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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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二十話・不機嫌



「……お前さあ、当主の話ちゃんと聞けよ。八割……いやほぼずっと聞いてなかったろ」


 法雨家、本邸。

 任務報告を終え、十の部屋から出てきたのは白と、その相棒である法雨 英樹(あやき)。法雨分家の出でありながら、本家の敷地内に本邸とはまた別にある白の家に居候する大柄の少年だ。


「えぇ、なんでバレたの!?」

「バレないとでも思ったのか」

「やっぱ白にはお見通しなんだなあ」

「誰が見ても半寝だったぞお前」


 白の言葉に、だってあの部屋なんか眠くなるんだもん……と苦笑する英樹。そんな英樹に、白は頭を抱える。


「……にしても当主、今日も機嫌悪かったな」

「やっぱり原因は冉兄かなあ」

「だろうな。まあお前が話聞いてないせいもあるだろうけど」

「あっ……はい……ごめんなさい」


 そんな会話をしながら廊下を歩いていると、突然二人の真横から声がした。


「なんで当主の不機嫌の原因アイツなの」

「びっくりした……いたんだ樹」

「樹だ~! ちょっと久しぶりじゃない!?」

「……英兄は相変わらず声と図体がでかいね」

「えへへ」

「絶対褒めてないんだよなあ今の」


 襖を少し開けて、二人に話しかけてきたのは樹だった。


「ていうか何、珍しいじゃん樹が冉兄の話に食いつくなんて」

「別に……食いついたわけじゃない」

「いや食いついてたでしょ今のは」

「アイツのせいで俺達に被害が出てるんだとしたら聞き捨てならないじゃん。丁度その話してたし」

「話?」


 二人が樹の出てきた部屋を覗くと、そこには奈茅と樹の護衛の二人組が机を囲んでいた。

 つっく~ん! あやく~ん! と手を振る奈茅に呼び込まれるがまま、二人も机の周りに座る。


「……で? アイツのせいってどういうこと」

「樹くんは本当にお兄ちゃんの話が好きねえ」

「うるさい。ほんとそういうのウザい」

「あはは、ごめんってそんな怒んなよ」


 本気でイラついたらしい樹が冷たい目で白を見るが、当の白は慣れているようで特に気にせず話を始めた。


「最近の冉兄、勝手に里の外行ってること多いんだよ。これ、つけたまま行ってるから俺には居場所わかるんだけどさ」


 これ、と言って白が指さしたのは自分の耳に光る特注ピアスだ。


「で、何かしらの方法で当主はそのことを知ってる…もしくは単に勘づいてるんだと思うんだよ。まあそうでなくても冉兄が傍に居ないの、あの人にはストレスだろうし」

「アイツのこと忙しくしてるの、他でもない当主なんじゃないの」

「いや……ほら、この前の宴会のとき居なかったじゃん。当主関係なく自発的に動いてるんだよ、多分」


 英樹が机の上のお菓子を口に放り込みながら、はてなを浮かべる。


「つまり……どういうこと?」

「お前わかってなかったのかよ。なんで冉兄が原因ってことだけわかってたんだよ」

「あの十様を不機嫌にさせられるの冉兄くらいかなって」

「なるほど、まあそうだな」


 今日の二人の任務もそうだったのだが、法雨十は気に食わない者を片っ端から消して回るような暴君である。その為、不機嫌の原因を潰さず放置しているということは身内、それも特にお気に入りの者である可能性が高い、と考えるのは妥当だ。

 脳筋な英樹にしては頭使ってんじゃねえか……と少し感心する白。


「アイツって当主に逆らうようなキャラだっけ」

「いや……俺も最近まで忠誠心の塊だと思ってた」

「反抗期かな」

「あのりーくんがぁ……?」


 うーん、と唸る一同。すると、ふと樹の護衛である冬倭(とわ)が口を開いた。


「あのぉ……里冉様と当主様ってそもそもどういう関係? 距離感? なんすか…?」

「はは、なるほど、樹組だと冉兄のこと知る機会あんまないよなあ」

「悪かったね」


 一々不仲弄るのやめてくんない? と白を見る樹だったが、白はやはりそんな視線お構い無しのようで。


「りーくんと当主ねえ…難しいよね」

「ん~……なんて言うんだろ……あ、恋人みたいな距離感…? 束縛系彼氏っぽいよな、ぶっちゃけ」

「は? え、きも……」

「樹、マジで引くのやめてあげて」

「いや引くでしょ普通。孫と祖父だよ……?」


 言われてみればそうだな……と苦笑する白。十の見た目が若すぎるせいで実年齢を忘れがちである。


「まあでも、恋人とまではいかなくてもかなり依存してるように見えるけどな、当主の方は。単なるお気に入りじゃないよ、あれ」

「冉兄はどう思ってるんだろうねえ」

「……あ、最近の行動、もしかして当主に嫌気さしたんじゃ…?」

「おぉ? 別れフラグ?」

「はは、マジの恋人じゃねえだろ流石に」


 樹がそろそろ吐きそうだと言わんばかりに眉間に皺を寄せ青ざめているので、冬倭が「すみません自分が聞いたばっかりに……!」と焦り出した。それを見て、やめようかこの話……と奈茅が苦笑いする。


