺に、背を向ける樹。


「やっぱりアンタも当主も、俺には何も教えてくれないんだ」


 静かにそう言い放って、樹はテントの外へと出ていってしまった。




 いつの間にか日は昇っていた。

 らっくんはいつ起きるかわからないし、俺達が意識を失ってしまったおかげで樹は休めていないだろうし、おそらく夜中の騒ぎで梯には勘づかれてしまっている。


 大事をとって、任務続行は断念することにした。




   * * *




 ─────白。


 まず認識したのはそれだった。


 白い。真っ白だ。何も無い。


 なんだこれ。ていうか何処だ?



「……来たか」


 ふいに鼓膜を揺らした声に驚き見回すと、何も無かったはずの空間にいつの間にか一人の男が立っていた。

 凛とした佇まい。恐ろしく綺麗な顔。金色の双眸が此方を捉える。


 よく似た神様を知っている。

 第一印象は、これだった。


 おかげで思わず人間かどうかを疑ってしまったが、そもそもここが何処かすらよくわかっていないのだ。場所によっては人間だった方が逆に驚くかもしれない。

 ……え、ていうか俺……里冉と交代して寝……あ、夢……? もしかして夢なのか……?


「立花楽、だな」

「……なんで知ってるんすか」


 やっぱり神様? あのヒトの知り合い? と疑う。


「結論から言う。お前は、立花楽は梯になるべき人間だ」


 何を言い出すのかと思ったら。

 もしかしてコイツ、梯のトップとやらか……?

 だとしたら俺なんかに何の用だ……?


 ん……? 今もしかして俺……


 梯…………??



〝立花楽は梯になるべき人間だ〟



 はあ……………………?????



「はは、冗談だよな……?」

「こんな所まで来てわざわざ冗談を言うほど暇ではない」


 そりゃそうだ。


「いや、でも、俺が梯は流石におかしいだろ、何言ってんだ……?」

「何が〝おかしい〟か、お前は説明できるか」

「そりゃ俺は伊賀で、立花で、お前達は倒すべき相手だから……」

「そこにお前の意志は無い」


 あるに決まってんだろ。

 そう言いたかった。

 言いたかったが、どうしてか言葉にならなかった。


「お前自身の話をしよう」


 こんな奴の話なんて聞く義理無いのに。梯の話なんて、ましてや俺が梯になるだなんて妄言。


「伊賀の名家・立花の跡継ぎは、周りに愛され可愛がられる、愛嬌のある子供だ」


 それでも不思議と、表情のないその唇が紡ぐ言葉を、静かで芯のある深い声を、律儀に待ってしまう俺がいた。


「その実、頭の悪いフリで、愛嬌のある子供を演じている」


 心当たりなんて無いはずなのに。

 男の言葉は刺さった。

 本当に刺された気さえした。頭に痛みが走る。


「……どうしてそれを、という顔だな」


 怖い。

 本能的にそう思う。

 頭の片隅で、コイツとは関わってはいけない、と警鐘が鳴っているのがわかる。


 それでも耳を塞ぐどころか、男から目を離すことすら出来なかった。


「お前と俺はよく似ている」


 いつもの俺なら「それは流石にわからん」とか自虐気味にツッコんでいただろうに。

 それすらも出来ないまま、否定も肯定もせず黙り込んでしまう。


 恐ろしい程に男の言葉は、俺の内側にすとんと届いてしまう。


「俺は気付かせに来たのだ」


 聞くな。

 警鐘が強く鳴り響く。


「伊賀はお前を腐らせるだけであると。今のお前はそれに気付けない腑抜けのまま、この先も腑抜けでいるつもりであると」


 否定したいのに。拒絶したいのに。

 伊賀を、今の俺を否定する言葉なんて。


「正しい過去も未来も奪われて。籠の中で愛でられるだけの鳥として生きることを強いられて」


 そんなこと、


「今の伊賀はお前の為に用意された籠そのものだ。鳥の翼に、爪に、本当の立花楽に、誰も気付きやしない」


 そんな


「お前自身でさえ、な」







 男の姿が白に溶けてゆく。

 それと同時に、俺の意識も遠のいてゆく。



 その中で声だけは耳に、頭に、しっかりと届いた。



「起こせ、立花楽を。その自我を」



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