十四話・勘
俺達はなんとか、梯の襲撃を乗り切った。
茶紺の腕の傷はあの後伊賀の医療班に治療してもらい、安静にしていればすぐに完治するだろうとのことだった。
正直あちらの卯李に関する任務がどのくらいの優先度なのかは分からないのでまだ安心はできないが、どの道立花で匿っている限りは卯李に傷は付けさせない。使用人も全員それなりに腕の立つ忍びだし……俺はともかく、親父は強い。それに屋敷自体が広い上に隠し部屋や隠し通路も多いため、万が一梯の奴らに攻め込まれても卯李に手を出させる前になんとかできるだろうからな。
それにしても、随分長い夜だった。
里冉が菊の露で提案した作戦。それは卯李が狙われていることを逆手に取り、わざと梯をおびき寄せ、迎撃の際相手に卯李が安全な場所に匿われることになるところをはっきり見せつけて諦めさせる、というものだった。無闇に卯李を隠すだけ隠してもいつ奴等が襲ってくるかと怯えながら過ごすことになるし、下手に構成員を殺しても指令自体を無くさない限り他の構成員が出向いてくるだろうし、余計に付け狙われることになる可能性が高い。その為、諦めさせる作戦が上手くいけば最も平和的に終えることができる、と判断した俺と茶紺は、危険とわかった上で里冉の作戦……言うならば現代版水月の術に、乗ることにした。
そうして里冉の言う通り追跡されていると仮定して、わざと今二人が暮らす家(秋月本家ではなく茶紺個人の家)に卯李を連れて帰った。奴らに家の場所を把握させ、誘い出すのだ。念の為、そして相手に餌だと気付かれないようにするにはある程度ちゃんと警戒していた方がいい為、おせちに加え俺と里冉も護衛としてついて帰った。
万が一を考えて卯李の偽物を用意して移動する手も話には出たが、あの状況で偽物を用意するのが難しかったため(というかあのメンバーだと俺が偽卯李をやらされるので流石に無理あるだろ、絶対バレて本物の方追跡されるだろ、と説得して)やめた。
卯李を家に送り届けた後は、解散して帰る……フリをして、俺は秋月からの抜け道で待機、里冉は立花の外に身を隠し、その時を待った。
すると里冉の読み通り、梯は餌に食いついた。
抜け道で卯李と合流し立花まで送り届け、里冉と共に秋月へと向かう。そして茶紺の方は敢えて全く準備をせず迎え撃つことで敵には〝奇襲に必死で応戦している〟と思い込ませ、その隙を突いて里冉が吹き矢で敵の動きを止める。
ここまでは作戦通りだった。
おせちが捕らわれていたこと。
これが最初の想定外だった。
というかわりと堂々とあのオネエ……紅乃が襲撃してたこともびっくりだったのだが、だからこそ逆におせちと関西弁の奴が居なかったことが俺達を焦らせた。予想では茶紺&おせちVS梯の二人、での戦闘になると思っていたのだ。でもよく考えたらターゲットの護衛は襲撃前に引き剥がしておきたいと思うのは妥当だし、声を出さない(出せない?)アイツなら誰にも気付かれずに捕らえることもそう難しくない。
里冉と相談し、何処にいるかわからない二人を探すよりとにかく今は作戦通りに茶紺を追い詰めている紅乃の動きを止めよう、ということになり、里冉は見事吹き矢を命中させた。なんでも出来ちゃうつよつよ忍者なのは知っていたが、目の前であっさりと神業をやってのけたことに思わず感心してしまったのは言うまでもない。
そして卯李に呼ばれて急いで駆けつけた、というていで俺が出ていき、茶紺に卯李の無事を告げる。本来はここで「しばらくは俺ん家で匿うから心配すんな!」「立花なら安心だな……!」という会話を梯に聞かせて諦めさせる、という作戦だったのだが、あの偽紅乃が出てきたのだ。(そういえば結局アイツの名前はわからなかったな……)
偽紅乃に殺気が無さすぎることが逆に怖かったのだが、シリアスな空気にしてしまうと折角消えた殺気が戻ってきてしまう、もしくは俺達だけでも始末されてしまう……と思ったため動揺しつつも俺は敢えて相手の空気に合わせて話していた。それが功を奏したのか、本当にあれ以上何も攻撃して来なかった。
そして「卯李は無事だ」という会話から察したのか、姿を見せていない間何かしらの方法で卯李を追跡していたのかわからない(おそらく後者だろう)が、卯李が立花に逃げ込んだことを把握していた偽紅乃。そのおかげか、不自然なほどあっさりと諦めて去っていった。これももちろん想定外だった。
ただまあ結果的に狙った方向には転んだわけで、こちらとしてはありがたかった。のだが……やはり疑問は残ってしまい……『諦めたるわ』という言葉自体信用していいものかどうか……。つか『今日のところは』って言ってたしな……上手くいったように見えて、相手の掌の上なのでは……? と疑ってしまう。
