パーティに出る錬金術師②
「すまん、遅れた」
報酬などの話し合いでミリアがマウントを取り続ける最中、部屋にいた従者が扉を開けると一人の男が入ってきた。
筋骨隆々で鍛え上げられた体に今までこの城の中であった誰よりも豪華な衣装を身に着けていること、そして何よりもアラドバル殿下やエッセーナ殿下と同様に先の尖った耳がこの人の正体を現していた。
「遅いですよ、兄上」
「どいつもこいつも自領の事しか考えてなくてな。お爺様、お客人、待たせてすまなかった。エイドラム=ハイナリック=シルドニアである」
え? 皇王様そんな軽い感じで入ってきていいの?
ミリアも目を広げているし、ドリファスからも一瞬だけ表情が変わった。
「ああ、なるほど。エイドラムか、君の方が息子に似てるの」
「おお、お爺様……」
「良い体つきだの。並の努力ではそうはならないの」
「ありがたくっ!」
そう言ってケンブリッジさんに近づくと、ケンブリッジさんも立ち上がりガシッ! とお互いに抱擁しあう。
「お会いできて光栄に御座いますっ!」
「里の外で孫やひ孫と出会えるのは幸運な事だの」
互いの背中を叩きあい、喜びを分かち合うと、自然と体を離す。
「ライトロードと言ったな! お爺様を連れてきてくれたこと感謝する」
「い、いえ。幸運に恵まれ……ぎゃーーーー!」
オレも立ち上がり挨拶を行うも、抱き着かれる。
強い強い! 力つええよ!! 加減をしらねーのかエルフ系列はっ!
「でだ、どこまで話したのだ?」
「魔導炉の教導と建設、それと報酬についてまでにございます」
「報酬? そんなもの出せる分はくれてやれるだけくれてやればいいだろ」
「そうなのですが……」
「ライトロードが謙虚すぎるのですよ、働きの対価に対し要求が低くて困っているのです」
「下手に借りを作りたくないんだよ。それに魔導炉の技術はオレもダランベールで教わったものだ。自分で考えた物ではないからな」
ハッキリ言えば向こうで提示して来るものが仰々しすぎるのだ。こっちでの爵位なんか邪魔なだけだし。
「ふうむ、書庫の閲覧だったな。禁書庫も含めて閲覧と複写の許可を出せと言ったはずだが?」
「流石に、教導が完了してからですよ、兄上」
「バカが、書庫にどれだけの量が眠ってると思っているのだ? 第一彼の求める情報があるとも分からぬのにそんなものを出し渋ってどうする。今日、この後より閲覧して構わぬ。許可書も作ってあるだろ? 渡してしまえ」
「は、はい」
ジーグランデさんが秘書に視線を向けると、秘書が1枚の封書を取り出した。
ジーグランデさんが封書を紐解くと、それをエイドラム陛下がひったくってこっちに渡してくれる。
「余の直筆だ、皇印もアラドと連名で押してある。城の出入りの許可書にもなっているから無くすなよ」
「ありがたく」
「それで、他の要望は?」
「安全な拠点も貰いましたし、魔導炉の素材の代金の話し合いも終わっておりますのでこれ以上は特には」
「ほお、本当に何もないのか」
「いえ、実は貰えそうに無いものなので」
「一応希望があるのだな?」
「怒りません?」
「怒られる事をいうつもりか?」
「や、呆れられるくらいならいいのですけど」
「わからんな。言ってみろ」
「いいですかね」
「私も気になる」
オレは考える素振りをしつつも、ちらりとミリアに視線を向ける。
ミリアが溜息をつき、仕方なさそうに頷いてくれるので言ってみることに。
「今後、オレ達の活動の自由の保証して欲しいのです」
「自由の保証だと? 別にお前達の行動を縛るつもりは……」
「陛下、彼らは国賓です。時には行事等に参加して貰わなければなりません」
まあそうよね。
「国賓か、そういえばダランベールからの品を用意してくれたな。エッセーナから届いたな」
この人来てから話がとっちらかるなぁ。
「魔法剣は助かったぞ。それと布や酒な。中々素晴らしい品が揃っていた、感謝する」
「いえいえ、オレは運んだだけですから」
