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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
24/105

二十三話・消えた少年



 俺、立花楽は今日も火鼠として招集され、任務に就いていた。


 今回の任務は、人探しだ。

 行方不明になったのは佐伯倭(さえき やまと)という少年。彼の両親から息子が帰ってこないので探して欲しいと任務依頼が入り、それが火鼠に回ってきた。

 残念ながら梯には全く関係なさそうなのだが、任務は任務。どんなにくだらないものでも真剣に取り組むのが忍びだ。ていうか行方不明は全然くだらなくないけどな。家族めっちゃ心配してるから依頼したんだろうしな。ちゃんと見つけてやんなきゃな。


 ……とまあそんなこんなで任務を受けた俺達は、手始めに依頼人に話を聞きに行った。

 しかし両親は多忙らしく不在で、代理として倭の親戚だという男、佐伯 裕威(ゆい)が待っていた。ちなみに裕威さんは茶紺と同期の忍びらしく、家庭教師とか忍学校の先生もやってるんだと。


 そうして倭についての性格や特徴、行きそうな場所、既に探した場所など様々な情報を裕威さんから聞いた俺達は、その情報を頼りに一日中ひたすら彼を探し回った。


 ……しかし、手掛かりは全く掴めなかった。


「何かおかしいな……」

「おかしい?」

「ああ……」


 さっきから隣で真剣な顔をして考え込んでいる班長。一方で恋華は半ば諦め気味なのか、近くの茶屋から団子を食べながら出てきた。


「班長~、聞き込みしてきたんだけどやっぱり誰も見てないってさぁ」


 諦めてはいなかったらしい。ていうか俺も団子食べたいんだけどなんで一緒に聞き込み行こって言ってくれなかったんだお前。


「……それだ」

「ん?」

「目撃情報が一つもないんだよ。流石におかしいと思わないか」

「あぁ……言われてみれば確かに不自然なような…そうでもないような……」


 人の多い方ではない伊賀じゃそうなることも十分有り得る……と思った俺だったが、茶紺の違和感はそこではなかったようで。


「そもそも行方不明、帰ってこないという言い方から、外出時にそのまま消えたものだと勝手に思い込んでいたんだ、俺達は」

「……! まさか……」

「家に居たまま……消えた……?」

「可能性はある。そしてそうだとすると、これは誰かが意図的に起こした誘拐事件だ……」

「そうか……迷子とか遭難の線で探してたから外に手掛かりがあるものだとばかり……」


 盲点だった。ていうか前提からして違うとなると、今日の捜索……完全に無駄じゃん……。


「誰だぁ誘拐じゃない方向にミスリードしたやつ」

「依頼人」

「こらこら」


 思い出してみれば、裕威さんからは消えたと思われるその日の倭についての話を聞いていない。相手が代理人だから知るはずないと思い込んでしまったのか、すっかり聞くのを忘れていた。知るはずなくても両親から聞いてるかもしれないのに。いや聞いてたら裕威さんの方から話してくれるだろうけど。


 どうして三人もいてそんな初歩的なことに気付かなかったんだろう。思い込みって恐ろしい。


「……佐伯家に戻るか」

「灯台下暗しってこのことか……」

「むしろ暗くすらなかったのに素通りした感じじゃない?」

「そうかも」


 それから火鼠は急いで佐伯家に戻った。

 裕威さんはもし倭が帰ってきたときのために留守を任されているようで、俺達が戻ると「あれ、おかえり~」と迎えてくれた。俺達の家じゃないし裕威さんの家でもないんすけどね、と思いつつも「ただいま戻りました!」と返す俺。


