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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
16/105

十五話・親友



 月の出る少し前。

 甲賀のとある場所に、二人の旅人が訪れていた。


「泪さん、ここ……」


 里冉から受け取った地図を頼りに辿り着いたのは、調査を言い渡された目的地。

 そこに立った二人の眼前に広がる光景は─────何も無い土地だった。


「綺麗に更地になってますね……」

「そうだね。まあでも、何年か前の事件なんだろう?」

「そうでしたね。……そう思うと、何も建っていないのが逆に不自然なような」


 里冉はどうやら、最近里を騒がせている〝梯〟という組織について調べているらしい。

 それも法雨や甲賀からの指令とは別で、個人的に。だから普段は甲賀の忍びとして動いていない泪と紫鶴に依頼した。


「さあ、そろそろ始めようか」

「はい」


 しかし二人が選ばれた理由は、それだけではなかった。


「何回見ても綺麗だねぇ……」


 泪が褒めたのは、紫鶴がそっと外した眼帯の下から覗いた真っ赤な瞳。

 もう片方の瞳とは異なる赤色は、常人が見ているそれとは違う世界を映す。


「……あまりジロジロ見ないでください。ていうか泪さんも早く始めてください!」

「ふふ、そうだね」


 そして泪の常磐色の瞳にも、また違ったものが映るのだ。

 この場所の調査に適した能力を持った二人。それを里冉が利用しないはずがなかった。


「……そういや前から気になってたんですけど、泪さんと里冉さんって一体どういう関係なんですか?」


 周囲を見ながら、ふと紫鶴が切り出した。


「あれ? 話したことなかったかい?」

「ないですよ」

「………なんて言えばいいのかな、昔よく遊んでた近所の子供、って感じかな」

「法雨の近所に住んでたんですか?」

「まあじゃあそういうことで」

「何やら違いそうですね」


 泪の適当な返しに、少しムッとする紫鶴。

 それに気付いた泪は、改めて納得して貰えそうな答えを話し始めた。


「うぅん……どういう関係、ね………ほら僕って女性苦手じゃない?」

「……ええ」

「苦手っていうか嫌いなんだけど」

「……知ってます」

「だからほら……彼、想い人でもあるのさ。僕の」

「……!」


 紫鶴は驚きつつもこれまでの泪の言動が腑に落ちたようで「二つ返事でこの任務受けたの、そういうことですか……」と呟いた。


「というかあんな人がタイプなんです……? 無いですね………」

「えっ引くとこはそこなのかい?」

「貴方に男色の気があるのは知ってますし……ただそれにしたって悪趣味で…………」

「里冉はとってもいい子だよ? ああ見えて女遊び全然しないしね」

「忙しすぎてしてる暇が無いだけなんじゃないですか」

「それもあるかも知れないね」


 あの顔にあの血筋にあの能力の高さだ。もちろん女の子の方は放っておかないのだが、当の里冉は遊ぶ気もその暇も無いようで。


「……想い人、ということはつまり……里冉さんは貴方のこと……」

「うん、そうだね。………ふ…そろそろ惚れ薬でも使ってみようかと思ってたところで……」

「流石にそれはやめてください」

「ここにイモリの黒焼きがあります」

「やめなさい!! 没収!!」

「ははは、冗談だよ」

「貴方が言うと冗談に聞こえないんですよ」


 ツッコみながら、そういえば里冉さんもこういうところあるよな……と思った紫鶴だったが、それと同時に逆に泪が里冉の性格に影響を与えたのではないか? という説が浮かんでしまい、それ以上考えないことにした。


