屋敷をもらう錬金術師④
「隷属魔法、でございますか?」
反応したのはドリファスだ。
「ええ、新しい従者を雇う際にはどうしても紹介になります。こちらの貴族では一般的に使われているのです」
「従者を奴隷として扱うと?」
「私も詳しくは知りませんが、奴隷としての奴隷紋と隷属紋とでは拘束力が違うらしいです」
目上のドリファスさん相手だとハインリッヒさんが丁寧だ。
あれ? オレ、上司よね?
「ふうん。こちらでは一般的なんだ?」
「基本事項としては主や主の家族への守秘義務や反抗の禁止程度が多いかな。奴隷紋の様に主に対する絶対服従という訳ではありません。主が変わったり、年齢や怪我を理由に退職する際には両者の同意の元であれば解除出来る類のものです。隷属紋をつけた上で働く従者は一般的な従者よりも高い給金を支払う契約をするのが普通ですね」
なるほど。信用を魔法で買うって訳か。
「隷属紋を施された人間は主を裏切れない。しかし隷属紋では従者の行動は咎められないので、従者自身が正義の行いとして主人を罰する必要があると考えれば、隷属紋は反応しないらしい」
「守秘義務があっても、主側に問題があった場合は従者は自由に行動が出来るのか」
「そうだ。そして隷属紋を持つ従者は主の持ち物というわけではない、主の許可が無くとも騎士団や一部の奴隷商人が外すことが出来るようになっている」
「へえ」
うまい事出来ている、様に聞こえる。
「現状、旦那様の屋敷にいる人間で隷属紋が掛けられている者もいるでしょうか?」
「どうでしょう。中にはいるかもしれませんね」
「ふむ、そ奴らは解雇ですな。屋敷の主である旦那様以外に忠誠を誓う従僕なんぞ必要ない」
「え? 連中使うの?」
「ええ、彼ら従者たちも皇室より下げ渡された者達ですから。ですが物では御座いませんので『教育』の部分で不十分であると指摘すれば追い出せましょう」
「ドリファス殿の言う通りだな。それであれば失礼には値しない」
「それって皇室側に喧嘩売る事にならない?」
「皇室側ではなく『皇室からの依頼を受けたどなたか』が選出した従者なので問題ないのですよ」
「ええ、『皇室で教育を受けたのであれば、この様な結果にはならない』とこちらが考えていると。そういう姿勢を見せれば問題ないでしょう」
面倒臭いな!
「では屋敷の規模の確認と、従僕達の確認を行ってきましょう。ハインリッヒ様。本日はお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「構いません。ライトロード殿、例の金貨をいくつか頂けるだろうか? 連中の口の潤滑油に使いたい」
「そういえば財宝が出て来たのでしたな」
「あ、そうだ。これってどうすればいいかな? 勝手に何枚か使っちゃったけど」
確認してみたけど、宝剣的な物というか、これ、ヤバイ奴じゃね? ってのも出て来た。
貰っていいの?
