屋敷をもらう錬金術師⑦
「準備出来たぞ」
「流石は旦那様に御座います。しかし一晩位籠ってると思いましたが」
「はっきり言えば胸糞悪い研究だ。あまり時間はかけたくなかったんだよ」
「……それは、申し訳御座いませんでした」
「必要だとは思ったから構わないよ」
奴隷紋を書き込むための契約液とそれを定着させる魔力さえあれば誰でも使える類の物だ。
奴隷商と呼ばれる連中はそれらの技術を持っているからこそ、奴隷商を呼ばれているんだろう。
「それで、誰に処置を施せばいい?」
「わたしにお願いいたします、旦那様」
そこで前に出て来たのは執事長として挨拶をされたロイドだ。
自分から言ってくることに驚きを感じる。
「はて、あなたは外に放逐するつもりでしたが」
「私の立場ではこのお屋敷で働かせて頂くことは出来ないと思います。ですので私を奴隷にして下さい。そして、ドリファス様の元で執事道を極めていきたいと思います」
「は? 執事道?」
「ほう、執事道ですか」
え? ドリファス分かるの?
「はい。ドリファス様の屋敷の人間の把握能力、主や奥方様、そしてお客様方への対応と視野の広さ、執事という役割に対する厳しさ、情熱。そして主への忠誠心。どれを取ってもわたしが過去に見たあらゆる執事の先輩方と比較しても、最上級の物であると感じました」
「ふむ、続けて下さい」
「個々の能力で高い能力を持っている執事には私も何度も会いました。ですが、すべてのレベルで最高水準であるだけでなく、その能力を息を吐くように発揮なされ、更に主よりも目立たないようにする心配り。ドリファス様こそが私の追い求めていた執事の姿であると、そう考えております」
「なるほど。ですが私もまだまだ未熟ですよ?」
「わたしではドリファス様にはなれませんし、ドリファス様を超える事は出来ないでしょう。何より、ドリファス様の目指されている遥かなる頂が、わたしには見えておりません。ですからこそ、わたし自身が目指す最高の執事の姿をドリファス様に感じました。この機を逃せば、わたしは執事ではない何か別の者になってしまいます」
「別の者、ですか?」
「はい。主の不評を買うと分かっていながらも、王家の威光のままに屋敷を準備したわたしは執事ではございません。犬以下の存在です。そんなわたしを放逐されるのは当然かと思います。ですがわたしはドリファス様の後ろ姿を見ていたい、そこから学びたい。ですがその機会を得るにはわたしの信用はありません」
「それで奴隷になると?」
え? まだ続くのこれ。
「旦那様に忠誠を誓う為に、奴隷になるなどということがそもそも執事道から外れた行為であるとは十分に承知しております。しかしドリファス様の元で学べるのであれば、隷属紋だろうと奴隷紋だろうとなんでも受け入れます」
「奴隷のような立場の者は、執事に相応しくないと私は考えますが?」
「仰る通りです。下男でも奴隷兵でもなんでもやります。その変わりどうか、どうかドリファス様の仕事姿をこの目に焼き付けたいのです!」
「ふむ、その情熱は素晴らしいです。確かに執事道の頂は長く遠い、先の見えない山脈の様なものだと、私も常々考えておりました」
「考えてたのかー」
お前もどっかおかしいのかー。
「よろしいでしょう。旦那様、このロイドを奴隷にして、執事という物がなんなのか一から鍛え治したいと思いますが」
「いいけど、面倒だからこいつの主はお前な」
暑苦しいから。
「旦那様。屋敷の掌握、完了致しました」
「ご苦労様です、助かりました」
ドリファスが来てくれて助かった。栞ファインプレーだ。
「奴隷紋とは便利な物ですな。王国では重犯罪者にしか使われませんから」
「人間を魔法で無理矢理言う事を聞かせる代物だ。使うのは正直気が引けるよ」
一人の希望者と一部のドリファスに指定された人間への奴隷紋はすでに施し終えた。
今回オレが奴隷紋を施した相手は、オレからみれば犯罪者みたいなものだが、それぞれ皇族や力ある貴族からの命令で送り込まれた人間だ、多少同情の余地がある。
「こちらの国の対応次第ではダランベールに連れて帰り、そちらで有効活用致しますがよろしいですか」
「ああ、それでいいよ」
その国の対応次第では、オレもこの街を離れるけどな。
「旦那様の工房も無事に完成致しました」
「それに関しては、助かりました」
オレが工房を欲しがると分かっていたドリファスは、予め大工達に依頼をかけておいてくれていたのだ。
おかげで数日も経たずに工房の外側だけ作ってくれた。
流石に自作の工房の様に世界樹の板は使われていないが、それでも十分な代物だ。
早速錬金窯や魔導炉、金床や裁縫セットを準備。
錬金製薬室と鍛冶工房が別々になっていたからちょっとだけ移動が面倒。だけど普通は個別に分けるそうだ。知らなかった。じじいのせいだな。
