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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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十六話・いつかの約束




 ───────六年程前、七月のとある日。



「わっ!」

「うわぁっ! ……な、なんだ里冉か……びっくりさせんなよ……」

「えっへへ、ごめんごめん」


 伊賀と甲賀の間にある山の中、川の近くにぽつりとある廃寺。

 そこには数日に一度、二人の少年が顔を出す。


「らっくんが先来てるなんて珍しいね」

「うっせ、おまえがいつも早すぎるだけだろ」

「だってぇ、早く会いたくなっちゃってつい」


 楽と里冉。不仲なはずの立花と法雨の跡取りである二人がこうして会うほど仲良くなったのは、伊賀の霧のせいで森で迷子になっていた里冉を助けたことがきっかけだった。初めは家柄など知らず、なんなら里冉のことを女の子だと思って助けた楽。しかし法雨の跡取りだと知ってからも、家なんて関係ない、とそれまでと変わらず接してくれる楽に、次第に里冉は心を開いていった。


 そうしていつしか親友となった二人は、この日もいつものように森で遊び、修行に励み、手合わせをする。

 しばらくすると、休憩だと言って寺の床(里冉によって少し綺麗にされている)に、二人並んで寝そべった。


「ぜーんっ」

「なーにー」

「あのさあのさ、欲しいものとか、なんかない?」

「欲しいもの? 僕が?どうして」

「えっ、いやあ、なんか……気になって……?」


 里冉はもうすぐ十歳の誕生日を迎える。明らかにそのプレゼントの探りを入れる楽。それがあまりにも分かりやすくて可愛くて、ついからかいたくなってしまう。


「欲しいものかぁ……うーん……らっくん、かな」

「なっ、何言っ……ばか冉……っ!」


 案の定可愛い反応をする楽に、里冉は満足する。


「えへへ、冗談。……そうだね、今は特に思いつかないかなぁ。考えておくよ」

「そ、そうかよ……」


 半分くらいは本気だけどね……と呟いた里冉の声は楽には届かなかったようだ。

 里冉は、半身を起こして楽の方を向いた。


「らっくんは? 欲しいものあるの?」

「おれ? いっぱいあるぜ! まずどらやきだろぉ、みたらし団子、わらびもち…あといちご大福! あとな、あとな、」

「あっはは、欲しいものっていうか食べたいものだよそれ」

「ほんとだ」

「っふふ、ははっ相変わらず食いしん坊だねぇ」

「む、笑いすぎ!」

「あははごめんごめん」


 柔らかな頬をぷくーと膨らませた楽のその顔に、また笑う里冉。案の定もう一度怒られた。

 ふと、楽も起き上がる。


「そういえばおまえさ、手先器用だしさ、料理とかできねーの?」

「へぁっ、料理…!? えぇ、うーん……あんまりしたことないなぁ……たまぁに忍者食作るのとか、お手伝いしてるくらい……」

「なんだっけ、きかつがん?」

「そうそう、飢渇丸。あと水渇丸とかもね。……おいしくないからほんとは好きじゃないんだけど」


 完成まで何年もかかったりするし……伝統とはいえ忍者食……進化してなさすぎだよねえ……とぼやく里冉。


「だったらさ、里冉がうまいの作ったらいいじゃん」

「えぇ……僕なんかにそんな……できるのかなぁ……」

「だーいじょーぶ! 里冉ならヨユー! ま、おれもしたことないからよくわかんねーけど!」

「適当だね……!?」

「まーまー、おまえの器用さがあればらくしょーだって! な?」


 里冉は「えぇ……」と言いつつも、楽が自分に期待を寄せてくれていることが嬉しくて。


「里冉の手料理、食べたいなぁ~~~……」

「……ら、らっくんがそこまで言うなら……挑戦……してみようかなぁ……」

「まじ!? じゃあ味見はおれがしてやんよっ!」

「ええっ、それも…いいんだけど……らっくんには上手になってから食べてもらいたいな……」

「ええー?」


 不満そうな楽に、里冉は眉を下げて笑いかける。


「だかららっくんは、できあがったのを食べる係……になって欲しい、かなぁ」

「……! そういうことならまっかせろぉ!」

「よぉし、なららっくんの為に和菓子作りもがんばってみるね……!」

「おっ! やったあ!」

「……じゃあそろそろ修行再開しますかぁ」

「だな!」


 休憩おーわりっ! と楽がぴょんと跳ねるように立ち上がり、里冉もそれに続く。

 そうしてまた、二人の修行が始まった。




 数時間。


「……あのね、僕の欲しいもの考えたんだけど」


 修行を終え、使った苦無を拭きながら、ふと里冉が口を開いた。


「らっくんとお揃いのものが欲しい……ってのはだめ?」

「おそろいぃ? ダメじゃねえけど、そんなんでいーのかよ?」

「うん!」

「そっか!」


 嬉しそうな里冉の笑顔につられて、楽も笑顔を見せた。


 それからおそろいかぁ、何がいいかなぁ。梅雨梨に相談するか? いやでも相手聞かれたら困るしなぁ、と唸る楽。貰うのは慣れている楽だったが、自分一人で誰かにプレゼントを選ぶ、というのは慣れていない。それでも、慣れないことをしてまで祝ってあげたいと思うのが、里冉なのであった。




   * * *




 それから数日後。

 この日も二人は廃寺に集まって、遊んでいた。


「そうだらっくん、聞いて聞いて、僕お料理はじめたんだ……!」

「おお!!!」

「うちの使用人の(たまき)さんがね、お料理上手だから、教えてくれることになって……そしたらなっちゃん……従姉のお姉さんも先生になってくれるって」


 昼時になり、そんな話を始めた里冉。

 食いしん坊な楽は目を輝かせて、その話に食いついた。


 何を作ったのか、味はどうだったのか、様々なことを聞いて、楽は「…なんか…はなよめしゅぎょー? ってやつみたいだなぁ」なんて感想を零した。里冉はある意味そうかもね、なんて言葉を微笑みに変えて楽に向ける。


