屋敷をもらう錬金術師⑤
知らん女性を工房に連れ込んで、上半身を裸にさせて背中を眺めています。
犯罪臭しかしません。
一応上着で隠させてはいますよ?
「ふうむ、なるほどねぇ」
「何かわかったっすか?」
「隷属魔法って言うけど、契約魔法って言った方が正確だな」
と言ってもそもそも契約魔法を知らないジェシカは首を傾げるだけである。
貴族同士や商会なんかとの取り決めを契約魔法、人の行動を縛ったり制限する魔法を隷属魔法と区分けしているのだろう。
今まで調べてなかったから知らなかったが、そこまで大きな違いはないようだ。
「しかし、良く出来てるね。魔法を当てる本人の血液を使う事によって、その人間の魔法防御を突破、というか阻害すること自体を認識させないで相手にかけるって。よくもまあ人間を縛り付けるのに考えられたシステムなこって」
「ご主人様、写しは終わりました」
「ああ」
ちなみにこの場にいるのはオレ、半裸メイド、ジェシカ、セーナである。
背中の隷属魔法を解析すると、確かに鍵を知っている主であれば解除出来るシステム以外にも、フリースペースが用意されている。
このフリースペースに隷属魔法自体の魔力回路を破壊する陣を書き込むことで隷属魔法自体を破壊できるようになっているようだ。
ただこのメイドさん、このスペースに行動の監視の魔法陣が敷かれている。今は沈黙してるけど。なんでだろう?
「ご主人様?」
「ここの魔法陣の一部が機能していないんだ。主が現在地を探れなくなっている」
「あー、奴隷兵の中でも一定ラインを超えた犯罪者達は居場所がバレるって話っすね。隷属紋や奴隷紋に元々組み込まれてる仕組みじゃないんすか?」
「主側に信号を送れていないみたいで機能不全になってるな。この人の魔力を無駄に消費している」
そこまで大量に魔力を必要とするわけじゃなさそうだから、すぐにどうこうなる訳じゃないだろうが。
「おそらく、工房の中にいるからかと」
「あ!」
女神クリア様でもオレの工房の防御を突破出来なかったんだ。同じ造りをしているこの工房は、外から入る魔力も外に出る魔力も当然遮断している。セーナの指摘はもっともだ。
「そういえば、そうですね」
「ご主人様」
呆れないで下さい、セーナさん。
「じゃあ問題ないか。えっと君はメリッサだったな」
「は、はい、旦那様」
「じゃあメリッサ、そこのソファにうつ伏せで寝て」
ソファベッドなので背もたれを倒してベッドにする。オレもたまにここで寝てしまうからね。
「ね、寝る!?」
「ヤるんすね!」
「やるわけあるか、阿呆。背中の隷属魔法に追記事項を書き込むんだ。筆を使うから動かないように寝てくれ」
「は、はあ」
「ヤらんすかー、残念っす」
「なんで残念なんだよ……」
「えっと、失礼します」
背中を露出したまま、慎重にソファベッドにうつ伏せで顔も伏せる。
そのままだと可哀想ではあるから、首から肩、それと腰の部分にタオルをかける。
「あ……」
「少し冷たいと感じるだろうし、くすぐったいかもしれない。出来るだけ我慢してくれ」
「かしこまりゅました」
噛んだせいか耳が赤くなっていく。可哀想だから指摘するのはよそう。
背中に筆を押し当てると、肩がビクりと動く。
その動きに眉を顰めるセーナと、その表情にジェシカがビクつくが取りあえず続ける。
いきなり解除をすると、再び隷属紋を書き込むのが面倒だから、今回は主従関係の部分を通す魔力回路を弄るだけだ。一時的に今の主をオレだと誤認させる様に仕向ける。
ただ定着させない様に軽くだ。後で拭けば消える。
それと現在位置の監視の魔法陣も解除、というかこれは破壊しておこう。そんで追記出来ない様に仕掛けを施しておこうかな。こっちは消えない様にきちんと魔力を通して元々の隷属魔法の魔法陣にきっちり組み込んでおく。
しばらく背中に筆を走らせて、その動きを止める。
「じゃあ少しお話をしようか」
「も、申し訳御座いません。本来の主に関するご質問には……」
「出来る範囲でいいから」
そう言いながら、先ほどドリファスに渡されたメモを取り出す。
「メリッサさん、そのままでいいからまずは先に清算しちゃおうか」
「清算、でございますか?」
「君はあの屋敷で、門を見下ろせるバルコニー付近にすぐに移動したらしいね。外に逃げようとする人間を見つけたらすぐにそこのジェシカに報告してくれてた。件数は12件だから旧ハイランド金貨で36枚。ここを出る時に渡すのと、今渡すのとどっちがいい?」
「ほ、本当に頂けるので!?」
コラコラ、体を上げてこっち見たからポロリしてるよ。
「旦那様」
「マスター」
「はいはい。見えてるから元の姿勢に戻ってね」
「きゃっ!」
反応が初々しい!!
