王都での噂
王太子と王妃に毅然とした態度で臨んだエミリアとレオが謁見の間を去ったあと、城内では貴族たちの間で噂が広まり始めた。
「エミリア嬢が帝国の要人に求婚されているって本当なのか?」
「どうやら辺境で英雄と呼ばれるほどの功績を残したらしい。そんな人物を失うなんて、王太子は一体何をしているんだ?」
噂話は瞬く間に城を飛び出し、王都中に広まった。かつて「ただの婚約破棄された娘」として見下されていたエミリアの名前が、今や「王国の損失」として語られるようになったのだ。
★★
エミリアとレオは城を出ると、かつて慣れ親しんだ王都の街を歩いていた。
しかし、どこか懐かしさを感じる一方で、エミリアの表情はどこか冷めている。
「彼らはなぜ、突然よりを戻して欲しいとお願いしてきたのかしら。新しい婚約者の蒸発だけが理由だったとは思えないわ。」
エミリアの眉が少し険しくなる。レオも頷いて口を開いた。
「確かに。俺が見た限り、彼らはどうにかして君を取り戻したい一心だったようだ。でも、君がいない間に彼らがやってきた失敗を埋め合わせることは、きっとできないだろう。」
「婚約者時代にもっと重宝していただきたかったわ。」
エミリアはため息をつき、足を止めた。
そのとき、王都の兵士がエミリアを呼び止めた。
「エミリア様ですか?こちらを。」
差し出された手紙を見ると、婚約者時代にエミリアを評価してくれていた、宰相からのものだった。
彼女は一瞬、躊躇したが封を開けた。そこには、王家の密かな事情が記されていた。
「最近、隣国との関係が悪化している……?」
エミリアは読み進めながら、眉間にしわを寄せた。どうやら、隣国との交渉の場で、エミリアの評判が鍵となる可能性があるというのだ。
「なるほど、彼らは私の力を使おうとしているのね。」
エミリアは小さく笑みを浮かべるが、その目は冷静だった。
「どうする?」
レオが軽く声をかける。
「その交渉の場に出るかはわからないけど、もう少し様子を見ましょう。もしかしたら、彼らが本当に困っているなら、それを利用できるかもしれない。」
レオは少し考え込むようにしてから、口を開いた。
「エミリア、君は自分の価値を彼らに教えるために、わざわざ苦労する必要はない。君はもう、彼らの支配下にいる人間じゃない。」
「わかっているわ。でも、これをどう使うかは私次第でしょ。」
エミリアは微笑みを浮かべたが、その眼差しには強い意志が宿っていた。
エミリアは手紙を懐にしまい、レオとともに王都の通りを歩き続けた。
彼女の頭の中には、隣国との交渉に自分がどのように関わるべきか、そしてそれが辺境の領地や住民たちにどんな影響を与えるのかが渦巻いていた。
「王都に来た目的がこれなら、滞在は短くて済みそうね。」
「まあ、辺境の狩り生活に戻れるなら、それはそれで俺にとっても助かるが。」
レオは軽く笑いながら答えた。