四十二話・前進
伊賀でも甲賀でもない山の中。
以前火鼠で調べた廃村から、やや南に位置するありふれた景色の一角。俺達里冉班は、そこにいた。
昨日のことがあり、そもそも樹は来るのか? という心配をしていた俺だったが、案外ちゃんと里冉と共に集合場所に現れた。
不仲というわりには一緒に来るんだな……と少しほっこりしたが、聞けば近くまで使用人の車で来ただけだったらしい。
おそらく俺の心配は半分くらい当たっていて、里冉に半ば無理やり連れて来られたんだろう。樹は到着からしばらくは心底来たくなかったという相変わらずの不機嫌顔で、里冉とも俺とも目を合わせなかった。
里冉班に与えられた初任務。それは、梯の拠点の正確な位置の調査だった。そして、拠点周辺で何らかの梯の痕跡を探すことも命じられた。例えば……この前の子供の死体の頭部、とか。まあそんな簡単に見つかる場所に置いてるなんてことは無いだろうし、そもそも既に処分してる可能性が高いけどな。
初回だからなのか、上には危険だと判断した場合はそれ以上深追いしなくていいとは言われた。
……が、残念ながら俺の班はこのメンツだ。危険を感じたとしても、里冉は自分がいれば大丈夫だとかなんとか言って進もうとするだろうし、樹は完璧主義っぽいので参加するからには指令以下の成果で帰るなんて選択肢、初めから無いだろう。
もう俺、既に伊賀に帰れる気がしていないのだが……助けてくれ茶紺、恋華……。
……いや、ダメだ、ビビってなんかいられない。俺がなんとかこの班を班として機能させる為のムードメーカー&ストッパーになるのだ。ある意味一番重要な役な気がするが……大丈夫、俺は戦闘も戦術も他の中忍と並べてすらないだろうけど、こういうものに関してだけは昔から得意だ。大丈夫、俺ならできる。(自己暗示)
「らっくん、話聞いてる?」
「へ? あ、ごめん。何」
もー、と言いつつ全然怒ってなさそうな里冉。相変わらず俺に甘いな。
「あのね、そろそろ例の辺りに近づいてきてるんだけど、周囲の不自然な箇所を見つけたら何でもいいから報告してくれる? 俺は……あんまりやりたくないんだけど、安全の為にも敵の探知に集中するから」
「あんまやりたくないって……どういうことだよ?」
俺が聞くと、里冉は少し考えてから自分の目を指差しながら言った。
「……負荷のかかる瞳術、って言ったらわかる?」
「ほう、漫画でよく見るアレか」
「だいたいあってるけどその例えちょっとやめてもらえるかな……」
初めて聞いたのだが、この世界にも瞳術の類を有する者が少数ではあるが存在するらしい。
例えば、見通しの悪い場所でも一定の範囲内や一定の条件下であれば敵の位置が正確に見えるだとか、過去その場所で何があったかをある程度見ることができるだとか、目の色が変化している間は身体能力が跳ね上がり素手で簡単に人を殺せるようになる……だとか。最後のは瞳術と区分していいか怪しいらしいのだが。
そして里冉の持つ瞳術は、敵の位置がわかるものらしい。ただし〝雨が降っている中の里冉を中心とした一定の範囲〟という条件があり、使いすぎると視力の低下が伴うため普段はあまり使わないらしい。そりゃそうだ、視力は落としたくないに決まっている。
「正確には俺のは法雨の遺伝能力のちょっといいモノ、なんだけど……まあこれはらっくんに言ってもね」
「そうだな。そもそもそんな簡単に俺に話していいもんでもねえだろ、瞳術のことも」
「まあね」
まあね、じゃねえんだよ……と思うが、話してくれるということはそれだけ俺が信頼されているということだ。それは……ぶっちゃけ少し嬉しい。
というか、代償があるとはいえかなり便利な能力だな? 特にこういう任務で里冉のような能力持ちが味方にいると心強い。そしてこの場面で使ってくれるということは、それだけ俺達を危険に晒さないように気を遣ってくれているということだ。さっきちょっと失礼なこと思ってすまん。案外ちゃんと班長やろうとしてんじゃん、里冉。
「それじゃ、行こうか」
「おう! ……つか樹もなんか見つけたらちゃんと言えよ! 俺に!」
樹には露骨に「は?」という顔をされるが、それくらいはもちろん想定内だ。ふふん、流石にそろそろ読めてきたぜ。
……ところで、里冉の瞳術の条件、雨が降っている範囲ってさっき言ってたけど……降ってなくね……?
