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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
19/105

十八話・始まり



「お、来たか」


 配属祝いの翌日。待ち合わせの場所へ向かうと、装束姿の飛翔さんが待っていた。

 飛翔さんは俺を見るなり、いつものイケメンスマイルで手を振ってくれる。


「飛翔さん! お待たせしたっすー!」

「時間通りだ気にするな。……じゃ、行くか」

「……どこに?」

「行けば分かるさ」


 やはり行くまで教えてはくれないらしい。

 二人で並び、たわいもない話をしながら川に沿うような道順でしばらく歩いた。それからうちの敷地の裏の竹林を抜け、更に川上へ。


 川沿いは涼しくて気持ちいいし、里の中心から離れるにつれ自然も多くなっていって、結構雰囲気いいな。なのにこの辺あんま来たことなかったなぁ、なんでだろう。うちからそれなりに近いはずなんだけど。……なんか、あれか? 昔から近づかないように言われてたんだっけか? うーん、よく覚えてないな。

なんて考えていたら、飛翔さんはふと立派な門の前で足を止めた。


「着いたぞ」

「ここは……?」

「道場だ」

「へえ……こんなところに道場なんてあったんすね……?」


 看板が見当たらなくパッと見普通の豪邸に見えるあたり、どうやらここにいるのは表に忍者道場なんて書く間抜けな師範ではないらしい。流石に忍んでなさすぎるもんな、あれ。


 すると門の中に何故か自分家のようにずかずか入って行く飛翔さん。その後を慌てて追いかけ、俺も中に入る。い、いいのかこれ…? 不法侵入にならない……?(?)


「ここはな、俺やお前の親父なんかも昔は世話になっていたんだぞ~。まあ流石に今は師範変わってるけどな」

「へえ~……って、親父!? そうなんすか!? そんな話全然聞いたこと無かった…」

「はは、だろうな。……入るぞ」

「は、はい!」


 そう言うなり飛翔さんは玄関の扉に手をかけ、ガラリと開ける。なるほど、門下生だったからこの感じで出入りできるんだな。(門下生だからいいってわけでもない気はするが…)


「ちわー」

「おお、飛翔ではないか。久しいな」

「刹那さーん! どもども、ご無沙汰しております」


 中に入ると何人か若い忍びが組み手をしており、たった今刹那と呼ばれた長い銀髪を後ろで結った男性……歳は親父より少し上くらいだろうか……が、俺達の方へ歩み寄ってきた。


「珍しいこともあるものだな、飛翔が自らここに顔を見せるなんて」

「あはは、昔はここ好きじゃなかったっすからねえ」

「ははは。ところでそのチビ助は」

「なっ、誰がチビ助っすか!!」

「楽、あのな、この人素でこんなだから悪意はないんだ。許してやってくれ」


 苦笑いしながら飛翔さんが言う。すると刹那さんは少しきょとんとした表情をした。


「楽? ……ああ、そうか、君が立花の……もうこんなに大きくなって……いやそんなに大きくはなっていないか、なんてね。あはは」

「飛翔さん、これ本当に悪意ないんすか」

「……多分?」


 気にしているのにチビと言われたことで第一印象はかなり酷いものになったが、話すうちにどうやら本当に素というか、ただの天然らしいということはなんとなくわかった。


「……で、楽も聞いたことくらいはあるだろう? このお方が五十嵐刹那(いがらし せつな)。伊賀の里一の体術使いと言われている」

「おや紹介が遅れてしまったね。そう…、あぁいや本当に伊賀一かは別として、私が刹那だ。よろしく頼む」


 衝撃の紹介に、思わず声を上げてしまう俺。


「うええええ!? 刹那って名前どっかで聞いたと思ったら……!!」

「はは、いいリアクションだな」


 いやだって……この人がまさかあの五十嵐刹那だとは思っていなかったというか……。伊賀ではかなり有名な名前なのだ。というかこの辺りの忍びの間ではまさしく有名人というか、とにかく凄いと噂の人だ。いや本当は忍びの世界で名を轟かせるの良くないんだけど、忍べなくなるから決して良くはないんだけど。


「実は私は君の父上とは古くからの親友でね」

「えっ初耳なんすけど」

「自称親友とかそういうのじゃないぞ。なんだその目は」

「こんなすげえ親友いるなら教えてくれたらよかったのにぃ……と」

「ふ、きっと大人の事情ってやつだな。……それより茶を入れてくるから、二人は奥の客間に行って待っててくれ」

「あ、俺手伝いますよ」

「お主も今日は客人なんだ、大人しく待ってろ」


 そうして飛翔さんと奥の部屋で待っていると、刹那さんが三人分のお茶と茶菓子を持って再び現れた。


「さてと飛翔。本題を聞いても?」

「はい。今日伺った理由ですが」


 まさか……と少し緊張と期待を抱きながら、俺は話に耳を傾ける。


「簡潔に言うと、楽の弟子入りの件で」

「やはりそうか」

「そろそろ良い時期かと屍木と話し、連れてきました」


 親父と話した……いつの間に……? ……って……ええ!? 俺が!? 弟子入り!? まさかとは思ったが本当に……!?

