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六話 悲報。お嬢様、クソ虫と化す

「お前達はっ! この世で最も価値のない存在っ! つまりはクソ虫だっ!! それ! 自分はクソ虫だと言えっ!」


 教官は叫んだ。炎天下。帝都より二十キロ離れにある山際の訓練場。その広大なグラウンドへと整列した訓練生へ、だ。


「「自分はクソ虫ですっ!!」」


 それに応えるべく、三十数名の訓練生は喉が張り裂けそうな程の声で、叫び返す。


「わ、わたくしは、クソ虫? でありますわ!」


 しかし、先ほど合流したソフィアはタイミングも言葉もやや違う。そのせいか、教官はずしりずしりとソフィアの目の前に歩いてきた。


「……貴様ぁ。名前はなんだっ!」

「ソ、ソフィア・ガーデンでありますわ!」

「いや違うっ! お前は今日から三ヶ月間は、クソ虫だ!」


 筋骨隆々とした女性とは思えぬ鍛え抜かれた体躯。腕は、ソフィアと比べたならば、枝と丸太のように違う。


「え、えぇ……」

「そら! 答えろっ! 貴様は何者かっ!」

「わたくしはっ! 世界三代貴族が一人娘……」

「ふんぬっ!」


 途端に、鋭い右手アッパーがソフィアを襲う。


「ぐっふぁぁ!?」


 ソフィアの視界は、あまりの衝撃にスローモーションを刻み始め、ゆるりと視界は空を向く。


「ああ……空が、綺麗……」


 何故だか、そんな言葉を最後にソフィアは意識を失った。


***


 それは三日前。ジークとの会談を終えた日の晩。

泊まるところのなかった二人に一旦の住居として招かれた家。ガーデン家の屋敷と比べれば、あまりにも些細ではあるが、十分に立派な屋敷だ。

ラントに案内されるがまま、寝室、トイレ、湯浴み場と連れ回され、最終的に、居間の四人掛けテーブルに腰を下ろした。


「この家は一応、名義上俺の家だが、どうせ俺は基本、基地の方に出張ってるから、倉庫同然でな。だから、二人さえ良ければ、この家を好きに使ってくれ」

「何から何まで……申し訳ございません」


 アリアンナがぺこりと頭を下げた。


「ま、気にしないでくれ。俺がこっちに来た時はそりゃ酷い序盤だったからなぁ、これくらいしたって罰は当たんねぇだろうさ」


 とほほ、と遠い目をしたラント。果たして、何があったのだろうか。ソフィアは少し気になった。


「あ、お嬢。戦うってなら、訓練が必要だと思うぞ?」

「へ?」


 訓練。騎士団が定期的にやっていたやつだ。走ったり、重いものを持ったりするやつ。


「あと、その服も戦地じゃ着れない。目立ちすぎる」

「はっ!」


 確かに! とソフィアは口を開き、驚嘆を表す。


「髪型は……うん。まあ。そこはどうしようもないな。切ろうが切りまいか、多分変わらんだろ」


『──流石は、私のラント君。その点は安心するといい。現在、この国の脅威は《福音》と《写本》。あれら相手ならば、髪の色程度で生存率は上下しないだろうさ』


 何処からともなく、声が聞こえる。


「……お、おう。いたのかアガーテ」

『いつだって、君だけを見ているよ? だからそろそろ籍を入れないかい?』

「ノーセンキュー」

「《福音》……あの天使、ですね」

 

 言って、アリアンナは奥歯を強く噛み締めた。


「ええーと質問してもよろしくて?」

『僕にかな? いいよ、ソファー。なんでも聞きたまえ』

「わたくしはソフィアですわっ!」

『あー、ごめんごめん。質問って?』

「むぅ。……ふと思ったのですけれど、他の《魔女》の方々はどこで何をしていますの?」

『それを語るには、まず世界情勢を語らなければいけないね、よっと』


 もぞもぞと古書が動き始める。


「なっ!?」


 古書はアリアンナの荷物からテーブルの上へと飛び出すと、一人でにぱらぱらとページが捲れ始めた。

 開かれた白紙の開きは、一本の線が綴られてゆく。


「器用なもんだ」

『ふふ、惚れ直したかな? 僕は万能だからね。世界地図くらい目を閉じていても書けるのさ。では、話すとしようか』


 アガーテが語り始めたのは、三つの国とそれぞれが相対する《魔女》の位置。

 