「何か見つかったかい?」

「いや、それが全く」

「……? ならどうしてここに……」

「……裕威、すまん、家主にこの家調べる許可取ってくれないか」

「……!! なるほど……そうか、そっちだったわけ……」

「まだ仮説の段階だけどな、その線を探ってみた方がいい気がして。……ついでに当日のこの家と倭くんの状況をできるだけ詳しく聞いてもらえるとありがたい」


 茶紺が言うと、「わかった、待ってて」と家主に電話をするために部屋を出ていく裕威さん。

 しばらく待っていると、戻ってきた裕威さんは茶紺に向かって親指を立てた。


「……! ありがとう裕威…!」

「許可は取った。もちろん夫婦の寝室以外だけど。それと当日の状況についてだけど、わからないって」

「えっ」


 予想外の答えに思わず声を上げる俺と班長。


「ほら、僕に代理と留守番をさせるくらいだから、二人共多忙なんだよ。当日は早朝から深夜まで留守にしていたって……」

「なるほど……」

「あっ」


 やはり情報は少ないままか……と肩を落としかけたその時、裕威さんが何かに気付く。するとまた携帯を取り出し、その場で誰かに電話をかけ始めた。


「アイツなら当日の倭のこと少しは知ってるかもしれない……」

「……! そうか、そうだったな」


 茶紺も何かを察したようだが、俺と恋華は全くついていけてない。顔を見合わせて、二人して首を傾げた。


「あ、ごめん今仕事中? 任務は? ……そう、よかった。あのさ、今から倭の家来れない? ……あ、ほんと? じゃあ後で。……来るって」

「アイツ……暇なのか……」

「はは、丁度終わったとこだったんだってさ」


 相変わらず置いてけぼりな俺は更にはてなを浮かべ、人見知りらしい恋華は「えっ誰か来るの…」という顔をしている。

 それに気付いてクスクス笑う茶紺が恋華に睨まれるのと同時に、裕威さんがパンと手を叩く。


「さ、ただ待つのもあれだし、折角許可が出たんだからさっさと調べちゃおう」

「裕威も手伝ってくれるのか」

「僕だって忍びだからね」


 そうして、倭のことを知っているかもしれない誰かさんを待つ間、俺達は佐伯家を調べることに。

 とりあえず身内である裕威さんに倭の部屋を任せ、俺達は居間に重点を起きつつ寝室以外を手分けして手掛かりを探した。


 各々しばらく探してから再び集まり、報告をし合う。

 居間は特に異常なし、その他の部屋もこれと言って気になるところはなかった。倭の部屋にも争った跡や侵入されたような痕跡は特に無かったが、逆に家出や外出の支度も何もしていなかったらしいことがわかった。

 ……やはり不自然だ。これは誘拐の可能性、マジで出てきたんじゃないか?

 すると各々の報告が終わると同時に、チャイムが鳴った。


「ナイスタイミング」

「誰……」


 表情が固くなる恋華。しかしそこに現れたのは意外にも俺達も知っている人物だった。


「睦さん……!?」

「……?? 何故火鼠が…?」

「倭くんの捜索任務を任されてさ」

「……それで俺を呼んだのか」


 直属班・氷鶏の班長、睦さん。俺の中忍昇格の報告をしに長屋敷へ行った時に鉢合わせた褐色イケメンだ。

 どうして睦さんが倭のことを知っているかもしれないんだ……? と俺が聞こうとすると、裕威さんが先に説明を始めてくれた。


「睦は僕がたまに教えに行ってる忍学校の先生なんだ。本業の氷鶏の任務をこなしつつ中等部の副担任と高等部の忍術の授業を受け持つ仕事バカだよ」

「バカは余計だろう……次世代の育成も、上忍としての仕事の内だからな。任務は他の班より少なめに入れてもらっているし、コイツが言うほど働き詰めというわけでは……」

「いやぁ睦はワーカホリックだろ」

「茶紺まで何を」

「はは、まあそんな感じでさ、受け持ってるのが倭のクラスなわけよ」

「……! なるほど……?」


 色々と情報が多くて一瞬思考が停止するが、えっと……睦さんは上忍として先生もやっていて……? 倭は睦さんの教え子だから知ってるかもしれなくて……? 睦さんはワーカホリックで……?(?)そんで……


「御三方って仲良いんすね……?」

「まず気になったのそこなんだな」

「あ、でもそういや言ってたな同期って……」

「そうそう、僕と茶紺と睦は忍学校の同期でさ、いつメンってやつ。…ちなみにあと一人いるけど、楽くんはよく知ってると思うな」

「へ……? 俺っすか……!?」

「んはは、多分そのうちわかるよ」


 よく知ってる……!? と気になる俺だったが、今はその話をしている場合ではないことを思い出す。そうだ、倭について聞くんだ。


 そうして一先ず茶紺が今日一日の捜索と、そこから出た仮説、家の調査でわかったことを睦さんに話した。


「誘拐かもしれない、か……」

「ああ。犯人に心当たりとか……ないよな?」


 睦さんは静かに首を横に振る。


「だよなぁ~……」

「それに当日は日曜だ」

「うわそうか、そうだったな……学校無いじゃん……」

「……だが今日生徒から聞いた話では、遊びに誘いに一度ここへ来たが倭は不在だったと」

「…! それ何時頃か聞いた?」

「昼時だったと言っていたな。その時にはもう攫われていたのかもしれない……」


 話を聞いていた俺の頭に、ふと、ある説が浮かんだ。


「もしかして今回の任務……梯関係ないように見えて、梯が犯人だったりして……」

「……!」


 思わず呟くと、茶紺が食いつく。


「なんでそう思ったか話してみろ、楽」

「え、あ、いや、なんとなく……誘拐事件ってだいたい親脅して大金要求したりするじゃないっすか。でも今回はそういうのは何も無い……けど誘拐っぽい……となると、今この里でそんなことしそう、そんで出来ちゃいそうなのは……梯かなって……?」

