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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
37/105

三十六話・身虫




 伊賀、長屋敷。


「……今日集まってもらったのは他でもない、例の死体の件だよ」


 長である朔様の前に跪く、直属班の面々。

 所々……というか思ったより欠けているが、十二班ある直属班の全員が招集され、この場に集まっていた。もちろん俺もその中の一人だ。(ちなみに恋華はまだ病院)


「早朝、医療班より調査結果の報告があった。それによるとあの死体の山、どうやら直属班の者の死体を隠すためのものだったみたいでね。……その者というのが、今日来ていない空翔……だ」

「……!」


 朔様の言葉を聞いた全員が一斉に、氷鶏の方へと視線を向ける。

 そこには長の言葉通り空翔はおらず、先を聞かずとも事の重大さに気付いた睦さんと桜日が『信じられない』という表情を浮かべていた。


「それぞれに思うところはあるだろう。けれど、まずは僕の話を聞いてほしい」


落ち着き払った朔様の声は、直属班に広がる動揺を鎮める。


「……いつから入れ替わっていたのかはわからない。ただ、ここ最近の……少なくとも死体が見つかった日以降の空翔は確実に〝偽物〟だ。杏子曰くどれも新しいものだったみたいだけれど、だからといって入れ替わったのが最近とは限らない。なぜなら空翔本人がどこかで長期間捕えられていて、最近殺された……という可能性も大いにあるからね」


 朔様はやられたね……と小さく呟いて、話を続ける。


「……ほぼ確実に、入れ替わっていた偽物は梯の構成員だろう」


 俺の前で跪く茶紺の肩が、ピクリとする。

 見抜けなかったこと、すげー悔しいんだろうな。

 かく言う俺も、ここ最近の空翔に関する記憶を片っ端から引っ張り出し、あれも、それも、偽物だったのか……? と考えていた。なんなら俺の場合はそもそも知り合ったのが最近なため、もしかしたら本物を知らない可能性だってある。そんな……嘘だろ……。


「おそらく奴等はカモフラージュの為だけに調査に時間がかかる程の人数の子供を殺し、わざわざ本物の空翔の死体を紛れ込ませて我々に見つけさせた……これがどういう意味か、皆はもうわかるね」

「かなり……挑発されていますね……」

「そうだね。そして舐められている。憤りを禁じ得ないよ」


 表情はいつも通り穏やかだが、それが逆に怒りの大きさを表してるように見えて、身が竦む。朔様が本気で怒っているところを俺は見たことが無かったのだと、思い知らされた。

 それ程までに今回の件は伊賀者として、長として、許せないのだろう。


 そして怒りと悔しさに震える者が、もう一人。


「私は……いったい……どうすれば……」

「睦、今回ばかりは悔しいが相手が上手だったんだ。ここにいる誰も、気付けないレベルでね」


 普段はクールで表情があまり無いあの睦さんが、今は俺から見てもわかるくらい、感情を顕にしていた。真面目で仕事熱心な睦さんのことだ、偽物を見抜けなかったことが誰より悔しく、そして仲間の理不尽な殺され方に誰より怒っているのだろう。最近知り合った俺でさえこうなのだ、もっと空翔に近い睦さんが平気なわけがない。


「……睦程の忍びの責任の取り方としては、腹を切るよりもこの先里に有益な働きをする方がずっと適切だと思うけど、どうかな」

「……! 仰る通りです。必ずや、挽回致します」

「その為にも氷鶏には早いとこ新しい班員を見つけなければね。今度は絶対、梯が成り代われない人員を」

「……それに関してはアテがあります」

「流石は睦だね。今日中にでも紹介してくれるかい?」

「は、至急」


 今にも腹を切って詫びるとでも言い出しそうだった睦さんが、朔様の言葉でいつものかっこいい睦さんに戻った。すごい、流石は長だ。

 俺も、とりあえず今は切り替えていかないと。長の前だし、まずは話を聞けと仰っていたし。


「今回のことは、直属班以外の者には伝えないように。混乱を招くといけないからね」


 それと、と朔様は続ける。


「失敗からは学ばねばならない。集まってもらったついでに、今ここで全員を調べさせてもらうよ。本人かどうか、それと間者、身虫(みのむし)でないかどうかを。でも調査する側も人間だ、ここで大丈夫と判断されたとしても、敵の息がかかっている可能性はゼロでは無い。あまりここでの結果を、信用しすぎないようにね」


