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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
42/105

四十一話・初対面[2]



 演習場所への移動の途中、里冉は俺に対梯班編成までのだいたいの流れを説明してくれた。


 驚いたのは、本来の予定では俺達の班は俺と里冉と、班長・五十嵐刹那の三人だったらしいということだった。


 思えばもう師匠の失踪から数日が経過していた。

 捜索班は出ているが一向に見つかる気配は無いようで、桜日は既に他の五十嵐の家に引き取られた(?)らしい。桜日に行くところがあったことには安心したが、依然として師匠のことは心配だ。まあ師匠強いから、きっと無事だとは思うけど……。


「それで、師匠の穴を埋めるために樹が入ってお前が班長になったと」


 里冉は「そう」と言って、樹に聞こえないようにか少し声を潜める。


「ここだけの話、樹をどこに入れるかは最後まで迷われていたらしくて。……ほら、あの性格でしょ? 伊賀者の混ざった班で上手くやっていけると思えなかったんだろうねぇ」


 なるほど。一歩間違えたら梯を相手にする前に仲間割れが始まってしまいそうな奴だもんな。それでも上が対梯班にアイツを入れるのをやめなかったってことは、やっぱりすごい忍びなんだろうな。


「……その結果、都合よく一席空いた兄の班に来たってわけだけど…樹にとって最悪の選択をしてくれちゃったおかげで余計に、ね……」


 里冉は溜め息を吐く。俺の前だと結構上機嫌なときが多いからか、少しレアな姿に見えるな。


「お前、そんな嫌われてんの?」

「見たでしょ、さっきの」


 まあ確かに、あの目は何度思い返しても本来身内に向けるものじゃない。それこそ梯に向けるべき目な気がする。それくらいには冷たかった。それを弟に向けられる里冉も怖くなってきたんだが……何かしたんだろうかコイツ。


「あ、地図の場所はこの先だね。二人共、俺が敵を探知するから身を潜めててくれる?」

「おうよ」


 俺と里冉の少し後ろから一応ついてきていた樹の方をチラと振り返ると、里冉の指示はわざと聞いていない様子で。…………まさかとは思うがコイツ、ワンマンプレーで演習課題だけこなそうとしてる……?


「あっちょっ樹……! 勝手に先行かないでよ」


 里冉が探知を始める前にもう樹は動いて、さっさと敵を探しに行ってしまった。


「あぁもうほんっと……ごめんねらっくん、追いかけようか」


 里冉が困ってるの、やっぱちょっと珍しくて面白いな。……じゃなくて。


「わかった。……つかアイツの戦闘スタイルって聞いてなかったけど、どんななんだ?」


 俺の質問に、急に黙り込む里冉。え、俺なんか変な事聞いた? なんて思っていると、予想外の言葉が返ってきた。


「……ごめん、俺も詳しくないんだ」


 一瞬、耳を疑う。


「は……? 兄弟だよな……?」

「樹、絶対俺と任務に出たがらないから……」

「にしても全く知らないことはないんじゃ……」

「……まともに話さないんだよね、家でも」


 お前らどんだけ不仲だよ。とツッコミを入れかけて、里冉の表情を見てやめた。


「今日みたいにほら、俺からはわりと話しかけるんだけどね。樹からは何も話してくれないし、聞いたことにも答えてくれないから……ていうかそもそも避けられてるし……」


 うぅん……そうなのか……。


「なんか……大変なんだなお前も……」

「あはは……」


 多分これは、嫌われてる理由を聞いても教えてくれないやつだ。

 現時点での俺の勝手な予想だが、おそらく樹が里冉にあんな態度を取っているのはここ数週間とか数ヶ月とかそんなレベルじゃない。何年も、まともに口を利いていない。

 そうなってくると相当やべー理由が隠れてそうで、正直怖くて聞く気にならない。マジで何やったんだよ里冉。


「……と、とりあえず追いかけようぜ」

「うん……」


 心做しか元気が無くなった里冉を半ば引っ張るようにして樹の向かった方向へと進むと、少し開けた場所で敵役の忍びと交戦中の樹が見えた。

 もう見つけたのか、と感心しかけて、いや逆に敵に見つかった可能性もあるな……? と思いとどまる。


 交戦中の樹の姿をよく見ると、両手の指に猫のような爪をつけており、それこそ猫のように軽やかな身のこなしで敵の攻撃を避けていた。


「あれ猫手か。なるほど、暗器使い……」


 ……ふと、さっき握手してくんなかったのは……と思うが、まあどの道無視されてたんだろうな。


「意外といい動きしてる……」

「よし、加勢すんぞ」

「……いや、どうやら俺達も見つかっちゃったみたいだよ、らっくん」

「うそ、うわマジだ」


 背後から忍び寄っていた二人の敵役に気づいた里冉が、即座に苦無を構えた。つられて俺も紅を構えて、敵と睨み合う。


「思えば共闘、初めてじゃない?」

「はは、そうだな」




 …………とか言ったのにさあ。

 結局、里冉がほぼ一人で、それも一瞬で片付けてしまい……俺は……俺は……(リボンだけ回収した……)

