悩める夜の特効薬は、きみの表情
毎日、二十二時。
僕は好きな子と通話をする。
* * *
髪の毛に変なところなし。服も部屋着ではあるけどだらしなくない。部屋も散らかってない。
いつものようにざっと確認をしてから、僕は二十二時五分前にベッドに座った。
電話がかかってくるのは二十二時ぴったりだ。特に連絡がない限り、ずれたことはない。
時計の秒針を睨むように見続けること五分。秒針が0に重なった瞬間、ビデオ通話がかかってきた。
『こんばんは!』
「こんばんは」
映し出された相手――名雪奏さんは、もこっとした可愛いパジャマに身を包んだ状態で、ベッドに横になっていた。いつものことだけど心臓に悪い。
好きな子の寝る直前の姿は、もう見慣れたと思ってもどきどきしてしまう。
好きな子、というか。……彼女というか。
付き合い始めてもう一年は経つのに、いまだに慣れないのはちょっとさすがにまずくないか、と自分でも思う。
『今日はコーヒー二杯飲んでみたから、たぶん一時間くらいお話しできるよ!』
にこにこ笑って、名雪さんはピースを作ってカメラに向けてきた。
「いっぱい話せるのは嬉しいけど、無理はしないでね」
『大丈夫! 一時間って言ったけど……たぶんまた三十分くらい……かも』
笑顔は引っ込み、しゅんと落ち込む名雪さん。
そんな彼女には申し訳ないが、僕の声の効き目が薄れていないことに、今日もほっとしてしまう。
名雪さんは、いわゆる不眠症だった。
話を聞く限り、かなり重い症状だったのだけど……なぜか僕の声を聞くとすぐに眠くなるらしい。この二十二時の電話は、彼女が眠るためのものだった。
入学式の日、帰ろうとしていた僕を必死で追いかけてきた名雪さんを今でもよく覚えている。
――あの!
振り返った先にいた女の子は、すごく可愛かった。
全体的にふわふわした、綿菓子みたいな女の子。色白なほっぺたが、走ったせいで少し赤くなっていた。
だけど、可愛いな、と思う間もなく。
――日向くんの声を聞くと眠くなるの……! お願いします! 私と毎晩電話でお話ししてくれない!?
そんな衝撃的なお願いをされたことが、今の関係につながるのだった。
正直、複雑な気持ちだった。高くて男らしくない自分の声が、ずっと嫌いだったから。
だけどあまりにも名雪さんが必死に理由を訴えてくるので、まあいっか、と思ったのだ。僕のコンプレックスなんて、眠れないと本気で悩む人の前では塵も同然だ。
そう思うくらい、当時の名雪さんは必死だった。
だというのに、名雪さんがコーヒーを飲んだ宣言をしてきたのはなぜか。――僕と話したいからである。
……うわ、改めて考えると照れるな。
眠りたいから僕との通話を始めたのに、今ではたくさん話したいから眠りたくないと思ってくれている。
コーヒーを飲んでも、大抵三十分も持たずに名雪さんは寝てしまう。それを確認したら、寝顔をできるだけ見ないようにしながら通話を切るのが僕の仕事。
付き合う前はさすがにビデオ通話ではなかったけど、大体同じようなことをしていた。
「そういえばたぶん、声変わり終わったよ」
『えっ、そうなの!? ……あんまりわかんないかも?』
名雪さんが首を傾げるのも当然である。実のところ、自分でもよくわからないくらいの変化しかなかった。
「結局そんなに変わらなくてよかったな」
『うーん……私はちょっと、日向くんの低い声も聞いてみたかったかも』
名雪さんはそう言って、ふふっと笑う。
僕の声変わりが始まったのは、高一の秋ごろ。それから一年かけてようやく喉の違和感がなくなった。
声変わりのせいで名雪さんが寝られなくなったらどうしよう、と不安に思っていた時期もあったが、この先も心配しなくてよさそうだ。
「じゃあ今日は頑張って低い声で話そうか?」
『ふふふ、それもいいなぁ。チューバくらい低い声、出せる?』
「すっごい難しいこと言うね……」