 身虫。人間組織内の不平分子のことだ。

 これに付け入り味方につけてしまう術を、身虫の術という。


 ……おそらく今の伊賀には、身虫と化した者が居てもおかしくない。


 長かった先代の時代が突如終わりを迎え、若い朔様が長となった今の里。

伊賀は元々古きを大事にする風潮が根強く……まあ言ってしまえば頭の固い年寄りが一定数いる、というかなんなら多分多い。十二評定衆の中にも未だに朔様をよく思っていない者はいるだろうし、もちろん直属班にいても不思議ではない。更に言えば朔様だけでなく、今里の上に立っている立場の人間……俺の父や十二評定衆に不満、恨みを持つ者もいるだろう。

そしてそいつが、梯に目をつけられて……それこそ空翔に扮した梯に、長期的に攻め続けられ、落ちていたら。


 ……そういえば、行方不明である師匠が不参加なのはわかるとして、水蛇全員が欠席しているのは何故だ? 梵さんも朱花も捜索班には入れられていなかったはずだし、班長が欠けている状態で任務に出ているとも思えないんだが。……いや、まさかな。梵さんに限ってそんなこと……


 なんて考えていると、調査を任されたらしい杏子と白雪(しらゆき)さんが奥の部屋から顔を出し、この部屋の唯一の出入り口には朔様の護衛である(がん)さんが立ち塞がった。

 なるほど、これは間者が逃げようとした瞬間バレるだけじゃなく半殺しにされるやつだな。怖いな。俺別に間者じゃないから怯える必要ないんだけど。


「順に行こう。まずは火鼠から。……おいで、二人共」


 俺達から!? あぁまあ十二支順だとそうなるか……と茶紺と顔を見合わせて、立ち上がった。(直属班の名にはそれぞれ十二支が入っており、それで言うと火鼠は初めの()である)


 奥の部屋に入るとまずは茶紺が杏子に呼ばれ、おそらく本人確認のための身体チェック? が始まった。これでもし結果が茶紺本人じゃなかったら俺絶対人間不信になるぞ……なんてぼんやり考えてたら、白雪さんが俺の横に座る。


「やあ、楽くん」

「どうも、姫さ……白雪さん」

「えぇ、君にまでその変なあだ名で知れちゃってるの……? 嫌だなぁ……」

「すみません、朔様のせいですね」

「やっぱりか~も~朔ったら」


 白雪さん(あだ名の姫はおそらく白雪姫から)は朔様の従兄弟? 再従兄弟? だかなんだかの五十嵐家のお兄さんで、体が弱く普段はあまり人前に姿を見せない。配属前は長屋敷に忍び込んでのイタズラ常習犯だった俺ですら、まともに話したのはほぼ初めてだ。噂によるととても頭のキレるお方らしく、里の司令塔だとか参謀だとか言われている。

 まあ今のところまだ里冉みたいな物腰柔らかでほわほわしてる美人お兄さん、という印象だが……。いやてか雰囲気かなり里冉に似てるな……? そう思うと声まで似てる気がしてきた……。


「今回の事件、すごくショックだよねぇ……まさか直属班の中に梯が混ざってたなんて」

「そっすね……俺最近ちょっと仲良くなったと思ってたんで、余計に……」

「そっか……それは辛いね……」

「……ってか内部の情報ごっそり持ってかれてそうっすよね。まずいんじゃないすか?」

「そりゃもちろん、とってもまずいよ。困ったなぁ……また十二評定からお叱りを受けてしまう……僕も朔も結構頑張ってるんだけどなあ……どうも上手くいかないというか、梯の司令塔の方が上手な気がしてしまうね……不甲斐ない」


 零すようにそう言った後白雪さんは俺に向き直り、今度は謝る。


「ごめんね、こんな状況にしちゃって。本当はこんな調査もしたくないんだよ……僕らは里の家族を信じているからね……」

「いえ、仕方ないっすよ今回は。……俺としても、話聞きながらもしかしたら他にもいるんじゃないかって考えてたんで、この場で調べてくれるのは正直ありがたいっす」

「やっぱりそうだよね……みんなを安心させるためでもあるんだし、僕も頑張らなきゃな」


 よし! と小さくガッツポーズをして気合いを入れ直したらしい白雪さん。なんかちょっと可愛く見えてくるなこの人。


「そうだ、楽くんはさ、もし今の直属班に他にも敵や身虫がいるとしたら誰だと思う?」

「え、えぇ~……すごい質問っすねそれ……」

「ふふ、まあ仲間を疑いたくはないものね」

「……でも、もし梯側についていたとしたら恐ろしいなと思うのはやっぱ刹那師匠っすかね」

「どうして?」

「えっと……師匠は……敵に回っちゃったら倒せる気がしないんで……あとこんなこと言ったら甘いって思われるかもしれないっすけど、近しい相手ほど本気で戦いにくいっすから……」

