共和国とのパーティー
王都から辺境へ帰ったエミリアが、日々の業務を終え、ようやく落ち着いた夕食を取ろうとしていたその時、一通の手紙が届いた。差出人は王家だ。
「婚約者としてではなく、一国の英雄として、共和国の歓迎パーティーに出席してほしい。」
一読してエミリアは眉をひそめた。王家からの依頼はいつも一方的だ。そして、参加すればどのような意図で利用されるか分からない。だが、彼女の脳裏には懇意にしている宰相と共和国の議長の顔が浮かんだ。彼らとは王都にいた頃に培った信頼関係があり、彼らの期待を裏切るわけにはいかないと考えた。
「行くしかないか……」
エミリアは溜息をつきつつも覚悟を決めた。
★★
また、レオとの狩の日がやってきた。王都でのレオの意味深な発言以来、エミリアはレオが隣に来ると、百発百中だった弓が、なぜか10回に1度は外れるようになっていた。
最近、内政に追われていて腕が鈍ったのだろうか、そんな考えが浮かぶ。
一方のレオは以前と全く変わらない飄々とした態度で、今日もたわいもない会話を繰り広げていた。
「最近、薬草図鑑の編纂を始めたそうだな。」
「辺境の豊かな自然を研究してる学者肌な修道僧がいたから、研究の支援をすることにしたの。相変わらず耳が早いわね。」
「共和国の薬草のような特産品が発掘されるか、楽しみだな。」
レオの共和国、という単語にエミリアはふと、王家からの手紙について思い出した。
「そういえば、また王家から呼び出しの手紙がきて、今度は共和国との外交パーティーに出席することになるかもしれないわ。」
話を聞いたレオは険しい表情を浮かべる。
「また、あの王太子やその家族が無茶な要求をしてこないか心配だ。手を打っておく。」
エミリアが詳細を尋ねる前に、レオは用事があると狩を中断して行ってしまった。
★★
そして時はたち、共和国議長の歓迎パーティーの日。
パーティー会場に到着すると、煌びやかな装飾と華やかな雰囲気が広がっていた。共和国の要人や各国の使節団が一堂に会し、外交のための舞台が整っている。
その中で、共和国の議長がエミリアを見つけるや否や駆け寄ってきた。
「エミリア嬢!よく来てくれた。無事でいてくれて本当に安心したよ!」
議長の厚い手が彼女の肩に置かれる。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。けれど――」
エミリアは共和国語で微笑みながら続けた。
「籠の鳥が羽を取り戻しただけですわ。」
共和国の寓話を引用した言葉に、議長は一瞬目を見開き、それから満足げに頷いた。
だが、その平穏も長くは続かない。エミリアと議長の間に割り込むようにして、王太子アルベルトが現れたのだ。
「議長殿、我々の間に何の問題もありませんよ。エミリアとは……元通りの関係を取り戻しましたからね。」
アルベルトの発言に、エミリアの眉がわずかに動く。彼女の表情は崩れなかったが、周囲の空気には微妙な緊張感が走る。アルベルトの言葉は他国の要人への体裁を意識してのものだろうが、それを否定すれば、王家の立場が悪くなるのは確実だった。
エミリアが、どうしようか考えを巡らせたその時、王都の使者が会場に駆け込んできた。
「帝国の近衛師長から連絡がありました。突然ではございますが、私用で王都にきていて、パーティーへの参加を希望する、とのことです。」
その言葉に、アルベルトの顔が青ざめた。近衛師長とは帝国の軍のトップであり、外交の場で出席するのは異例中の異例だ。その近衛師長がわざわざ来るということは、以前聞いた、エミリアに求婚している帝国の高官が、近衛師長の関係者、もしくは本人の可能性すらあるからだ。
「そ、そんな……帝国の近衛師長が?」
アルベルトは動揺しながら、エミリアに視線を向けた。
その時、議長が静かに口を開いた。
「それだけ彼女の存在が注目されているということだ。我が国でも彼女の功績は大きく語り継がれているよ。」
追い詰められたアルベルトは、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「いや、よりを戻すというのは……僕の個人的な希望でしてね。ちょっとした冗談ですよ、もちろん。」
その言葉に場の空気が少し和らぎ、アルベルトは
「急な来客の歓迎の準備をせなばな。」
とその場から逃げるように去っていった。
エミリアは呆れたように肩をすくめ、議長に向き直った。
「お騒がせしました。」
「いや、こちらこそ面白いものを見せてもらった。」
議長は笑いながらそう答えた。