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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
38/105

三十七話・身虫[2]




 長屋敷に集められてから、数時間が経った。

 結局、俺も茶紺も本人で敵側ではない……との結果が出たらしい。

 一先ず、一安心である。


 ただ少し気掛かりなのが、他の班の結果が出るのに時間がかかっていたように見えたことだった。それでも俺達には「現時点では安心していい」といった感じの結果報告がされた為、とりあえず身虫は見つからなかったのだと思う。多分。

 現時点では、って言い方は気になるが……もしかしてこの先高確率でなり得る、もしくは敵と繋がっているが今は害がないと判断された者がいる……とかか?


 まあなんにせよ、なりすましが他に見つからなかったのはかなりホッとした。が、そもそも俺には空翔が梯だったということが未だに信じられないというか、実感が湧いていなかった。その為、それなりに動揺はしていたがどこか妙に冷静なまま、お開きとなってしまった。


 暇な俺と茶紺は恋華に先程までの話をする為にまた病院へと向かった。師匠の捜索を任された班が任務に戻るのを送り出すことしかできない現状が、酷くもどかしかった。


 病院への道中、白雪さんが言ってた〝空翔くんも私と同じ〟という言葉の意味が気になっていた俺は、茶紺に白雪さんとの話を(元々聞いてたみたいだが改めて)話した。

 茶紺はしばらく考えていたが、結局「言葉通り、なんだろ」と白雪さんの言葉をなぞった。


「それがわかんねーんだよなあ」

「白雪さんと同じってことだよ。思い出してみろ、白雪さんはどうやって話していたか」

「嘘は言ってなかった」

「そう」


 でもあの偽空翔は伊賀者ではない。その時点で、発言の全てが嘘になるのではないのか。


「空翔が『自分は梯ではない』って言葉を言ってたか?」


 首を横に振る。


「そういうことだ」

「うーん……そもそも空翔を梯だと思ってなかったからそういう話をしてないだけで、もしも聞いたらそう言ってただろ……?」


 空翔が凄かったのはおそらくそこなんだよ、と茶紺は言う。


「聞かせない、疑わせない、嘘をつかなければいけない会話の流れにしない。それができれば、違和感のない言葉だけを口にすることが出来る……ってことだろ」

「……でも俺、空翔と夾について話したぞ」


 茶紺は一瞬どうしてそれが、という顔をしたが、すぐに「……梯として話していたら違和感が生まれる可能性が高い話題、か」と納得する。俺は頷く。


「空翔に『辛くないの』って聞かれて」


 言いながら、思えばあれは梯としてだったのかもしれない、と思う。俺が辛いと答えたあとの空翔の表情は、どんなだったか。


「その流れで俺が空翔にお前はどうなんだって聞き返したら、『大丈夫。直属班の皆は狙われなかったみたいだし、僕の周りは被害者いない』って」

「嘘に思えるか?」

「嘘じゃ……ねえのか……これ……?」


 空翔は直属班で、被害者で……。


「……あ、え、そっか、直属班の『皆は』って……僕の『周りは』って……そういうことか……!?」

「そう。空翔が被害者だということを知らなければ、聞き手が『今ここで生きていることが前提だからわざわざ自分を含める必要がなかっただけ』と勝手に解釈して違和感にはならない言葉、なんだよ」


 つまりあの偽物は、梯として嘘のない言葉を、空翔として発しても違和感のないところだけ上手く選び抜いて会話していた……と……?


「はぁ……嘘だろ……気付けねぇってそんなの……」

「そこがあの偽物の凄いところなんだ。睦が、俺が、他にも多くの腕の立つ忍びが彼と言葉を交わした筈なのに、誰一人として気付けなかった」

「そっか……白雪さんはそこに気付いていたからああ言ったのか……」


 道の先に病院が見えてくる。こんなにも穏やかでない話をしているのに、その向こうに見える空は嫌味な程に快晴だった。


「……あ、もしくは」


 茶紺が思いついたように再び口を開く。


「彼が伊賀で過ごす内に〝桔流空翔という人格〟を手にしていて、その人格で会話していたから嘘にはなっていなかった、って可能性もあるね」

「人格……!?」


その発想はなかった。思わず茶紺を見る。


「思えば俺達の前で空翔を名乗ったり、忍烏を操ったり、別人なら有り得ないことをやってのけていたんだ。人格説も無いとは言いきれない。……いや、そうだ、賢くて警戒心の強い烏を騙すんだ、むしろそれくらいでないとできないんだよこの成りすましは」