「き、金貨36まい……すごい」
「君はこの敷地内から脱出しようとした人間の顔と名前、一致してたんだね」
「はい、こちらでのお仕事はお給金も良く、その上で隷属紋も受け入れれば更に……ですので、役立たずと追い出されぬ様に、まずは同僚の顔をと」
「素晴らしい心がけだね」
「あ、あの。その、ジェシカ、様にもお礼を」
「ええ? 気にしないでいいっすよ~」
「何したの?」
「報告に来ようとしたこの子の邪魔をしようとした連中をノしただけっす」
「そ、それに、一緒に戻って頂き、わ、わたしに危害を加える者は罰すると言ってくれました……」
あ、そんな事してたんだ。
「いい仕事だジェシカ、後で褒美をやろう」
「いやらしい褒美はダメっすよ? 奥様方に怒られるっすからね!」
「なんでそうなるんだよ」
こいつの相手は疲れる。
「夜には食事の支度も手伝ったそうだね」
「は、はい。どうせここで旦那様を裏切ったのならば、命はないと……それならば貴族様方が食べられている食品を豪勢に使って食ってやろうと料理長がおっしゃられまして」
「へえ、美味しかった?」
「は、はい」
その料理長もいいな。
「何が美味しかった?」
「そ、その。お肉が、とても柔らかくて。スープも、塩の味じゃなく、お野菜の味も出てて……」
「その料理長、腕いいのかな」
「は、はい! 食糧庫に細工がされていたのも、食品の中によろしくない、その」
「毒でいいよ」
「申し訳、ございません。その、毒も混ざっているのは存じておりました。落ち着いたら秘密裏に処分するつもりだと、以前からおっしゃっておりました」
「以前から?」
「はい、わたし達は1週間前から集められておりましたから」
あータイミング的にいうと確かにそのくらいか。
エッセーナ殿下とアラドバル殿下が合流した時に遠目の水晶球を使って連絡を取っていたんだろう。
手紙とかも出してたかもしれないけど、準備期間とか考えると結構早い仕事だな。
「料理長、まかないも美味しいんです。出来れば、罰は軽くして頂いて欲しいです」
「まあメシが上手く作れるなら有りっちゃ有りかぁ」
「ご主人様のご飯はセーナとユーナが作るわよ?」
「セーナさんのご飯もバリうまっすよ!」
「ご主人様のご飯の方がすごいけどね」
話が逸れる。
「あー、そろそろメシの時間か。勝手に食ったらドリファス怒るかな」
「こっちで済ませるって言えばいいんじゃないかしら? ドリファスは厳しいけど、工房から出ないご主人様には慣れてるし」
「あー、工房。向こうにも工房作らんと……」
今いる工房は住居兼工房だからいつまでも出しておけない。
庭にスペース作って新しく建てるか。流石に歴史的建造物の中に工房を置くのはなんか違う気がする。錬金窯だけとかならともかく、魔導炉とか金床とかも置くから。
「えっと」
「ああ、ごめんね。じゃあメリッサ、オレはお前の背中の隷属紋を解析した。これを破壊する事も可能だ」
「ぁ……」
「どうする?」
ドリファスが他のメイド達から話を聞いたうえでよこしたこのメモ通りならば、断ってくる可能性はある。
だが、手元の大金が手に入った今なら? どう判断する。
「こ、この、ままで、お願いします、わたしは、セツナ様に恩義を感じて、おります」
「セツナ様、ね」
「あ! なんで……」
「隷属紋を解析したって言ったからね。今は無効化してるんだ。すぐに元に戻せるけどな」
「あ、ああ……なんという事を……」
そんな絶望的な声を出さないで欲しい。
「メリッサ、うちで働かないか?」
「あ、あの」
「オレはダランベールで錬金術師をしていた。君の母の病もオレが診よう」
「!?」
「うちの執事長は優秀でね、君の事を知っている他のメイド達から話を聞いておいてくれたらしい。だから君が母親の病を抑える薬を購入し続けるのに、大金が必要なのも知っている」
この世界、風邪で人は死ぬし、病気にかかっても特効薬が無い病気は治らない物が多い。
外科手術も行われていない。体内の病巣を除去する方法が限られているのだ。
そこで栄養剤のようなものが薬として売られる。
延命出来れば、薬として認められるからだ。
そんな薬は当然高い。保険などないからすべて実費だ。
病気自体オレがわからなくとも、リアナとユーナが看ればだいたい分かるだろうし、原因がどうしても分からなくても、雑にエリクサーで治すことも出来る可能性も十分にある。その辺はファンタジー万歳だ。
「うちの執事長がね、君は鍛えがいがありそうだから残したいそうだ。こちらで働きたいと思うならば、母親を連れて戻ってくればいい。病を治して、母親ごと雇おう。隷属紋も引きはがす」
「そ、そのような事が……本当に?」
メリッサは平民だ。ドリファスも貴族の血筋の執事やメイドを残すより平民の従者を残したいという魂胆もあるだろう。
「質問は以上だ。オレは一度出るから服を着なおしなさい」
「は、はい」
「セーナ、着替え終わったら彼女をドリファスの元へ。オレは食事の後、ジェシカを見る」
「畏まりました」
「自分もメシ食いたいっす!」
「あ、そうだな。じゃあメリッサも食わせてからドリファスのとこに戻すか」
「え?」
「セーナのメシ。美味いぞ」
「当然よ! ご主人様に教わったんだもん!」
この後、セーナの食事に目を見開いたメリッサを見て、オレとジェシカは思った。
ああ、堕ちたな、と。




