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紅雨-架橋戦記-  作者: 法月 杏
一章
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十話・遭逢の記憶[2]



「これは……いったい……」


 目を見開き驚く俺だったが、当の本人はどうやらピンと来ていないらしく、はてなを浮かべている。

 ……まさか、嘘だろ? 知らないのか……? この傷のことを。

 こんなにも痛々しいのに……何故……? つけられた時の記憶が無いとでも……いや、それにしても…………………


 もしや、単に慣れているだけではなく痛覚が鈍いとか……そういう……?


 そういえば、殴られても怯えるだけで痛がる様子は特に見せなかったし、泣きもしなかった。今もこうしてけろっとしている………。


「……? どうしたのぉ?」

「……いや、なんでもないよ」


 不思議そうな顔をする少女。何度見てもその瞳には、痛みや苦しみの類の色は無かった。しかしよく見ると背中だけでなく、他にも傷跡や痣、火傷跡があちこちにあって。もちろん日常的にできるようなそれではない。となると……

 いやしかし、本人が気づいていないのであれば……わざわざ伝える必要は無いんじゃないか……? 何か触れてはいけないものに触れてしまいそうで、触れたらこの子を更に傷つけることになりそうで。

 話題を変えよう。いや、そもそもういちゃんは傷の話をしていることに気付いていないのだが。


「……そういえば、こーくんと一緒に居たもう一人は誰? 君達はどういう関係?」

「おにーさんなんでしってるの~!?」

「あっ……」


 しまった…と口を抑える。話を変えようと必死になりすぎた。だめだ、明らかに動揺している。上忍らしさの欠片もないな今の俺。


「えーっと……その……うん。無理やり引き剥がす形になってしまってごめんね……」

「ううん、いいの」


 よかったのか。ということはやはり彼らは家族ではないのか。無法地帯とはいえ、あそこに住む者達も生き延びる為にある程度コミュニティを作って生活していると聞く。家族ではないということは、おそらくそのコミュニティの者……なのか? なんて考えていると、ういちゃんが静かに口を開いた。


「……ういねえ、にげてきたんだぁ」

「へ…………逃げ……!?」


 思いもよらない言葉に驚く。


「……それでね、こーくんたちについていったらね、いつかおうち……かえれるかなぁって」


 逃げる。単に何か(誰か)から、というよりは〝今生きている世界から〟といったニュアンスに聞こえたが、この口ぶりだとおそらく俺の気の所為ではないだろう。

 やはり彼女はあそこで暮らす者の中でも、特に危ない者達の元に居たのだろうか。となると、そうか、ういちゃんが懐いているように見えたこーくんとやらとはもしやコミュニティ内部の者というより、どちらかというと彼女を危険な者達から少しでも遠ざけようと手を引いて連れ回していた、とか……?

 ……まさかとは思うが、最初に会った時にはぐれていたのは、わざとか………? 俺はもしかしたら余計なことを……いや、だとしたらあの時の爆破は…………やめよう。こんなのはただの憶測でしかない。実際どうだったかなんて本人達にしかわからないのだ。


「お家は……どこに……?」

「……わからないの」


 少し困ったように笑うういちゃんの横顔は、やけに切なく見えて。


「家族は……?」


 首を横に振る。


「今は……どこで……」

「……」


 俯き、黙り込んでしまうういちゃん。やはりこれは聞いてはいけなかったようだ。


「今の居場所には……帰りたく無いのかい……?」


 その言葉にういちゃんはぴくり、と肩を震わせ、小さく頷いた。

 この反応、そうか……やはり……。あまり当たって欲しくない俺の憶測は、それ程違ってはいなかったようだ。


「お家に、帰りたいんだね……?」

「うん」

「でもわからない、と……?」

「うん。……あのね、」


 それからういちゃんは、ずっと廃村で暮らしていたこと、一緒に暮らしていた人達の様子が最近少しおかしくなったこと(おそらくここが虐待? に関係している)、〝家〟や〝家族〟という言葉をこーくんに教わったことを、拙くはあったが一生懸命話してくれた。