チューバなんて知らなかった名雪さんが、当然のようにその言葉を使うのが、なんだか嬉しい。
チューバは僕が部活で担当している楽器だ。吹奏楽で一番低い音域の金管楽器。
……自分の声がコンプレックスすぎて、あえて一番低い音域の楽器を選んだのである。
名雪さんのおかげでまったくコンプレックスでなくなった今、そんな理由で楽器を選んだことが少し恥ずかしい。とはいえ、ほんとにかっこいい音が出るからいいんだけど。
選んだ理由はどうあれ、チューバは僕の一番好きな楽器だった。
「一応頑張ってみる、聞いててね」
『うん!』
わくわくしている名雪さんをがっかりさせないよう(どんな結果でもがっかりはしないだろうけど)、声を整えるために咳払いをする。
それからできる限り、喉仏を下げることを意識して声を出した。……喉仏、さわらないとわからないくらい目立たないけど。
「あーーー……どう? ちょっと低い?」
『ひ……低い!』
「あはは、嘘つかなくていいよ」
『ごめん、あんまりわかんなかった……』
申し訳なさそうに謝りながら、名雪さんの顔もちょっと笑っている。
そうやって他愛のない話をしていると、次第に名雪さんがうとうととしてくる。通話を始めてから二十分。……カフェインより全然強い僕の声、どうなってるんだろう。
それでも名雪さんは十分くらい粘ってくれたが、やがて完全にまぶたが閉じた。……本当はここで、じっと寝顔を見たいのだけど、そんなことをされるのは嫌だろうから我慢。
「おやすみ、名雪さん。……今日も好きだよ」
起こさないように小声で言って、通話を切る。
寝落ちした名雪さんに「好きだよ」と伝えることが、なんだか習慣のようになってしまっていた。よくない習慣である。
いや、起きているときにちゃんと伝えていれば別にいい習慣なのだけど――告白以降、僕は名雪さんに面と向かって好きだと言えていなかった。
名雪さんと付き合い始めたのは、僕の声変わりが始まった頃。……つまりもう、大体一年が経つのだ。
名雪さんも僕も、お互い好意の伝わる言葉はよく口にする。可愛いとかかっこいいとか、今日も話せて嬉しかったとか、次のデートがすごい楽しみだとか。
だけど明確な「好き」は、お互い告白以降言ってこなかった。
言われなくても、好きだと思ってくれていることは伝わってくる。
だから僕はこのままでもいいんだけど……名雪さんがどう思っているのかはわからないからなぁ。
できれば伝えたいのに、なんだかタイミングが掴めない。こういうのってなんでもないときに伝えていいものなんだろうか。
言いすぎるとそれはそれで「好き」という言葉の重みがなくなってしまう気がするし……難しい問題だった。
「好き……好き、好きだよ。……うーん」
真面目に一人で練習してみるが、悩んでいるのはタイミングと頻度なのであんまり意味がなさそうだった。
通話の履歴を見る。表示されている通話時間は、32:48。ぎりぎり三十分を超えてる、名雪さんすごい! ……じゃなくて。
名雪さんがこんなに頑張ってくれてるんだから、僕も何か……何かしたい。明日は名雪さんが寝た後じゃなくて、通話の初めに言ってみようかな。
びっくりした名雪さんに通話切られたらどうしよう。
……でもたぶんまたすぐかけてきてくれるだろうし、そのときすごい可愛い顔してるんだろうな。
とりあえず明日の通話の最初に言ってみることに決めて、ベッドから立ち上がる。まだ眠くないし、譜読みでもしておこう。
* * *
ということで、次の日。
いつものように「こんばんは」と言い合って――その後すぐに好きだと言おうとしたのに、声が出なかった。……あれ?
固まってしまった僕に、『日向くん? どうかした?』と名雪さんが不思議そうに訊いてくる。
「い、いや……ええっと……なんでもない」
『……体調悪いなら無理しないでね?』
「体調は大丈夫。名雪さんと話せたらもっと元気になるし」
こういうことはさらっと言えるのに、なんで「好き」が出てこない?
