厄介ごとの行方
レオの正体を探りに帝国へ行く前に、
「厄介ごと(王妃、王太子)を片付けて行かないとだわ。」
エミリアは一人呟いた。
彼らの滞在の目的がなんであれ、名目は「辺境の視察」。
そうであればエミリアが辺境伯代理の地位を父に返上すれば、父が彼らの相手をしてコトは解決だが。
「父上に、彼らの相手は荷が重いような気もするわ...」
それがエミリアの心配だった。
「せっかく回復してきた領地運営の方向性を誰かに継続してもらいたいわね」
エミリアは辺境伯邸の自室をぐるぐる回る。
そう、何度考えてももう答えは出ているのだ。
ため息をつくとつぶやいた。
「仕方ないわね。今まで見ないようにしてた別邸に行くしかないわ。」
★★
辺境伯邸の大半のものが通常足を踏み入れない、別邸。三代前の領主が使っていた過去の館だった。
しかし、現在もまだそこには主人がいるのだった。
「姉さん、久しぶり」
そう言って、静かに微笑む少年がいた。
黒く艶やかな髪は綺麗に切り揃えられ、翡翠のような瞳が細められる。その端正な顔立ちにはどこか冷ややかな雰囲気が漂っていたが、エミリアに向けられる視線だけは、どこまでも甘く、熱を帯びていた。
「久しぶりね、フィリップ」
エミリアが呼びかけると、少年――フィリップはすっと彼女の手を取る。手の甲に口づけを落としながら、囁くように言った。
「どうして今まで僕に会いに来てくれなかったの?」
「忙しかったのよ、いろいろとね」
彼、フィリップはエミリアの弟だ。彼は幼い頃から、特異的な子だった。習ってもないのに読み書きをし、大人を論破し、それだけなら神童として祝福されただろう。しかし、彼は、人に対して極めて冷酷だったのだ。
「そっか、姉さんはいつも忙しいものね。でも、今日は僕のために時間をくれるんでしょう?」
でも、例外がいた。エミリアだ。フィリップはなぜだか、エミリアにだけは人間を相手にするような、いやそれ以上の対応をするのだった。
「ええ、ちょっと頼みがあるの」
フィリップは眉をひそめた。
「姉さん、久しぶりに会いに来てくれたと思ったら、まさか僕に厄介事を押しつけようとしてる?」
「まあ、そういうことね」
「……姉さんの頼みなら聞くけど、僕に何をさせようとしてるの?」
「王妃と王太子の対応をお願いしたいの。しばらく私がここを空けることになるから、その間の領地の管理も頼めるかしら」
フィリップは露骨に嫌そうな顔をした。
「姉さん、本気で言ってる? あの鬱陶しい連中の相手なんて、僕にとっては拷問に等しいんだけど」
「もちろん報酬は出すわよ」
「……報酬?」
フィリップの翡翠色の瞳がキラリと光る。
これが、エミリアが弟に会いに来なかった理由だ。
彼はエミリア相手だからと言って、タダでは動いてくれないのだから。
「そうね、何がいいかしら」
エミリアが考え込むと、フィリップは口元に笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼女に顔を近づける。そして、甘えるような声音で囁いた。
「姉さんが僕の膝枕をしてくれて、頭を撫でてくれるなら、やってあげてもいいよ」
エミリアは一瞬、躊躇したが、予想よりも可愛いお願いに、彼がこの領地を守ってくれるなら安いものだと考え、頷いた。
「いいわ、それで手を打ちましょう」
すると、フィリップは一転して満面の笑みを浮かべた。
「ふふ、姉さん、やっぱり優しいね。じゃあ、しっかり僕を甘やかしてもらうからね」
そうしてフィリップは機嫌よく、辺境伯代理の役目を引き受けることになった。
エミリアはそんな彼を見ながら、(こうしていると可愛い弟なんだけど……)と、内心苦笑いするのだった。