 聞き終わり、思わず黙り込む。この子にはおそらく本当の家族はいない。もしいたとして、そして奇跡的に見つかったとして、彼らはこの子を家族として受け入れることは無いだろう。

 ふと、一つの考えが浮かんだ。どうしてか、実行することに迷いはなかった。


「……名乗るのを忘れていたね、俺は秋月茶紺。伊賀で忍びをやっている者だ」

「さこん……しのび……!?」

「それから……一つ提案なんだけど」


 はてなを浮かべるういちゃんに、そっと手を差し出す。


「君、うちに来ないかい?」


 ぽかんとした表情で「うちに…………?」と俺の言葉を復唱する。分かりにくかったかな……と言い方を変える。


「俺と家族になろう」


 言ってから、ちょっとプロポーズみたいになってしまったな、と内心焦る俺。

 それでもういちゃんにはちゃんと伝わったようで、大きな目を更に丸くして驚いている。


「この手をとるかは君の自由だよ」


 するとういちゃんは今にも消えてしまいそうな声で「……いいの?」と言った。


「ういなんかと…………ほんとうに…………いい、の……?」

「うん、いいよ」


 少女は自分へと伸ばされた手をじっと見たあと、恐る恐る自身の手を重ねた。


「……!」


 繋がったその手を優しく引き、抱き寄せる。


「よろしくね、ういちゃん」

「……うんっ!」


 そのとき、殴られても泣かなかった少女の大きな瞳から大粒の涙が零れた。


「あれ……? ういすっごくうれしいのに……どうして……」

「嬉しい時も泣いていいんだよ」

「う、うぅ~……でも男の子はないちゃだめって……」


 涙を止めようとしてなのか、力いっぱいに目を瞑るういちゃん。思わず笑ってしまう俺。


「もぉ~! なんで笑うのさぁ~!」

「ふふっ……かわいくてつい……っ」


 あとね、やっと年相応の姿が見れたような気がして、嬉しくなったんだ。なんて思いながら、できるだけ優しく頭を撫でて、笑いかける。


「改めてよろしくね、ういちゃん」

「えへへっ、よろしくねぇ! さこん!」


 きらっきらの笑顔を向ける君は、とても眩しかった。


「……って、ん? さっき君……男の……子って………? え…………??」

「……??? そうだよぉ……?」

「……~~~っ!?!?」

「さこんにもしらないこと、あったんだねぇ! えへへっぼくは卯李! 男の子ですっ!」







「どーしたんだよ班長……ニヤニヤして……」


 気味が悪いとでも言いたげな楽の声に、意識が引き戻される。……いけない、つい卯李との出会いを振り返ってしまっていた。


「えっニヤニヤしてた!? いやぁ……卯李が可愛くてつい…」

「……はあ? なんで卯李が出てくるんだよ? 今はそれどころじゃねえっての」


 そうだ。俺達は今任務中なのである。とりあえず爆発した場所を調べようと、恐る恐る接近する。そして後からついてくる楽と恋華。……俺を盾にするんじゃない。


「……陶器の破片落ちてないし、焙烙火矢じゃなくて小型の爆弾……か?」

「お、楽にしてはよく見てるな」

「俺にしてはは余計だっての。……でも今の爆発でここまでなるか?」

「いや、これは過去に爆破された時のものだよ」

「あ、やっぱ?」

「も~……爆弾とか物騒だな~」

「「恋華が言うな!!!」」


 恋華の発言に、思わず楽とハモってしまう。この前の焙烙火矢両手に楽のこと追い掛ける姿、俺多分忘れないからな。

 ていうか、変だな。


「さっきの野うさぎ、どうなったんだ……?」

「はっ、そういえば……!」


 絶対に巻き込まれる距離にいたような気がするのだが、自力で逃げられたのか……?


「うさぎならここだよ」


 聞こえてきたそれは火鼠の誰でも無い、知らない男の声だった───────

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