レオとの狩り
「――やるじゃない」
エミリアは小さく笑いながら、素早く短剣を構えた。
「お前もな」
レオが淡々と返す。
二人は、深い森の中で狩りをしていた。久しぶりに並んで獲物を追う感覚が心地よくて仕方がない。息を合わせるのに言葉は不要だった。
レオがわずかに剣を傾ける。その意図を即座に読み取り、エミリアは反対方向へ回り込む。
獲物の魔獣が逃げる。その進路を読むまでもなく、レオがすでに剣を振るう気配を感じた。エミリアも同時に短剣を投げる。
斬撃と短剣がほぼ同時に獲物を仕留めた。
エミリアは笑みを浮かべる。
「相変わらず息がぴったりね」
「まあな」
レオが淡々と答えるが、その目にはうっすらとした満足感があった。
これほどの相性の良さを感じる相手は、後にも先にもレオしかいないだろう。戦場でさえ、この信頼感を持てる相手はそういない。
「楽しいわね」
「……ああ」
久しぶりに心から楽しめる狩りだった。
★★
狩りを終え、休憩を取っていた時のことだった。
「エミリア」
「ん?」
レオが不意に彼女を呼び、懐から小さな袋を取り出した。
「お前に渡したいものがある」
袋の中には、黒曜石のような漆黒の石を埋め込んだ細工の美しい指輪が入っていた。
「これは?」
「俺の持ち物のひとつだ。特別な意味はないが、身につけておけば帝国の一部の者には“俺の関係者”とわかる」
「……つまり、身の安全のために?」
「ま、そんなところだ」
レオは肩をすくめる。
エミリアは指輪を見つめた。レオがこうして何かを渡すなんて珍しい。
「わかった。じゃあ、大事にするわ」
指輪は少しサイズが大きかったため、エミリアは首にかけた革紐に通してペンダントにした。
「……似合ってるな」
レオがぽつりと呟く。
エミリアは驚いて彼の顔を見たが、彼はそっぽを向いていた。
「レオ、私からも贈り物があるの」
エミリアは懐から小さな包みを取り出した。
「剣の研ぎ石よ。次に会ったら渡そうと思ってたの」
レオはしばらくそれを見つめ、そして無言で受け取ると、手のひらの上で転がした。
「……悪くない」
それだけ呟く彼を見て、エミリアはくすりと笑った。
「気に入ったならよかったわ」
しばらくの沈黙の後、レオが口を開いた。
「俺はしばらく帝国での仕事がある。お前も好きにすればいい」
また、レオと長く会えなくなる。そんか予感がした。前回はこんな予告もなく、狩りにひと月表れなかった。今回はきっと、それ以上なのだろう。
そもそも、レオもエミリアも共に狩をすることを約束したことは一度もなかった。
「ええ、そうするわ」
レオが去った後、エミリアは決意を固めた。
(レオの正体を、私は知る必要がある)
彼の動きがどうにも気になった。王国に突然現れ、しばらく滞在し、そして今また帝国へ戻る。アレクシスも同じく王国に留まり、何かを探るような動きを見せていた。
(レオはただの冒険者じゃない。彼は帝国の重要人物のはず……)
エミリアは、ついに帝国へ向かうことを決意する。
彼の正体を知るために、そして――彼の心を勝ち取るために。