自分でもわけがわからなすぎて、その日何を話したかあんまり覚えていない。名雪さんとのおしゃべりに身が入らないとか、これじゃあ本末転倒だ。
だけど翌日も、そのまた翌日も、僕は「好き」だと言えなかった。
…………もしかして。この一年で僕の「好き」は大きくなりすぎてるんじゃないか?
思いついた考えは、なんとなく合っているような気がした。
僕の中で大きく育ちすぎて、そう簡単に本人に渡せない言葉になってしまったのだ、たぶん。
そっか……好きって小出しにしていかなきゃ、なかなか出せないようになっちゃうものだったんだ……。知らなかった。
寝てる名雪さんにはあんなに簡単に言えるのに。……寝てると思い込んで言ってみれば言えるのかな。無理か。
『最近日向くん、なんだか難しいこと考えてる?』
ついには名雪さんにそんなふうに訊かれてしまった。
「いや、たぶんすごい簡単なことなんだけど、僕が難しく考えすぎちゃってるというか……?」
『あー、簡単な問題でも、考えすぎて変なことになっちゃうことあるよね……。私に相談、は無理? 人に話すだけでもちょっと違うかもしれないよ』
それは確かにそうだ。……けど、本人に相談するってどうなんだろう。かっこつかないというか――いや、面と向かって好きと言えない時点でかっこつかないどころじゃないんだから、今更か。
内心でそう開き直って、どう相談するか考える。さすがに直接的な言い方は避けたかった。
「……ありがとう。その、どうしても伝えたいことがあるのに、それがなかなか言えないとき、名雪さんならどうする?」
すごく曖昧な言い方になってしまった。
だけど名雪さんは、茶化すことなく真剣に考え込んでくれた。……あ、ちょっと瞬き多くなってきた。無言で考えているうちに、眠くなってきちゃったらしい。
悩み相談をしている身だというのに、可愛いな、とほっこりしてしまった。
『言えない理由って、恥ずかしいから、とか?』
「恥ずかしいとは思ってないはず、なんだけど……それが近いのかなぁ。なんか、自分の中じゃそう簡単に口にできない言葉、になってる気がする」
『すごい大事な言葉なんだね……! それじゃあ恥ずかしいって感じじゃなくて……ううーん、なんだろう、表現がむずかしい、な』
眠さのせいで、ちょっと声がふわふわしてきている。
むむ、とさらに考え込む名雪さんは、横になっていた体を起こした。
「えっ、起きなくていいよ、いつでも寝れるようにしといて! それで寝落ちしちゃったら危ないから!」
『いや……でも……真剣な、なやみそーだんの……途中で、寝ちゃうかの、じょには……なりたくない……!』
「結構限界来てるって!」
スマホの向こうの名雪さんの体がぐらぐら揺れている。
もっと相談のタイミング考えればよかった! 夜じゃなければ、僕の声にだってここまでの効き目はないのだ。
『……顔洗ってくる!』
「いや、寝て! 寝てくれるのが一番嬉しいから……!」
という制止の声は、すでにスマホを置いて移動したらしい名雪さんには届かなかった。どこかに伏せられているのか、映る画面は真っ暗。
もうそろそろ通話の時間が三十分に差しかかる。四十分は達成したことがないけど、この調子だと一時間くらいは必死に起きていてくれそうだ。
……か、解決方法思いついたことにして寝てもらう? いや、それは名雪さんに不誠実だし……どうすれば……。
考えている間に、名雪さんの足音が微かに聞こえてくる。ドアの音。
それからスマホが持ち上がって、名雪さんの顔が映った。目はまだ少しとろんとしているけど、さっきよりはすっきりした顔をしていた。
『待たせちゃってごめんね。コーヒーも持ってきた!』
テーブルの上に置かれた、音符柄の可愛いマグカップが映される。
