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十話 


「……なんの、冗談ですか? それは」


 確かにミラはそう言った。苛立ちを隠そうともせずに、ソフィアを睨みつけながら。


「聞こえなかったか? 《スキル》ならソフィア・ガーデンも持っている。貴様が、私やこのクソ虫をどう罵ろうとも、事実は変わらない」

「そんなわけがっ!」


 ミラがソフィアへとさらに詰め寄ろうとした瞬間だった。隣からすっと現れた手によって、腕を掴まれたのは。


「ミラ。気は済んだ? いい加減にしないと流石の私だって──怒るよ?」


 それは、隊列から飛び出したアリシアだった。


「っ。なんで、アリシアまでこいつの肩を持つの?」


 傍若無人だったミラだったが、アリシアの静かな一言に動揺していた。


「肩を持つ? 違うよ、間違っている幼馴染を諌めてるだけ」

「私は間違っていないでしょう? みんなだって、思ってるでしょ? 何故、努力してきた自分達が努力もしてない人なんかと同じ土俵で……」

「はーい、そこまでー。えいっと」


 アリシアはミラの腕を容赦なく捻りあげる。そのまま、足元を素早く払い、あっという間に地面へと転ばせてしまう。


「痛っ!? 痛いっ!」

「頭は、冷えた?」


 ぐぐっと緩やかに腕の拘束は強くなっていく。


「……わ、分かった。も、言わないから。もう、許してよ」

「はーい、いい子いい子。すみません、教官」


「ふっ、構わん。ミラ、要は貴様も特別扱いして欲しいのだな? なら、今回の上官侮辱罪は大目に見てやる。特別にな」


「……失礼しました」


「だが、規律違反に関しては罰を与える。……こいつに狙撃のなんたるかを教えてやれ。銃器の扱いは直々に私がもう仕込んである」


 にやりと笑い、教官はソフィアを見た。


「き、教官直々に?」「そ、それは相当な地獄だったろうな」


 整列した候補生達がざわざわと言葉を漏らした。


「さあ! 腰抜けども! 訓練を始めろ!」


「「はっ!!」」


***


 狙撃手志望候補生として、初めての訓練。

 それは。


「ソフィア。はい、これ」

「……こ、これは」


 三人一班で同じ組みに配属されたアリシアに平然と差し出されたのは、狙撃銃だった。教官に叩き込まれた知識のおかげかすぐを分かった。


「さ、早速射撃練習……ですの?」

「まあ、そうなるね。でも、その前にウォーミングアップだよ」

「え?」


 それは習っていないのだが……。そんな風に思いながら、ソフィアが狙撃銃のバレルに視線を落としていると。


「よし、じゃあ行こっか」

「ど、どこに?」

「着いてきてねー、キツイだろうけど」


 そう言って、アリシアは走り出した。

 森の中へと。


「ど、どういうことですのぉ!?」

「貴女、教官に仕込まれたのでしょ? なら、少しは分かるんじゃないの?」

「な、何をですの?」

「……はあ、馬鹿には何を言っても無駄ね」


 もう一人の班員、ミラもアリシアについていくように走り出した。その手には狙撃銃はない。その代わりに、巨大なリュックサックを背負っていた。


「ま、待って欲しいですのぉー」


 ウォーミングアップは、至極簡単でシンプルなものだった。

 ただ、走る。それだけ。

 しかし、基礎訓練過程のランニングとは一線を画す辛さだ。何せ。


「お、重い! で、すの!」

「こらこらー、ソフィア。相棒に重いなんて言っちゃダメだよー」


 狙撃銃の重さはおおよそ五キロ超。当たり前のように肩からかけるためのスリングはついておらず、手で抱えるしかないのだ。しかも、道もグラウンドとは違い、凹凸が激しい。


「ぐふぁ!?」


 長さ一メートル以上のライフルを持ち、森の中を駆ければ、無論ぶつかりもする。木の幹に。


「うぅ! こ、これがウォーミングアップ!? こんなの続けていれば、死んでしまいますわっ!」


 ライフルの先端を木の幹をぶつけた衝撃によって、ベイゴマのように回転しながら尻餅をついたソフィア。開始して、たった15分でそんな有様だった。


「ほら、立って? ソフィア。置いてっちゃうよ?」

「え、ええ。い、今立ちますの」


 差し出されたアリシアの手を掴んで、ソフィアは立ち上がった。