「ふぅん」

「正直一番ありえないからこそ一番怖いのはうちの班長っすけどね……」


 カーテンの向こうで身体チェック中の茶紺の方を一瞥する。何されてんだろ……俺もあとでやるんだよな……。


「そういう白雪さんは、誰だと思うんすか?」

「え? うーん、誰もが身虫になり得るとは思っているけれど……もちろん楽くんも、ね」

「俺……は……どうなんすかね……?」


 身虫になりやすい特徴って確か……友を恨んでて主を暗君だと思ってる者、主を馬鹿だと思ってる者、それと……味方に肉親がいて、敵対を悲しむ心がある者。他にもあるけど確かこの三つが特に候補になりやすいんだっけか。

 俺なあ、今のところは味方の中ですげー恨んでる奴とかいねえし、朔様はいい長だと思ってるからなあ。


「例えばね」

「え、あ、はい」

「君のお父上が裏でとっても悪いことをしている、と……そうだなぁ、茶紺さんから聞いたとしよう。茶紺さんは既に敵側の忍びだけれど君を含め周りはそのことを知らない、という前提でね」

「はい……?」

「悪行の損害を被るのは主に茶紺さん。茶紺さんはそれによって実はずっと困っていたらしく、楽くんと結託してお父上を正しい道に戻したい、と相談してきた。さて君はどうする?」

「……例え相手が茶紺であっても、そういうことは父本人から聞いた事か自分の目で見た事でないと信用できないので、まずは父の調査をして真偽を確かめます」

「へぇ、ちょっと意外だったなぁ」

「この時点であっさり茶紺の味方するようなタイプ、流石に忍者向いてなさすぎますって」


 その通りだね、とくすくす笑う白雪さん。口元に手当てて笑うのも、ちょっと里冉っぽいな。

 つか今更だけどこの人の隣に座ってる俺、余計ちんちくりんに見えてるんじゃなかろうか。


「じゃあ……そうだね、真偽を掴めていない段階ではあるけれど、お父上の悪行を止められないともうすぐ茶紺さんが追い詰められて自死してしまう! という状況になってしまった。そのとき君は、茶紺さんの味方をしたくなってしまうんじゃないかな?」

「……それは流石に、味方してしまうかもしれないっす……」

「あ、結構あっさりなっちゃったねぇ」

「うっ、やっぱ甘いっすか俺」

「ふふ、まあここでならずとも茶紺さんはこの後、なんとか自死は避けられたが状況は好転せず苦しいまま……といった様子を装い続け、君の中のお父上への不信感を更に育て上げ、いい頃合で敵側であることを明かし共に内部からお父上を討とうと持ち掛ける、くらいは最低限するはずだよ。……どう? 誰もがなり得るということ、分かったかな?」


 リアルに想像するまでもない。こんなの絶対いいように使われてしまう。


「なるほどよく分かりました……俺でも十二分になり得ちゃうんすね……気をつけなきゃ……」

「この話は候補者云々をすっ飛ばしてとりあえず楽くんをターゲットに絞った前提での『哀車を使った身虫楽くんの作り方』だから、あくまでも可能性の話だけどね」


 そんな料理のレシピみたいな言い方されても。いやある意味調理法感はあるけど。


「僕個人の見解だけれど、現時点で君が候補者になることは無い気がしているし」

「そっすね。まず俺がなったところで内部でやれること、そんなないっすもんねぇ……地位もそこまで高くないですし、火鼠っつっても俺まだ急拵えの穴埋めでしかない気がしますし…」


 あぁ師匠……無事でいて欲しい……ただの穴埋めでなくなる為にまだ教わりたいこと、いっぱいあんのに……。と独り言のように呟く。


「ふふ、朔が君の配属を許した理由がなんとなくわかった気がするよ」

「……?」


 今の発言のどこでそんな……?? 俺なんか変な事言ったかな。


「……ていうか白雪さんの話聞いてたら本当に空翔以外にも敵側の者がいてもおかしくない気がしてきたっす……」

「困ったことに例え特殊な訓練を受けた忍びであろうと、五情五欲の理をつくして攻めれば案外簡単に術中にはまってしまったりするものだからね……。油断は禁物だねぇ……」


 五情五欲の理。

 『喜』『怒』『哀』『楽』『恐』の五つの感情と、『食』『性』『金』『地位』『趣味』の五つの欲望を意図的に刺激し揺さぶり、相手を意のままに動かしたり追い込んだりする。この対人戦法における基本の心得が、五情五欲の理である。