ね、寝てほしい……! 大丈夫かな、コーヒー零したりしないかな。少し零す程度ならまだいいけど、眠さのせいでひっくり返しでもしたら大変だ。
「気をつけて飲んで!!」
『大丈夫、もうそこまで眠くないよ』
自慢げに言うことじゃない。いや、可愛いんだけど。
名雪さんはとりあえずコーヒーを飲むことを優先したのか、カップを片手にふぅふぅと息を吹きかけ始める。
「スマホ置いていいから……!」
『せっかくお話ししてるのに、日向くんの顔見れなくなるのはさみしい』
「それは僕もそうだけど……」
『えへへ、でしょ?』
ふわふわ笑って、名雪さんはゆっくりとカップに口をつける。……一口飲んだらしい名雪さんの眉に、思いっきり皺が寄った。初めて見る表情だった。
思わず目を見開けば、名雪さんは僕の反応に不思議そうな顔をしてから、はっとした。
『ごめん、そういえば私、コーヒー飲むときひどい顔してるかも……! 苦手すぎて……み、見苦しかったらあんまり見ないようにしてね』
「それは大丈夫だけど……」
……名雪さん、コーヒー苦手なんだっけ。それでも毎日飲んでくれているから、少し苦手、程度だと勝手に思っていたのだけど。
もう一口、もう一口と飲み進めるごとに、名雪さんの眉間の皺は深くなる。ぎゅうっと目までつぶっている。
――こんなに、嫌いだったんだ。
それなのに、そんな嫌いなものを毎日飲んでくれている。
僕と話す時間を、十分、二十分だけでも延ばすために。
『もうちょっと……待ってね、ごめんね……。頑張って飲むから……!』
見苦しいなんて思うはずがないけど、たぶん名雪さんは見られたくない顔だろうから、スマホから目を逸らしておく。
けれどもう、さっきの表情が目に焼き付いてしまっていて。
――じわじわと、顔が熱くなってくる。
だって、なんか。
僕のことが好きだと伝わってくる表情の中に、あんなものがあるなんて思ってもみなかった。好きだとまっすぐ伝えてくれる表情はもちろん嬉しいけど、さっきのものは予想外の分……破壊力が高かった。
それにしても名雪さん、眉間に皺が寄ってても綿菓子みたいな雰囲気が崩れないってどうなってるんだろう。ほんとにお菓子でできてる?
『……飲み切った~! お待たせしました!』
その声に、視線をスマホへ戻す。ぱあっとまぶしい笑顔を浮かべた名雪さんが、そこにはいた。
「――名雪さん、好き」
気づけば、ぽろっと口からこぼれていた。あんなに出なかった言葉が。
へ、と固まった名雪さんが、やがてせわしなく瞬きをする。
『ひ、日向くん? え、ええっと、わ、私も好き!』
「ほんとに好きだな……」
『急にどうしたの!? 好きだよ!?』
慌てふためいた名雪さんは、そこで『あっ!』と声を上げた。
『そうだ、あの、いつもお礼言おうって思ってても、日向くんと話せるのが嬉しすぎて電話始めたら頭から抜けちゃうんだけど!』
興奮したように、少し早口で。
名雪さんは、とてつもなく衝撃的な発言をした。
『私が寝た後に、好きって言ってくれるのありがとう』
「………………えっ」
えっ、えっ。
『たぶん結構聞き逃しちゃってるんだけど……ぎりぎり聞けた日は、すごい嬉しいんだ』
頬を染めてはにかむその顔は、もちろん可愛い。
……えっ?
「……起きてるとき、あったの?」
『い、一週間に一回くらいは聞けてるよ……!』
「結構聞けてるね!?」
『ほぼ寝てても、音はぼんやり聞こえてる状態だったりするから……』
た、確かにそういうことはあるかもしれない。それでも一週間に一回は多いような……いや七分の一って考えればそうでもない?
だとしても、今まで届いていなかったと思い込んでいた言葉が届いていたことが判明して、どんな顔をすればいいのかわからなくなってしまう。ど、どうすればいい?