「……それより何か見えましたか?」

「あぁ、バッチリさ」


 なんだかんだ話しつつ、目的である調査もちゃんと行っていたあたりは流石である。


「紫鶴、君はどうだい?」

「………聞いている数より少ないのが気になりますね。見落としかもしれませんが」


 そう言って紫鶴はもう少し広範囲をじっくり見てみよう、と調査を続行した。


「ふふ、あの子の指示や予測は的確で動きやすいことこの上ないね。上層部が酷使したくなるのもわかってしまうよ」

「実力は同世代だけでなく上忍と比べてもずば抜けてますものね」


 あんなにデリカシー無いのに……とボソボソと続けた紫鶴を見て、思わず笑う泪。まだ小さいと言われたことを気にしているのだろう。

 そんなこんなで話しながらも、二人はしばらくその場所と周辺の探索を続けた。


「あの子の目には、いったいどこまで先が見えているのだろうねぇ……?」




   * * *




 日が落ちた森の中。とある廃寺から星を見上げていたら、携帯が振動を始めた。

 誰だこんな時に……と画面を見ると、泪さんに任務用だと言って渡した携帯からだった。


「はい」

「あ、出た出た。任務中じゃなかったかい? 大丈夫?」

「……どちらかというとこれからですね」

「はは、珍しく不機嫌だぁ。さてはデート前にお邪魔しちゃった感じかな?」


 あながち間違っていないあたり、心を読まれているようで少々不快だ。どうしてこの人はこう無駄に勘が鋭いのか。


「……報告じゃないんですか?」

「ああ、うん。まず君の指示通り例の場所へ行ってみたんだけどね、予測と少し違うことがあって…」

「違うこと?」

「紫鶴曰く、足りなかったらしい。僕の報告は……そうだね、近いうちにまた会えるかい?」

「そうですね……では明日の夜またあの店でどうですか?」

「いいね、そうしよう」


 人が居そうなところを指定するのには訳がある。そして泪さんもそれをわかっている。


「……では引き続き調査、お願いしますね」

「御意。あぁところで里冉、君今度また」

「すみませんこれから用事なので失礼します」


 これはしばらく話し込まれるパターンだ。早めに切るのが吉だろう。声色からそう感じ取り、何か言いかけた泪さんを遮って問答無用で切った。


 足りない、か……。

 予想はしていたが、これが吉と出るか凶と出るか……。いや、凶と出る可能性が高いな。候補が多いほど、特定に時間を要してしまう。しかしこれで里にあった資料が偽装された物だということはハッキリとわかった。やはり信じるべきは己の記憶だ。まあほとんど覚えていないから、こうして改めて調べているのだけど。

 考え込んでいたら、いつの間にか気配が一人増えていることに気付く。敵意がないあたり、俺の待っていた彼で間違いなさそうだ。


「やあ」

「……よ」

「来てくれたんだね。嬉しいな」

「そりゃまあな……」


 待ち人─────らっくんが、廃寺の柱の影から姿を見せた。再会したあの日、抱きついた時に耳元でこの場所に来て欲しいと囁いたことを覚えていてくれたらしい。


「ふ、やっと二人きりになれたね……」

「変な言い方やめろ。何の用だよ」

「あれ、もしかしてちょっと警戒されちゃってる? 大丈夫だよ、今日は親友の里冉として来てるから、俺」


 利月の時も警戒しないで欲しいけど……あれでも利月のときはそんなでもない……? なんて思っていたららっくんが俺の隣に座りながら、質問を投げてきた。


「……なぁ聞いていい?」

「ん? うん」

「ずっと気になってたんだけど、なんで素の一人称俺になってんの?」

「ん~? ふふ、なんでだろうね? らっくんのがうつったのかな?」

「んなわけねーだろこの数年一度も会ってねぇんだから」

「それもそうだねぇ」


 そういえば、この一人称は会えなくなってから使い始めたんだっけ。もう慣れちゃって忘れてたけど、らっくんと会っていた頃は僕っ子だったんだなあ、俺。しかもしばらくは僕っ子の女の子だと思われてたんだっけか、ふふ、懐かしい。