 驚きで口をパクパクさせていると、刹那さんが俺に向き直る。


「楽くん」

「あっはい!」

「君にその気があるのであれば、喜んで修行をつけよう」


 その気だって……? そんなのもちろん…


「あるに決まってるっす!! 是非とも修行をつけてほしいっす!!」

「あっはは、元気だねえ。わかった、これからよろしく頼むよ、楽」

「はい師匠!! よろしくお願いします!!」

「甘くはないぞ~。覚悟しておくといい」


 俺が押忍! と元気よく返事をしようとしたその時、予想外のバカでかい音に邪魔をされた。


「ししょぉおおお!!!」

「なんだ今日も来たのか。暇だな。あとお主の師匠になった覚えはないぞ」


 バァンと勢いよく襖を開けて入ってきたのは、ボサボサの髪で目つきの悪い、俺と歳の近そうな少年。格好からしてあまり裕福ではなさそう……というか、そもそも伊賀の者かすら怪しい感じで、右腕に大きな傷がある。突然のことに驚いて思わずまじまじと見ていたら、ばち、と目が合ってしまった。


「……誰だこのチビ」

「チビって言うな!!」


 思わぬ一言目に、間髪入れずツッコむ俺。


「んじゃあ……ミニマム唐辛子?」

「なんで皆思考が唐辛子に直結してんだ。あとミニマムじゃねえっっ!!」

「じゃあなんて呼べばいーんだよ」

「……先に名乗れよ」


 忍びとしては初対面のやつに簡単に本名は名乗れないしな……と思い、言ってみる。すると少年はあっさり「そうだな!」と納得し、自己紹介を始めた。


「オレは(きょう)!刹那師匠のもとで修行する見習いの忍びだ」


 弟子と認めた覚えはないがな、と師匠がツッコミを入れた。ということは自称弟子……つか弟子入り志願中って感じか。


「……俺は楽だ。楽しむって書いて、楽」

「楽……ってもしかして、立花のか……!?」

「え、あ……そうだけど……?」


 うおおおまじかぁぁと声を上げたあと、はっとしたように大人しくなる夾。……なんか、騒がしい奴だな。


「なあなあ師匠、もしかしてコイツって」

「……私の弟子だ」

「そっかぁへぇーふぅーーん」

「何ニヤニヤしてんだよ」

「いや、だとしたらオレ兄弟子になんのかなぁって」

「だからお主は弟子じゃないと言って」

「よろしくな、弟弟子!」

「話聞いとらんなコイツ」


 差し出された手を見つめ、苦笑しながら握った。




   * * *




 それから道場についてや親父との昔話等を少し聞いたりした後、師匠は俺を庭の開けた場所に連れて来た。視界の端には、縁側に座って俺達を見守る飛翔さんと夾。

 何をするのだろうかとそわそわしていると、師匠は口を開いた。


「楽、お主の今の実力を把握したい」

「はあ、なるほど」

「忍びとして、手合わせ願おう」


 忍びとして────なるほど、外に出たのはそういうことか。(単に道場は他の門下生が使っているからかもしれないが)


「忍器を持っているのなら、それも使っていい。好きなだけ、好きなようにしていいぞ」

「師匠は……?」

「私か? 私は元々武器は使わないからな」


 ……なんか、そう言われると俺も使いたくない気もする……が……そんなこと言ってられないというか、なんなら使っても足元にも及ばない可能性大だよなあ。相手、伊賀一だもんなあ。


 とはいえ今日は大したものは持ってきていない。元より少しでも動きづらくなるのが嫌で軽装気味の俺だ。万能忍器と名高い苦無……紅が懐に一本と、手甲に忍ばせた棒手裏剣…くらいか。対師匠で役に立ちそうなもの……有効な使い方……うぅん……今は特に浮かばないし、必要になったら使うくらいでいいか。


