王太子のお願い
エミリアとレオは、王都の派手な門をくぐり抜け、城内へと足を踏み入れた。久しぶりの王城は、以前と変わらない華やかさを誇っているものの、どこか疲れた雰囲気が漂っていた。呼び出し理由がわからないままエミリアは、謁見の間へと進む。
中では、王太子アルベルトとその母である王妃が待っていた。エミリアの姿を認めた途端、王妃は目を細め、いかにも偉そうな態度で口を開く。
「まあ、エミリア。戻ってきてくれてよかったわ。ここ数ヶ月、あなたがいなくなってから、何もかもが崩れてしまったのよ。」
エミリアは眉をひそめながら、王妃の言葉を待った。
「まず、庭園は見るも無残な姿よ。あなたが管理していた頃は、花々が咲き乱れ、訪問者たちを魅了していたのに、今では雑草だらけ。誰も満足に手入れできないわ。」
王妃は息をつき、さらに言葉を重ねた。
「それだけじゃないわ。他国の高官が社交の場であなたを探して騒ぎ立てたせいで、我が国の威厳は大きく揺らいだの。『あの才知あふれるエミリア嬢はいないのか』と、何度も言われて恥をかいたわ。」
アルベルトも申し訳なさそうに付け加える。
「食事も散々だよ。鮮度が落ちているのか味付けが悪いのか、宮廷料理が評判を落としている。エミリアがいたときは、こんなことなかったのに……。」
王妃はさらに声を強める。
「他にも、あなたが統率していた王都の治安部隊が弱体化して、犯罪が急増しているの。結局、あなたがいないと何も機能しないのよ。だから仕方なく、あなたを戻してあげると言っているの。」
エミリアは無言でその言葉を聞きながら、唇を引き結ぶ。彼らの上から目線の物言いに内心呆れつつも、穏やかな表情を保っていた。しかし、その目には確固たる意思が宿っている。
「そうですか。ですが、私は辺境での生活に満足しています。それに、王太子様にはすでに新しい婚約者がいらっしゃるではありませんか。」
その毅然とした返答に、王妃は顔を歪め、アルベルトは焦ったように言い返す。
「クレハはその、花嫁修行に疲れて婚約者の座を辞退してしまったんだ。それに、エミリア、僕は君を……、その、失ったことを後悔しているんだ。どうかもう一度、僕のそばに――」
まあ、あの厳しい花嫁修行、もとい、いじめを辛いと思うのは私だけじゃなかったのね、と思いながら、エミリアは腐っても王族の頼みをどう断ればいいのか考えあぐねていた。
そのとき、黙って様子を見ていたレオが静かに一歩前に出た。
「失礼ながら、それは難しいかと存じます。」
その落ち着いた声に、王妃もアルベルトも動きを止めた。
「エミリア様はすでに帝国の、とても高いご身分の方から求婚を受けていらっしゃる。辺境を発展させた手腕が評価されてのことです。いまさら戻っていただくなど、到底ご期待に添える状況ではありません。」
その発言に、王妃とアルベルトは唖然とした。王国と帝国では国力が天と地ほど違うため、いかに王太子といえど、エミリアに無理強いをすることは難しくなる。エミリアは驚きつつも、その言葉の意味を察し、わずかに微笑んだ。
謁見の間を出た後、エミリアはレオを見上げて問いかけた。
「ねえ、あの話は本当?」
「さて、どうだろうね。」
レオは笑みを浮かべながら軽く肩をすくめた。
「ただ、彼らの態度に腹が立ったのは確かだ。君はもっと自由に、自分の道を歩くべきだと思うよ。」
その言葉に、エミリアは心の奥で感謝しながら、そっと礼をした。
「ありがとう、レオ。」