「……ま、とにかく冉兄が自分の思い通りになってないから当主はイラついてんじゃないか、ってことよ」

「なるほどね、つまり全部アイツのせいだと」

「樹さては冉兄に全責任押し付けたいだけだな」

「うん」

「素直か」


 相変わらずだなあ……と白が笑っていると、樹が急に「……ん?」と声を漏らす。


「……だったらなんで監視任務解いたんだろう、当主」

「ちょ、いっくんそれ言っちゃっていいんです?」


 護衛のもう片方である櫻夜(さくや)が止めようとするが、樹は「別にいいんじゃない? このメンツだし。終わった任務だし」と涼しい顔で答えた。


「監視?」

「うん。俺、しばらくアイツの監視させられてたんだよね。過去一キツい任務だった」

「はあ!? そんな……え!? なんで!?」

「さあ……? 護衛組の仕事ぶりに不安があったのか、それともアイツの反抗期を予感していたのか……まあ俺の監視が無くなってからよく里の外に行くようになったみたいだし、気付かれてたんだろうけど」

「なるほど……監視が解けたからやんちゃし始めたんだりーくん……」


 自発的な外出くらいでやんちゃと言われる里冉に少し同情しつつ、白は樹から出てきた情報を足してもう一度里冉の行動と十の不機嫌について考え込む。

 そうして出た結論は、こうだった。


「……樹には見せられない極秘任務を、里の外でしている…?」

「……!!」

「冉兄の護衛組、もしかして最近使用人の仕事ばっかしてるんじゃ?」

「なんでわかるのつっくん」

「やっぱりな。だからつまり……監視を解いたのがおそらく極秘任務が出されたタイミングで、当主が冉兄の勝手な行動にイラつきながらも無理やり傍に置こうとせず放置しているのは任務のため……って考えたらだいたい納得いく……よな?」

「そう……だね」

「つっくんすごいね、頭良い~……」

「いや、これくらい普通でしょ。ていうか当たってるかわかんないし」


 白の頭脳を褒められて何故か英樹の方が嬉しそうにしているのが気になる樹だったが、この二人の距離感もまた恋人同士だということを思い出し、考えるのをやめた。

 というか、それよりも気になるのは…


「……何企んでるんだろ、あの二人」

「さあね、俺らが知れる領域の話じゃないんだろ、多分」


 黙り込む樹。その表情を見て、ふ、と小さく笑う白。


「また仲間外れにしやがって、って顔してるぞ」

「……別に、そんな顔してない」

「気持ちはわかるけどさ、もしかしたら樹を危険に巻き込まないためだったりするかもよ?」


 その言葉を聞いた樹はしばらくの沈黙の後、すっと立ち上がり、護衛二人を連れて部屋を出ていってしまった。


「あーらら、機嫌損ねちゃったか」

「白ぉ、樹いじるの楽しんでるでしょ~」

「はは、まあね」

「程々にしないと嫌われちゃうよ~?」

「大丈夫大丈夫、加減はする」


 ニヤニヤと楽しそうな白に、加減するならいっか、と甘い英樹。そんな二人を見ていた奈茅が、思い出したかのように口を開いた。


「……そういえば、私りーくんにあの人が帰ってきたこと話した…」

「あの人?」

「泪さん……」

「……って誰だっけ」

「りーくんが昔から懐いてた外の人……」


 〝外の人〟とは法雨の人間が法雨関係者でない者を指して使う言葉だ。


「極秘任務の内容にもよるし関係してるかは全然わかんないし…ただふと思っただけなんだけど……」

「うん……?」

「……もしかしたら、りーくんならあの人を使ってるかもしれない。普段旅をしてるから、甲賀者でありながらどこにも属さない忍び……らしいんだよね」

「なるほど、極秘任務……確かにそれなら自由に動けるし可能性は……」


 そう言いかけて、白も何かを思い出す。


「そうか、そういえばあの時誰かに任務依頼してたな……!? あれの相手、泪さんとやらか」

「えっつっくん、なんか知ってるの」

「何してるか気になって一部だけど〝聞いてた〟から、宴会の日の冉兄の話」


 それを聞いて、奈茅ははっとする。


「そっか……! つっくんのそれがあれば……ねえ今りーくんどこにいる? 聞ける範囲?」

「え、今? 今は……里内……ていうか宴会の日と同じ場所だ…………、っ!?」


 突然その顔に困惑の色を浮かべる白。


「な……え!? なんで……!?」

「どうしたの!? 何が聞こえたの!?」

「多分これは……泪さんとやらと喧嘩してる……」

「…………!?」




   * * *




「……もういいです、好きにしてください」


 ────ガシャン

 机を叩き、立ち上がる。それから、勝手にどこでも行けばいい。そう冷たく吐き捨てて、かまどやを去った。


 俺は泪さん達からの任務報告を聞きに来たはずだった。それなのに、些細なことからいつの間にか口論になり、仲間割れしてしまった。


 イライラしながら店から離れて、タイミングを見て物陰で変装を解く。

 いつもの法雨里冉に戻るため髪を結いながら、ニヤリと笑った。


「……さて、どうなるかな」


 任務は、もちろん続行だ。

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