 ……というのを、最近師匠に改めて習っていたのを思い出した。


 五情の理は術でいう五車のことで、白雪さんも言っていたがさっき俺が例え話でかけられてしまったのはわざと相手の同情を誘う哀車の術だ。俺も夾相手にちらっと試していたが、あれはまあ、術も何も……という感じだったな。

 ていうか俺これかけるのはそこそこ得意だけど、かけられる側だと弱いんだよな。なんでわかったんだろ白雪さん。


「人間不信になりそうな話をしてしまったね。ごめんね」

「いやほんとっすよ。ちょっと怖いっすもん今」


 何が怖いって、こんな超普通の雑談のトーンでピンポイントで俺に術をかける方法を考えながらスラスラ話せる白雪さんなんだが……。これが里の司令塔かぁ、なるほどなぁ……。


「……そういやずっと気になってたんすけど、水蛇の他二人って今日は任務かなんかっすか?」

「いや、それがね……困ったことに連絡がつかないんだよ」

「え」

「一鬼はあまり内部の繋がりが強くない……まあオブラートを捨てて言えば不仲だから、身内より繋がりの強かった刹那さんが居ない今、本人と連絡がつかない限りは梵さんの居場所は掴めないし……。朱花くんも最近は実家と疎遠気味だったらしくて……どうやらここしばらく梵さんの家にいたとか」

「あの人の家は家出っ子が集まる場所なんすかね……」


 恋華も居たらしいし……流石というかなんというか、ああ見えて面倒見良いんだよなあ梵さん。


「あぁ、そういえば恋華ちゃんは身内にしては珍しく梵さんと仲が良かったねぇ」

「茶紺によるとお見舞いに来てたらしいっす」

「そうなの? じゃあそれが最後の目撃情報かもしれないね。次は茶紺さんの番だしついでに詳しく聞いとこう」


 ん? あれ……そういえば……


「……今俺もしかしなくても調査されてるんすか?」

「うん。雑談かと思った?」

「え、いや……まあ」

「それが正しいよ。調査って意識して話すより、普段通りの方がずっと調査になるからね」


 にっこりと笑う白雪さん。


「ふふ、君が話しやすいかと思い敬語も取ってたんですけど、上手くできてましたかね? 私、普段は朔くらいしかタメ口で話す相手がいないので、少々緊張してしまいました」

「えっ、えっ!?」

「いやぁやっぱり難しいですね、人とお話するのは」


 なんなら親友と雰囲気近くて余計話しやすかった説あるんすけど、と思ったが声には出さず。流石にないとは思うが、それすら見抜いててやってたとか言われたら超ビビるし。

 にしてもすげー絆されかけてた俺が恥ずかしい……。里冉と似てるな……じゃねーんだよ俺……。


「良かれと思ってしたのですが、なんだか騙すような形になってしまいましたね……ごめんなさい。話の内容に嘘はありませんから安心してくださいね」

「嘘はないって……忍びの世界で一番信用できない言葉っすよそれ……」

「あ、本当ですね。ふふ。でも嘘をついている人はいくら忍びの上手でもどこかしらに違和感が現れますから、楽くんが素直に雑談だと思ったのは私が嘘のない話をしていたからですよ」


 この調査もそれを見分けるものですから、私に嘘があると成立しませんし……と続ける白雪さん。


「でもあの……空翔を見抜けなかった俺にその違和感を見つける力……あるように思えないんすけど……」

「いえいえ、これだけ多くの忍びが騙されるほどですから、空翔くんもきっと私と同じだったのでしょう。見抜けなくて当然なのです」

「……どういう意味っすか……? 梯だったんすよね……?」

「言葉の通り、ですよ」


 ここで茶紺の身体チェックが終わったらしい。次、楽くんですよ~と杏子の声がする。


 くそ、どういう事か気になる……と思いながら渋々俺が立ち上がると、白雪さんは「いってらっしゃい」とニコニコ笑顔で手を振ってくれた。


「さあ、茶紺さん。私とお話しましょう」

「勝手に俺を敵の間者にしないでくれますか、姫様……」

「あれ、聞こえちゃってました?」

「絶対わざとですよね」

「さあ、どうでしょうかね、ふふ」



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