『列強は三つ。まずは、この国だ。大陸の下部中央に陣取っている【ミールランネ】。鉄と鋼の国』


 映し出された大陸の中央が淡く光る。


『軍事力は列強の中で最も強い。武器の製造、兵器の開発の点においても他国を圧倒する。がしかし、食料の自給自足率が低く、隣国に頼り切り。まあ、謂わば、戦いしか頭にない脳筋国家ってとこだね』

「あー、耳が痛い話だ」

『ふふ。そうだろうね。さて、相対している魔女は二名。ご存知の通り、《福音》と《写本》だ。戦況はやや停滞気味。ま、ラント君のおかげかな』

「そりゃどうも」


 光が消える。そして、次に、隣一帯が光った。


『そして、次。ここ。イーストリース連合領域と呼ばれる国家だ。特徴は……そうだな、他の列強に比べて、切り立った山々が多く、鉱脈が多々ある。山々からは石炭が取れ、鉄、金、その他様々な鉱物資源が豊富な国家。資源大国だね』

「つまりは、この国の武具の多くを作るために必要な国家というわけですね」

『そんなところだ、メイド。相対するは、《経典》と《手稿》。戦況は圧倒的に不利、正直いつ滅んでもおかしくない』

「あわわわっ」


 それでは、あまり時間が……。


『酷いことを言うようだけれど、気にしても無駄だ。今、この国が紙屑ほどの戦力を他国に向かわせたとして、何も変わらない。なんなら共倒れになる可能性が高い』

「でもっ!」


 まるで、人を人とも思わないその言葉に、ソフィアは反論しようと口を開けるも。


「お嬢。どうにか堪えてくれ。アガーテの言っていることは、正しい。現に俺たちは、連合領域に武器や兵器の輸出はしてるが、人的補強はしてやれないんだ」


 アガーテとは真逆、苦虫を噛み潰したようにラントが言った。

 現状に、納得出来ていないのは、皆同じようだった。


「後の一つは、どんな国ですの?」

「ん、あー……自然豊かな国だよ。うん。すまないけど、解説するのに飽きてしまったからまた今度説明する。どうせ、今言ったところで、意味もないしね」

「アガーテ様?」

『うーん。眠い。今日は疲れた。それじゃあ、おやすみー』

「え、アガーテ様っ!?」

「起きねぇよ、アガーテは一度寝たら少なくとも五時間は……そんでなんだけどな?」


 ラントはぼりぼりと首の辺りを指で少しばかり掻く。言いにくい、そんな感じで。


「──お嬢、うちの部隊に来る予定の新兵どもと訓練を受けてもらえるか?」


***


「……はっ!?」


 目が覚める。頭上には赤く滲む雲と太陽。


「あ、あら……わたくしは……っ! 痛っ! 顎が猛烈に痛いですのっ!」

「ようやく起きたか、クソ虫。早く立て。そして、走れ」

「は、はい?」


 教官はふんと鼻を鳴らして、グラウンドを指差した。


「貴様が目覚めるまでの間、奴らは走り続けている」

「なっ、なんと」


 日の進み方を見るに……少なくとも三時間は経っている。ような気がする。


「なぜ! そんな酷いことをするのですかっ!」

「なぜ? お前は《魔女》に大切な人を奪われても、そう尋ねるつもりか?」

「……それ、は」


 理不尽だ。それとこれとは話が……。


「話が違う、そんなのは理不尽で無意味だ。そんなところか?」

「っ!?」

「分かるとも、貴様ら新兵の考えることはな」

「……はい」


 教官は既に、見抜いているらしい。その目が何よりもそれを語っていた。

 気持ちを理解はできると。


「ソフィア・ガーデン。貴様が異世界人であり、この世界に来て、まだ日が浅いとも、ラントのバカに聞いている」

「……その通りですわ」

「ならば、貴様は人の数倍、数十倍の努力が必要だ。違うか?」


 ソフィアは頷いた。銃の扱いなぞ、聞いたことはない。体力はきっと他の者には遠く及ばないだろうし、身体能力なんて持っての他。


「教官様、申し訳ございませんわ」

「……今日は初日だ。多めに見てやる。さ、分かったら走れ。クソ虫はクソ虫なりに蝶を目指せ」

「はい! ですわ!」


 ソフィアは走り出したのだった。目的はない、けれどただひたすらに、走った。

 前を走る、言葉すらも交わしたことのない仲間たちに追いつくために。


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