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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
13/105

十二話・月下の兎



 刺青を見たその瞬間、茶紺の様子がおかしくなった。

 というか、俺が見たってわかるくらいには、あの時の茶紺は明らかに動揺していて。


「もう大丈夫か班長?」

「ああ……」


 刺青に気付かれた途端、本性を現した二人組。彼らはどこで印を見たのかという問いに茶紺が答えないとわかると「まあええわ、知人に梯マークあるとか普通言え……あ、言ってもうた」「ちょっと! 何してんのよ!」というめちゃくちゃアホっぽい会話の後、さっさとその場を去ってしまった。危害を加える気はない、というのはどうやらマジだったらしい。


 それから二人を追おうともせずにその場に立ち竦んでしまっていた茶紺を俺と恋華で伊賀まで連れ帰り、任務報告……というか梯と遭遇したという報告をして解散した。

 火鼠として解散はしたが、茶紺とは話がしたかったので今は長屋敷の空いていた客間を借りている。


 それにしても、折角梯と遭遇したのに何もできずに逃がしてしまうことになるとは思わなかった。

『奴等は梯だ。深追いは命取りになる』

 少し経ってから冷静になったらしい茶紺はそう話していたが、どう考えてもあの場では動けなかっただけだった。いや命取りになるのも確かだろうけど。……まあでも、何より茶紺の様子が気になったし、むしろ無茶な判断をしなくてよかった。


「……楽」

「ん?」


 俺の渡したお茶を一口飲んだあと、茶紺が口を開いた。


「あの刺青を俺に見せたの、わざとか?」

「……まあな。茶紺ならなんか知ってんじゃねーかと思ったから」


 まさかあんなに分かりやすく動揺するとは思わなかったけど。おかげで俺までびっくりしちゃった。


「いつ気付いていた?」

「情報交換会のとき。アイツの右隣に座ってたのもあってたまたま見えたんだよ」

「よく態度に出さなかったな」

「しばらくはどこで見たか思い出せなかったからなぁ。すぐ思い出してたら流石に俺も動揺してたかも」

「なるほど……」


 というか、そもそもあの印についてよく知らないからな、俺。

 卯李は茶紺が任務で帰れない日などはよく立花に泊まりに来るので、風呂等で背中の傷跡は見ていた。ただし本当に〝見た〟だけだった。それが何かの模様だということはわかるが、何を意味するか、どうしてあるのか、いつついたものなのか……そういった事は何も知らなかった。俺から聞くのはなんとなく違う気がしたし、卯李が特に気にしていないのならそれでいいと思っていた。

 まさか梯の印だとは、夢にも思わなかったしな……。


「刺青を見た瞬間、全部察してしまったんだ……それで、『ああ、やってしまった』って……ツーマンセルって時点で怪しかったのに……気付けなかった……くそ……」

「……あのさ、俺未だにどうやらかしたのかいまいちわかってないんだけど」


 梯に接近を許した上に逃がしたって事実はわかっている。ただ何故接近してきたのか、何故質問だけして去っていったのか、いまいちわからない。

 すると茶紺が静かに言った。


「奴等は卯李を探している」

「……は?」


 なんで、梯が卯李を……?


「おそらく……卯李は俺と暮らし始める前、今の梯の連中と一緒にいた」

「は……!?! あ、でもそうか、だからあの印が…」

「そう。それで、自分達の情報や過去を伊賀忍に話されることを恐れている……んだと思う。もしくは、単にメンバーとして連れ戻そうとしているか……或いは……」

「そんな……じゃあ見つかったら……」

「連れ去られるか、殺される……」


 ……なるほど、あの茶紺が立ち竦むわけだ。いつになく深刻な顔で話す茶紺に、やっと置かれている状況の危うさを認識する。


「つまり奴等は俺が卯李を保護していることの確認に来ていた……そして確信を得たから去っていった…………」

「あぁうわ、なるほど……やばいな」

「そうなんだよやばいんだよ……あぁ~どうしよう……」


 頭を抱える茶紺。プライベートでのヘタレさは度々見ていたが、忍びとしてここまでなっているのは初めて見た気がする。


「……そういや今卯李ってどこに」

「菊の……露……に……預けて……」


 言いながら、茶紺も気付いたらしい。護衛であるおせちが居るとはいえ、万が一奇襲をかけられた場合はおせち一人じゃどう考えても守りきれない。それに卯李だけじゃなく梅雨梨も吟もいる。忍びでない者の割合が多く、簡単に人が出入りできてしまう菊の露は、今卯李を置いておくにはあまりに危険すぎる。