それにあのタイミングでおせちを解放すると言って紅乃を背負って去って行き、実際帰るとおせちが待っていたことも不思議だった。去り際に解放して行ったのかとも思ったが、おせちに聞くとずっと関西弁の黒い奴が傍で見張りをしていた、それから突然立花の前に捨てられたとのことで、それが本当ならあの時おせちの方と俺達の方の二箇所にアイツが同時に存在していたということになる。影分身……とは二箇所の距離的に考えにくいし、そもそもあのクオリティの変装が出来ることも驚きだったし…関西弁の奴の動きは結局謎なままだ。
……まあそれでも卯李が無事で、しかも全員生きて乗り切れたのだ。結果だけ見れば花丸と言ってもいいだろう。
茶紺にも、利月くんに礼を言っておいて欲しい、と頼まれた。仕方ない、伝えといてやるか。
* * *
「おいオカマ起きろや」
「……オカマって言うんじゃないわよ、紫昏……。うまく動けないんだから仕方ないでしょ……」
「重いねんてお前……」
「ほんとアンタって最低ね……レディにむかってなんて口」
「どこにレディがおんねん」
「ちょっとぉ」
紅乃を背に担いで走る、紅乃の姿をした紫昏。「重い」や「うるさい」など悪態をつきながらもちゃんと運んでくれる紫昏に、紅乃は思わずふ、と笑う。
「何わろとんねん」
「いーえ、なんでもないわよ」
「なんやねん」
「アンタも頼もしくなったわね」
「えっはっ何きっしょ、どしたん今日」
「頼もしくなった代わりに素直さと可愛げを失ったのね……可哀想に…」
「人のこと言えへんやろお前」
「アタシはいつだって可愛いわよ」
「そういうとこやぞ」
「え? そういう所が可愛い?」
「ポジティブモンスターめ」
伊賀の霧を抜けると、紫昏は紅乃を一度木の根元に座らせ、変装を解いて元の黒外套の姿に戻った。それから再び紅乃を背負って、梯の拠点の方向へと走り出す。
「……それにしてもあの吹き矢、驚きだったわ……技術が高すぎると当たっても案外気づかないものなのね……」
「あれなぁ、まさかあの距離から当てられると思わんしなあ」
「……あの楽とかいう坊やじゃなかったわよね?」
「あー、せやな。よぉ見えへんかったけど、もう一人おったわ。多分家帰るとき護衛してた茶髪やろけどな」
「やっぱり……気になるわね、あの子」
「調べるよう言うとくか」
「そうね……」
それ以上何も言わなくなった紅乃だったが、しばらくしてからふと、呟いた。
「……あの子が元気で幸せに暮らせるなら、それでいいのかも…なんて」
* * *
朝。紅乃と紫昏は拠点に戻り、任務報告をしていた。
「え、お前らそれだけで諦めたのかよ。珍しいな」
横髪に赤メッシュを入れた金髪の若い男──── 柊が、二人を見ながら呆れ顔で笑う。
「あら、そうかしら?」
「いや珍しいって。だって泣く子も黙るあのくれしぐコンビだぜ? それが早々に見つかるわターゲット取り逃がすわ……何があったんだよ? 槍でも降るのか?」
「はっは! えらい言われようやな!」
こいつら……本当に任務失敗した自覚あるのか……? と眉を顰める柊。
「今回ばかりはやる気になれなかったのよ、仕方ないでしょ」
「ええ~~? 一応ちゃんとした任務なんだけどなぁ~? やる気云々で失敗されても副リーダー困っちゃうな~~?」
すると紫昏が笑いながら紅乃の背中をばんばんと叩く。
「まぁしゃーないって~うちの紅乃姫は気分屋やしな~」
「痛いわよゴリラ。ってあらやだ珍しいわね姫だなんて。なら王子様はリーダーね」
「そこオレちゃうんかい」
「アンタ誰がどう見ても王子ってガラじゃないじゃない!」
「それ言うたらリーダーもやと思うけどな!?」
「あらそうかしら」
「お前にはアレがどう見えとんねん」
「はいはい、今日も絶好調の夫婦漫才どーも」
「「誰が夫婦や!(よ!)」」
息ぴったりな二人。そういうとこだよ、と思いながら柊は話を戻す。
「……ったく、これからどうする気? 警戒されて厄介な場所に匿われちゃったみたいだけど。立花に乗り込むなんて無謀な指示、出したくねえなぁ俺」
「……ねえ柊」
「ん?」
「あの子きっと覚えてないわよ、アタシ達のこと」
「だとしてもさあ……つか覚えてないフリかも知れないじゃん」
「ええ、そうね。でもアタシにはそうは見えなかったのよねぇ……」
「……まあ姉さんが言うなら……そうかもしれないけどさ……」
「それより聞いて欲しいのよ、吹き矢の子のこと。あの子に関する情報集めてくれないかしら」
無理やり話を変えた紅乃だったが、案外その話題は柊にとって有効だったようで。
「あー……俺そいつ知ってんだよね」
「そーなん!?」
「そうなの!?」
「そんな二人して驚かなくても……つか俺が思ってるのが合ってたとしたら結構有名だぞ」
「まじか」
「ま、忍びの世界で有名になるとか本来良くないんだけどなぁ」
