アレクシスの報告
【初回報告】
静寂の中、皇帝の執務室には紙をめくる音だけが響いていた。
ティタナス帝国皇帝――この帝国の頂点に立つ男は、手元の書類に目を走らせながら、傍らに立つアレクシスへと目を向けた。
「……で? 彼は王国でどんな様子だった?」
「視察自体は滞りなく終わりましたが……気になることが一つ」
アレクシスは報告書をめくりながら、苦笑交じりに言う。
「どうやら彼、最近女とよく狩りをしているそうです」
皇帝はその言葉を聞くと、ふっと口角を上げた。
「ほう、あやつが女に興味を持つとはな」
レオは女性関係に関心がないわけではなかったが、それを表に出すことはほとんどなかった。
むしろ、剣と政務以外には無頓着なほどだったというのに――。
「その女はどこの誰だ?」
「エミリア・フォン・クラウゼヴィッツ。辺境伯の令嬢です」
皇帝はその名を聞いて、軽く顎を撫でた。
王国の国境沿いに領地を有する名門貴族の娘、か。
「ほう……興味深いな」
【臨時報告】
「陛下、彼からの依頼です」
アレクシスがそう切り出したとき、皇帝は一瞬だけ眉を上げた。
「レオからか?」
「はい。例の女性――エミリア嬢についてです。私にアプローチしてほしいとのことでした」
クックッ、と皇帝は喉の奥で笑った。
「あやつが、女のために頼みごとをするとはな」
興味を持った女がいる、それ自体が珍しいのに、アレクシスを使って接触を図ろうとするとは。
「どんな女なのだ?」
「調査したところ、王太子の元婚約者で辺境伯令嬢。婚約破棄の理由は不明ですが、外交の場では名声が高く、内政では貧しかった領地を経済的・軍事的に立て直しています。さらに、辺境伯軍の中で剣の腕は一番とのこと」
皇帝は軽く目を細め、机の上に指を軽く置いた。
「それは……得難い女だな」
自らの領地を建て直し、剣の腕も確か。
さらに、王太子との婚約破棄――なにやら裏がありそうな経歴だ。
「だが、なぜ自分でアプローチしない?」
「それは……わかりません」
アレクシスは淡々と答えたが、その視線には興味深げな色が浮かんでいた。
「この目で彼女を直接見てきたら、またご報告します」
皇帝は微笑を浮かべながら、静かに頷いた。
「いいだろう。楽しみにしている」
【定時報告】
数日後――
皇帝は政務の合間、何気なくアレクシスへ水を向けた。
「どうだった? 女は」
「エミリアですか?」
アレクシスは少し考えるように目を伏せ、そして答えた。
「美人でした」
「お前よりか?」
からかうように言うと、アレクシスは肩を竦めた。
「もちろんです。栗毛色のカールした髪に透き通るような青い瞳、しなやかな長身が特徴で、我が国の歌劇団のトップでも違和感がない雰囲気でした」
皇帝は興味深そうに顎をなぞった。
「ほう……それで?」
「彼の依頼通り、彼女の歓心を買おうと試みましたが……」
アレクシスは僅かに肩を竦める。
「私には大きな興味がないようでした」
「ははっ」
思わず、皇帝は笑い声を上げた。
「おまえが袖にされるとはな」
アレクシスほどの男ならば、女性を惹きつけるのは容易いはず。
だが、その彼が手応えを感じなかったということは、エミリアは恋愛に対してあまり関心のないタイプか、あるいは……。
「そもそも、恋愛への関心が薄いタイプかもしれません」
「負け惜しみか?」
「……返答に困ります」
皇帝はその誠実な答えに、再び微笑した。
エミリア・フォン・クラウゼヴィッツ。
彼女の名を噛みしめながら、皇帝は呟く。
「面白そうな女だな」