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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
14/105

十三話・夜襲



 日が昇り始める少し前。俺は何者かの気配によって目覚めを余儀なくされた。

 寝巻きのまま忍刀を手にしてはいるが、怯えた卯李が背後にいるため迂闊に動けず、〝侵入者〟をただ強く見据えていた。


「茶紺……」

「大丈夫だよ卯李、じっとしてなさい」


 視線の先には、つい最近見た狐面と赤髪。

 窓際で風を受けながら、僅かな殺気を孕みつつ妖艶ともとれるほど恐ろしく美しい微笑みを浮かべた顔が、狐面の下から覗いた。一瞬本当に男なのかと疑ってしまうが、ゆっくりと開いた口からはやはりオネエ口調の男の声が。


「やっぱり上忍ともなると気づかれちゃうわよねェ……あぁ起こしちゃってごめんなさいね。いやね、たいした用事はないの。ただ……」


 続く言葉は、予想がついた。


「うちの参謀から指令が出ちゃって、そこの子うさぎちゃんを始末しなきゃいけなくなっちゃったの」


 〝始末しなきゃいけなくなった〟

 ああ、やはりそうか。この時が来てしまったのだ。


「……させる訳にはいかないな」

「あら、阻止できるものならしてくれていいのよ~? アタシ、可愛い子が相手だと気が進まないのよねぇ」

「…………」

「ならなんで来たんだ帰れよって顔はやめてちょうだい! 指令なのよ仕方ないでしょっ!」


 ふいっ、と拗ねたような仕草をする赤髪。それ……俺よりでかいアンタがやっても可愛くもなんともないのだが……。というか、廃村で近づいてきた時の普通の口調に慣れているせいか、素であろうオネエ口調に違和感を感じてしまうな。

 ……なんて思っている場合ではない。


「……とまあそんな訳だから、大人しくこちらに渡してくれたら嬉しいのだけど」

「出来るわけないだろう」

「そう、残念」


 ところで、卯李のピンチだというのに、いつもなら真っ先に飛んでくるであろうアイツが来ない。なんなら気配すら感じない。何をしているんだあのうさぎ。いや、余計なことは考えるな。まずはこの赤髪をなんとかするのが最優先だ。

 今のところ相手の武器は手に持っている流星錘……あとは……棒手裏剣や苦無はまあ確定だろう。他……警戒すべきは暗器か。もし持っていたとして、卯李に当たることだけはなんとしてでも避けたい。暗殺目的で来ているとなれば致死量の毒等が塗ってあるのが普通だからな。

 そういえば、おかしいな。攫うのではなく暗殺に来たのなら、まず手にしているのが流星錘というのは少し不自然……それに黒外套の男の気配がないのも……


「……ッ!」


 考えている隙に、錘がヒュンッと俺の肩目掛けて飛んできた。忍刀の鞘でそれを受けるが、当たったところから音を立ててヒビが走る。この威力……正直あまり相手にしたくないな……と思いながら俺は刀を抜いて、割れてしまった鞘を投げ捨てた。

 とにかく今は卯李を逃がすことだけ考えて、迅速な判断を。


「いいかい卯李、隙を見て逃げるんだ」

「わ、わかった……っ!」

「あら、逃がさないわよ」


 そう言って攻撃を仕掛けてくる赤髪。立花の屋敷への抜け道である隠し扉に向かう卯李を背中に隠しながら、敵の攻撃が卯李に届かないように半ば捨て身で防御し続けた。途中、弾ききれなかった吹き矢が何本か当たってしまうが、卯李には一本も届いてないようだし俺なら毒への耐性をある程度つけている。大丈夫、まだ戦える。


「えっと……虚!? 哀!?」

「哀だ!!」


 〝虚〟は屍木さん、〝哀〟は楽のことで、忍びが仲間内でよく使う隠語の一種として卯李に教えた。つまりはどちらを呼んでくるかと聞かれて、俺は楽と答えたのだ。背後から卯李のりょうかーい! という声が聞こえて、相変わらず度胸あるなぁと感心する。自分の命が狙われているというこの状況で、冷静に逃げることと応援を呼ぶことを考えられる卯李はきっと将来優秀な忍びになるに違いない。

