臣下の務め?
「……まさか、こんな田舎の地まで再びいらっしゃるは思いませんでした。」
エミリアは来訪者を迎える応接室でこっそりため息をついた。王太子アルベルトと王妃が「領地視察」という名目で再び辺境を訪れてきたのだ。婚約の話はすでにやんわりと断ったはずなのに、二人は滞在を続ける気満々の様子だった。
「視察といっても、簡単なもので構いませんよ。貴女の領地がどれほど整備されているのかを確認しておきたいだけですから。」
そう言う王妃は、視察という名の滞在を正当化するための言葉を紡ぐが、その本音は明らかに違う。エミリアを自分たちの元に引き戻すため、なんとか揺さぶりをかけようとしているのだ。
「もちろん、私たちがここにいる間、貴女には日々の仕事を任せますよ。領主としての役目を果たす姿を、しっかり見させていただきます。」
王妃はまるで教師が生徒を監視するかのような口調で告げた。
エミリアは心中で
「私はあなたの教え子でも、義理の娘でもないんですが」と毒づいたが、表情には出さなかった。
「すでに婚約は解消されているのに、なぜここまで干渉されなければならないのか……」と思いつつも、表面上は冷静を装う。
数日後、二人の居座りがもたらす弊害が次々と明らかになった。
「エミリアさん、いくら田舎とはいえ、応接室や客室がお粗末すぎますわ。辺境伯とはいえ、貴族の末席なのですからきちんと豪華なものを作った方がよろしいのでは?もちろん私がチェックして差し上げますわよ。」
王妃は滞在初日に自身の泊まる客室のグレードアップ(しかも立て直しレベル)をリクエストするところから始めた。
「うちには滅多に来客がいらっしゃらないので...」
「私が訪れたからには王妃滞在の地になるのだから、きちんとしないと。」
「.......」
エミリアは驚異の身体能力で、建築家と協力して客間、客室を改修した。
もちろんそれだけでは終わらない。
「エミリアさん、この書類はまだ確認していないのですか?」
エミリアが日々の業務をこなしている間、王妃が突然押し掛けてきた。手には領地の経理に関する分厚い書類が抱えられている。
「これ、きちんと納税しているか確認するために、辺境の領主として当然目を通すべきですよね?それとも、臣下の務めすら怠るつもりかしら?」
あからさまな嫌味に、エミリアは内心でため息をついたが、王妃に冷静に返した。
「既に部下たちが目を通し、必要な対処をしています。このような細部に関しては、私の判断を仰ぐ必要がないことも多いのです。」
しかし、王妃は満足せず、
「そんな曖昧な言い訳では、王都のような規模の統治は務まりませんわね。」と冷たく笑った。
(王都を治める予定はありませんが...)と思いながら、エミリアは黙って驚異の動体視力と処理能力で書類を次々と確認した。
王妃だけではなく、アルベルトもまた厄介な存在だった。
「エミリア、僕も手伝おうと思って、住民から新しいリクエストを引き受けてきたんだけど、この辺りの事情には詳しくないんだ。だから、君がしっかりやってくれると助かるよ。」
そう言ってアルベルトは不要不急の新たな仕事を作って押し付けてくるだけでなく、食事の席ではどこか上から目線で
「やっぱり君はこういう仕事が得意なんだね。でも統治者の仕事は適切な人に適切な仕事を振ることだよ。僕みたいにね。」
と褒め言葉のようでそうでない発言を繰り返す。
さらに、王妃は食事の内容にまで口を出してくる。「こんな料理、王都ではいただかないわね。エミリアさん、もう少し考えてくださらない?」
エミリアの忍耐が試される日々が続いた。
ある日の夜、エミリアは書類を片付けながら、独り言のように呟いた。「視察といいつつ、ただの嫌がらせじゃない……婚約を解消したはずなのに、どうしてここまでされなくちゃいけないの?」
王妃と王太子の滞在が長引くにつれ、砦の空気はどんどん重くなっていく。部下たちもどこかストレスを感じているようで、エミリアは彼らの負担を少しでも減らそうと心を砕いたが、自身の疲労も隠し切れなくなってきていた。
そんなある日、狩りの途中のエミリアにアレクシスが尋ねた。
「最近、少し疲れているようですね。」
「……バレていますか。」
エミリアは苦笑いを浮かべた。
「少し、領内で厄介ごとがありまして。」
本当は、「王妃と王太子が視察と言って、滞在を続けているんです。しかも、視察というより、私に仕事を押し付ける口実にしか見えません。」と言いたいが、他国のものに王家の所在を知らせるのは良くないとエミリアはやんわりと誤魔化す。
「街はいつもと変わらない気がしますから、大変な来客でもあったのでしょうか。」
「...グルメな方のもてなしに苦労してるだけですよ。」
アレクシスは「元気を出してください」と言いながら、さらっと花をエミリアの髪に挿した。
驚いて黙ったままのエミリアに、傾国の美女もびっくりの美しい微笑みを浮かべながら、
「エミリアさんにはマリの花が似合うと思っていたんです。それに近々きっと、いいこともありますよ。」
そう続け、一礼して帰っていた。