俺がそう思ったその瞬間─────ぱらぱらと小雨が降り始めた。
「……もしかしてお前……これも……」
「ふふ、秘密ね」
シィ、と人差し指を唇に当ててウインクするその姿はやけに絵になって、なんだかちょっとムッとした俺なのであった。
* * *
それから数時間。
調査は案外これといって危なっかしい場面もなく進んだ。そして行動を共にするうちに少し慣れたのか樹もだんだんと軽い返事ならしてくれるようになり、それに調子に乗った俺が馴れ馴れしく絡んで怒られるという流れを何度か繰り返しているうちに、気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。
里冉への負荷も考え、一先ず月明かりが無くなるまでは調査を中断し、拠点があるであろう場所から少し離れた川の近くに戻って野営をすることに。
「樹! 水汲みにいこーぜ!」
「……ん」
里冉に野営地の番を頼んで、俺は樹と二人で川に向かった。蘇芳で染めた手拭を使って汲んだ水をろ過しながら、樹と話す。
「樹さ、なんで今日はちょっと話してくれんの?」
「……別に、なんとなく」
「えー? なんだよじゃあ俺理由なく嫌われてたの?」
「昨日のあれは本気でウザかったし今もまだ嫌いだけど」
「ぐ……それはごめん……」
俺、初見で舐められがちだから、ただの雑魚じゃねーとこ見せたかっただけなんだって……。
そんな言い訳は脳内に留めたが、やらかしたことを改めて思い出した俺が若干しゅんとしていると、樹が不意にぼそっと呟いた。
「……この水、クソ兄貴の分にだけ強めの睡眠薬入れてやろうかな」
「待て待てこらこらやめなさい」
「ちょっとくらいなら効かないよアイツ。訓練してるし」
「だとしてもな!?」
ったく、真顔でそういうことを言わないで欲しい。ていうかクソ兄貴て。兄貴でいいだろ。一々ディスるあたり律儀か。
そんな調子でたまにシカトされつつもぽつぽつと会話をしながら、俺達は水を汲んではろ過を繰り返した。それが終わると、三人分の水を持って野営地へと戻る道を並んで歩く。
すると、珍しく樹から口を開いた。
「…………から」
「へ?」
「……アンタは、俺のことアイツの付属品って思ってなさそうだったから」
急な言葉に一瞬「????」という顔をしてしまう俺だったが、少し考えてわかった。さっきの「なんで話してくれるのか」という問いへの答えだ。
「あ……え……、うん? よくわかんねーけどそれが普通じゃね……? 里冉は里冉で樹は樹だろ……??」
「……まあ、ね」
何故そんな当たり前のことで口を利く気になったのか不思議で、ウンウン考えているうちに野営地に戻ってきてしまった。おかえり~と無邪気に手を振って迎える里冉に、ちゃんと睡眠薬も何も入っていない竹水筒を投げて渡す。
……樹が小さく舌打ちした気がしたのは、聞かなかったことにしよう。
それから各々持参した携帯食で軽く栄養を摂り、ついでに俺は里冉作の飢渇丸をちょっと味見させてもらったりして、その後しばらく現時点での任務成果を口頭でまとめたりした。
……とはいえまとめるほどの成果は無かったので、ほとんどは雑談だったのだが。案の定樹はほぼ無言だったしな。
雑談の流れで休む順番を決め、その結果、里冉、俺、樹の順で休むことになった。これは里冉が休んでいる間、樹と話せるチャンスだ…! と思った俺だったが見張りが疎かになりそうなのでやめた。
下げ緒で張った簡易テントに里冉が入ってくの確認した後、俺は夜の森に耳を澄ませ、月のおかげで明るい星空を見上げた。
いつだか幼い里冉と怒られるとわかってながらも家に帰らず、廃寺に寝転んで穴空き屋根の隙間からこうして星を見た日があったっけ。
あの星の名前はどうだとか、あの星座の神話がああだとか、昔から里冉はやけに星に詳しくて、五月生まれの俺には聞き馴染みのある牡牛座のモデルはゼウスとかいう神様が女の人を攫うために化けた真っ白な牛なんだ~とか話してたのをなんとなく覚えている。あと古代ギリシャでは男同士の恋愛がOKで、ゼウスは他に好みの美少年も攫っていたとかいう話が結構衝撃的だったのを今思い出した。神様流石にぶっ飛んでるなぁ、と笑いながら聞いてた気がするけど、よくよく考えるといたいけな当時の俺になんつー話をしてんだよ里冉……とツッコみたくなる。
……でも今思うと、自由に好きな相手を傍に置いていたゼウスが少し羨ましかったのかもしれない……なんてな。
確かあの時は案の定親父に叱られたけど、それもまあいいかと思えるくらい里冉と見た星は綺麗だったし楽しかった。
だから、一人でアイツを待っていた六年間は星の見えない時間帯しか廃寺に居られなかった。もちろん帰りが遅くなると心配されるからという理由もあったが、一人で見てもきっとつまらないから。……というか、隣にいたはずの里冉の温度を思い出してしまって寂しくなることがわかってたし……あの夜を特別にしたい、じゃないけど……こう……とにかく一人で見るのはやめてたんだよ……な。
うわ、改めて考えると我ながらすげー情けないというか女々しいというか……絶対里冉には話せないな、これ。
……そんなことを考えながら見張りをしていたら、あっという間に交代の時間になった。
俺は起きてきた(そもそも寝てたのか怪しいくらい時間ぴったりに出てきた)里冉と交代し、不仲兄弟二人で見張り……大丈夫なのか……とかちょっと失礼な心配をした後、羽織に包まって夜に意識を溶かしたのだった───────