「あ、もしかして今日のお弁当手作りだったり?」


 ふと楽がそう言って、里冉が持参した弁当を横から覗き込んだ。


「まってまって、そんな早く上手にはなれないよ……! これは環さんが持たせてくれたの……!」

「えー」

「えーって……」

「里冉の料理食べたかったのにー」

「らっくんに食べてもらうのはもっと先!」

「ちぇー」


 口を尖らせる楽。里冉はその顔を覗き込み、楽のほっぺをつんつんしながら「拗ねないでよぉ」と笑う。


「いつか美味しいの食べてもらうんだから、それまで我慢してて」

「む……しゃーねーなぁ、絶対だぞ?」

「うん、絶対。そのときはいっぱい食べてね」

「へへっ、まかせろ!」


 楽はニッと笑って、Vサインを里冉に向ける。

 するとその手を水滴が打った。


「……! 雨だ」

「へ? あ、本当だ」


 二人は急いで、廃寺の屋根のある場所へと避難した。


 次第に本降りとなった雨。そのせいか昼間なのに廃寺の中はいつもより薄暗い。


「森に入ってなくてよかったね、濡れちゃうところだった」

「ここもちょっとぬれるけどな。穴だらけだもん、屋根」


 そう言った楽に、里冉はちょいちょいと手招きする。はてなを浮かべつつ素直に近寄ってきた楽の手を里冉が引いて、すぐ隣に座らせた。


「ここなら雨漏りマシだよ」

「ほんとだ。……おまえ、近くね?」

「ふふ、だってここより右行ったら濡れちゃうんだもん」

「……ふぅん」


 ほんとかよ……と言いたげな楽を無視して、ぴたりとくっついて座る里冉。

 そのせいで手が触れ合い、楽は照れくさくなって手を引っ込めようとする。が、里冉はそれを制止し、指を絡めた。


「な……んだよ」

「嫌……だった……?」

「………………いやじゃねえけど……」

「ふふ、そっか」


 楽は、里冉のしょんぼり顔に弱かった。


「……にしても男同士で手つなぐとか……はずいだろフツー……」

「僕のこと女の子だと思ってたくせにー」

「それはもう忘れろって~」

「えぇーやだよぉ」


 言いながら、きゅ、と手を握って楽にもたれ掛かる。

 そんな珍しく積極的な親友にどぎまぎしつつも嫌がりはしない楽に、里冉は嬉しくなって微笑んだ。


「……あのね、らっくんの隣、すごく落ち着くんだぁ」

「そう……なのか……」

「本当は雨も薄暗いところも苦手っていうか、ちょっと怖いんだけど……らっくんとこうしてくっついてたら、不思議と平気でさ」

「ほんとビビりだよな」

「ビビりって言わないでよぉ」

「つーか雨苦手って……甲賀、雨ばっかなんじゃねーの?」

「うん、だからあんまり好きじゃない」

「えぇ……」


 雨の里を治める家の跡継ぎがこんなんで大丈夫なのかよ、と勝手に心配する楽。


「……カミナリとかも苦手そうだよなあ、里冉」

「え、逆に平気な人いるの? あれ」

「っはは、そんなに苦手なのかよ」

「らっくんは平気なの?」

「へ、へーきへーき」

「絶対うそだぁ」


