十四話
六人の魔女には、それぞれ司る権能が存在する。
《写本》の複製、《断章》の切断、《福音》の恩寵。
例えるならば、それは魔女達の個性であり、原点。
魔女が魔女へと至る要因であると同時に与えられた宿命。
「そして、魔女の権能の全てを保持している存在している怪物。それが──《原書》ルルイエだ」
「そんな名前なのか。初耳だ」
「だから……原書……と呼ばれているんでしょうか?」
原書。それは、書物の原点。つまりは、六人の魔女に与えられた肩書き。その原点と呼べる。
「当たらずも遠からず。彼女が私達を作り出したわけでも、力を与えたわけでもないからね」
「ならば、どうして貴女達は……」
「うーん。残念ながら、それを君に話すほど、まだ好感度は上がっていないね」
アガーテはそう言って、円形のティーテーブルからカップを持ち上げる。
「俺になら? お前とは結構、仲良くなったと思ってるんだがな」
「ラント君はもはや、上がっているどころではないけどね。なんなら、いますぐにでも籍を入れたいとすら思ってるよ? どうだい? 君だってもう世帯を待ってもおかしくない歳だろう?」
「あ、それは結構ですー」
「ちっ……」
アガーテは心底悔しそうな顔で、舌打ちを繰り出してから、テーブルの上のティーセットからマカロンを一つ口へと運んだ。
「んで? なんで、あの規模の隕石が落ちても街が大丈夫だと判断した? アガーテ」
「それは、至極単純な問いだね。ルルイエは、自然を壊す行為は絶対にしないからさ」
「は?」
何を言ってるんだ? とでも言いたげなラントは口をあんぐりと開けた。
「そんなに意外かい? 彼女は逆に言えば、決してそれ以外で怒ることはない。恐らく、ナコトの作り出した攻撃によって、怒ったんだろうね」
「なんじゃ、そりゃ」
「彼女は冷静さを失って周りのもの一切に構わず、魔法を行使した。違うかい?」
確かに、ラントにはそう見えた。頷く。
「つまりは、あれは罰。ルルイエによるナコト個人へと報復行為だ。周りを巻き込むような思慮に欠けた行為をルルイエは決して行わない」
「……だから、街は大丈夫だと?」
「ああ。街ごと消し飛ばすのが目的ならば、あんな微妙な座標ではなく、直接街に落とすだろうからね」
現にあの光景を目にすれば、確かにと頷けてしまう話だった。あんなものが街に落ちたのならば、恐らくは人なぞ、欠片も残りはしない。
「……でしたら、人なぞ吹けば飛ぶようなものでしょう。なのになぜ、《原書》は」
「そんな力がありながら、自ら手を下さないのか? ってところだね。それにだって勿論理由はあるよ」
アガーテはカップを置いて、二本の指を立てた。
「一つは、単純な話。その行為に意義を感じないから。彼女にとって、人が存在しているということ自体は構わないのさ」
「……へぇ。そりゃ、寛大な魔女様だこと」
ラントが面白くなさそうに皮肉った。
「まあ、ね。《原書》が何を考えているのかは正直、僕にだって分からないよ。何せ、彼女とは唯一の話したことないからね」
「もう一つ、とは?」
アリアンナの問いを受けたアガーテは、少し思い悩んだような素振りを見せた。
その細い指をカップの表面についた結露へと這わせ、掬い上げた水滴でテーブルに円を書く。
「魔女が何故、連動して人を滅ぼそうとしないか、分かるかな? ラント君」
「……さあな、仲が悪いとか、そんなところじゃねぇの」
ここで、何故自分にアガーテが問うたのか。ラントにはすぐ分かった。
それは恐らく、ラントという人間がこの世界で最も魔女に遭遇しているからだ。
「もしも、魔女同士が手を組んでたなら……俺達はとうの昔に御陀仏だった。それは確かだ」
魔女の魔法は、一度の行使で軽く一万人が死ぬ。そこに、他の魔女の挟撃や追撃さえも混じったのなら、その被害は純粋な足し算で済まないとラントは考えていた。
「結論から言うと、求める結末が違うからだ。全員向いている方向がバラバラなんだよ。魔女達は」
「……はぁ。この世を終わらせんのは確定かよ。まあ、知ってたけど」
ラントは背を翻し、壁へと触れる。すると、ドアノブが現れた。
「あれ? もう行くのかい? まだ菓子は残っているよ?」
「アガーテ、タイミングが良すぎると思わないか?」
ラントは首だけで振り返ると、鋭く目を細める。
「ああ。この一ヶ月で、ピンポイントに二度。確率から考えて、あり得ないね」
「だよな。なら、何かきっかけがあったはずだ。この数年間、顔すら出そうとしなかった《写本》までもが動き出したきっかけがな」
「それは、まさか」
アリアンナもすぐに察した。
何故ならば。
「──ソフィア・ガーデン。彼女の《権利》かも知れないね」
「やっぱそう思うか。なら、俺はすぐにでもお嬢の保護に動く。アガーテは俺が呼ぶまで待っててくれ。メイドちゃんもだ」
「ラント様、大丈夫なのですか?」
「問題ない。お嬢は必ず俺が守る。……できれば、最後の訓練は経験して欲しかったんだがな」
ラントが浮かべたのは、柔らかくも何処かもの悲しい笑み。その顔には、過去が滲んでいた。
「……仲間を理解する、協力する。それは背を預け合うために必要なことだ。幾ら強くてもこの時代は、一人じゃ生き残れない。さっきの俺みたいにな」
言い残して、ラントは部屋を出ていった。
「……お嬢様は今どんなことを、なさっているのでしょうか」
「さあね、明日からなんだろう? なら今は気にしても仕方ない。それよりも……」
ぐっとアガーテは肩を掴んだ。
「さっき、君。どさくさに紛れて、ラント君と手を繋いだね?」
「……は、はあ。確かに繋ぎはしましたが、緊急時でしたし……というか、手を繋ぐのに深い意味など」
アリアンナの言葉の途中で、アガーテはびしりと指を差した。
「そ、そんなわけないだろっ! 手を繋ぐという行為はある種濃厚な接触じゃないかっ! 卑猥だ!」
「え、アガーテ様はラント様と繋いだことはないのですか?」
てっきり二人は恋人関係ではないにしても、随分と深い関係だと思っていたのだが。
「私とラント君は、プラトニックな関係なんだ!」
「は、はあ。そうですか」
プラトニックというよりは、あまり女として見られていないだけのような……。
「……よし。今から訓練しようか」
「え?」
いつもは気怠げなのに今日に限って、妙にやる気なアガーテはぽきぽきと拳を鳴らす。
「さてさてさて、早速始めようか」
そして、その訓練がいつもの三倍ほど過酷であったのは、また別の話……。
***
「へ、へっくしょんっ!」
「ソフィア。ほらほら、もうちょっと薪に寄りなよ」
夜の森林。夕飯を食べ終えた三人は、そのまま火に薪をくべながら、囲んでいた。
「意外と、暇ね」
「そうだよねー。何かお話しでもするー? あむあむ」
前言撤回。アリシアだけ今だに食べている。
「そろそろ食べるのやめなさいよ。明日以降の食料が無くなるから」
「いやぁ、美味しいんだねー。鹿って。よいしょっと」
リブロースを食べ終えたアリシアは立ち上がると、骨を湖へと投げた。そして。
「ずっと。三人で話したかったんだよ」
降り注いだ月光はまるで、彼女を照らすためにのみ存在しているのかと思うほどに、彼女の美しさは異質だった。
「──改めまして。私はアリシア・アリソン。二人のことを、聞かせてほしいな」




