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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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三話・火鼠



 さあ、今日のイタズラはどうしようか。

 また朔様のお屋敷に忍び込む? ……つっても忍び込むだけじゃ面白くねえしな、優なんかいい案ねえ? ほら、がくも。

 ……俺が決めんの? じゃあ今度は机のお茶をトマトジュースにすり替えて……そ! 引き出しトマト作戦のリベンジ! ひひ、今度こそ茶紺に邪魔されないようにしねーとな。

 作戦はそうだな、いつもの……じゃそろそろバレそうだからちょっと変えるか。今日は俺が先忍び込んで鍵開けるから、二人は裏口で待機しててくれ。


 よしじゃあ行くか。……っておい、どうしたんだよ二人共。そっちは長屋敷じゃねえぞ?

 へ……? なんだよ、聞こえねえよ。

 どこ行くんだよ、なあ、がく、優……待てって……


 俺を、置いてくなよ──────






「………!」


 ………ん……?


「……楽兄!」


 俺……呼ばれて……

 この声は………優でもがくでも…ない………


 覚醒する意識と共にゆっくり目を開けると、そこに見えたのは蜂蜜色の大きな双眸。


「おはよう楽兄!」

「……おはよ、卯李」


 そっか俺、寝てたんだ……。てことは……夢か……。

 起こしに来てくれたのは秋月卯李(あきづき うい)。茶紺の……まあ息子みたいなものだ。見た目は完全に女の子なんだけどな。茶紺と一緒に立花にはよく出入りしているため、俺にとっては妹……弟のような存在だ。


「楽兄、元気ない…?」

「ううん、大丈夫だ。心配ありがとな」


 ふと目の端に浮かんでいた水滴に気づき、寝巻の袖でごしごしと拭う。卯李に見られたよな、かっこ悪ぃな俺。

 よし、大丈夫。今度は自分に言い聞かせて、これ以上心配させないよう笑顔を作って見せた。


 あの日から数日が経った。岳火と優、二人は頚椎が斬られ、即死だったそうだ。

 助けてくれた里冉は、医療班や警察が駆け付ける前にいつの間にか居なくなっていて。甲賀のやつに助けてもらった、なんて話すわけにもいかないので「混乱していて覚えていない」の一点張りで事情聴取を切り抜けると、記録には俺がどうやって梯相手に生還したのかは不明、と書かれていた。……確かに、里冉がいなきゃ俺もあの瞬間に死んでいた。と思う。


 そういやアイツに謝らせてしまって……挙句お礼、言えなかったな……つか……梯と戦う里冉……ちょっとかっこよかった……、なんて……

 何考えてんだ俺、とブンブンと頭を振って里冉を思考から追い出す。


「……それより、なんでこんな朝っぱらから卯李が?」

「あのねあのね! 茶紺がね、楽兄おこしてこーい! って!」

「……あ、あー、なるほど。そういや今日か」

「エンキ? になったんだよねぇ?」

「そうそう。色々あったからちょっと延びたんだよな、顔合わせ」

「かおあわせー!」


 そう、今日は俺の配属された班・火鼠の顔合わせだ。色々……主に俺が襲撃に巻き込まれたせいで顔合わせが延びていた。スリーマンセルが基本の伊賀だと二人じゃおそらく任務は回ってこないため、茶紺ともう一人の班員はここ数日かなり暇だったろうな、申し訳ない。


「[なのでさっさと朝食を済ませろと]」

「うわぁ! 急に出てくんなよおせち…」

「[ずっといましたが]」

「え~……」


 ぬっ、という効果音が付きそうな登場の仕方をしたのは卯李の護衛、おせち。

 素顔も本名も不明なうさぎ頭の大男だ。小さめのホワイトボードを使い筆談しているため声すら不明だ。とにかく謎というか……未だに俺にもよくわからない存在である。基本的には紳士なのだが、何故か俺のことは……