「……皆さん、こんなことを毎日していますの?」

「ん? いや、毎日ではないかな。基礎訓練過程もまだ残ってるから三日に一回くらいのペースで」

「話は終わった? なら、早く行きましょう? 私、ビリなんて絶対嫌だから」


 ミラは今だにソフィアをよくは思っていないようで、舌打ち混じりに待っていた。


「それとも、リタイアでもする? いいんじゃない? 私たちとしても足手纏いが減って清々するわ」

「私は、諦めませんわ」

「よく言ったよ! ソフィア! なら、頑張らないとねっ!」

「……アリシアは甘すぎるのよ」


 再び、三人は走り出した。

 森の中は、あまりにも複雑で走りにくい。いつもならば、二時間程度で走れるであろう距離は三時間余りが掛かった。そして。


「よーし、戻ってきたー」


 ぐるりと森を一周し、訓練場へと戻った頃には、ソフィアは既に満身創痍と言えた。


「ぜぇぜぇ、はぁはぁ」


 息も絶え絶え……というよりは死にかけている。


「それじゃあ、射撃訓練行ってみよぉ!」


 対して、涼しい顔で鼻歌を奏でるアリシア。

 ソフィアの想像の二倍。いや、三倍はここにいる人たちは、凄い。


「何? 今更怖気ついたわけ? そりゃそうよ。貴女の努力なんて、私たちにとってはただの日常。基礎訓練に慣れた程度で、着いて来れるとでも?」


「……ついて、行きますわ。そうすれば、きっとわたくしは誰かを救えるはずですもの」


 息を整えて、ソフィアは言った。

 やるべきことは無数にあるのだろう。捧げるべき時間も、まだまだ足りてはいない。


「さあ、ミラさん。狙撃訓練。教えて下さいまし」

「……はあ、ほんと。面倒臭い限りよ」


 そういうミラは心底、げんなりとした顔をしていた。


***


 排斥され、壊れた街と地平線に沈む日を背に、その光る繭は存在していた。


 人一人を包み込むほどに大きく、淡い月光を彷彿とさせる光を放つそれは、時より中身をゆるりと悶えるように蠢かせながら、時を待つ。


 しかし、その時が訪れる前。そこには一人の少女が現れたのだった。


「はぁーい、ヨハネ(・・・)。いやぁ、なんとも深手を負ったと聞いたんだぁ。だから、お姉さんが見舞いに来てあげたぞー?」


 真紅の髪は百獣の王の如く盛り上がり、癖巻いていた。その美しい相貌には、丸いガラスが二枚。眼鏡がんきょうだ。


「………ナコト。なんのよう?」


 繭の中からいまだ穢れを知らぬ聖女の如き、可憐な声が響く。


「相変わらず、『ヨハネちゅあん』はあたしに冷たいなぁ。お姉ちゃんが、可愛い可愛い妹の怪我を心配するのは当然だよ? 痛かったよね? 怖かったよね? いじめてきた奴ら、皆殺しにしてやろうね?」


 ──その少女の名は、ナコト。この世に存在する魔女達の一人、《写本》と呼ばれる怪物だ。


「君に起こったことは、お姉ちゃん見てたんだ。完治まで……三ヶ月くらいだよねぇ? その翼は」


 ふざけた態度を仕舞い込み、ナコトは繭を見回した。


「だったら? どうかしたの?」


 ナコトの視線に晒されながら、ヨハネは問うた。


「ふーむ。ねぇ、ヨハネちゅあん? あたしと協力しない?」

「きょうりょく?」

「そう、協力。ちょっと飽きちゃったんだよねー。ゆっくり人類を擦り潰す作戦。ヨハネちゅあんとあたしの求める結末の形は違うにしても、その道中くらいは組んでも良くないかい?」


 きらり、陽光の残滓を受けたその眼鏡がきらりと光る。そして、その口角は嗜虐に歪んだ。


「あたしなら、君のその怪我。一ヶ月で直してあげられるよ?」

「……くわしく」

「簡単なことさ。あたしの【複製品】は、ようやく多くストックが溜まった。数は十万? くらい。そして、ヨハネちゅあんがいれば、私は取り返せるし、君は奪えるね」

「なにを?」


 勿体付けるように、ナコトは目を細め、空へと開いた両の腕を伸ばす。


「私は可愛い可愛いあたしの妹──セラエノを。そして君は──あの金色の髪をした異世界人だよ」

「……」

「気になっているんだろう? あたしもなんだよね。だから、ね? 手を組もうじゃないか。一時的に、ね?」


 

 


 

 

 



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