 そうして卯李が抜け道の扉を閉ざす瞬間、敵が一気に距離を詰めてくる。が、ここも敢えて俺が正面から攻撃を受け、扉へは辿り着かせなかった。


 逃げられたことに機嫌を悪くしたらしい赤髪を止めようと、激しい戦闘へと持ち込んでしまう。梯の構成員は個々の戦闘能力が凄いとは聞いていたが……ここまでとなると流石に恐怖を感じざるを得ない。しかし俺にも上忍としての意地がある。圧倒されてたまるか。


「退いてちょうだい」

「無理だって言ってるだろう」


 明らかに声のトーンが先程と変わっている赤髪。その殺気に、肌がピリピリとする。


「これ以上邪魔するならアンタも始末するわよ」

「やれるもんならやってみろ、外道が」

「言うじゃない」


 くらり。先程の吹き矢に塗られていた毒が、流石にそろそろ効いてきたらしい。だがまだだ、応援が来るまでは、卯李が無事に立花へ逃げ込めたことを確認するまでは……

 直後、左腕に痛みが走った。

 霞み始めた視界の端に、敵の足が見えたのでガードした。が、それが間違いだった。


 赤髪は俺の腕に突き刺さった特別切れ味のよさそうな苦無をズブリと抜いて、そこについた血を勢いよく振り払って落とした。痛みに思わず叫びそうになるが堪え、とにかく溢れ出る血を止めようと部屋に転がしてあった手甲の紐を急いで腕にキツく巻き付ける俺。

 しかし……


「やだわ、装束に血がついちゃった。落ちにくいから嫌なのよねぇ……」


 止血を優先すると、どうしても隙ができてしまうもので。


「さあ……どうして欲しいかしら、お兄さん?」



 次に苦無をあてがわれたのは、俺の首筋だった。


 一瞬にして握られた俺の命。少しでも動けば躊躇いなく殺される、そんな殺気を肌で感じ、血の気が引く。答えない俺と、それを見下ろす赤髪。そんな張り詰めた状況が数秒間続き、有り得ないほどの静けさの中、自身の心臓の音が耳の裏側で鳴っている。

 まずい、冷静になれ俺。左腕は使えず、毒が回り始めている俺に……この状況を打破する術は……

 くっ、だめだ思いつかない……とにかく今は……少しでも時間を稼いで……


 そのとき。


「……っ」


 急に赤髪がふらり、と傾いたかと思ったら、膝からその場に崩れ落ちた。

 それを呆然と見ていると、窓から見慣れた顔が入ってくる。


「ふぅ……茶紺に当たんなくてよかったよ……」

「楽……!」

「引き付けてくれてたお陰で気づかれなくて助かったぜ。待たせたな!」


 ヒーロー登場! とでもいわんばかりのドヤ顔で、そう言う楽。どうやら毒を塗った吹き矢を、開け放たれていた窓から見事赤髪に命中させたらしい。……まあそんな神業、楽に出来るはずないのだが、一先ずここは楽の手柄ということにしてやるか。


「助かったよ……ありがとう。卯李は無事かい?」

「おう、もちろん」

「よかった……」


 動かない赤髪の懐を探って吹き矢の毒の解毒剤を見つける。よかった、やはり持っていた。それを飲みながら、ふと疑問に思う。


「……そういや、コイツに使った毒って……?」

「えっとな……キツめの神経毒? つか麻酔?」

「それなら今のうちに縛りあげなきゃ……縄は、っと……」


 見た感じ楽は持ってなさそうだし、先程投げ捨てた鞘に結んだままだった下げ緒を使おう。下げ緒七法の一つ、縛に用いる法だ。


「……よし楽、コイツ縛れ」

「なんで俺ぇ!?」

「まだ解毒剤が効ききってない俺にやらせる気か?」

「う……だからって……」

「なんでそんな嫌がるんだ」

「だって急に起きたりしたら超怖いじゃん」

「起きた時に逃げないように縛るんでしょうが」

「そうだけどさぁ……」

「誰が急に起きると超怖いのかしら」

「だからこのオカマ……、!?」


 声がした方…楽の背後には、倒れていたはずの赤髪が立っていた。待て、いつの間に……!?


