カフェに向かう男
9月、大学を出て数年が経ち仕事にも慣れてきたある休日。久しぶりに昔行ったカフェに行こうと思い立ち、歩いていると向かいから女性と子どもの親子が歩いてきた。
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出会いは一年生の時、大学の教室。
ちょうどシャープペンシルの芯が切れ困っている時に隣の席から声をかけてくれたのが彼女で、それからというもの授業の前後には少しずつ世間話をするようになっていった。彼女、岸島裕子は低めの身長、短めの髪を茶色に染めて分け隔てなく元気いっぱいにしゃべるその姿から一種のマスコット的な人気を学部内で獲得していた。そんな彼女とお近づきになる機会などそうそうないと思った俺はとにかく必死だった。
毎日メールを欠かさずに連絡をいれ徐々にだが仲良くなっていき、1か月後には二人でご飯を食べに行ったりと良い雰囲気になっていた。そして3か月後には俺の告白で交際をスタートした。
「雅也ってどうしていつも笑ってるの?」
何度目かのデートの時に彼女が俺に聞いた。
「裕子と一緒に居られて幸せだなぁって思って」
そう照れながら話す俺をくすりと笑いながら聞く彼女。
「私も幸せだよ!ずっと一緒にいようね」
大学3年になると俺は徐々にではあるが就職活動の準備や公務員試験の勉強などで会える頻度が減ってしまっていた。
それでも彼女との時間を大切にしたいと思っていた俺は毎週金土日のいづれかは必ず空け彼女とのデートに充てていた。
そんな時である。
「ごめん雅也!今週ちょっと友達と旅行に行くことになってどうしても会えないんだ!来週なら大丈夫だと思うから!ほんとごめん!」
そう謝る裕子に
「いいよいいよ。楽しんできてな!俺にお土産忘れんなよ~」
笑顔で言う俺。だが内心は違った。
(やっぱりか)
実は先週、雅也は夜、アルバイト先から帰る途中で裕子がほかの男と腕を組んで歩いているのを目撃してしまった。慌てて隠れ後をつけ二人がホテルの中に入っていくのをしっかり見てしまったのだ。
何度もこれは夢なのではないかと思いスマホのカメラで写真を撮ってみたりして、後でしっかり見直したらきっと別人なのではないか、そんな甘い妄想からの所業であったが現実は残酷なもので何度見ても裕子にしか見えなかった。
次の日、彼女との待ち合わせのカフェに入りコーヒーをのみながら彼女を待つ。少し経って慌てた様子でカフェに来た裕子が俺を見つけて花の咲いたような笑顔で近づいてきた。
そんな姿をみて、裕子に問い詰めようと思った雅也だったが彼女と会うとどうしてもそのことを切り出すことが出来ない。
「なぁ、裕子、、、」
「なぁに?」
裕子はいつもの明るい笑顔で俺に笑いかけてきた。
「、、、いや何でもないよ、それよりここのケーキおいしいって有名らしいよ。」
「そうなの!じゃあ食べなきゃだね!」
無邪気に笑う裕子の姿に言い出しづらさを感じてしまう。
「あ、ちょっとお手洗いに行ってくるからケーキ注文しててくれる?」
「わかったわかった」
裕子は席を立ちトイレへと向かっていく。その時ふと見ると置いてあるカバンからスマホが見えた。雅也はいけないと思いながらもスマホを手に取る。買った当時、機械音痴の彼女のためにスマホの設定をしてあげていたのでロックは簡単に外すことができた。
スマホの履歴を確認するととある男性との連絡を頻繁しており、その男とのメッセージには様々な愛を呟くメールなどがあり最後には
『来週一緒に旅行にいけるの楽しみ!』
なんて書いてあった。
もうショックが大きすぎてどうしていいかわからなくなった雅也は戻ってきた裕子に急用が出来たからと告げ急いでカフェを出ることにした。
それから何日も経ち、週が明け裕子と会った。裕子は今週末は会えないなどと言ってきたが明らかにあの男と旅行に行くのだろう。耐え難い胸の痛みを感じながら
(今後どうするのか自分自身と向き合うのには良い時間かもしれない。)
そう考えた。
友人たちに相談しようかとも考えたが裕子の悪評を広めたくないという思いもあり、だれにも相談できない。この前来たカフェに入り込み、別れるかどうかを必死で考えたが結論は出ない。
一息つこうと冷めてしまったコーヒーをちびちびと飲んでいると一組の老夫婦が手をつないで入ってくるのが見えた。その老夫婦は本当に幸せそうに笑いあっていたのをみて、果たしてこのまま付き合って自分と裕子はあんな素敵な老夫婦になれるだろうかと考え悩む。
(やっぱりしっかりと話合わないとだめだな。)
そう強く決心してコーヒーを飲み干した。
裕子が旅行から帰ってきてすぐに話があると連絡を入れた。
前に行ったカフェで待っていると裕子はこの前と同じように急いで駆け込んできた。右手にはお土産だろう紙袋を持ちこちらに来る。
「お待たせ!待った?はい、これお土産!」
そういって手渡す土産を受け取り、決心が揺らぐ前に話を始めた
「旅行は楽しかったか?男との」
一瞬きょとんとした表情を浮かべたもののすぐにいつもの笑顔を浮かべた
「何言ってんの?女友達とだよ行ったの!」
あぁ、まだこちらが知らないと思っているのかと呆れと怒りが混ざり合い若干語気を強め言った。
「そういう嘘はいいよ。」
「嘘じゃないし!」
「知ってるからいいよ
「知ってるってなにがよ」
「男と旅行に行ったこと。もっと言えば浮気をしてること」
そういうと目を右往左往して醜い言い訳を始めた。
あの人とはほんとに何回かしか会ってないだの雅也しか愛してないだのと散々いった挙句に最後は、忙しくてあんまり構ってくれなかった雅也が悪いといい始めた。
「裕子。まず、就職活動とか公務員の試験とかで忙しくて会う時間あんまり取れなかったのはゴメン。でもそれだから浮気をしていい理由にはならないのはわかってると思う。正直腹が立っているし冷静に話をするつもりで今日来たけど怒声を浴びせそうになってるところを今必死で我慢してるんだ。なぁ結局お前はどうしたいんだよ」
ゆっくりと時間をかけ二人で話をしていった。ここで見たあの老夫婦のようにこれから二人で歩んでいけるかどうかを。
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向かいから歩いてくる親子が雅也を見つけると、その子供が走ってこちらにやってきた。
「パパ!」
「おお真奈美か?どうしているんだ?買い物に行ったはずだろ?」
「ちかくにママがむかしきたカフェがあるんだって!つかれたからきゅうけいしにいくの!おれんじじゅーすのんでいいよってママにいわれたんだよ!」
「そうか、じゃあパパはアップルジュースでも飲むかな」
真奈美の頭を撫でていると
「私はケーキを食べるからね!」
そう元気よくいう女性、裕子はいつもの明るい笑顔で雅也の手を握り、家族みんなでカフェのドアを潜っていった。