 ま、いいけどな。結果的にリボン取れたならなんも言うことねえわ。里冉強いの知ってるし。


「紫と青……もしかしてあっちのリボン、赤だったりする?」

「ぽいな。わざわざ俺らに合わせた色用意した朔様、芸が細かいな……」

「ふふ、伊賀ってなんか……微笑ましいよね」

「バカにしてるなさては。……つか、てことは俺のターゲットあっちじゃん。そもそもターゲットが決められてるかどうかは怪しいけど」


 樹の方を見ると、敵役という殺してはいけない相手との戦闘は相性が悪かったのか、少し苦戦しているようだった。


 暗器使いということは、樹はおそらく毒での暗殺を得意とするタイプだ。あの猫手の爪には、多分何かしらの毒が塗ってある。樹も流石に殺してはいけないということはわかってるようで、攻防を繰り広げている割には相手にはダメージが見えない。どうやって苦無のリボンだけを狙おうかと考えながら、防御に徹しているようだった。

 ……てことは多分、先に敵に見つかって戦闘に持ち込まれてしまったんだろうな。つかあのマントみたいな羽織りの下でずっと毒塗った猫手つけてたんだと思うとちょっと怖いな。まさか里冉の隙狙って暗殺する気でついてきたわけじゃないよな……??


 というかこの場面、協力できる班なら樹が敵の気を引いている間に俺達が隙を着いて苦無を奪うだとか、俺達の相手をさせて樹が他の武器に持ち替える時間を作るだとかするのだろう。加勢、したいけど……「邪魔」って顔で突き放されて終わりそうだな……。

 里冉もどうやら『自分が出ていくと色々と厄介なことになる』というのは察しているようで、諦めて傍観している。

 ほらな、やっぱりチームワークなんて無いんだよこのままじゃ。


 明日からの任務がより不安になってきた。とか思っていると、ふと近くの茂みから怪しい気配を、正確に言えばもう一人の敵らしきにおいを感じ取った。嫌な予感がする。


「樹!!!」

「……は?」


 気づいたら俺は飛び出していて、樹の背後を襲おうとしたもう一人の敵役の苦無を、紅で受け止めていた。


「あっぶねえ……つか四人居たなんて聞いてねえ……!!」

「そりゃ現地の敵、としか説明されてないからねぇ」


 里冉が呑気に見守っているのがなんか腹立つが、これは……上手くいけば俺だけでも樹と打ち解けるチャンスでは……!?


「こっちは任せろ!」

「……ちっ」

「今舌打ちしたな!? お!? やるか!?!」

「らっくんって煽り耐性ゼロなの?」

「いやお前まで煽ってくんじゃねーよ!!」


 いやなんで敵を前にしながらも律儀にツッコミしてんだ俺。集中しろ。

 うるさいし邪魔だし邪魔だし邪魔なんだけど……とでも思ってそうなどす黒いオーラを背中に感じはするが、これくらいで心の折れる俺ではない。絶対いいとこ見せて樹に「凄いじゃん。見直した」とかなんとか言わせてやるんだ。


 ……そうだ、せっかくだし試すか。

 思えば最近任務も師匠との修行もなくて、紅の出番自体が久々だ。恋華を助けたあの時以降、自主練じゃ一度も能力を使えてないのが気になるが……実践のがいける説ちょっとあるもんな、俺。


 里冉みたいに出来なくても、苦無さえ手放させられればいいんだ。……少しなら、死にゃあしない。相手もそれなりの怪我くらいは承知の上だろう。


 狙いが決まった途端、俺は俺と樹を囲む敵役二人の手元に、紅が触れるように動く。

 印をつけるのは、あっさり成功した。今日はなんだか調子がいいのかよく動ける。相手が手加減してくれているおかげもあるんだろうけど。


 それじゃあ、ほんの少しだけ。

 成功してくれ、頼む。


 〝発〟


 合図と同時に、敵役二人の手甲から煙が上がった。


「な……なんだこれ……っ!?」

「は、熱っ……!?!」


 二人が手甲を外そうとして苦無から手を離したその瞬間を、俺は見逃さない。するっと二本とも回収して、樹の方を振り返ってニッと笑う。


「へへっ、やったぜ」

「な……」


 紅のコントロールが、回を増すごとに上手くなっている。そもそも使えたことに俺が一番びっくりしてはいるのだが、なんだかやけに調子がいいのだ。……でもなんか、違和感あるな。なんだろ。変だな。


