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十三話


「標的、西に移動中。おそらくそろそろ立ち止まるわよ。準備はいい? アリシア」

「うん。だいじょーぶ」


 月光が降り注ぐ森林の中腹、白い光を照り返す湖の傍らに少女たちはいた。

 アリシアは猟銃を手に、ミラは双眼鏡を覗いている。

 そして、ソフィアはというと。


「あ、あの、わたくしはいつまでこうしておけばいいのですか?」

  

 小さな木の枝を二本、頭の隣で構えたソフィア。カモフラージュのつもりなのだろうが、なんとも滑稽でしかない。


「別に、じっとしていてと言っただけで、そんな風に訳も分からない態勢をしてろとは言ってないわよ」

「まあ、そうだねー。ソフィアって、天然だよねー……よっと」


 銃声が鳴る。撃ちだされた弾丸の行く先は対岸だ。


「命中。流石ね」


 湖に口を浸していた鹿がぱたんと倒れた。その腹部からは血が流れ、湖の一角を赤く染め上げていく。


「よーし、とりあえず三日分くらいの食料にはなりそうだね」

「……見たところによると、二百キロ近くはありそうだけど……アリシア、あんたどれだけ食べる気?」

「え! だって! お肉だよ!? このご時世あんまり手に入らない代物だよ!?」

「そういえば、軍学校の食堂でも肉類は、一人一つまででしたわよね」


 会話もほどほどに、三人は分担して、鹿の毛皮を剝いでゆく。


「う、う、う……」

「ソ、ソフィア? 吐くなら、ここではやめてね?」


 血抜きを済ませ、訓練開始時に支給されたナイフで、いくつかの肉塊に切り分ける。

 

「よし。火をおこそっか。ソフィア、頼める?」

「任されましたわ!」


 そそくさと乾燥した枝と枯葉を集め、ソフィアは木を擦り合わせる。

 同時に、今朝より始まった訓練の内容を思い返していた。


***


「これより、二週間。貴様らには、この施設より三十キロ奥にある森林地帯にて、サバイバルをしてもらう。部隊員は三人一組。支給品は、猟銃一丁、ナイフ二本、飲料水二リットル。非常用の狼煙一つ」