地下もあるので転移ルームを作成、最近ドアが増えたので管理が大変だ。
そこまで準備が出来たので、イドもこちらに顔を出している。
今は栞や姫様達と一緒に女子会中だ。
どうにもオレの昔話で盛り上がっているみたいで居心地が悪い。
「そろそろ皇室からの招待を受けられるのですな?」
「そうだな。ここに籠って1週間、向こうも痺れを切らしていることだろう」
何度もこちらの屋敷の敷地の外から声を張り上げている使者が来ていた。
まだ門番を置くこともせず、結界で屋敷が囲われているから向こうは手出しをしてきてはいない。
まあ結界を破れないか、魔導士っぽいのや錬金術師っぽいのが来たりもしていたが、すごすごと帰っていった。
何千、何万もの年月を経て魔力をため込んだ世界樹の枝で作った柵だ、普通のやり方じゃ突破出来ないからね。やるならこの辺の屋敷全部を巻き込むクラスの魔法が必要だ。
引きこもり万歳。
「旦那様、謁見の際に私は恐らく同席を許されないでしょう。ただの執事ですから」
「そうかな?」
「ええ、旦那様に入れ知恵出来る人間を排除するのは当然の事にございます」
「なるほど。厄介だ」
向こうとしては、オレを取り込んでおきたいだろう。魔導炉の作成を約束しているとはいえ、ここまで引きこもっていた上に、向こうの仕掛けや人員をことごとく排除したのだ。不信感を持たれていても仕方ない。
「そこでご提案があります」
「提案?」
「ミリミアネム殿下を、奥様方の末席にお加え下さい。そうすれば謁見の間に姫様をお連れ出来ます」
「おう?」
「栞様はこういった社交の場にはそぐいませんし、エイミー様も人見知りです。恐らく言葉を発する事は出来ないでしょう」
「そうですけど」
「イドリアル様はご懐妊中です。そのうえ、エルフですからね。ああいう場には連れて行っても危険なだけです。二重ではなく三重の意味で」
お腹の子が危険、エルフだから注目されて危険、脳筋だから危険。うん、3つだ。
「姫様はお嫌いですか?」
「別に、綺麗な人だとは思いますが……」
「姫様の好意は旦那様に向いております」
「わかってますけど」
「姫様はすでに王位継承権を捨てられました。旦那様の為にです」
「は? なんで」
「お分かりでしょう?」
オレについて一緒に地球に来る為、か。
「一国の姫君の覚悟、そして女性としての覚悟。どちらも無視していいものではありません」
「押し付けじゃないか」
「旦那様、その言葉は流石に看過出来ませんが?」
「……これは八つ当たりだな。すまない」
「聞かなかった事にしておきましょう。元々王族や貴族の婚姻というものは計算と打算、互いの立場を守る為の物です。今必要だから、それだけで結婚の理由としては十分です」
「日本人としては嫌な考え方なんだよなぁ」
その考えが理解出来ないとは言わないが、正しいと肯定したくはない。
「陛下としても頭を悩ませておいでなのです。姫様の好意が旦那様に向かっているのは誰しもが存じている事ですが、それでもお見合いの話は後を絶ちません。姫様のご年齢を考えると、そろそろ結婚をしていないとおかしいですからな」
「女性は大変だな……」
「本当に。ですが姫様は幸せですよ。私の妻も娘2人もパーティで2,3度顔を合わせただけで、満足に会話をしたことのない相手との結婚ですから」
ドリファスがなんと無しに目頭を押さえる。
「……好きか嫌いかも判断がつかない、一度も足を運んだことのない場所で。そんな中で必死に相手を支えて生活をするのです。それでも妻の涙を見たのは2度だけでした」
「ドリファスも奥さんを泣かせたのか」
「ええ。男児が生まれなかったことに」
「そんなこと、本人が選べるものじゃ」
「そうですね。ですが私の父はそれを許せるほど心の広い人間ではなかった」
思わずドリファスの顔を見る。
ドリファスが自分の身の内を語るのは初めてかもしれない。
「旦那様、姫様とお話下さい。そして彼女と向き合って下さい。姫様は今、必死に戦っておいでです。『王国の剣姫』としてではなく、一人の女性として」
ドリファスはオレに向かい頭を下げると更に言葉を繋げる。
「異世界とこちらの文化、違うのは重々承知しております。ですが旦那さまにも姫様にも、必要な事です。どうかお願いいたします」
「……分かった」
「ではこちらへどうぞ」
「は?」
「善は急げですぞ。異世界には良い言葉がありますなぁ」
「ちょっ、手を引っ張るな! こらリアナ! 笑ってないで助けろ!」
そして姫様だけでなく、奥様方全員が待つ中で姫様と話し合いをすることになってしまう。
栞「いいんじゃない?」(笑顔)
エイミー「いいと、思うよ」(困り顔)
イドリアル「剣の練習相手が増えるわ」(やや嬉しげ)
姫様「ミリア、とお呼びください」(キスの雨)
セリアーネさん「うらやましい」(不満気)
ミリアと結婚する事になりました。