「なるほど……」


 上忍組の顔が曇る。梯が相手ならまずいな……という顔なのか、俺の推理に呆れてるのかいまいちわからないのが怖い。すると茶紺が俺を真っ直ぐ見た。


「……楽、気持ちはわかるが敵の姿を想像しすぎてはいけないよ。今日わかったろう、思い込みは大きな盲点を生むと」

「うす」

「それに敵がいつでもセオリー通りに動くとも限らない」


 ……でも、と話を続ける茶紺。


「可能性は十分にある、というか俺も少し思っていたところだ。ただな……梯が彼を狙う理由がわからないんだよ……」

「……! それは……確かにそうっすね……」


 裕威さんも睦さんも考え込むが、心当たりはないようで。


「……明日、学校で倭と仲の良い者達に話を聞いてみる。彼が梯について何か話していなかったかを」

「僕も両親に聞ける限りのこと聞いておくよ。……ろくに会話してなさそうだし、期待は出来ないけど」

「助かる、ありがとう……二人共自分の任務で忙しいだろうに……」

「まあ身内だし、茶紺の班の為ならね」

「ああ」


 本当に仲良いんだなあ、なんて思いながら茶紺達を見ていたら、恋華が小声で話しかけてきた。


「そういやらっくんはさあ、倭くんと繋がりないの?」

「ない」

「あ、そう……」

「佐伯って苗字の知り合いすらいねえもん」

「意外……知り合い多そうなのに」

「忍学校はまともに通ってなかったからさ、同年代の友達って案外少ないんだよな」

「へえ~……」


 どうやって勉強……まさか……という目で見てくる恋華。


「おい今俺がバカなの学校行ってなかったからとか思ったろ」

「バレた?」

「バレた? じゃねえよ。つかバカじゃねえし、ちゃんと勉強もしたわ」

「あ、あれか。名家あるあるの家庭教師か」

「そうそう。名家あるあるなのかは知らねえけどな。……つか恋華こそどうなんだよ」

「僕も似たようなもんだよ。一応十二評定の家系だし。倭くんとも…ていうか僕そもそも友達いるように見える?」

「見えない」

「失礼だなぁ」

「言わせただろ今のは」

「まあそうなんだけどさ」


 そんな調子でひそひそ話しているうちに、上忍組の話は着地したらしい。茶紺が俺達に声を掛けた。


「楽、恋華、とりあえず今日はこの辺にして長に報告に行こう」

「え」

「梯による誘拐かもしれないとなると、うちだけで抱えるには少し荷が重い任務だろ。それに俺達で考えるより参謀に判断を仰ぐ方が早そうだ、となってな」




   * * *




 班長の判断で一先ず佐伯家を後にした火鼠。

 今日のことを長に報告して屋敷から出てきた俺達は、揃って浮かない顔をしていた。


 倭の捜索は一度中断して、次の指示を待つことになったのだ。


「なんか……すっきりしない感じだな」

「仕方ないよ、楽」


 わかってる。仕方ない。それでも何も解決しないままなんて……

 そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、恋華がぽつりと言う。


「僕このまま調査続けてもいいんだけど」

「だめだ。次の指示があるまでは俺達は動けない」

「……だよね」


 ……ん? 恋華が真っ先に帰ろうとしないなんて、珍しいような……??

 そういえば遅刻魔なくせに今日はやたら早く来ていたし……急に真面目にでもなったのか?


「どしたのらっくん変な顔して」

「……いや?」


 気のせいかな……まあいいか。


 ……にしても、やっぱすげえ悔しいな。

何の手掛かりも掴めなかったなんて任務報告、したくなかった。

 倭の安否が気になる。もし本当に梯が相手なら、このまま火鼠に任せてもらえるかも怪しいし……こういうとき、自分の力不足を強く実感してしまう。

 俺がもっと優秀なら、胸を張って「相手が梯であろうと必ず任務はやり遂げる」と言えるくらい強ければ。


 恋華も、同じ気持ちなのかもしれない。このまま解散するのは嫌だとでも言いたげな顔をしている……気がする。

 でも今は大人しく次の指示を待つしかないのだ。直属班として、勝手な行動はすべきではない。

 ……梯が関わっていた場合、里冉と再会したあの夜のような最悪の展開になってしまうかもしれないしな。


 とにかく明日は道場に顔を出そう。悔しがっている暇はない。今の俺にやれることを、ちゃんとやるのだ。

 火鼠の一員として活躍できるように、今はとにかく忍びとして成長するための努力を怠ってはいけない。


「……茶紺、いや班長」

「ん?」

「帰ったら修行の相手になってほしいっす」

「お、やる気だな。いいぞ」



 それから修行スイッチの入った俺と茶紺は、手始めに家まで競争しながら帰ったのだった。

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