「で? なんでわざわざ呼び出したんだよ。まさか俺のこと攫ったり殺したりする気じゃねーよな」

「ふ、俺がらっくんにそんなことすると思う?」


 いや、と即答するらっくん。警戒しているようでいて、さては全然してないな。


「単純だよ、二人きりで話したいから。昔みたいに。……だめ?」

「……だめ……じゃないけど……里冉はいいのかよ」

「何が?」

「仮にも敵里の忍び同士だぜ?」

「言ったでしょ、今はただの親友同士だよ」

「そんな信用してくれんのかよ」

「らっくんだってしてくれるでしょ?」


 にっこりと笑いかけると、らっくんは照れたように目を逸らしてしまう。


「……なんかお前、やっぱ変わったよな。昔もっと弱虫っつか、気弱じゃなかった?」

「六年も大人に混ざってプロの忍者やってると、流石にね」

「……もしかして会えなくなったのって、任務で忙しくなったから……?」

「……うん。里に散々こき使われてたんだよ、ほら俺実力派エリートだし」

「自分で言うなよ……」


 呆れつつも否定はしてこないあたり、やっぱり優しいなあらっくん。


「……あ、そうだ里冉。卯李の件、さんきゅ! すげえ助かった」

「えへへ、どういたしまして。結局あの後は立花で匿ってるの?」

「おう。親父も許してくれたし、おせちだけじゃなくうちの使用人達も護衛としてついてくれてるから安心だぜ」

「それはよかった」

「もしあの時お前がいなきゃ、マジでどうなってたか……。だから改めてちゃんとお礼言っとかなきゃって、思っててさ。茶紺もすげー感謝してた」


 そうか、ちゃんと役に立てたんだな。

 らっくんに素直にお礼を言われると、なんだか少し照れてしまう。その照れ隠しというかなんというか、わざとらしく主を前にした執事のような仕草でお辞儀をしてみせた。


「ふふ、お力になれたようで光栄でございます楽様」

「やめろよ様付けとか気持ち悪ぃ!」

「じゃあ~、楽姫?」

「鳥肌立ったわ」

「えぇ~そんなに?」


 そんな会話をしながら笑い合う。あぁ、幸せだなあ。


「……あ、そういえばさ」

「ん?」

「久々に会った日にらっくんが梯の情報わざわざ持ち出してた理由が気になってたんだけど……もしかしてらっくんも個人的に誰か追ったりしてるの? 俺で力になれそうなことがあれば遠慮なく……」

「アッいやっその、それは、違くて……えーと…………」


 急に分かりやすく動揺するらっくんに、はてなを浮かべる俺。

 一通りあたふたした後、らっくんはチラリと俺を見て、照れくさそうに小声で言った。


「追ってたの……さ、お前だったんだ、実は」

「えっ」


 思わず驚きをそのまま顔に出してしまった。まさからっくんが俺を探そうとしてくれていたなんて……そんな夢みたいな……。


「そうだったの……そっか……俺か……」

「……そ。甲賀では法雨が中心で動いてるらしいって耳に入ってたから、もしかしたらそのうちお前に辿り着けるかな……って」

「あっそうか……それで資料の法雨のとこに反応してたんだ……なるほど……」

「……正直さ、まだ会ってどうしようとかほとんど考えてなかったから、いきなり探してたヤツが目の前に現れて、すげえ混乱したんだよな、あんとき」

「なんか……ごめんね?」

「いや、まあ、探す手間が省けたし……」


 もにょもにょと先を濁すらっくん。多分だけど、会えて嬉しかったし……とかかな。だったらいいなぁ。

 どこか照れているようなその横顔を見つめながら、改めて、夢じゃなく本当にらっくんが隣に居ることを実感する。六年前は毎日のようにここで会っていたこと、会えない間は遠い昔のように感じていた。それでもいざ会うと、まるで昨日のことのようにも思えて。


 今、あの日の続きを過ごしている。俺達には続きがあった。互いに続きを作ろうとしていた。そのことがたまらなく嬉しくて、幸せだ。


「本当にこの六年、らっくんのことを忘れた日は無かった……ずっと会いたかった……」

「……っ、俺も……」

「へ?」

「俺も……同じ……だよ」


 らっくんは俯きながら、そう呟いた。


「俺だってずっと忘れてなかった……会いたかった……まあだから探そうとしてたんだけど……」

「らっくん……」

「……もう一度でいいから、会って、あの日なんで来なかったのか聞きたかったんだ、ずっと。毎年お前の誕生日が来る度に、もしかしたら会えるんじゃないかって……ここで待ってたくらい……」


 知らなかった。想像もしていなかった。毎年……六年も、ずっと……?

