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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
31/105

三十話・蛇



 その日、とある二班が伊賀近くの湖に集められた。

 水蛇と光竜。共に里直属で、今日は合同任務というやつだった。


「今日の任務は、盗品の回収だ」


 水蛇の班長、五十嵐刹那がそう言って任務内容の説明を始めた。

 それによると、今回二班が回収するのは伊賀から大量に盗まれていた苦無や忍刀等の忍器。それらが何故かこの湖に捨てられているのを他の班が突き止めたのだが如何せん数が多く、回収は適任だと判断されたこの二班に任せられた、というわけだった。


 何故、適任なのか。

 それは水蛇には水遁に長けた者が集まっており、水中での回収作業に向いているから。そして光竜には物に光を宿せる術者がいる。それが、班長である花倉 螢(はなくら けい)だった。湖の底で物を探す為の簡易ライトをその場で作れるという点で、適していると判断されたらしい。


 そんな螢と、諷、紫樹(しき)の三人からなる光竜。そして刹那が率いる水蛇に所属しているのは、梵と朱花だった。


 水蛇の中でも泳ぎの得意な朱花はやる気満々のようで、刹那の話を聞きながら既に眼鏡を水中用へと替えていた。活躍して、大好きな梵にいいところを見せたいのだろう。しかしその梵はあまり乗り気ではなさそうな顔をしている。まあ何せまだまだ春先、湖の水はそれなりに冷たい。


「……というわけで、梵、朱花、螢は回収作業を、紫樹は周囲の警戒を」


 話しながら、盗品のリストを広げる刹那。


「そして諷と私はここで照合作業を行う。以上、始めようか」

「「御意」」




   * * *




 任務開始から、数時間。

 これといって問題も起こらず、回収は順調に進んでいた。


「ふふ、しーちゃんったら暇そうにして」


 湖のほとりで照合作業をする諷は、妹である紫樹が少し向こうの木の上で欠伸をしたのを見てそう言った。


「何事も起こらないのはいいことだがな」

「そうですね。平和が一番です」


 まあでも……と続ける諷。


「この忍器達には平和とは言えない事情がありそうですけどね……」

「ふむ、そうだな。お主はその事情とやら、どう考えている?」

「そうですね……大方、先日見つかった例の大量死体に関係しているんじゃないかと」


 湖の方では、回収班が何やら楽しそうにしている。どうやら螢の術で手甲を光らせるという発想に至り、朱花が光る手を手に入れたらしい。


「ほう、例の死体か」

「はい。傷口を調べられた時に自分達の情報が何一つ出ないように……そして伊賀のものを使うことであわよくば伊賀忍を犯人に仕立て上げるつもりで……といったところでしょうか」

「……ま、奴等の仕業だとしたら十中八九そうだろうな。このタイミングで見つかったのも、単に用済みになったから、だろう」


 奴等が考えそうなことだ、と刹那が苦笑を浮かべた。それに釣られて、諷も眉を下げて笑う。


「やけに手の込んだ死体遺棄ですよね……凶器を盗むところから始めるとは……」

「しかもこの量だ。おそらく一人一人、凶器を変えて殺したのだろう」

「どうしてそんな面倒な事を…」


 さあな、と刹那はリストに視線を落とした。

 湖の方からはまた笑い声が聞こえてくる。今度は梵の眼鏡が発光していて、その光景が螢と朱花のツボに入っているようだ。


「……そういえばこのリスト、たまに備考欄に色々書いてますけど、これって一々持ち主から聞き出したんですかね」

「時に人はモノに強い思い入れを持つことがある。故に、聞かれてもないのに話す者がいたのだろう」

「なるほど……? 師匠にもあるんですか?そういう武器」

「私は元より武器は使わんからなあ」

「あっそうでした」


 諷はリストを見ながら、話を続けた。


「あっでもほら、自分の物でなくても大切な人の形見とかありますよ、この苦無とか……うわぁ……形見が殺人の凶器に使う為だけに盗まれるなんて災難ですね……」

「そう……だな……」

「……師匠? どうかしましたか……?」

「いや……何でもない」

「そうですか……?」


 刹那はこめかみの辺りに手をやったが、すぐに平気だと言って諷に笑顔を向けた。


(何故だ……? 私にはそんな物……無いはずだが……)


