二十六話・隣
薄暗い森の中にある、いつもの廃寺。
そこでそわそわとアイツを待つ俺。
約束があれば大抵俺より先に里冉が来ているのだが、何故今日は俺が待っているのか。
それは家に帰ってから抜け出すのは色々と面倒だし……と道場の帰りに寄ることにしたせいで、約束の時間よりだいぶ早く来てしまったからだ。
……ここで一人でアイツを待っていると、どうしても「今日も来ないんじゃないか」と考えてしまう。ほんと、嫌な癖だ。
里冉が再び俺の前に現れる前、俺は約束も無いのに定期的にこの場所に来ていた。
里冉と会っていたのは約二年間。それに比べて、一人で待っていたのは六年間。そりゃ来ない方が当たり前になるよなあ、と自嘲気味に笑う。
でも今は以前とは違う。約束がなくても里冉から会いに来てくれるし、それくらい会いたいと思ってくれていることも知れた。だからいくら待っても来ないなんてことはもうない。…………と、思う。
……やっぱ、まだアイツを信じきれてないな、俺。
多分あの日の裏切られたという感覚は、未だに消えていない。
話してくれるまであの件については許せないというのは、本心だ。
─────だから、少し意地悪をしてみたくなった。
正直あの里冉相手に通用するかはわからないが、通用すれば修行の成果を実感できるのではないかと、思いついてしまった。思いついたからにはやるしかない。
そう思い、俺は廃寺の中……おそらく里冉が現れるであろう方向から死角になるであろう場所に、身を潜めた。それから整息術を使いながら闇に紛れ、観音隠れで気配を絶つ。
これで隠れているのがバレなければ、約束の時間になっても俺が来ない…と焦る里冉が見れるんじゃないかという魂胆だ。
そうしてまだかまだかと待つこと、数十分。
「らっくん、おはよう」
「ふぁ……あれ……りぜん……?」
気付けば目の前に親友の顔があった。
「ふふ、何企んでたのか知らないけど、寝ちゃったら意味ないよ」
「俺いつの間に……」
「おつかれだったの?」
「ん~……」
道場帰りではあったけど……そんな疲れてたわけでもないはずなんだか……なんてぼんやり考えながら、意地悪する気だったのにあっさり見つけやがった(いや俺が寝てたのが悪いが)里冉になんだか腹が立ち、目の前の顔を……というか頬を両手で挟んでうりうりといじくる。
「なにさぁ」
「なんかむかついた」
「なんでぇ」
「くっそぉ……いけめんめ……」
「寝惚けてるでしょらっくん」
寝惚けてねえし。と頬を引っ張る俺。里冉はいひゃいよぉ(痛いよ)と言いながらも、止める様子はない。
「……今日はちゃんと来たな」
「来るよそりゃ。会いたいって言ったの俺だしね」
「来なきゃぶっ飛ばしてた」
「あはは……」
里冉に手を引かれ起き上がり、座り直す。
「やっぱりらっくん疲れてる?」
「んーん、まあでも最近ずっと朝早くから修行してたしな……あぁそうだ、俺師匠ができたんだよ」
「へえ、どんな人?」
「体術が伊賀で一番強いって言われてる人」
「えっすごいじゃん」
「でもまだ一週間だからな、あんま吸収できてないんだよな」
「ふふ、らっくんのペースで頑張ればいいよ」
微笑む里冉。相変わらず無駄に顔が綺麗だな……と毎回思うことを今日もまた思う。
「里冉はさ、師匠とかいんの」
「ん~……うちは皆親が師匠みたいなものだからなあ……」
「法雨のしきたり的な?」
「まあ……外部に近しい者を作ること自体がタブーみたいな世界だから、外の人に教えて貰おうって発想がないというか……ていうか甲賀じゃ法雨の人間が一番強いし外に教わる必要がないというか」
「なるほどな……つか近しい者作るのアウトって俺だめじゃん」
「そうだよ。だからこうしてこっそり会ってるんでしょ」
「そうでした」
改めて聞くとやっぱ大変だなあ法雨……。立花と対の存在とか言われることあるけど、ぶっちゃけ次元が違うよなあ。
「今日さ、いつもより護衛を撒くのに手間取っちゃって、実はちょっとイライラしてたんだけど」
「お前がイライラとか珍しいな」
「うん。でもらっくんの寝顔見たら全部吹っ飛んじゃった」
「そうかよ……」
それは……良いのか悪いのか………。
ていうか手間取ったってことはもしかして珍しく遅刻してきてたのか?寝てたせいで全然気付かなかったな。てか寝ててよかったかもしれない、俺が焦るとこだった。
「……ほんとは姿見えなくてちょっと焦ったりもしたんだけど」
「へ?」
「ううん、なんでもない。……それよりこの前言いそびれてたことがあってさ」
なんだなんだ? 言いそびれたこと?