「使わないのか。それとも温存か?」

「どっちっすかねえ」

「はは、まあよい、始めようか」

「押忍!」


 師匠は自分から仕掛ける気は無いようで、悠然とその場に立ったまま。ならば俺から仕掛けるまでだ、と接近した瞬間、浮遊感に包まれる。

 気づけば、体が宙を舞っていたのだ。


「楽ならやると思ったが……本当に正面から突っ込むとは……」

「さてはアイツ、バカだな」


 飛翔さんと夾のそんな会話が聞こえてくる。うるせー誰がバカだ。


「……ッ、今……どうなって……」

「ん? 投げたんだよ」

「それはわかるっす」

「ほれほれ、まだ始まったばかりだぞ。さっさと立たんか」

「押忍……っ、って師匠……あの……遊んでませんか…」


 立とうとすると、額を指で押されて阻止される。重心を踵より前に持って行けなくするあれだ。


「指一本で立てなくなる気分は?」

「良くはないっすね」

「だろうなぁ。よっ、と」

「え、ちょ、ぁぁあ!?」


 俺は指に負けじと踵の位置を変えて立とうとする。が、その途中でまた重心を崩され再び地面に。……これ俺完全に遊ばれてないか!?


「ぐぇ……」

「やられっぱなしだなぁ」

「まともに立たせてもくれないのは師匠じゃないっすかぁ」

「ははすまない」


 やけに楽しそうでなんかちょっと腹立つ。これが強者の余裕ってやつかぁ……。


「師匠がすげーのはわかったっす……っ! くっ……」

「おっと」

「くっそぉ………、っ!」

「動きが単調で読まれるタイプだな、お主」

「むーー……」


 どうにか一発入れられないかと次々に攻撃を仕掛けるが、尽く阻止された。うーん、これでも素早さには自信あったんだけどなぁ、と頬を膨らませる。


「可愛い顔をしてもだめだが、一つ教えてやろう。兵法でも戦闘でも、大事なのは敵に先を読ませない意外性だ」

「意外性……」


 ていうか可愛い顔とやらをした自覚は無いのだが、ツッコんでる暇はないな。


 意外性、意外性……と意識するが、その思考さえも師匠には筒抜けなようで。とにかく何回仕掛けても飄々と躱されてしまった。くっそぉ、全部読まれてるな…。


 とりあえず師匠からは仕掛けてこないのをいいことに、俺は少し距離をとり、考える。多分これはあれだ、漫画とかでよくある一発食らわすまで終わらないやつだ。ていうかそれまでは終わりたくない。俺が。


 ……わかった、これ無闇に動き回って体力を消耗するより確実に一撃を入れることを考えた方がいい。一撃を入れる…入れられる隙を生み出す……その為にはやはり師匠の動きを読んで見切ることが必要になる……とはいえ、読むってどうやって……ていうかそもそも師匠は俺の動きをどうやって読んでるんだ?


 これまでの師匠の動きを順に思い出す。

 ……そういや、師匠が俺を投げたりしてくるタイミングって、俺の動きが大振りもしくは重心が崩しやすいときか……? なら逆に俺が師匠に大振りな動作をさせることができれば、或いは……


 懐の紅を握る。そのまま右手に視線を誘導させるように構え、その隙に左の手甲からするりと棒手裏剣を取り出した。


「……ッ!」


 避ける動作でなんとか隙が生まれないかと淡い期待を寄せながら、師匠目掛けて棒手裏剣を放つ。すると師匠はそれを難なく素手で受け止め、そのまま流れるようにこちらに打ち返して来た。


「な゛ぁ…っ!? ひっ……!!」

「あ、すまん。癖でな、つい」


 紅を手にしていたおかげでギリギリ弾くことができたが…まさか返ってくると思わないし、あの速さだし、紅を持ってなかったらぶっすり刺さっていたかもしれない。そう思うと、背筋が凍る。


「~~っ、つい、で車がえしすんのやめてください!!!! ビビるんで!!!」

「ははは、悪い悪い」


 悪いと言いつつも笑顔で手裏剣打ちの素振りをしている師匠。急に武器使った俺が悪かったんであの、それちょっとやめてもらっていいすか、すげぇ怖い。


「ひひ、ビビってやんの」

「いや今のは俺もヒヤッとしたぞ……まさか楽相手にあの力加減で打ち返すとは……」


 飛翔さんのそんな声が聞こえて、やっぱり今のは危なかったんだと再認識する。……とにかく、今の一回で理解した。この人相手に投擲系の武器は通用しない。なんなら逆にこっちが危なくなる。無傷で受け止めることがほぼ不可能な鏢刀は、そもそもまだ俺が扱い慣れていないし、今は持っていないし。

 にしても、車がえしの術(今師匠がやったように飛んできた手裏剣を受け止めて打ち返す術)さらっとできるの、かっこいいなあ……。……じゃなくて。通用しないなら武器を使っても意味が無い。結局のところ身一つで挑むのが得策なんだろう。でも怖いからとりあえず紅だけ握ってていい……?(精神安定剤……?)