 空翔と偽物は、全くの別人だ。いやもしかしたら生き別れの双子とかだったのかもしれないけど、どう考えてもその可能性は限りなく低い。

 その別人が完璧に変装してその人物の生きている環境に実際に飛び込んだところで、その人格を、心を、簡単に手に入れられるわけがない。


 そんなことをできる忍びがいるのか。

 しかもおそらく、俺とそう変わらない歳の子供だ。むしろあの体格なのだ、下である可能性は大いにある。


 会話術にしろ人格にしろ、意図的にやっていたのだとしたら、あまりにも……


「次元が違う……」

「俺も、今回の件で梯の恐ろしさを改めて実感した」

「戦闘力だけじゃねーんだな」

「ああ……」


 病院の前。立ち止まる俺。そこに並ぶ茶紺も多分、俺と同じだ。

 恋華にどう話そうかと、考えている。


 俺の勝手な印象だが、恋華は案外空翔と仲が良かった。気も合うように見えたし、友達の少ない同士で、あまり気負わずに話していられる貴重な存在だと互いに感じていた……ような気がする。少なくとも俺からはそう見えた。

そして、恋華自身が弱っているこのタイミングだ。梵さんと朱花が居なかったことも伝えるべきかどうか、俺には判断しかねている。


「班長さんはどうお考えで」

「なんだい急に」


 わかっているであろう茶紺は、質問で返してくる。後方から吹く風が、早く入れと促している気がする。


「いや……俺より付き合い長いしさ」

「うん、まあ、そうだね……俺達も、嘘のないように話す……かな」

「やっぱそうなるよな」


 ここで俺達が変に気を遣うのは、よくない。二人の意見が纏まったところで、やっと病院へと足を踏み入れた。




   * * *




「……ねえ、どうして彼等を見逃したの?」


 直属班の面々が去った後、白雪は朔にそう尋ねた。


「里の家族だから」

「今は、でしょう」


 まあね、と手元の資料から目を離さずに朔は言う。

 空翔の情報が書かれたその紙。改めて見ると、確かに梯にとっては好都合だ……と思わざるを得なかった。


 空翔には、家族からの監視の目がなかった。

 本人の自由人な性格からかふらっと居なくなることもよくあったというし、数日家を空けたところで「いつもの事だ」と済まされる。そうなると空翔のことを最も気にかけていたのは仕事仲間である氷鶏の他二人ということになるのだが、共にプライベートでもよく会うというわけではなかった。(むしろ最近の偽空翔の方が、桜日や他の班の同世代の子達と仲良くやっているように見えた)


 つまり極端な話、氷鶏での任務がない間は空翔がどこに居たとしても、誰にも会っていなくても、不自然に思う者がいなかったのである。

 そして、朔の次世代育成を優先する方針により、教師である睦が多忙な時期にはあまり任務を入れていなかった。最近で思い当たるのは、年明けからの睦の教師としての繁忙期。


 おそらく梯はそこを狙った。


 いつから目をつけられていたのかは流石に分からないが、数日不在でも怪しまれない時期を見計らって誘拐し、高度な変装術を持つ者が本物と入れ替わって内部に潜入していた……というのが今回の真相だった。


 朔は資料を白雪に返し、莟を呼び寄せる。


「本当に、大丈夫なの……?」


 心配そうな白雪に、朔は「大丈夫」と微笑みかけ、言った。


「姫なら利用出来るでしょ」


 長らしからぬ悪い顔してるなぁ、と思う白雪だったが、自分への絶対的信頼を孕んだその言葉に、仕方ない……とため息を吐く。


「……ほんと、人任せなんだから」

「頼りにしてる」


 朔はそう言い残して、莟を連れて執務室へと戻っていった。

 派手に挑発してくれたおかげで、相当キレてるなぁ朔。なんて思いながら、白雪も仕事をする為に部屋へと戻る。


「改めて考え直さなきゃ、例の班」


 彼等を上手く利用出来るように。

 キレているのは、白雪も同じだった。




   * * *




 時は少し遡り、刹那が諷と会ったその夜。


「……まさか貴方からになるとは。私も驚きですよ、師匠」


 そう言って刹那の首筋にあてがったくないは……




 数秒後には、諷の懐にしまい込まれていた。


「いやぁ失敬失敬! 少しおふざけが過ぎましたね」


 そう言った諷の表情はにこやかで、敵意はすっかり消えていた。


「それにしても、思わぬ幸運ですよ……! 私、てっきり師匠は生粋の伊賀者だとばかり」

「はは、そう見えていたなら忍びとしてはとても光栄だよ」


 刹那の微笑みにも、いつもの穏やかさが戻っていた。

 少し前までのピリついた空気が一転、すっかり和やかな雰囲気である。


「やはりギスギスした空気は性に合いませんね、師匠が案外ノリノリだったので私も乗ってしまいましたが」

「ふっふっふ、意外と様になっておったぞ?」

「いえいえそんな。……しかしながら、あの方が認めたとはいえ私はまだ少々疑っているのですが……何か企んでいるのではないか、と」

「ふむ。ま、そりゃあそうだな。簡単に信用などしてはいけない、忍びの世界とはそういうものだ」

「でもまあ、疑っているのはほんの少しですよ。……だって企んだところで」


 諷は近くの壁にもたれかかって、いつもの笑顔で言う。


「この前の彼みたいになってしまいますから」

「……話は聞いたよ。気の毒だったね、彼」



 彼、それは───────


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