「んふふ~オカマじゃなくてオネエ様って言ってちょうだいね~~? ……ていうかアンタ案外やってくれるじゃないの、びっくりしちゃったわ」


 驚いて動けずにいた楽の両頬を赤髪がつねりながら、不気味に笑う。すると楽が「やめろぉ!」と赤髪の手を払い除けて文句を言い始めた。なんだこの光景。


「びっくりしたはこっちのセリフだっつの、化け物かよ……」

「やだわァこんな超美人に向かって化け物だなんて」

「自分で超美人とか言えちゃうことにもびっくりだぞ。お前素のキャラ濃すぎだろ」

「うふふ♡ 褒め言葉だと取っておくわ」

「俺は敵と普通のテンションで話す楽にびっくりしてるんだけど」

「あ……殺気がすっかり消えてるからつい」

「あのねぇ相手は梯……油断大敵だよ……」


 はぁい、と返事する楽だったが、やはり緊張感はなかった。ある意味肝が据わっているというか……それとも馬鹿なのか……。


「心配しなくても大丈夫、今日のところは諦めてあげるわよ」

「ほんとか!」

「ま、流石にターゲットに立花の屋敷なんて厄介な場所に逃げられるとねェ……」

「俺んちってそんな厄介なの?」

「まあ敵にとっては……ってお前なんで逃げ場所知って……!?」

「あっ、そうかコイツ兎ちゃんどこ逃げたか知らんやん。やってもーたな」

「!?」


 急に別人のような声と口調で話し始めた赤髪に驚く俺と楽。どうなってるんだ……!?


「はは、びっくりしたぁ? 本物の紅乃(くれの)はあっちやで」


 言いながら指さした窓の外には、壁に持たれている赤髪が。いやそれもいつの間に……!? という感じなのだが、つまり目の前のコイツは偽者ってことで……え!? 変装技術高すぎないか……!?


「じゃあお前……そっかこの口調、この前一緒に居たアイツか……!?」

「おっ、ピンポンピンポーン! アホっぽい顔して意外と察しええな!」

「アホっぽい顔言うな!!」


 こいつら……敵同士だよな……? 楽お前……いくらこの前普通に話してたからって……いや、だとしたら今回もわざと緊張感を無くしているのかもしれない……?


「つかあの赤髪、紅乃って言うのか…やけに可愛い名前だな……」

「本名誠十郎やけどな」

「うそだろ」

「うそやで」

「びっくりした……」


 俺もびっくりした。というか、楽も楽だが梯も梯だな……。隠しているとかですらなく本当に殺気が無い……。


「ま、とにかく今日のところは諦めたるわ~っつーことで。紅乃のヤツも今回ばかりは気ィ進まんゆうてたしな。……あ、そうや捕まえてたうさぎ頭くんも返しといたるわ。そん代わりコイツは回収させてもらうで~またな~!」