「行くぞ、楽」

「おう」




   * * *




 菊の露に着いた俺達が真っ先に見たもの、それは。


「あ、らっくん~任務は終わったの? おつかれさま~」


 何故か梅雨梨と話し込んでいる里冉……というか、利月の姿だった。あまりに予想外の展開に混乱する俺達。特に茶紺。


「誰だ…!? 梯か……!? まさかもう……!?!」

「茶紺、気持ちはわかるがちょっと落ち着け。こいつは俺の友達だ」

「はじめまして、利月です」


 イケメンスマイルで茶紺に挨拶する里冉に、思わずうわぁ相変わらず腹立つくらい顔が良い……なんて感想を抱く。しかし茶紺は未だ警戒中のようで。


「くっ……お前……」

「だから梯じゃねーって、大丈夫……」

「なんでこんな夜中に梅雨梨と……ッッ」

「あ、そっち?」


 イケメンスマイル、さては余計な方向に作用したな。


 それから、利月のせいで大混乱の茶紺をなんとか落ち着かせようと梅雨梨が状況を説明してくれた。

 どうやら利月は俺に会いに菊の露に来たらしく(だろうな)、急に任務が入り配属祝いが出来なかったという話を梅雨梨に聞いて、俺の代わりに卯李や吟と遊んでくれていたらしい。そして新生火鼠としては初任務だし、あまりハードなのは任されていないだろう、と任務が終わるのを梅雨梨と話しながら待っていた……と。本来俺は帰りにここに寄る気は無かったんだが、結果的に会えてしまったあたりエスパーか何かなのか、コイツ。


「そうだ……卯李は……!?」

「奥で吟くんと寝てるよ~」


 それを聞いて、茶紺と共に奥の部屋の様子を確認しに行く。すると、利月の言った通り吟と仲良く並んで寝ている卯李が目に入った。ついでに、二人を見守るうさぎ頭の護衛の姿も。

 一先ず安心する。まあ何か起こってたらあんな談笑してないよな、普通に。


「ね、さっき梯とかなんとか言ってたけど、何かあったの?」

「それが……」

「待て楽」


 茶紺が視線で、コイツ…信用して大丈夫なのか……? と訴えてくる。確かに茶紺からしたらさっきの梯の二人同様〝初対面の怪しいヤツ〟だもんな。そうだな……じゃあ……


「利月、卯李を守るのに協力するって約束しろ」

「え? なになに、僕頼られてる? 喜んで」

「単に話す条件だよ。……ってマジで?」

「うん、いいよ。僕で力になれるなら」


 あまりにもあっさりと、心強すぎる味方が増えた。いいのか? 今は変装中とはいえお前……法雨次期当主の実力派エリート売れっ子忍者だぞ……? いや卯李達と遊びながら俺の事待ってたあたり売れっ子のわりに暇なのかもしれんが。


「……茶紺、これでいいか?」

「ああ……」


 役に立つのかコイツ……みたいな顔してるけど。一応OKは出してくれたみたいだ。

 そうして利月に、詳細は伏せつつも卯李が梯に狙われていることを話した。聞き終わると、利月はうぅーん……と考え込む。


「……確信させてしまったのなら、今現在奴等につけられてる可能性がありますよね、それ」

「……!」


 盲点だった。そういえばそうだ。去って行く姿を見てつい気を抜いてしまっていたが、それが去って行くフリだったとしたら……大いに有り得る。


「卯李ちゃんに繋がる人を、それも保護者を見つけた…となると次はそいつの後をつけて卯李ちゃんの具体的な居場所や生活圏を調べますよね。里内で襲撃があったあたり梯はどうやら霧の抜け方は心得ているみたいですし、それこそ廃村からずっとつけて来ていたらここまで来ている可能性は大いにあります」

「確かに……そうだな……」

「その攫ったり殺したりをいつ実行に移されるかはわかりません。もしかしたら今かもしれない。ただ日が昇るまではここからは出ない方がいいのは確かです」


 いくら梯でも、実行するなら暗闇の力を借りたいでしょうから。そう言って軽く微笑む。茶紺は少し悔しげではあるが、利月が強力な助っ人であることを理解したらしい。


「卯李ちゃんって学校などはどうしてますか?」

「立花……というか楽の家庭教師をやっていた知人に通ってもらっているから、その点は心配いらないよ」

「なるほど。では周囲の安全が確認できたらどこかここより安全な場所に移して匿……、いや……そうだな…………」


 考え込む利月。どうしたんだ? と聞こうとした時、利月は茶紺を真っ直ぐ見て言った。


「……少し危険かもしれない提案をしていいですか?」

「何だ……?」


 利月が……いや里冉がニヤリとする。


「この状況、逆手に取りましょう」


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