「そ、それだけですの?」

「なんだ、クソ虫。サバイバルだというのに、食料も欲しいなどとおねだりするつもりか?」

「い、いえ」

「おっと、いかんいかん。忘れていた。もう一つ、あったな」


 教官はにやりと肝の冷えるような笑みを浮かべ、背後のリュックサックを前へと投げる。

 しかもそれは、ただのリュックではなく……。


「な、何キロあるんだ、そのリュック」


 ずしんと地面に沈みそうなほど、巨大なリュックはとてもではないが、持ち運べるようなものには見えなかった。


「二週間。移動する際は、必ず持ち運べ。ここには貴様らの位置情報を示す装置が入っているからな。重量は三十キロ前後はある。無くすなよ? 無くせば、貴様らは失格だ」

「し、失格になれば、どうなりますの?」

「簡単なことだ。規則も守れないような奴はいらん。即座に──軍を辞めてもらう」


***


 それは、ソフィアたちの訓練が始まる一日前。

 何処でもない部屋でのことだった。

 その日も、アリアンナはアガーテとの修行を行っていた時。


「……っ!? ラント君!?」


 突如として、表情を強張らせたアガーテは明後日の方向を見上げるように振り返った。


「どうか、しましたか?」


 見たことのないアガーテの表情に、違和感を感じたアリアンナが尋ねた。


「……まずいな。非常にまずい」


 うわ言のように呟き、焦り始めるアガーテは突然として、勢いよく振り返る。


「今から君を、ラント君のところに飛ばすっ! 事態はおそらく行けば分かるっ! いいね!?」

「は、はあ……どうしたのですか急に」

「生憎と話している時間はない。メイド……いや、アリアンナ。僕からのたった一つのお願いだ」


 その目は、縋り付く子どものような目だとアリアンナは感じていた。


「──なんとしても、ラント君を守ってくれ」


 状況は依然として分からないが、それでもアリアンナは。


「アガーテ様。私は、恩には恩を返すと決めております」


 形はどうであれ、その性格はどうであれ、恩を受けたのは違いなく、受けた恩に大も小も存在しない。

 アリアンナは深く頷いて、言った。


「……ありがとう。じゃあ、頼む」


 …………

 ……


「とのことで、気づけばここに居ました。どう言った仕組みなんでしょうか?」


 いまだ天に佇む魔女は動かない。

 それを切り刻まれた大地より、見上げる二人は決して、視線を外すことはなく、神経を研ぎ澄ませる。


「ん、あー、状況が状況だ。簡潔に言うとだな。アガーテの権能は《断章》。空間を切り取って収縮や引き飛ばしができるんだ」

「……そうですか」


 恐らく聞いたところで、その本質を理解出来ないのだろう。とアリアンナは疑問を飲み込んだ。


「っ! 来るぞっ!」


 ゆらり、ナコトの体が揺れ動き、静かに下降を始める。

 数秒のうちに、その足先は大地へと降り立ち、風によって真紅の髪は旗めいた。


「で? なんか変わんのか? その魔女にすら至れない小娘一匹が増えたところでよぉ」

「さあね、どう思うよ?」

「何も変わら…………あぁ、やっぱお姉ちゃんやりすぎちゃったかー」


 言葉の刹那。

 唐突。突拍子もなく、ナコトは意味ありげに天空を見上げた。

 まるで、彼方にて巻き起こった何かを視認したように。


「──あ、やば」


 ナコトは確かにそんな言葉を吐いた。

 同時に。


「くわぁー。やっぱやりすぎたー」


 ナコトは苦笑いのうちに手を天へと差し向けた。

 現れたのは、何百、何千と重ねられた多重の障壁。


『ラント君っ!』


 何処からともなく、声が響く。アガーテの声だった。酷く怯えたでいて、それを隠そうともしていない声音だ。


「アガーテ! どうなってるっ!」

『今、転移の門を開くっ! 何も考えずに飛び込んでっ!!』

「おいおい! 冗談にもなってねぇな! メイドちゃんっ! 走るぞっ!」


 三メートル後方に、黒い穴のようなものが生み出される。ラントは、アリアンナの手を握ると、足を加速させた。


 同時に、アリアンナはの視界の片隅にそれは映った。


「隕石……?」

「おいおいおいおい! 知らねぇって! そんな力ぁぁぁぁ!!!」


 それは巨大な岩石の塊。高高度からの落下による空気摩擦によって、その表面は赤く熱されている」


「な、なぁ!? あれ落ちたらっ! 帝都もやばくないかっ!!??」

「あれが本当に隕石なのであれば、被害は恐らく大陸規模になるでしょう」

『安心していいっ! それに関しては絶対に大丈夫だっ!』

「ならっ! お前を信じるぞっ! アガーテっ!!」


 二人は穴へと飛び込んだ。

 同時に、視界は黒く霞み始めたのだった。


***


「はぁはぁはぁ。くっそ。なんて日だ、全くよ」


 ラントはようやく呼吸を思い出したように息を吸い込む。そうして、背を壁へと預け、腰を下ろした。


「全く……この世界の魔法は、もう……よく分かりません……」


 項垂れるようにしゃがみ込んだアリアンナは深く嘆息を吐いた。


「良かったぁ……間に合った……」


 目尻に涙を浮かべ、安心し切ったアガーテはよろよろとラントの方へと歩いていくとピタリとその胸に張り付いた。


 三人が三者三様に落ち着きを取り戻した後で、ラントは満を辞して尋ねた。


「アガーテ。俺たちをすぐに戻せ。《写本》が来ているなら、最悪滅ぶぞ。この国は」

「落ち着いて。もし本当に今回顔を出した理由がそれならば、既に手遅れだ。恐らくナコトの狙いは、僕だ」

「だからって!」

「ラント君。君は庭に出来た小さなアリの巣にわざわざ火炎放射器を使うかい?」


 つまりはそういうことだと。アガーテは語る。

 わざわざそこまでする価値は、人にないのだと。


「なら、最後の隕石。ありゃなんだ?」

「ラント様も知らないのですか?」

「見たこともねぇよ。あんなもん」

「……あれは、ね」


 その答え。

 唯一知っている少女は、一瞬の逡巡の後に口を開いた。


「──魔女わたしたちの中で頂点に位置する存在。《原書》の魔法だよ」

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