 幸い、今降っている雨は雷雲によるものでは無さそうだ。それでも里冉は怖いようで、楽の手を離そうとしない。

 そのまましばらくたわいもない話をしたり、手遊びで時間を潰したりして、雨が止むのを待った。


「……お、そろそろ上がりそうだな、雨」

「んふふ、そうだねぇ」

「やけにゴキゲンだな……?」

「明日、楽しみだなぁって思って」

「おー……」

「お揃いのもの、くれるんでしょ?」

「なんだ、気づいてたのかよ」

「そりゃね」


 忍びは一を聞いて十を知らなきゃだもん、とドヤ顔する里冉に、ちぇ、と口を尖らせる楽。


「期待してる」

「やめろあんま期待すんな」

「えっへへ、楽しみだなぁ~」

「やーめーろってー」


 そんなこんなで雨宿りをしている内に、気付けば日が落ち始めていて。

 二人は廃寺を出て、雨が上がったことを確かめる。それからそれぞれの帰路につこうと、手を振った。


「明日はぜーーったい来いよ! ぜったいだからな! 約束!」

「うん、約束!」

「へへ、じゃあな!」

「また明日!」




   * * *




 そして翌日。

 来る約束の日。


 楽が待つ廃寺に、里冉が来ることは無かった。


「……おめでと、里冉」


 そう呟いた楽の声は、里冉には届かない。


 プレゼントはその場に置いて、すっかり暗くなった夜の森に駆け出す。

 それから一度だけ振り向いた楽は、あとは逃げるように廃寺を後にした。




 里冉の誕生日、7月17日。


 この日、里冉は楽の前から姿を消した。


出会いよりも先に別れを書かれる里楽の図。出会いに関しては廃村調査の時にチラッと言及されていましたが、あの時に思い出したくらいなので楽の中には比べるまでもなく別れの方が色濃く焼き付いているんですよね。


この日以降の楽はどんな気持ちで里冉のことを思い出しては一人廃寺で待っていたのかと思うと、察するに余りあるものがあります。6年(7年)か……。

本人があまり負の感情を出さないタイプなのと里冉との関係は周囲に明かせないため一見平気そうに見えていたんだろうな、というところも加味すると一体どれだけ押し殺してきたのかも窺える。


その上で里冉のことを探そうとしていた一話の楽って……。

その上であの日何があったか聞けないことを一旦飲み込んだ楽って……。


こう思うと、十五話・親友を里冉視点で書いている過去の自分に若干の憤りすら覚える。こ、こいつ……。

いや本当、改めて読み返すと序盤って本当に楽の感情に寄り添いにくい構成をわざとしているなと……。作者の意地が悪い……。


なんにせよ、再び里楽の時計が動き出してよかったなと思います。と同時に、再会できたことは果たして本当に良いことだったのかどうかはわからないな、と思う自分もいます。

ただ二人の(特に楽の)性格上きっと良いものにしていってくれるんだろうな、という信頼もあります。里楽の良さですね。好きだ。(ただのオタクの感想)


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