「対梯班の話。今ね、俺とらっくん同じ班にして貰えるように交渉中なんだ」
「……はぁ?」
「あ……もしかして対梯班自体まだ耳に入ってない……?」
「なんだそれ……!?!!」
衝撃の話題に、思わず食いつく俺。
里冉の話によると、近々伊賀と甲賀が手を組んで本気で梯を潰しにかかろうとしていて、対梯班という伊賀者と甲賀者がごちゃ混ぜになった班が編成される……とのこと。
里冉はどうしてかその編成に口を出せるようで(流石法雨跡継ぎ……)、名家の跡取り同士お互いに目の届くところにいたほうがいいんじゃないか……と俺と同じ班になるように上に掛け合ったらしい。
「全然知らなかった……」
「伊賀でも既に噂になってるかと思ったんだけど、まだだったんだね」
「いや……多分だけど長が意図的に隠してるんじゃねえかな、甲賀嫌いな大人が多いし」
茶紺もそうだし。
「なるほど、噂を先に流しちゃうと反乱が起きかねない…と」
「そうそう。……にしても対梯班かぁ……俺そもそも選ばれんのか怪しくねえ……?」
「大丈夫だよ俺が指名したし」
「お前の発言力やばいな」
「ていうか伊賀一のお方を師匠に持った今のらっくんなら俺が言わなくても選ばれるでしょ。火鼠だしね」
「立場とか周りだけすごくて俺の実力が追いついてない話、する?」
そんな悲しいこと言わないでよ、と苦笑する里冉。
「ね、らっくんは俺と一緒の班は嫌?」
「……まぁ……嫌ではねぇよ……」
「よかった…! ふふ、始動が楽しみだなぁ」
「嬉しそうだな……」
「そりゃあね!」
だってそうなったら近くで堂々と守れるようになるからね、と嬉しそうに話す里冉。
でも俺はその言葉に引っ掛かる。
「……やっぱ嫌、かも」
「えっ」
「……っはは、冗談。そんな顔すんなって」
「えぇ~……悪い冗談やめてよ……」
「ごめんごめん」
守られてるだけなんて、嫌だ。
でも、悔しいが今は守りたいと言えるほど俺は強くないし、コイツが弱くないことも知っている。
……いや、違うな。守りたいわけじゃない。
今わかった。俺は多分、コイツの隣に相応しい忍びになりたいんだ。
「……らっくん?」
「ん?」
「今の……ほんとに冗談……?」
察しが良くて腹立つなあ。
……ま、調子乗りそうだし今は本当のことは言ってやんねえけど。
「冗談だって。知らねえ甲賀の奴と組まされるよりずっといいし」
「待って……消去法っぽく聞こえるのは気の所為……?」
「ふふ、さあなぁ」
「えぇ~消去法じゃなくて俺がいいって言ってよぉ~!」
「必死か。言わねーよばぁか」
「なんでさぁ」
「言ったら絶対調子乗るから」
「確かに」
「否定しろせめて」
なんかコイツ、だんだん素が出てきてないか……? と不覚にもちょっと嬉しくなる俺。利月のときとか人前だとやけにかっこつけてる気がしてたんだが、やっぱりこれくらい力抜けてた方が俺の知ってる里冉っぽいな、なんて。
それからしばらくたわいもない話で盛り上がったり、道場での話が聞きたいと言い出した里冉に色々話したりして、気付けばすっかり夜になっていた。
流石にそろそろ帰らないと親父と茶紺に怒られかねない、と帰路につく。
里冉のまたねは信用できない俺だが、近々道場に顔出すから! 利月として! と言い残して帰って行ったのは流石に「会う気満々すぎるだろ……」と思わざるを得なかったな。
* * *
「……ねぇ〝アレ〟渡さなくてよかったのぉ?」
家までの道中、一人だと思われないよう一応人型で出てきてもらっていた紅がふと問いかけてきた。
「いーの。いつかぜってー渡すから」
そう、実は今日俺はアイツに渡したい物があったのだ。
菊の露に用があると言って吟の様子を見に行ったあの時。俺には本当に用があって、その用というのが今懐に入っている渡したかった物……組み紐、というかミサンガだな。……に関することだった。
俺とお揃いのものが欲しいと言われたあの年の誕生日プレゼント。当時の俺が親父達に気付かれずに用意ができて、こっそり持って行けるもので、贈り物として重くなくて……と色々考えた末に用意していたのが、これだった。
そして里冉と再会した夜、ふと思いついた。
里冉はもう忘れているかもしれないけど、今度こそこれを贈ろうと。
当時のものは廃寺に置いて帰っていたし、それも気付けば無くなっていたし、俺の分は捨てたしでどちらも残っていないのだが、もう一度作ればいいか、と考えた俺は当時梅雨梨に教えてもらった編み方を改めて教えて貰おうとしていた。が、その後すぐ優と岳火のことがあり、更には配属直後に梯と接触したり卯李が狙われたりなんだりと、かなり色々あったせいですっかり忘れていた。
しかしこの前里冉と会った時に思い出し、吟の様子を見に行った時に糸の調達をして、編み方を教えて貰っていたのだ。
……でも今日は渡せなかった。
というか、渡さないことにした。
里冉はきっと忘れているし、そもそもこれは俺が約束を果たしたいだけの自己満だ。
それならもう一つ、自己満を乗せてしまおうと思い立った。
もう一つの自己満足。それは、今は守られているだけの俺が、アイツの隣に並べる日が来たら、そのときに渡そう、というもの。
もしかしたらそんな日一生来ないかもしれない。
けど、決めたからにはそれまでは絶対に渡さない。
「……いつになることやら」
言いながら、苦笑した。
……紅に鼻で笑われた気がするが、気の所為ってことにしといてやろう。




