婚約破棄?喜んで!
王城の広間で告げられたその言葉は、私がずっと心の奥底で待ち望んでいたものだった。
「エミリア、君との婚約を破棄する。」
目の前に座るアルフレッド王太子が、眉間にしわを寄せながらそう告げる。
──え、これは夢?お家に帰りたすぎて毎日していた祈りが通じた?
驚きのあまり口を開けて言葉を発しない私に王太子が言葉を重ねる。
「厳しい花嫁修行にも耐え、辺境の地から遥々王都へときてくれた君にはショックかもしれないが」
理由はなんだかわからないが、婚約を破棄していただけるのはどうやら現実らしい。胸の中で快哉を叫びつつ、顔には一切出さず、控えめに微笑んでみせる。
「そうですか。それはとても...残念ですが承知しました」
そう言って、私は丁寧に一礼した。
「えっ……?」
驚いたようなアルフレッド様の声が耳に入るが、そんなことは知ったことではない。むしろ、心の中ではすでに祝杯を挙げる準備が整っていた。
婚約者として王城に迎えられてからの日々は、まるで地獄だった。
王妃様である義母からは「辺境の娘のくせに、もっと謙虚になりなさい」と嫌味を言われ、義妹ルミナからは「そんな粗末なドレスしか持っていないの?」と冷笑される。
それどころか、彼女たちの嫌がらせは日に日にエスカレートし、食事の席ではわざと私のドレスにワインをこぼされることも一度や二度ではなかった。おかげで身に付いた反射神経と身体能力は自慢できるものになったけれど、精神的な負担は計り知れない。
そんな私にとどめを刺すかのように、アルフレッド様はいつも義母や義妹の味方をしていた。私が何か抗議しようものなら、彼はこう言うのだ。
「母上の言葉はいつも正しい。君もその意図を理解すべきだ。」
そして今日、ついにその彼が婚約破棄を告げてきた。
「エミリア……怒らないのか?」
困惑した様子のアルフレッド様が私の顔を伺うように言う。
「いいえ、怒るなんてとんでもありません。むしろ感謝しています。未熟な私など、アルフレッド様の隣にはふさわしくありませんでしたから。」
私は心の中で、「むしろお断りしたいぐらいでした」と付け加えつつも、上品に頭を下げる。
「そ、そうか……いや、君がそう言うなら……」
アルフレッド様は、まだ何か言いたそうだったが、そんなことはどうでもいい。
部屋を出た瞬間、私は心の中で叫んだ。
──やっと帰れる!愛する家族と、自由な生活が待っている辺境へ!
王都での生活は、確かに裕福だった。だが、お金や名声だけでは幸福は得られない。貧しくとも愛に満ちた家族との日々こそが、私にとっての幸せだったのだ。
広間の外では、新たにアルフレッド様の婚約者として選ばれたクレハが勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。
「まあまあ、エミリアさん。ご苦労様でしたわね。でも、これからは私がアルフレッド様を支える番ですもの。」
嫌味たっぷりのその言葉にも、私は何の感情も湧かなかった。ただ微笑んで一言。
「おめでとうございます。どうぞ、お幸せに。」
──第二の人生、楽しませていただきます!
その日、私は王都に別れを告げ、新たな未来に向かって一歩を踏み出した。