「なんだ、もうお終いか?」


 師匠の足元がふと目に入る。砂地のそこにある師匠の足跡は、極端に少ない。というかこれは……まさか……手合わせを開始したときの位置からほぼ動いていない……?

 ……んだよそれ、悔しいな。


 スゥ、と息を整える。それから姿勢を低く保って間合いを詰め、足を払うように勢いよく紅で斬り付ける。

 もちろん避けられたが、やはり師匠はその場を動かないようにしているらしい。退きはせず、読み通り真上に飛んだ。今だ! と着地地点目掛けて思いっきり蹴りを入れる。


「……ッ!!」


 ……が、手応えは無かった。見ると、そこにあったのは足に纒わり付く羽織。


 まさか空蝉の術……!? いや、そう見せ掛けるために羽織を投げてできた死角を使って移動した…のか…!? となると本体は……!?


「動きはよかった。ただし、考えていることが顔に出ていては意味が無いな」

「ぐぅっ……!」


 背後から聞こえた声に振り向こうとした瞬間、紅を持つ右腕を背中側に捻り上げられてしまった。くそぉ……今読めたと思ったのに……俺の顔のバカ……(?)


「……ふむ、実力はよくわかった。スピードはあるな、いいバネだ」

「あ、あざっす!」

「だがそれだけ、と言ったところかな。ふ、これは鍛えがいがある」


 ふはは、と楽しそうに笑う師匠を、俺は少しポカンとしつつ眺めていた。




   * * *




「残念だったな楽。でもまあ、あの人相手によくやったと思うぞ」

「飛翔さん……えいっ」

「ははは、俺に入れてどうすんだよ」


 冗談で軽く突いた拳は、飛翔さんにパシッと受け止められた。今日はもう終わりだ、と師匠に言われたので、今は出されたお茶を縁側で並んで飲んでいる。


「うーん悔しいなあ……」

「多分ハナから今のお前に一撃入れられるなんてことは期待してなかっただろうけどな、刹那さん」

「む……」

「いーんだよ今はあれでも。問題はこれから先あの人から何をどう吸収するか、だろ?」

「……そーっすね! 頑張るっす、俺!」

「おうおうその意気だ~!」


 おー! と拳を上げる俺に合わせて一緒に拳を上げてくれる飛翔さん。


「……ちなみに飛翔さんは師匠に勝てるんすか?」

「馬鹿言え相手は伊賀一だぞ。ま、それでも一発くらいは入れられるだろうけどな。多分」

「多分……」


 そうか上忍でもそんなもんか……どんだけ強いんだあの人……。俺、絶対手加減されてたしなぁ……。


「おい楽」

「んだよ」


 声に振り向くと、そこに居たのは仁王立ちの夾。何の用だ、と思っていると夾はにまっと笑って言った。


「ふふん、あの人の凄さがよくわかっただろ」

「なんでお前がドヤ顔すんだよ」

「……ま、お互い頑張ろうぜ、弟弟子っ!」

「ちげぇよ」

「違くねぇし!!」

「ちげぇだろ」

「違くねぇ!!」


 夾と不毛な言い合いをしていたら、他の門下生を見ていた師匠に「うるさいぞ」と怒られてしまった。


 突然決まった刹那師匠への弟子入り。そして明日から師匠との修行が始まる。伊賀一の男によるそれに俺がどれだけついていけるのか、なんて不安もありつつ、期待も高まる。楽しみだ。頑張ろう。







「やっと……お会いできるのですね……××……」


 この時の俺は気がついていなかった。道場の奥から、一人の少女がこちらを見つめていたことに───────

出たな、五十嵐刹那。

この時点だとつよつよノンデリ愉快おじさんでいいですね。作者は刹那のことめっちゃ好きです。色々思うところはあるけど。


というわけで修行編が始まります。

忍び要素が濃くなっていく辺りなのもあり、尺が許せばもっと書いていたかったなと思っているくらいにはお気に入りの編です。

そして謎の少女の正体はいったい誰なのか。お楽しみに。


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