新大陸の錬金術師⑥
「……使者ライトロード、貴重な体験をさせてもらった事に礼を言う」
「いえいえ、あっちの王子とお話が合ったようで何よりです」
若干笑顔が引きつってる皇女様がいらっしゃいました。
まあそうよね。
「いきなりよそ様の国の重鎮と会話をするとは思いませんでした」
「ご立派でしたぞ、皇女様」
「だと良いのですが」
頭に手を当てる皇女様。
「急いで戻るぞ。父上に報告せねばならん」
「畏まりました、使者ライトロードも共に行きましょう。我が屋敷にて歓待させていただきたい」
「え? 無理ですけど?」
オレはその言葉を否定。だって他の騎士達と足並み揃えて移動するなんて面倒だし、ここでまだやる事あるし。
「なんです? 私の命令を聞けませんか?」
「オレはそちらの国民ではないですからね。それにこの地でまだやるべきことが残っておりますから」
シルドニアの人間じゃないよー、だからいう事きかないよー。
「やるべき事だと?」
「先ほどの王子がお伝えした使節団をお迎えしないといけません。ですので私はこの地を離れる訳にはいかないのです」
「あんなものすぐに到着する訳がなかろう! まさか!? もうこちらに出発しておるのか!?」
「いえ、まだ準備段階ですよ」
「ならばついてこぬか!」
皇女殿下の言葉に護衛の男達も前に一歩足を踏み出す。
そんなオレの前に立つのは栞とイドだ。
「ライトへの攻撃、許しはしない」
「へっへっへっー、みっちーはあたしが守るぜぃ」
二人ともまだ剣を抜いていないが、いつでも武器を抜ける態勢だ。
「皇女様の護衛とオレの護衛、どちらが実力があるか試してもいいですが。不毛ではありませんか? 神兵の名を冠するエルフをご存じであればなおのこと」
「しおりも、わたしに並ぶ実力者」
「そういう事ですよ」
お互いが顔を合わせる中、カリム区長が口を開く。
「皇女様、ここは退くべきでございます」
「区長! 何を弱気な!」
「ベインを倒すほどの強者。それも初代様と同じ血筋ですぞ? 敵対はなりませぬ。使者殿、しばらくこちらに逗留するのでありましょう?」
「ええ、そのつもりです。ついでに少し整備もしておこうかと思っています」
「勝手な事は許しませんっ」
「ここは元々私の受け持つエリアです」
カリム区長が厳しい口調でこちらを見た。
「先ほど、ベインの頭をしまわれた袋。それは魔法の袋で相違ないな?」
「これですか? そうですよ」
オレは手提げをポンポンと叩く。
「その中にしまったベインの頭。それをこちらに渡してくれるのであれば、この土地で待機し、整備する事を許可しよう」
「ほほう?」
「ベインは100年以上もの間、恐怖の象徴として我が区で最も恐れられていた黒竜王の眷属。強靭な鱗を持ち何でも飲み込む巨大な口、その巨体で多くの人間を蹂躙した化け物、それを討伐したとなれば、我がエリアは大層湧くニュースであろうからな」
「なるほど、手柄を寄こせと」
「……神兵たるイドリアル様の手柄を盗ろうなどと、罰当たりな事は言わぬ。我らがエリアに潜む化け物、それが討伐されたと。そう区民に伝えられればよい」
「なるほど、一理あるね……でも、そうだな」
オレは考える素振りを見せる。
「この港、オレにくれ。そしたら蛇の頭をくれてやろう」
「何?」
「ある程度整備するつもりだったんだが、後で横からかっさらわれても面倒だ。どうせならオレの土地にしちまおうって思ってね。エリア長のあんたなら許可が出せるんじゃないのか?」
「なんだと!?」
「それ、は」
「整備した上でオレの専用の港に改造する。国外、ダランベールとの交易で発生する利益に関してはダランベールと話してくれればいい。そこにはオレは干渉しないと約束しよう」
「待て待て、なんでそうなる!?」