 らっくんが、いや……らっくんもこれ程までに俺のことを考えていてくれたなんて。嬉しい、けど……


「……なあ里冉、なんであの日来なかった? 俺の前から姿を消したのは、本当に任務が忙しかったからか?」

「……、それ…は……」


 本当の理由なんて言えない。

 らっくんにまで嘘をつくなんて、そんなこと……でも、それでも、言うわけにはいかない。


 俺が一人で背負うべき罪だから。あの日あったことは、決して口にしてはならない。


「……本当に、任務だよ。俺……法雨の跡取りなんだよ、わかるでしょ」


 そう、あれは任務だった。

 だから、嘘は言っていない。


 らっくんは俺の答えを聞いて黙っていたが、しばらくしてから「……わかった」と言った。


「ま、任務の内容とかはそもそも話すのタブーだし、お前は甲賀の法雨で、俺は伊賀の立花で……言えること、そんなねえよな。ごめん、無理に聞いちまって」

「らっくん……」

「でも」


 言いながららっくんは俺の方を向いて座り直し、こっちを見ろと言わんばかりに俺の両頬を持ち自分の方を向かせ、その大きな瞳で真っ直ぐに見つめてくる。


「いつか話せるようになったらそんときはちゃんと聞かせろ。立場とか忍びとか関係ねえ。俺には親友として、あの日の約束の相手として、聞く権利がある。そうだろ」

「……っ、」

「俺の事大好きすぎるくらいのお前が誕生日の約束すっぽかした上にその後姿消したんだ、ただの任務じゃねえことくらいわかる。それくらいの任務だから簡単には言えないってのもわかる。でもな、」


 さっきまで、すぐに照れて逸らすから、全然目合わなかったのに。

 真っ直ぐ、真剣に、それでいて少し怒ったように、その目は俺をとらえて離さない。


「だからって俺は聞けないことをすんなり受け入れて許せるほど大人じゃねえし、親友に一人でそんな顔させてられるほど薄情者でもねえ」

「……!!!」

「だからちゃんと話せ。いつかでいい。それ聞くまで俺は約束すっぽかしたこと許してやんねえからな。……わかったか?」

「う、うん……」

「なら、約束。……今度は破んなよ!」


 半ば強引に俺の手を掴み、小指を絡めて、そう言い放った。

 面食らって数秒フリーズしてしまった俺だったが、段々笑いが込み上げてくる。


「……っはは、らっくん…ふふっ、ほんと…君って子は……」

「んだよぉ、何笑ってんだよぉ」

「ふふ、いやぁ……敵わないなぁ…」


 ムッとした顔も可愛いなぁ、とも思ったが口には出さないでおいて……。


「そういうところ、好きだなって…改めて思ってさ」

「なっ……!!!」

「惚れ直しちゃった」

「っ、やめろ急にそういうこと言うの……っ!」

「照れてる? かわいい」

「う、うるせえ……ばか冉……」

「あ、久々に聞いたそれ。んっふふ、懐かしい」

「も~~……」


 当たり前だけど、らっくんはちゃんと成長してたんだなぁ。

 照れ屋なところも強引なところも、変わってないけれど。


「親友として、か……」


 ふふ、らっくんらしいや。

 ……まあでも俺は、今も昔も親友止まりにする気なんて、これっぽっちも無いのだけれど。


「? 何だよ」

「んふふ、なんでもなーい」




   * * *




 一人になってしまった帰り道。


「いつか……ね……らっくんになら、話せる日が来るかも……」


 星を見上げ、呟いた。


 もしも本当に話せる日が来たら、その時はちゃんと話そう。

 会いに行けなかった理由を。

 今更また会いに行くことを選んだ理由を。


「……あっ」


 ふと気が付いてしまう。

 らっくんとの時間が楽しすぎて、本題を話し忘れていたことに。


 変わってないのは、俺もだったか……。

旅人組、紫鶴が泪に懐いて旅に同行したいと言い出した、というところから始まった二人組なのですが、能力や性格の相性もありなんだかんだで名コンビだよなあ、と思っています。

親友という題はもちろん里楽のことを指しているものではあるんですが、旅人組の方も一種の親友のような関係性だな〜と。惚れ薬のくだりが仲良くて好きです。年の差あっても言いたいこと言い合える関係性って良い。


そして泪さん相手だとわりと容赦のない里冉さん、好き。

後々わかるんですが里冉は飄々とした感じの年上のお兄さん相手だと結構辛辣、という面があり、これ絶対泪さん相手の癖が抜けないんだろうな……と作者は思っています。可愛がられがちなのでいつもの余裕がなくなるというか正解の対応がよくわからなくなるだけでもあるんですけど。そして幼少期から遊んでもらっていた影響か、泪さんって普段の法雨里冉のロールモデルになっている節もあるよな、と。その割には今の一人称が『俺』なことは楽にも指摘されていましたが、これはちゃんと理由があるのでそのうちちゃんと明かせればいいな。

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