あまりにも情けない顔をしていたのか、名雪さんがおかしそうにくすくす笑い始める。
『びっくりした?』
「びっくりした……」
『可愛い』
「名雪さんのほうが可愛い」
『わっ、急にはっきり言う』
ふふふ、という笑い声が耳に心地いい。
けれどふと、その笑い声が止まった。
『――あれ!? もしかして私、今まで全然日向くんに好きって言ってなかった……よね……!?』
名雪さんは目と口を大きく開いて、その口を隠すように、スマホを持っていないほうの手を口元に当てる。そんな動作すら可愛い。
青ざめた顔で、名雪さんはおろおろと視線をさまよわせた。
『えっ……あれ? そうだよね? 好きって伝えてる気になってたけど、もしかしなくても全部夢の中の話……? ひ、日向くん、私から好きって言われた覚えある?』
「……で、でも僕も、最初の告白のときにしかちゃんと伝えられてなかったから」
『やっぱりあれからまともに好きって言えてなかったよね!? ご、ごめんね~~!!』
泣きそうになる名雪さんに、僕も慌ててしまう。可愛いとか呑気に思っている場合じゃなかった。
「毎回僕の伝えるタイミングが悪かったから……!」
「好きって言ってくれるタイミングに、いいも悪いもないと思う……! 私が寝た後でも嬉しいし、もしも私がいないところで言ってくれてたりしたら、それも嬉しいし! 確かに実際に聞けたほうが嬉しいけど、そんなのは私の都合だし……」
「それは都合とは言わないんじゃない!?」
『そもそも私だっていつでも伝えたかったんだから、意識がはっきりしてるときに自分から言えばよかったの。本当にごめんね……これからちゃんと、いっぱい言うからね!」
申し訳なさそうな顔で真摯に謝られたら、その謝罪を受け取るしかなかった。絶対僕が悪いのに……。
……というか、これから『いっぱい』言われるの?
名雪さんは普段から何もかもが可愛いのに、日常的に好きと言われるようになったらどうなるんだろう。僕の心臓壊れる?
『お悩み相談の途中で、いろいろ挟んじゃってごめんね。今のですっごいひやっとしたから、目が冴えちゃった。あと一時間くらいは起きてられそうだよ!』
「あー、その……」
張り切っている名雪さんにこれを言うのは申し訳ない。
だけど無駄に付き合わせて、名雪さんの睡眠時間を奪ってしまうのは嫌だった。
「今解決、しました」
『……今?』
スマホの向こう側で、名雪さんがきょとんと首を傾げる。
「うん。名雪さんに好きって言いたかったんだけど、なんか名雪さんが起きてるときにはなかなか言えなくて。でも今言えるようになったから、もう大丈夫」
『……』
「すごいね。人に話すだけで、ほんとに違った」
『…………』
「……名雪さん? 寝ちゃった?」
相槌も聞こえないので不安になったが、名雪さんは座った状態のままだ。しかも目が開いている。これで『寝ちゃった?』と訊くのはなかったな。
でも、だとするとこの反応のなさはよくわからないので、とりあえずスマホの前で手を振ってみた。
『……日向くん』
「えっ、は、はい」
『…………好きですおやすみなさい』
言い逃げのように通話が切られた。……えっ? 切られた。
……まあ、会話を切り上げたいときには無理やりにでも切り上げられるのが、こういう通話のいいところである。でもおやすみを返せなかったことは悲しいので、メッセージで送っておく。
やっぱりまだ寝ていなかったのか、すぐに既読がついた。ちょっと待ってみると返信もきた。
《明日は頑張って一時間通話を目指します》
何を思っての宣言かわからないけど、ちょっと笑ってしまう。無理はしないでほしいな。
けれどメッセージはまだ続いた。
《だからまた、起きてるときに言ってほしいな》
文字だけでも、名雪さんのふわふわな笑顔が見えるようだった。……かっわいいな。
きゅっ、となんか変な声が出そうになったので、慌てて呼吸を整える。
《うん、絶対言うね》
《でも眠かったら無理しないで!》
送ってから、別に終わりがけに言わなくてもいいのか、と気づいた。最初に言ってしまえば、名雪さんだっていつでも心置きなく寝られる。そのほうが名雪さんの健康にいいだろう。
さっそく次の日の通話で開口一番に「好きだよ」と言ったら、『私も好きですけど今言われる心の準備ができてなかったです!!』と真っ赤な顔で叫ばれた。大声を出しすぎてお母さんに怒られていた。
ごめん名雪さん……ちゃんと次はもっと中盤に言うね……。