エッセーナ殿下に渡したお酒や菓子はオレの持ち出しだけどね。
「兄上、きちんと武器として振るえる人間に下賜して下さいね」
「内務官に渡すような真似はおやめくださいね。飾られて終わるには豪勢すぎます」
なるほど、魔剣や魔法剣は贈り物としては最上と考えていいのだな。まあ自分達で作れないならば高価にもなるか。
「あ、魔法剣といえば」
「む?」
「頂いた屋敷から厄介な品が出て来まして。流石にこれは判断が困るなと」
セリアーネさんに視線を向けると、布で覆われた聖剣のレプリカを取り出す。
「武器か? あの屋敷に置いてあったのならば好きにしてよいぞ。余は言葉を違えるつもりはない」
「いいんですか? 歴史的価値から行っても国宝クラスなんじゃないかなと思ったんですけど」
セリアーネさんからドリファスが受け取り、更にオレに。
オレはテーブルの上にそれを置いて布を広げる。
「ほお、立派な装飾だな」
「神々しさまで感じますね」
「これも魔剣ですか? それとも魔法剣?」
「これ、勇者の聖剣ですよ。もちろん偽物、レプリカですけど」
「は?」
「へ?」
「せい、けん?」
三人だけでなく、控えていた護衛騎士や従者達も目を丸くしている。
「待て待て待て! なんでこんなものがある!?」
「屋敷にありました。ハインリッヒさんが『それは既にライトロード殿の物だが、ハイランド時代でかつ国同士の取引で受け渡されたものならば存在だけは知らせておいた方がよかろう』って」
「ダランベールとハイランドでの取り決めにより取引された物ですからシルドニアには関係のない代物ではございますわ。ですがダランベールから見ても『歴史的価値が高い』と判断しております」
ミリアが聖剣を懐かしそうに撫でて、長いまつ毛を伏せながら語る。
「わたくしは本物の聖剣をこの目で見た事が御座いますし、実際に振るった事もございますわ。そのわたくしからみても、装飾は勿論重さやバランス、実に本物に近い造りをしております」
そしてミリアがシルドニアの面々を見つめる。
「既に魔力が尽きておりますのでただの切れ味の良い剣ではございますが、中々の品ですわね。神鉄も使われているようで、腐食や劣化も起きておりませんわ」
「確かに、魔力こそ感じられないが……剣としても十分な業物であることは重々伝わってくるな」
「武器に詳しくない私から見ても、素晴らしい物であることは理解出来ますが……」
エイドラム陛下がここで口を開く。
「これが、ハイランド王国時代の物であれば、150年近く前の物であるということか」
「そうですわ。当時から聖剣の管理は王国の国王の仕事でございました。国難が発生した際にはしかるべき人間に貸し与えられ、国難が去りし時にはまた封印されます」
まあ実際に現在封印されている聖剣もレプリカだけど。
どうしても聖剣の無尽蔵の力を解析出来ないんだよなぁ。とても剣の中に納まっているとは思えないほどのエネルギーが放出されるメカニズムが知りたいのに。
「聖剣のレプリカが作成されるのは王が許可をした時のみです。王族ではなく、王本人が。わたくしが把握している範囲では、ダランベールの長い歴史の中でも過去に3度しかその許可は出ておりません」
「ほお、お詳しいですな」
ジーグランデさんの言葉にミリアが頷く。
「約250年前にこちらに婿入りした当時のダランベールの王子が所持していたものと思われますわ」
「250年……余も生まれる前であるな」
陛下が呻くように言う。この人ハーフエルフだから寿命長い系の人だからね。
話によるともう100年近く王様やっているらしいし。
「これがあれば父は戻ってくるだろうか?」
「どうでしょうね。あの人は姿を消してから一度もこちらに顔を出してきません。まあ旧ハイランド街道に姿を現したことは何度か報告がありましたけど」
「シルドニアの事かい?」
「そうです、お爺様」
息子の話題になったので、ケンブリッジさんが会話に参加してくる。