「[なんです? ビビってるんですか? 今更?(笑)]」

「表情なくてもわかる。めっちゃバカにされてるな俺」


 やたらバカにしてくる。なんでだよ敬えよ。お前の雇い主の上司の息子だぞ俺。……いや、ここまで来ると他人だな。にしても解せぬ。


「[ほら、朝食ですってば。早く行きますよ]」

「わぁい朝ごはんー!」

「あ、ちょ、こら走んなって! 転ぶぞ卯李」

「大丈夫だよぉー!」


 すると廊下の何も無い場所で、言ったそばから見事なフラグ回収。しかし卯李の体が傾くと同時に、おせちがその身体を抱き留める。


「ありがと、おせち!」

「[お気を付けくださいませ、卯李様]」


 うさぎ頭のくせにたまに騎士に見えるんだよな、コイツ。卯李限定で、だけど。




   * * *




「いよいよだな、楽」

「おう……って親父!? 隈すごいけど大丈夫すか!?」

「ああ大丈夫だ、気にするな」


 朝食を食べに居間へ向かうと、任務だか会議だかわからないが朝まで忙しかったのだろう、死んだ目の親父が待っていた。


「ね、寝てていいんすよ……?」

「かわいい息子と朝食を食べるためならこのくらいどうってことない」


 そうっすか……と若干引いていると、使用人と共に朝食を運んできた茶紺が会話に混ざってきた。


「あはは、今日も安定の親バカですね屍木さん」

「かわいすぎて心配だからとボディーガードまでつけてる奴に言われたくないな」


 卯李とおせちに視線を向けながらそう言う親父。確かにな、仰る通りすぎる。


「いやいや、屍木さんには敵いませんよ」

「はははは」

「……どっちもどっちだと思うなぁ」

「[こればっかりは楽さんに同意せざるを得ないですね]」


 そんなこんなで、茶紺達と一緒に朝食を食べた。不自然なくらい、いつも通りの朝だった。茶紺も特に変わった様子はないし、親父は……疲れていても一緒に朝食を食べてくれるくらいには、俺を気にかけてくれているのだろうけど……。


 忍びの世じゃ人が死ぬことなんて珍しくないし、一々悲しんでいたらキリがないのも頭ではわかっている。それでも俺は、岳火と優のいない現実にまだ気持ちが追いついていなかった。




   * * *




「……で。なんで二人しかいないんすか班長。スリーマンセルっすよね」

「おかしいな……ちゃんと伝えたはずなんだけど……」


 顔合わせの集合場所らしい菊の露に来た俺と茶紺。約束の時間は十分前に過ぎている。


「……。」

「そんな目で見るなよ……」


 初っ端これで大丈夫なのかよ。既になんか不安になってきた。もしかして俺、会ってもないのに嫌われてたりするのか?


 ……数日経ったとはいえここに来るとどうしても鮮明にあの夜を思い出してしまうな。俺があの時、梯の話を聞きたいなんて言わなければ。そもそも資料を持ち出させていなければ。もうどうしようもないのに、自然ともしもを考えてしまうのは俺の弱さか。

 それにしても、梅雨梨も吟も巻き込んでしまったのに、もう何事も無かったかのように接してくれる。今はそれが救いだった。


「……そうだ! ただ待ってるだけってのもあれだし、先に配属祝いで欲しいもの選びなよ楽」


 忍具がずらりと並んだ売り場へと案内されたと思ったら、梅雨梨がそんなことを言い出した。


「配属祝い……?」

「あれ? 聞いてない? ここが集合場所なのはそういうことだよ、好きなの選びな!」

「い、いいのか……!?」

「おうよ!」


 確かに、これから火鼠として任務につくんだし、新しい忍具が欲しいとは思ってたんだよな。

 梅雨梨の粋な計らいに甘えて売り場を眺めていると、少し変わった紋のような模様が刻まれた苦無が目に入った。柄の赤い飾りを見る限りかなり使い込まれた物のようだが、どうしてかやけに魅力的に見えた。


「……この苦無……」

「お? もしや目が合っちゃったってやつ?」

「なんだそれ?」

「ありゃ違った? そっか、ならいいや。それにしても(こう)を選ぶとは……お目が高いねぇ、さすが立花家跡取り」


 紅……? 名前のある苦無って珍しいような……ていうか名前あるってことはそれだけすごいものだったりするのかな。


「そんなにいい物なのか」

「まあね。使いこなせたらいいんだけど……楽次第では、ゴミにもなるかな」

「ええっ!? ……あ、でもこんな値段のもの……」

「何言ってんのさ、配属祝いのプレゼントなんだから好きなの持ってってよ」

「本当か……!」

「うん。気に入ったんでしょ。ほらほら、遠慮しないの!」

「……!! さんきゅ梅雨梨!!」


 ────ヒュッ


「!?」


 突如飛んできた何かを、そのまま持ってた紅で弾く。カランカランと落ちたそれは、二本の棒手裏剣だった。


「……やっと来たか」


 何だ!? と棒手裏剣の飛んできた方向へと視線をやると、そこに居たのは……


「やあやあ唐辛子くん。この程度、避けられなかったら僕もうどうしようかと思ったよ~」


 俺と同年代くらいに見える、くノ一だった。


「唐辛子くん………………????」


 まさかと思うがこれのこと…? とメッシュを摘むとくノ一は「そうそう」と嫌味ったらしく笑う。


「あまり脅かすんじゃない、新入りなんだ」

「って言っても、ど~せたまたま班員が一人欠けたからって親のコネで入れたお坊ちゃまでしょ? すぐ音をあげて抜けるかアッサリ死ぬのがオチなんだから、潔く断れば良かったのに~」

「なっ……!」

「あはは、気に入らないのはわかったよ、恋華。でも今日からは仲間だ、そういじめてやるな」

「仲間なんて忍びらしくない」


 腕を組み、『気に入らない』というのを前面に出した態度でそいつは俺を見据える。


「……班長、なんすかコイツ」

一鬼恋華(いちき れんげ)。14という若さで直属班に選ばれたいわゆるエリートくノ一、そして」


 ここに現れた時点でなんとなく察していたが、まさかそんな……


「火鼠の一員だ」

「どうぞよろしく~お坊ちゃま」


 この嫌な奴がもう一人の班員だなんて……。


「……よろしく」



 配属初日にしてもう既に、この先上手くやっていけるかがものすご~~く不安になる俺なのであった。


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