家族想い?な王太子
エミリアが宮廷での生活を始めて数ヶ月の頃。辺境伯の家を出てからというもの、豪奢な王都での暮らしはどこか息苦しく、彼女をじわじわと追い詰めていた。
義母と義妹によるいびりは日常茶飯事だが、彼女を最も失望させたのは婚約者である王太子アルフレッドの態度だった。
「君が心細い時は、僕が味方だから」
宮廷入りが決まった日、エミリアは王都へ向かう馬車の中で、アルフレッドから直接声をかけられていた。
「辺境から王都に来るのは、大変なことだよね。」
馬車の中、アルフレッドは優しい表情で彼女に話しかけた。
「王都には知り合いも少なくて、最初は心細いかもしれない。でも、僕が味方だから安心してほしい。」
その言葉にエミリアは、どれだけ救われたことか。見ず知らずの世界で一人戦わなければならないという不安が、少しだけ軽くなったように思えた。彼の穏やかな微笑みは、彼女にとって支えになると信じていた。
だが、その期待は早々に裏切られることとなる。
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ある日のこと。義母と義妹がエミリアを責め立てていた。
「エミリアさん、この刺繍、ひどい仕上がりじゃないの。まさかこれで王家の名を背負うつもり?」
義母が差し出した刺繍布は、エミリアが何日もかけて仕上げたものだった。それでも義母はまるで欠陥品を見るかのような表情で、エミリアを見下ろしている。
「申し訳ありません、お義母様。もう少し練習を積みます。」
エミリアは丁寧に頭を下げたが、その後ろで義妹のルミナが意地悪く笑っているのが見えた。
「まあ、ルミナはこんな失敗は一度もしたことがないわね。ねえ、ルミナ。」
「お母様、それは貴族令嬢として当然の嗜みですわ。」
義母と義妹の間に流れる和やかな空気を見て、エミリアの胸には苛立ちが募った。
その場にアルフレッドが現れた時、彼女はついに救われると思った。
「アルフレッド様、エミリアさんの刺繍があまりにも粗雑なので注意しておりましたの。」
義母の告げ口に、エミリアは何とか反論しようとした。
「アルフレッド様、私はできる限り努力しました。ただ……」
その言葉を聞く前に、アルフレッドは穏やかに微笑みながら言った。
「母上の指摘は正しいね、エミリア。刺繍は妃としての大切な技術だから、しっかり学ぶべきだよ。母上の指導を大切にしてほしい。」
その瞬間、エミリアの心にあったわずかな期待は粉々に砕けた。
アルフレッドは義母の隣に腰を下ろし、
「母上の教えは素晴らしいんだ。僕が幼い頃に聞いた昔話も、いつも母上が一番わかりやすく話してくれてね。」
と嬉しそうに話し始めた。
義母は満足げに微笑み、
「アルフレッド、あなたは昔から素直な子だったわね。」
と優しく応じる。そのやり取りを見つめながら、エミリアは何も言えなくなった。
エミリアはふと、自分が育った辺境の生活を思い出した。たとえ貧しくても、そこには愛する家族との笑顔があった。狩りや農作業で忙しい毎日だったが、家族と共に過ごす時間は何よりも幸せだった。
「お金なんかなくても、家族と一緒なら幸せだったのに……。」
そう思うと、王宮の豪華な生活が急に虚しく感じられた。どんなに美しいドレスを着ても、どんなに広い部屋に住んでも、孤独と辛さがそれを上回ってしまう。
「僕が味方だから」
アルフレッドの言葉を思い出して、エミリアは小さく苦笑した。
「味方どころか、あの人はただのお義母様の取り巻きじゃない……。」
彼女の心には、辺境の自然と家族の笑顔が焼き付いて離れなかった。どれほど貧しくても、愛する人々と一緒に過ごす時間が、何にも代えがたい幸せだったことを痛感していた。