「父、先王は旧ハイランドを突破すべく己の力を十全に発揮できる武器を探す旅に出ました。今もなお戻ってきておりませんが」
「80年前は何度か新しい武器を持ってハイランドの悪夢と戦う姿を確認出来ただがなぁ。ここ最近はめっきり姿を見せん。どこかで野垂れ死んでなければ良いが」
「兄上、いくらなんでもその言い分はないでしょ」
「そうは言うがな。我らが父はあの通り変わっておる。毒に中って悶絶している姿を何度見た事か……」
「そ、そうですね」
「その辺は変わってないのかの。まあ周りの安全も確認せずに博打を打つような真似はせんだの」
「そこは心配しておりませんが……」
悪食なのは治ってないらしいです。
「まあ魔力が尽きているとはいえ、これはハイランドの国宝と呼べる品です。流石にオレが持っていると角が立ちそうなのでそちらにお譲りしようかなと思っているのですが」
「誠か!?」
本物の聖剣あるし解析も済んでるからいらない。
魔法剣としての力は大体想像できるし、魔核を交換してもいいけど正直微妙。
「ええ、その代わり……」
「ふうむ、自分達の自由を認めよと」
オレは陛下の言葉に頷く。
「そうか、だがな、むう……」
「兄上? お認めになるので?」
「これだけの品だ。本当に聖剣のレプリカかどうかはわからぬが、剣としての格の違いはありありとしておる」
「確かに……」
「だが魔力が尽きておるのがな……儀礼用の剣とするには少々」
オレ達の自由はそんなに高値であると?
「ライトロード、この剣を魔法剣として使用出来るように出来るか?」
「魔核を取り換えればいけますけど」
剣の作りからして、ただカパっと外してガキョっと取り付ける訳にはいかないけど。
「ではそれを依頼しよう。聖剣のレプリカの納品をして、その報酬としてお主らの自由を認める。それでどうだ?」
「なるほど……そうですか」
これは参ったなぁ。
「なんだ? 何か不満か?」
「いえ、条件には不満はありませんけど……」
「なんだ?」
「これだけの品物を、ただ修繕して終わるのは勿体ないなぁと」
この手の武器は持ち主に合わせて作る事が基本だ。数打ちの剣ではない、一点物の最高品質の武器だ。
造り手としては余り面白い仕事ではない。
「ここまでの剣です。使い手を想定して作り変えた方がいい物に仕上がるかなって」
「ふうむ、確かにな」
「そうだの。なんなら欲しいくらいだの」
ケンブリッジさんが剣を掴んで立ち上がり軽く振るう。
「素晴らしいの」
そりゃあそうでしょう。
とは言うものの、エルフであるケンブリッジさんは体の線が細いので聖剣のレプリカは体に合わないという。
アラドバル殿下も同様だ。
実は稲荷火も大きさ的には不釣り合いだったが、あいつは勇者の女神クリア様から与えられた権能のおかげで専用の武具は完璧に扱えるという特殊性能があるので扱えた。
ミリアも剣聖という能力、剣に愛される人間だ。聖剣の特殊能力を自在に扱う事は出来ないが、剣として扱う事は出来た。
まあこの二人は異例なので考えない。
それらを踏まえて、この中で体格的に合うのは陛下くらいである。
「では余に合わせて作り直すと?」
「ええ。聖剣のレプリカ、元々の能力はどんなものか分かりませんが、魔力回路の走り具合から見て、魔剣ではなく魔法剣だったと思います」
「魔力を通せば炎や風なんかを生み出せると?」
「はい。本来の聖剣の能力がどんなものか分かりませんが、逸話によれば王竜、黒竜王をも討伐せしめた力があるそうですね」
オレ自身は使った事があるし、稲荷火が使っているところも間近で見ているが先ほどミリアが王が封じていると話している。
知らないとしておく方がいいだろう。
「奥方は振るった事があると言っておったな」
「あくまでも剣としてですわ。聖剣に封じられた力は文字通り命を賭して使うものと聞き及んでおりますもの」
澄まし顔でミリアも答える。
「出来れば本来の力に近い物にしたいが……」