「貰っておけばよい。屋敷と屋敷の敷地内の物はすべてライトロード殿の物だ」
「ええ、古いお屋敷には時折、そういう物が見つかるのです。珍しいお話では御座いますが、聞かぬ話でも御座いませんから」
「了解、とんでもない物もあったが……」
「ほう、旦那様の目から見ても、でありますか?」
「物の性能はそうでもないが、これな」
オレが取り出すのは一本の剣。
「ほお、見事な業物だ」
「なんと!? こちらの大陸にあったとすれば。これは200年以上前の物ではございませんか!!」
ハインリッヒさんは分からないみたいだが、稲荷火が腰に差していたのを見た事のあるドリファスは唸っている。
「何か、謂れのある代物で?」
「女神クリア様が地上の救済の為に打たせたとされる一品」
「はあ!?」
「の、レプリカだ。実際には高性能なだけの魔法剣だけどな」
エルフ達の使っている剣よりも高性能だ。
オレも結構本腰を入れないとこのレベルの物は作れないくらいはしっかりしている。
長い年月放置されたせいか、魔核から魔力が完全に抜けているので交換しないといけない。ただ、交換すれば元の魔法剣として普通に使える。
「レプリカ、複製品だとでも? いや、待てよ……それは」
「左様で御座いますな。私は『本物』を知っております。今はダランベール王城にて封印されておりますが」
「本物をご存知であると……」
実はそこに置いてあるの、オレが寸分のズレもなく作った最強の偽物です。剣として使うのであれば本物よりすごい自信作。
本物、手提げの中にあるんだよ。こいつを超える剣を作るのがオレの娯楽テーマだ。
「ハイランド王国と国交が有った頃にこちらに流れた品だろうな。良く出来ている。オリハルコンとミスリル、それと恐らく魔物の牙か何かの合成物で作られてるな」
「王国でも一握りの人間しか近づけませぬから、ここまで精巧な模倣品となると、ダランベール王家主体で作られた物の可能性も御座います。そうなると」
「ダランベール王国からハイランド王国へ何らかの理由で融通された物だろうな」
これ、実は国宝とかのレベルの品なんじゃねえのか?
「こちらの面々がダランベールより呼び寄せた者達です」
見た記憶のある執事服やメイド服、料理人、庭師に大工の面々だ。下男は元々いた男を使うらしい。
それとやはり見た事のある騎士服の皆さん。
「彼らにここの警備をやらせると?」
「ええ、実力は旦那様がよくご存じであるかと」
「それはもう大変ご存じておりますが!」
「はあ、何かご不満でも?」
「彼らの! お仕事は! 屋敷の警護ではなくっ! あそこでニコニコしている人の警護では御座いませんかね!?」
そう、ドリファスの奥さんの横でニコニコ顔のメイドさん。
姿を変える魔道具を使っている人である。
「なんでわかりましたの!? やはり愛っ!?」
「オレの装備付けてるだろ!? わからいでか!?」
「わたくしが何処にいても分かるようにしておいでなのですね! ミチナガさまー!!」
「ぐえっ!」
跳びかかって抱き着かれると同時に変化が解けるのは金髪の姫様。
ミリミアネム=ダランベール王女殿下だ。
「姫様!」
「ひめさまだ!」
「シオリ、エイミー! お久しぶりですわ! ご結婚おめでとう!」
「いえーい!」
「あ、ありがとうございます」
違うぞ、栞、エイミー。そのリアクションは違う。
「やれやれ、やはりすぐにバレましたか」
「あっはっはっはっはっ! そもそも隠し通すってのが無理ってなもんだわな」
「セリアーネさん、それにレドックもか」
そこにいたのは姫様の親衛隊の隊長、セリアーネ=ゼムダラン。
そして魔王討伐の際に共に戦い、後にクルストの街で再会を果たしたSランク冒険者。レドック=ブラインである。
この二人も変化して顔を変えていた。顔を変えていない親衛隊の人達も見た顔が多い。
こんな人たちを門番代わりに使えと? この人たちは普通に貴族よ? レドックはアレだけどみんな貴族の中でもかなり上の階級の人よ?
「じー」
「ちょっと、ミチナガ様! なんでメイド達ばかり見つめるのです!? 見るならばわたくしになさい!」
「や、王妃様とかも混じってるんじゃないかと」
「ああ、その手もありましたわね」
いねえか、良かった。
「ドリファスさんや」
「流石に旦那様の側近候補となると、下手な人間は使えませんからな。秘密裏に集めるにも限界が御座いました」
絶対嘘だ。
「あとレドック様はたまたま王都にいらしていたので声をかけさせて頂いたところ、面白そうだと仰いまして。王国三騎士の一人ともなればこれほど心強い味方はいないかと」
「って事だ、よろしくな。ダンナサマ!」
「ミチナガ様、今はその様なお話をしている場合では御座いませんわよ? さあ! わたくしに愛を囁いてくださいまし!」
「こんなに押しの強い方でしたかねぇ!?」
「ではわたくしが愛を囁きますわ!!」
「こんなに話の通じない方でしたかねぇ!?」
「焦ってますの! 栞にエイミー!! それにイドリアルというエルフとご結婚されたそうじゃありませんか! もう1人くらい増えても問題ないでしょう!?」
「問題だらけですけど!?」
「ぎゅー!!」
「あだだだだだ!!」
「ちゅー!」
「~~~~~!!」
やめてください! 栞とエイミーの前ですからね!?