昔は〝名は勿論、強いという評判も残さない〟ということが真の忍びの姿だとされていた。時代が移り変わり、忍びの在り方も変化した今はそれ程重視されてはいないが、実際、全く知られていない方が動きやすいのは確かだ。つまりは、嫌でも目立つくらい強いのである。
〝そいつ〟の場合、強いというだけが理由ではないのだが。
「……あと、言いたくなかったけどこの前俺がボロボロで帰ってきたときの相手そいつ」
「まじか! はははは!!」
「笑うなよ人でなし」
「アイツの実力は柊より上~っと」
「メモんなよ人でなしィ!! あの時は本気じゃなかっただけだし!! つか元々俺戦闘要員じゃないし!!」
「負けたんは確かなんやろ?」
「うっ……」
「でもちゃんと生きて帰ってきただけ偉いわよ、よしよし」
「ちくしょ~~子供扱いするんじゃね~~!」
「……子供だろう」
急に降ってきた声に、飛び上がる柊。振り返ると、壁に軽くもたれかかっている声の主……青髪の男が見えた。
「うお! いたのか!」
「最初からいたが…」
「うそだろ……お前気配なさすぎてこえぇよ……」
「お前に用があって呼びに来た。第二まで来てくれ」
「何? また紀一がどっか爆破した?」
ていうか子供じゃねーし! なんだよ皆揃って子供扱いしやがって! と文句を言いながら、柊は青髪に連れられてどこかへ行ってしまった。
「……なんとか数時間のお説教は回避したわね」
「流石のオレらも口ではアイツに勝たれへんもんな~」
部屋に残された二人は、安堵の溜息を零した。
「……にしてもなぁ、ほんまによかったんか? アイツら生かして放置して」
「ふふ、いいのよ。あの子、万が一覚えてたとしても多分話そうとしないもの。現にあのお兄さんは今回気付いたみたいだし、聞き出そうともしないでしょうから」
「なんでわかるん?」
「オンナの勘よ♡」
「オカマの勘の間違いやろ」
一々うるさいわね。と言いながら紅乃は紫昏の頬を抓る。
「でもなあ、殺さんで済むようあっちの策に乗るって、流石に甘すぎひん?」
「甘いとかじゃなく単に利害が一致したってだけよ」
「利害は一致してもそれをあっちは知らんしなあ、俺らに殺す気無くても俺らは殺される可能性あってんで?」
「簡単に殺られるほど弱いつもりないわよ。……それにアンタだってあの楽って子、殺したくなかったでしょう?」
紅乃の言葉に、一瞬驚いたようにして間を空ける紫昏。
「……っはは、やっぱお前には筒抜けってか」
「明らかに気に入っちゃってたじゃない。……ま、わかるけどね。彼、面白いもの」
「今殺すんは勿体無いよなぁ、アイツ」
「ええ、吹き矢の彼もね。それにあの子達…」
紅乃は、ニヤリと笑った。
「敵のままで終わる気、しないのよね」
「……オカマの勘?」
「オンナの勘!!」
卯李過去編、お付き合い頂きありがとうございました。
楽から見てると大人びていて頼れる班長であり兄のような存在の茶紺ですが、彼の視点だとまだ全然若いんだよなこの人……と読み返す度に感じ、不思議な気分になったりしています。
26歳、というか20代、子供から見たらかなり大人だけど実際のところまだまだ未熟な人がほとんどだと思っているので、今後出てくる20代の人達もその辺を意識した描写ができていればいいな、と。
そして肝心の卯李に関してはまだまだ謎が残る終わり方ですが、別の子の掘り下げの際に全てを明かせればいいなあ、と現時点では思っています。卯李から直接暴くようなことは、楽も茶紺もしないはずなので。
ちなみに卯李も卯李で歳の割にかなり幼い言動をしているのですがこれももちろん故意で、幼少期の環境が劣悪だったこと、茶紺の親としての未熟さ、伊賀に来てからずっと近くにいる護衛 (おせち)が発話をしないこと、などが重なりあってだいぶ知能や言語の発達が遅れているものとして描いています。
学校に行かせずに家庭教師をつけているのも、同年代の教育ペースについていけなくて孤立するから、という理由。卯李には卯李のペースで周りと比べなくていい環境でのびのびと成長してほしい、という茶紺なりの愛なのですが、本人にとってどちらがいいかは家族の問題同様この先の卯李自身にしか分からないため、今後どう影響してくるか次第でどっちにも転ぶよな、と作者は思っています。根っこの善性が強い子なのでどの道茶紺のことを恨むとかはしないだろうけど。
ちなみにおせちは卯李相手だとかなり読みやすい字と簡単な言葉を意識して筆談している、逆に卯李にあまり読ませたくない会話などを茶紺とするときは達筆or忍者文字、という設定があったりもします。
現状まだ丸文字とか顔文字とかでふざけている場面ばっかなのなんなんだあの男。彼がおもしろポンコツ枠から抜け出す日は果たして来るのでしょうか。楽しみですね。