 頭痛を感じたのはほんの一瞬。気の所為だろう、多分。

 刹那がそんなことを考えていると、回収班が湖から上がってきた。


「ご苦労、早かったな」

「ええ、朱花が大活躍でした」

「へへっ、それ程でも」


 梵に褒められて照れる朱花。刹那と諷はそんな彼等から回収した忍器を受け取り、数を数える。


「……ふむ、これで揃いそうだ」

「良かったです」

「螢さん、梵さん、朱花くん、回収作業おつかれさまでした! あとは私達にお任せあれ!」

「はーい頼みます」


 刹那の言葉の通り、数分後、あっさりとリストは埋まった。


 こうして二班は、無事に任務を終えた。

 ───────ただ一つ、刹那に少しの違和感を残して。




   * * *




 その日の解散後、梵と朱花は同じ家に帰っていた。

 というのも、朱花は現在家出中であり、一人暮らしをしている梵の部屋に上がり込んでいるからである。


 この狭い里ではわざわざ一人暮らしをするメリットは殆ど無い。それに梵の実家は当主が十二評定衆の一人なだけあり、十二分に広い。……が、如何せん梵は身内と、それも特に現当主である兄とは上手くやれていなかった。そしてそれは朱花も同じく、両親や他の親戚との関係はお世辞にも良好とは言えないものであった。

 似たような境遇、同じ班、そして自分にひどく懐いてくれている朱花。そんな彼の頼みを断れる梵ではなかった。なんなら梵も、一人暮らしという名の家出を続けている。だから気が済むまで置いてやろう、と思っていた。


「本気なんですね」

「こんな事を冗談でやる程イカれてないからな、俺」

「あはは、確かに」


 何かの支度をする梵の背から、その手元を覗き込む。

 それから朱花は、同じように支度を始めた。


「……何してんだ?」

「ついて行く準備ですよ」

「正気か?」

「もちろん」


 その答えを聞いて手を止めた梵に、朱花は笑いながら答えを付け足した。


「え、いやいや、俺も行くに決まってるじゃないですか。梵さんあるところに俺あり、ですよ」

「……それなら、やめておけ」

「え」


 思わず驚いてしまったが、朱花にはなんとなく予感できていた言葉だった。そして、この先に続く言葉も、だいたい予想がついた。


「俺はお前を巻き込む気はない。わざわざ危険な道を選ぶのは忍びとしてはこれ以上ない悪手だ、お前ならよくわかっているだろ」


 梵のそれは、一人の忍びとして、大人として、そして仲間としての言葉だった。

 優しくも、甘くはない。そんな梵の性格も好きな朱花にとっては想定内であり、それを聞いて抱いたのはやはり、梵さんらしいな、という感情だった。


 少しの間、沈黙が二人を包んだ。

 が、それは先程までとは違う色をした朱花の声によって破られた。


「……本当は、ただ巻き込まれに行くんじゃないんです」


 思わず、朱花へと視線をやる。それ程に真面目な声だった。


「自分にも、やりたいことができたので」


 梵は少し前に、似たような表情の朱花を見ていた。しかし、似ているだけで明らかに違った。

 以前あった迷いが消えた、真っ直ぐな瞳。それは、今の言葉が嘘でないことを物語っていた。


 良くも悪くも少し成長してしまったらしい少年を見ながら、梵は小さく笑った。

 全く、誰に似たんだか。


「……好きにしろ」

「はい…!」


 嬉しそうに返事した朱花に、犬みたいだな、という感想を抱く梵。『梵さんあるところに俺あり』という言葉も半分くらいは本気なんだろうな、なんて思いながら、支度を再開した。


「さ、あの子が帰ってくる前にできるだけ進めておきましょ」

「そうだな」


 今度は、二人で。




   * * *




「彼奴にも、伝えておけ」

「……お言葉ですが、彼には刹那様が直接伝えた方が宜しいかと」


 真夜中。五十嵐の屋敷裏で、静かに言葉を交わす二人がいた。

 片方は刹那。もう片方は、刹那の従える忍びである。


「どうしてそう思う」

「は、彼が最も貴方様に心酔していたように見えたので」

「それで?」

「……それ、で……」


 暗に『それくらいでは直接会う理由にはならない』と言った刹那に、忍びは視線を泳がせる。そんな忍びを横目に見ながら、刹那は冷たく笑った。


「わざわざ自分の手で首輪を外したがるような飼い主は、犬を捨てたりしない。そうだろう?」

「…………仰る通りです」

「わかったなら良い。頼んだぞ」


 アイツ、可哀想だな……。内心で同情しながら、忍びは「御意」と短く答えて闇に姿を消した。


 残された刹那は、一人、呟く。


「完全に壊れる、に賭けたいところだが…」


 絶対など存在しない。

 あらゆる可能性を、想定しておくべきだ。


「読めないものだな、現実というものは」


 里はそろそろ、桜の時期だった。


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