「あ、おい! 待……っ!!」


 言うだけ言って、びっくりするくらいのスピードで紅乃を担いで男…偽紅乃は夜の闇へと消えていった。


「まさかとは思ってたがやっぱ捕まってたのか……」

「うさぎ頭って……アイツしかいねーよな」

「そうだね……」

「とりあえず……卯李んとこいく? 手当もしなきゃだし……」


 心配そうに俺の左腕を見る楽に「ああ」と笑いかけた。




 そうして俺は痛む腕を庇いながら、楽と共に抜け道から立花家へと移動した。

 立花の庭へと出ると、ずっと待っていてくれたのか卯李が駆け寄ってきてくれた。


「茶紺……っ!」


 半泣きで抱き着いてくる卯李。俺は無事な右手でその頭を優しく撫でる。


「あのね、卯李ね、茶紺が死んじゃったらどうしようって、ずっと心配でね」

「卯李……」


 よかったぁぁ……と泣き出してしまう卯李を、そっと抱き締めた。ああ、そうか、そうだよな。逃げる時やけに冷静でしっかりしていたが、本当は怖かったのだ。俺が卯李の無事を祈っていたように、卯李だって俺を心配してくれていたのだ。


「大丈夫だよ、卯李。心配かけてごめんね」

「ううんっ……」


 ああ、本当によかった………。

 卯李の無事を確認し、やっと気が抜けたことで左腕の痛みが強く主張し始めた。それでも、卯李が無事ならこんな傷なんてことないと思えた。


 本当の家族や、一緒に暮らしていたと思われる梯の連中。卯李にとって誰と居ることが幸せだったのかはわからない。本当は梯の連中の中にも家族と思える存在が居たのかもしれない。俺のしたことは、正しくなかったかもしれない。ずっと、どこかでそんな不安を感じていた。

 それでもこの涙は、間違いなく今の卯李が本気で俺の事を心配してくれたことの証だ。誰より卯李の家族であろうとしてきたことは、無駄じゃなかった。あのとき連中から逃げてきた卯李を保護したことは、間違いじゃなかった。

 今やっと、心からそう思えた。


「茶紺……泣いてる……?」

「え……?」


 俺が……? あれ……本当だ……かっこ悪いな俺、卯李の前で……。

 そう思いながら袖で拭うと、卯李が何かに気付いてあたふたし始めた。


「……! 手……ケガしてる……!! 茶紺……痛い……? 大丈夫……? ど、どうしよう楽兄……!」

「おぁっそうだ手当……! さっさと中入ろうぜ……!」

「うん!! 茶紺、はやく!」


 卯李に右手を引かれ、本邸へと走る。途中「もー! 痛いならはやく言うの! ガマンだめ!」と叱られ、痛くて泣いたと思われたのだと気付くが、すっかり泣き止んでお姉さん気分(?)で俺の手を引く卯李が可愛いのでまあいいか、と大人しく手を引かれていたのだった。


 そうして辿り着いた玄関。そこで俺達を迎えたのは、つい先程まで捕まっていたのであろうソイツの土下座。


「[申し訳ない茶紺!!! 本当にすまない!!! 護衛失格だ……!!!]」

「ああわかってるよおせち、君が一番辛かったろうね……いいから顔、上げて……?」


 うさぎ頭の大男がホワイトボードを掲げつつ土下座をする、なんてシュールな絵面をこれ以上続けてほしくないしな。


「[ほんっっっっとうにすまなかった……]」

「うん、いいから。もう片付いたし……いや完全に片付いてはないっぽいけどとりあえず皆無事だったし……ね」

「[茶紺……(´;ω;`)]」


 なんとか顔をあげたおせちは顔文字とは反対に相変わらず無表情で、本当にシュールな絵面だなぁと改めて思った。


「ほんと、皆無事でよかったぜ」


 これもアイツのおかげだな。そう小さく呟く楽に「かなりリスキーだったけどね……」と苦笑。

 その後、俺はおせちや屍木さんに先程のことを話しながら、手当をしてもらったのだった。


余談ですが、紅乃の苦無は紀一が作っている特注品なので茶紺が言っていたように特別切れ味の良い苦無です。梯メンツの愛用している忍器などは基本的に紀一が作ったり解像したりしています。実は狐面も紀一作です。梯には他にも技術担当がいますが、今は拠点にいないため紀一が大活躍しています。

ちなみに次話で少し言及されていますが、おせちがどこに行ってたかは実は一巻刊行時におまけ書き下ろしで描写していました。あの黒外套の男はいったい誰だったんでしょうね。

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