「100年以上手の付けられなかった土地だ。そちらとしては痛くないはずでは?」
「……つまり使者殿、貴公は我がエリアの貴族の一員になると?」
「んにゃ、この大陸での拠点が欲しかっただけだ。海に面していて、土地もある程度なだらかだ。元港街だけあって石畳もしかれているから馬車なんかでの移動も出来るだろうしな」
「それは、持ち帰るべき案件であるが……」
「じゃあ蛇はやれないなぁ」
オレの言葉に唸るカリム区長。
他所の国のオレに自分の土地を譲れと言って来ているのだ。それはもう悩ましい表情をしている。
「い、いかん。やはりこの土地は渡せん」
「どうしてもか?」
「どうしてもだ!」
「じゃあ、あとはアレか。魔導炉を作ろうか? オレ、作り方知ってるぞ」
「「 なっ! 」」
驚きの声を上げる皇女様と区長。
「蛇の首と魔導炉、それとそうだな……」
ミスリルの延べ棒を10個取り出す。
「こいつも進呈しよう。それで手を打たないか?」
「ぬ、しかし……」
「イド」
「ん」
イドが腰から剣を抜き、その手を離す。
その剣は地面へと落下し、音もなく根元まで刺さっていき止まる。
「「 ! 」」
「オレがイドの為に作成した剣だ。このレベルの武器は魔導炉が無いと作成出来ないぞ」
「なんと……」
「まるで大地が水であるかの様に吸い込まれていきおった」
「流石にこのレベルの武器となると、イドクラスの人間にしか渡せないし素材もミスリルではない。まあ多少使ってるが。魔導炉が無いのであればオレが1つ用意しよう。材料はすべてこちらで用意する」
恐らくこの大陸では技術の多くが失伝しているのだろう。
魔導炉は錬金術師と鍛冶師、そして炎の魔法を専門で習得した人間の知識が必要だ。
物凄くざっくり説明すると、錬金術師が魔核を準備し、鍛冶師がその魔核の力を最大限まで引き上げる炉を作成する、そして炎の魔導士が最初の火入れを行い、炉の中に魔核から出力される魔力回路を作成し固定しなければならない。
一人でそれを成せる人間は中々おらず、オレが知っている中ではダランベール王国の王城専属第一錬金術師であるゲオルグ=アリドニアだけだ。
つまりオレの師匠であるジジイと同格の人間くらいのものである。普通は無理だ。
「どうせダランベール王国と国交を始めたらその技術も求めるんだろ? だが海の向こうからこっちまで危険を冒してまで足を運ぶ職人は多分見つからないぜ? こちらの職人を向こうに送って勉強させるか? こっちにその技術が来るまで何年かかるかな」
「く、それはそうだが……しかし」
「作成方法を見せてもいい。どうする?」
「いかん! やはりいかんぞ!」
「そ、そうだ! 我が国土を切り売りするなど」
頑なだ。だがもう少しで落とせる気がする。
「じゃあ追加で魔導炉に必要な道具と素材、こちらで用意しよう。オレがお前達に指導する為に組み立てる際の道具と同じ素材だ。オレの手持ちの物を使えば明日にでも指導が出来る様になるぞ? 更に同じ道具と素材、魔導炉3基を組み立てられる量を販売する」
「三基……」
「つまり、オレが指導する分を含めると四基分の道具と素材だな。お前さん達が100年以上待ち焦がれていた魔導炉が合計四基手に入るチャンスだ」
「ぐぬ、ぐぬぬぬぬ」
「だ、だめだぞカリム! 絶対にダメだからな!」
「今決めろ。今この瞬間でしかこの交渉は受け付けない」
オレの言葉に、カリム区長が折れるのにはそう時間がかからなかった。
その瞬間に皇女様が叫び声を上げて崩れ落ちた。
正式に魔法の契約書をこの場で作成し、お互いの血判を貼り、更に皇女様のサインと血判も押して貰ってお互いにっこりである。
二人揃って項垂れながら帰っていった。
あ、流石にこの地に護衛として何人か向こうの兵士が残るらしいよ?
会話が密ですいません