「お、お姫様とそんな感じなんだ……」
「ミリア姫は前からみっちー狙いだったからねぇ。それに……こっちの人も」
「姫様! うらやまっ! じゃない! けしからんですよ! ほら、ミチナガも抵抗なさい!」
「むー! むー!」
息が! 息が!?
「さて、職人の皆様はすぐに作業を開始して下さい。事前にご説明した様に、徹底的にお願いいたします」
「「「 おう! 」」」
「必要な材料が御座いましたら、あちらの工房の脇に積んである物を使って構いません。ガラスも同様です。ガラスは旦那様がお造りになったカッターでしか加工が出来ませんからね? 手持ちの物を使っても刃がダメになりますのでお気をつけて」
「「「 っしゃあ!! 」」」
「給仕と料理人は食糧庫の中身をすべて交換です。それと私が面接した者達で、友好的な者には教育を。それ以外の者はすべて監視対象です、使うのは構いませんが情報を流さない様お願いいたします」
「「「 はいっ! 」」」
「庭師達は庭の徹底的な洗浄を。恐らく抜け道などもまだあるでしょう。埋め立てる前に必ず報告を」
「「「 おう! 」」」
「警備の者達は数名が庭師の警護。旦那様と栞様が確認しましたが、念のためその他に不審物や異常個所がないかを確認なさい。門番組はまだ立つ必要がないのでそこの簀巻き共からお話を。幸い牢屋と拷問部屋がありますのでご自由にお使いください。あとで返却するので旦那様の特製ハイポーションで治る程度までならば手荒い事になっても結構です」
「「「 了解っ! 」」」
「姫様、セリア様。奥様方とお茶会をなさってはいかがですか?」
「んむっちゅっ、いい案ね。そうしましょう」
「ユーナ、お世話を」
「はいでございます!」
「旦那様」
「ぜーぜー」
主が窒息死寸前になってるのに、何をこの人は仕切っているのでしょうか。
「旦那様、残念ですが隷属紋がどのような仕組みなのかが分かっておりません。ハインリッヒ様も詳しくないそうです。本来であれば奴隷商に依頼をかけるのでしょうが、ここは敵地。信用なりません」
「あ、ああ。ソウデスネ」
矢継ぎ早に言われましても……。
「こちらのメイドが隷属紋を付けておりました。彼女の紋の解析をお願いいたします。その後はお好きにお使いください」
「ひいっ!?」
こらこらドリファスさんや、女性陣からの視線が厳しいのでおやめなさいな。
ん? 何このメモ。
「それとジェシカの奴隷紋の解析もお願いいたします。是非とも奴隷になりたいとおっしゃられる従者が何名かおりましたので……」
「「「 ひぃっ!! 」」」
えー、男の奴隷に何の需要があるのさー。
「旦那様、そこまで残念そうな顔を出さないでいいんですよ?」
「え? 顔に出てた!?」
「詳しくは、奥様方に」
「みっちー?」
「道長くん?」
「ミチナガ様?」
「ミチナガ?」
2人増えてるんですけどおおおお!?
「ハインリッヒ様、こちらの法などのご質問をしたいのですが」
「ああ、私もダランベールの法や考え方を学びたい。ドリファス殿、よろしくお願いします」
君たち逃げる気ですよね!?