 そういえば何か……いつもと違うような……


 違和感の正体がもう少しでわかりそうだという時、敵役の忍び達が役目は終わったと言わんばかりにザッ、と森に消えていく。それに俺は一瞬気を取られてしまう。

 ……まあ、いいか。多分気のせいだな。そう思いながら、回収した苦無の片方についていた赤のリボンを解いて、懐に入れた。


「らっくん今何したの?」


 傍観していた里冉が興味津々で近づいて来る。


「へっへーん、ちょっと手甲に火付けさせてもらったんだよ。そしたら咄嗟に消火しようとして、苦無落とすかなって思ってさ」

「へえ、なるほどね……火力のコントロール上手くなったんだね、びっくりしちゃった」

「俺もそれはびっくりしてる」

「あれっ自信があってやったんじゃなかったんだ」

「……自信あったってことにしといて」

「ふふ、はいはい」


 俺は黙ったままの樹に歩み寄って、先程里冉と取った青のリボンを差し出す。


「ん。これ樹の」


 ぶっきらぼうにリボンを受け取る樹が、俺を見る。


「…………あのさあ」


 やっと目を合わせてくれたことに少し嬉しくなる俺だったが、その目は嬉しさを余裕で掻き消す程の嫌悪の色をしていた。


「余計なことしないで。楽だかお気楽だか知らないけど、ウザいよ、アンタ」

「なっ……!」

「ちょ、樹……!」


 口を利いたと思ったらこれか……!

 あぁでも、目を見てわかった。間違えた。俺がいいとこ見せるなんて、プライドの高い(であろう)樹にとっては逆効果だったんだ。


 思えば、結果的にワンマンプレーをしてしまったのは俺の方だった。(よく考えたら里冉もだが……)


「……あと初対面で許可なく呼び捨て、どうかと思うんだけど」

「お、あ、ごめ……でも俺……早く仲良くなりたくて……」

「鬱陶しい。馴れ合う気ないの、見て分からない? そういうの、空気読めないって言うんだよ」


 それはお前には言われたかねえ……!!!!! と内心思うが、樹にとっての空気をわざと読まなかったのも確かなので、何も言えなくなってしまう。

そんな俺を見て、里冉が樹に向き直った。


「……樹、いい加減にしなさい。初対面なのにその態度も、どうかと思うよ」

「は、都合のいい時だけ兄貴ぶるのやめてくれない? そういうことするから嫌われるって分かんない?」

「……っ、それは……ごめん」


 里冉まで言い負かされてる……。

 まずいぞ、このままじゃこの班、最悪な空気のまま明日を迎えることになってしまう。


「……とりあえず、本部に戻ろうか」




   * * *




 本部に戻る道中、俺はめげずに樹に話しかけてみたが案の定ガン無視され続けた。


「許可のない呼び捨てがダメなら許可ほしいなー! 俺も呼び捨てでいいからさー!」

 とか

「じゃあなんて呼べばいいんだよ~。いっくん? いつきゅん? いつっきー? 樹サマ? ……やっぱ樹でよくね?」

 とか

「さっきはほんとごめん! 俺が悪かった! お前にいいとこ見せたくて調子乗った! すまん!」

 とか。

 正直自分でもウザ絡み過ぎると思うので、無視されても大して気にはならなかったが。(それよりも里冉がずっと笑いを堪えてたっぽかったのが腹立った)


 しかしそれでもめげない俺が本部に戻っても話しかけ続けていたら、樹は一度だけ返事をくれた。それは「俺、お前とはフツーに友達になりたいんだけどなぁ」と何気なく放った本心への返事だった。


「…………それは、アイツの弟だから?」


 樹はこちらを見ることこそしなかったが、それが俺への言葉であることは確かだった。


「へ? なんで里冉が出てくるんだよ。関係なくね?」


 俺の答えに樹は「ふぅん」とだけ言って、再びガン無視モードに戻ってしまった。(なんで里冉が出てきたかは教えてくんないんだな……)

 それでも返事があったことにまずびっくりし、罵倒されなくて更にびっくりした。流石にいつ何時でも口悪いわけじゃないんだな……と俺が安心していたら、


「らっくん、無理に樹と話そうとしなくていいからね……?」


 とか耳打ちしてくる里冉。「それお前が俺に構って欲しいだけだろ」とツッコむと、里冉は「バレた?」と笑う。

 バレるも何も、さっきから暇そうにしてたの見てたからな。課題のリボンをなんかすごい感じに結ぶんじゃない。自由か。器用か。てか人目のある場でこの距離で話しかけてくんな。仲良いと思われるだろ。




 ……とまあそんなこんなで回収してきたリボンを朔様に渡し、一応、演習課題はクリアした。が、演習の目的である『新しい班に馴染む』に関しては、残念ながら馴染むどころかこの班のチームワークが最悪だということがわかっただけだった。


 樹の協調性が無さすぎるのはもちろん、里冉までなんというか……自由人というか……班での任務に慣れていない感じがする。ていうか実力差がありすぎて必然的に里冉のワンマンプレーになってしまう。そしてなにより樹との関係性の悪さが異常だ。樹がまともに話してくれないとはいえ、諦めきって俺ばかり構うのはなんか違う気がする。完璧超人かと思ったが、さては人として色々欠けてるなコイツ。


 でも、明日からの任務本番の前に色々わかったのはある意味よかったかもしれない。

 俺もやらかしたし、反省点多いし、やっぱぶっつけ本番よりはずっといい。この班の空気は俺が何とかするしかなさそうだということもわかった。頑張ろう。


 ……いやそれにしてもまさか……俺がこんな不仲兄弟の間に挟まれることになるとは、誰が予想しただろうか……。


 不安はやはり拭えないまま、里冉班での初日は終わってしまったのだった。

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