「既に調べましたが、魔核に魔力が残っていないので無理です。長い年月を経て抜けてしまったか、あるいは完全に空になるまで行使したかどちらかでしょうね」
持ち手が魔力を流しながら使えば、魔力が完全に抜ける事はないのだが、持ち手の魔力を限界まで引き上げた上で自身の魔力をすべて放出して使用すればこうなる事もある。
魔核の魔力が抜けきってしまうと、元々の属性を調べるのが非常に面倒なのだ。魔力の属性を調べる魔法陣が起動しないので、元となった素材が何かを調べてその比率で推測しないといけない。
味のしないミックスジュースの元になった果物を一つ一つ特定するようなものだ。出来ない訳ではないが非常に手間がかかる。それに100年以上前の剣だ。オレの知らない技術が使われている可能性も高い。
「まあ陛下がお使いになるのであれば、陛下に合わせた作りにしましょうか。てか陛下って戦うんです?」
「困った事に戦いたがりなんです」
「残念ですが前線に立たれる事を好みますらしいです」
「うはははは! 王が動かねば下々の者はついてこれまい?」
エルフの血を感じました。
「だが、そうだな。流石に余が大規模な戦や討伐の最前線に立つことはここ50年程ないな」
「体が鈍りそうな話だの」
「お爺様の言う通りです。鍛錬は続けておりますが、実戦からは確かに離れておりますからな」
「己を磨くのは最終的には実戦が一番だからの。10年の鍛錬の結果が本当に身に着くのは1回の死闘であるの」
1回も死闘なんかしたくないです。
「ドーレン、中に入れ!」
『はっ!』
扉の外で警備をしていたであろう人間が中に入ってくる。
陛下よりもでかい、190センチ近くのがっしりした大男だ。騎士服のズボンが太ももで悲鳴を上げているくらいパッツンパッツン。
「余の騎士団の副長を務めているドーレン=ラダックだ。余よりも強いぞ」
「陛下より弱ければ陛下を守れませんからな」
「その割には外でばかり活躍しておる男だ」
「ああ、そういうタイプの人ですか」
ダランベールにもいたけど、王の守護の任務についていながらも外に出て戦闘ばかりしている人がいたなぁ。
「シルドニア内で最も戦闘をこなしているのはこの男だろう。父と同じく十全に実力を発揮出来る武器を求めて年の半分は迷宮に籠っている変わり者だ」
「お客人、ドーレンと申します。別に変っておるわけではありません。自分の代でハイランドの悪夢を片付けたい、そう思っているだけにございます」
「そういえば、先ほども出てましたがハイランドの悪夢って?」
なんとなく予想出来るけど。
「旧ハイランド王都へと向かう途中、一定の領土内に入ると地面から現れる謎の魔物です。無茶苦茶硬いから並の剣では討伐出来ない」
「しかも数が多い、下手に突っつけば軍が崩壊しかねないから中々手が出せないのだ」
やはり、ハイランド王都への道を塞ぐ魔物の事か。
「して、陛下。如何様で?」
「うむ、お主にこの魔法剣を操れるようになって貰いたくてな」
「ほう」
何も知らずに剣を取るドーレンさん。
「良い武器ですな。魔力の通りもいい。ですが、魔法剣?」
「中の魔力が切れておるらしい」
「なるほど」
魔剣は魔力を走らせて強化出来て、魔法剣は魔力を走らせて別の現象を顕現させる事の出来る物の事だ。
魔法剣の中に収められている魔核の魔力が尽きたとしても魔力を通せば魔剣としては扱えるのでそう考えるのも不思議ではない。
「ライトロード、こやつが扱えるように鍛えてくれ」
「畏まりました」
その後、陛下も含めた上で話を進めたまに脱線しつつも話をミリアが上手にまとめてくれた。
まずドーレンさんの剣の作成をする。その間に陛下と殿下の命令の元、錬金術師や鍛冶師、魔導士の選定を行う事になった。
魔導炉の指導を終えてから、その功績を元に謁見の流れとするらしい。
余計な注文を受けた気がするが、聖剣モドキは以前作った事がある。
現物もあるし特に問題はないだろう。




